カテゴリー「薬局という表現の歴史」の記事

2016年11月 9日 (水)

「薬局」、「局方」という名の由来

なぜ薬局という独特な名称が使われているのか。

「局」という名には辞典的には「当面する仕事」という意味があるよです。つまり、薬局とは病気や外傷などで悩んでいる人を「薬草などで対処、治療するという当面の仕事をする」場所という解釈をすることが出来ます。このように考えると「医局」はまさにその意味が明確です。このように理解すると「郵便局とか印刷局などにもこの「局」が使われています。

なお、「局方」の方には「てだて」、と「かやり方」の意味があるようです。たとえば、「方針」「方法」「処方」などのように使われています・

 この「薬局」という表現の起源を遡ると、中国宋代(1078-85)に刊行された『和剤局方』(1102-1106)で「局」という表現が使われており、のちにこれが協定処方集『(太平惠民)和剤局方』と改定されています。(「薬学史事典」 p.522) 

この『和剤局方』が、日本にも平安末期に伝わり、漢方製剤の適応症、薬剤名、処方量、調製法、用法用量などについてが詳述されていて、現在の薬局方のような書物として江戸時代から明治初期に利用されていました。

従って、このような書籍の存在を念頭に置いて、江戸中期、蘭方医中川淳庵が オランダの薬局方「アポテーキ」を「和蘭局方」と訳したのが、書名での最初の使用とサイトでは解説されています。(もっとも、この説明の出典は不確かで、当時のオランダでその頃にすでに薬局方があったかどうかは定かではありません。さらに、アポテ-キという名称は「薬局」を意味するので、「薬局方」を意味するものではないからです。いずれにしても中川淳庵が参照したオランダのものはおそらく江戸中期の1700年代頃のものではないでしょうか)

一方、欧州では中世期のイタリアで薬局方Pharmacopaeaとの表題で最初に出版されたのが1617年ですので、世界的にみても中国の「和剤局方」のほうがはるかに古いことになります。(「薬学史事典」 p.579 ) このことから判断すると、上記のオランダの薬局方はそれ以降なので、1600年代の後半になると考えられます。

このように薬局という「薬の局」はくすりを使って病気を治す目的の場所というように解釈できるのです。つまり、中世期頃までは病気に対して必要だったのは薬草を中心としたものであり、そのような薬草を貯蔵し、治療の場所が薬局となるわけです。このような形態は古代アラビヤの時代から中世期のロ-マの時代まで延々として続いていたのです。

従って、その頃は医療は薬草を中心とした薬により疾患、症状を治療することを意味していたので、「くすり」が中心であり、誰が治療をしたかということはあまり問題にされていなかったのです。したがって、医薬、治療の歴史の中では「薬」中心だったのです。それが中世期のロ-マの時代に法律的概念が導入され、医療行為を行う専門の人が医師として確立したのです。

古代中国と同じようにギリシャ、ロ-マ時代から病気をなおすという目的でいろいろな薬草が使われていたのです。しかもそのような薬草を人工的に栽培していたのはほかならぬ僧院だったのです、ですから、当時において病気を治すということは僧院で栽培されたいろいろな薬草を用いて僧侶が病気の手当てを行っていたことにもなるのです。

その頃には医師という概念の職業は存在せず、それに似たような行為をするのは外科医的な対処をするひとがいたのです。つまり。ギリシャ、ロ-マの時代には絶えず戦争があり、戦争で傷つくのは刀とか槍による外傷であり、それらの手当てをする人は必ず戦場にもいたのです。そこで第一に必要な手当ては傷の手当であり、今日でいう外科的処置が必要だったのです。そのあとは当時使われていた薬草などを用いた治療となるのです。

つまり、戦場では外科的処置を行える人たちが存在していたのです。しかし、日常生活ではやはり僧院での薬草の使用が主体となって居ました。つまり、薬草で治療するという行為は古代の時代から今日まで連綿として続いているのです。そのような状態が中世期ころまで続き、戦時には外科的仕事をしていた人たちが次第に医療の行為をする分野に入り込み、最終的には現在の概念の医師になりつつあったのです。しかし、その当時のそのような不明確な状態が混乱することになり、中世期に初めて法律で医師のあるべき資格が決められたのです。

この法律では医師の資格を厳密にし、その教育なども制定されていました。つまり、薬草などで治療するという行為は従来からの慣習が尊重され、それらを取り扱う人が現在の薬剤師という職域にまで発展したのです。

ですから、日本では「医薬分業」という表現が使われ、医師の領域から薬を取り扱う薬剤師というものが明確化、独立したと理解されていますが、欧州のくすりの発展の歴史を考えれば、「薬医分業」が正しいのです。つまり、医療の中から薬を専門的に取り扱う人を分離したのではなく、従来から連綿として続いていた薬の専門家、つまり薬剤師の職域から医療行為をしていた人たちを分離、区別するようになったとして理解すべきなのです。

ここで注目すべきことは「薬局方」という概念が最初にできたのが中国であるということです。いままで、多くの人は薬局方に関する歴史的な記述をするときには上記の『(太平惠民)和剤局方』に言及していなかったと思うのです。