カテゴリー「医療関係」の記事

2021年6月 4日 (金)

スイス菌か、それともスゥス菌か ??

最近の新聞に「胃炎の原因、スイス菌の可能性も」との記事があり感染研の研究者の論文が報告されていました。

 

この記事を見て、スイス菌とは面白いが、どうしてスイス、つまり国名のスイスが使われているのかと不思議に思っていろいろと調べたところ、興味のある発見をしたのです。

 

この新聞記事の解説にはHelicobacter suis、とありその説明にブタ由来の細菌との訳がついていたのですが、どうして、ブタ、つまり豚、とスイスとの関係があるのかと不思議に思ったのです。

 

 

ところが、色々な細菌名にはその由来の動物名がラテン語で付けられているとのことなのですが、そのラテン名にsuisが使われていることは知りませんでした。例えば、Streptococcus suisのように。

 

そのご調べましたところブタのラテン名はsusなのですが、ラテン語の名詞変化は通常のヨロッパ語とは異なり、名詞の格変化は六格があり、主格、呼格、対格、属格、与格、奪格と複雑であり、更に現在のヨロッパ語の格変化は常に語尾だけなのですが、ラテン語の場合に語尾の変化以外に、語中の変化もあることには気が付きませんでした。

 

   つまり、sus,  sus, suem, suis, sui, sueとの変化になっているのです。つまり、suem suisなどは通常の現在の外国語には見られない変化があり、その格変化が単語の中の母音単語の挿入なのです。ですから、ブタのラテン語の属格はsuisになり、それをロマ字読みにするとスイスになってしまうのです。ですから国名のスイスとは全く関係がないのですが、このようなラテン語の変化を知らない人にとっては、国名のスイスはどうして豚と関係があるのかと考えてしまうのではないでしょうか。実は私はこの新聞記事を見て、えっ、どうしてスイスの国と豚が関係あるのかと早合点してしまったのです。勿論、国名のスイスはswissでありスペルは異なりますが、ロマ字読みの発音になると、両者ともスイスになるのです。

 

因みに、Schwyz(シュヴィーツ)」は、古代ドイツ語で「酪農場」を意味する語が訛ったものだとされる、との説明があるのですが、そうなると酪農場ではどのような動物が飼われていたのかが関心になります。もしかするとラテン語の豚の意味のsusと関連性があるかもしれません。


因みに、豚は、人間が野生の猪を家畜化した猪の子孫で、 この家畜化は、アジア、ヨーロッパなど世界各地で人類が定住とともに農耕を始めた頃、時を同じくして始まったと考えられているのて゜す。 ヨルダンの農耕遺跡からは紀元前6000年頃の、スイスの遺跡からは前5000年頃の豚の骨が発見され、家畜化初期の豚と考えられているとのことです。このような経過を考察すると、もしかしたら、スイスという国の名前は豚のラテン語、susから派生したものとも考えられるのではないでしょうか。しかし、こんなことをスイス人に言ったら気分を悪くすることは必須ですので、スイス人には言わない方がよいでしょう。

 

このように理解すると、基本的にはスイス菌は豚の名前の主格がsusなので、スゥス菌とすべきかもしれませんが、ラテン語の知識は殆どの人には無いので、学名に記載の発音をカタカナ表記にするのは致し方がないのかもしれません。

もっとも、ラテン語の文法的解釈から判断すれば属格のsuisを 使うのが正しいことになります。

 

 

 

 

 

2019年3月 9日 (土)

疾患の非対称性、副作用の対称性

疾患の非対称性、副作用の対称性

 

いろいろな疾患の中で対称性の器官、臓器の場合にはほとんど例外なく、片方の器官、或いは臓器が問題であり、両方の器官、臓器が同時に疾患状態になることはないのが普通です。ですから、例えば眼底疾患のような場合にも両眼が同時に侵されるようなことはなく、どちらかの片方の眼が疾患として表面化するのが普通なのです。このように臓器、器官が対称性の場合、眼、耳、肺、腎、乳房など、何らかの障害が発生する時にはほとんどの場合両方に発生するのではなく、どちらかの片側にのみ発生するのです。

 

ところが医薬品の副作用によっておこる障害は殆どの場合対称性器官、臓器などが両方とも影響をうけるのが普通なのです。ですからこれらの対称性器官、臓器などでその疾患が対称性なのか非対称性なのかによって医薬品の副作用かどうかの判断をすることにはほとんど無理がないはずなのです。、

 

もっとも、下肢の場合には「下肢筋力の非対称性」が問題視される場合が知られていますが、下肢そのものを対称性器官、臓器とみなすことには大きな疑問があります。常識的には下肢とか上肢などは対称性器官とは捉えないのではないでしょうか。

 

いかし、それぞれの臓器にも意外と場所に依っての機能が異なることがあり、そのような場合にはある意味では非対称性と言えるかもしれません。その典型例は脳かもしれません。脳と一口に言ってもその機能には左脳とか右脳などにおける機能の違いがあるので脳も非対称性臓器と言うるかもしれません。脳左右差の異常はいろいろな脳疾患として表面化することがあるのです。

 

 

 

2019年2月18日 (月)

製薬企業は患者の問い合わせには答えない

製薬企業は患者の問い合わせには答えない

今日のような医療社会では医師が患者の主訴を念頭においていろいろな医薬品を投与するのが日常的なのですが、患者が時としてそれらの医薬品の副作用を経験することがあるのです。そのような場合、薬剤師か医師にその副作用について質問することは出来るのですが、問題はその内容なのです。ほとんどの場合、医師や薬剤師が答えられるのは添付文書に書かれてある内容くらいしかないのです。しかも、患者の主訴の場合でもその副作用の内容によっては該当薬の投薬を一時的にやめるか、或いは副作用対策として別な医薬品を投与することがごく普通におこなわれており、それ以外の対策、対処はほとんどされていないのが普通なのです。

しかし、もう少し詳細な情報となると、該当する副作用と考えられ異常が該当薬投与開始まもなくに起こるのか、それとも長期に使われている時に起るのか、さらにそのような副作用は一時的なもので、該当薬を継続して服用していても、自然になくなるのか、或いは該当医薬品投与を中止すれば数日前後でその副作用が無くなるのか、或いはかなり長く副作用が継続するのか、などの詳細な情報は薬剤師や医師は持っていいなのです。

そのような場合に、本来はそのような詳細な副作用経過情報はその該当薬を提供している製薬企業が持っていなければならないのです。

しかし、実際に患者がそのような詳細な副作用経過情報を企業に直接問い合わせても、多くの企業は患者にはお答えできませんとなるのです。


じつは私は右目が網膜血栓症で時折、網膜に浮腫が起こるのでルセンティスという注射を定期的に何回となく眼に注射をされていたのですが、ある時、眼の異物感があったので、添付文書をみたら「眼の異物感」の記載があったので以下のような質問を製造企業に問い合わせたのです。

「Lucentisの副作用欄に眼の異物感73例(8.4%)とありますが、この副作用は注射を中止してからどのくらいの期間継続するのかと言うデ-タはありますか。つまりLucentisの継続投与中にこの副作用を経験し、注射を中止ても、この異物感という副作用は全くなくならないのか、それともどのくらいの期間後には消滅するのかと言うデ-タを教えてください。」

ところが、その答えは「ルセンティスは医療用医薬品(医療に従事されている先生方が患者さんの病状等に合わせて処方されるもの)ですので、今回お問い合わせをいただきました副作用の経過などの詳しい情報につきましては、医療機関の先生を通じて提供させていただいております。
大変恐縮ではございますが、本剤の副作用の詳細につきましては、医療機関の先生にお問い合わせいただけますようよろしくお願い申し上げます。」
とあり、全く無視されてしまいました。

現実に同じような質問を担当眼科医に効いてもそのような詳細な情報は知らないのです。もっとも、実際はそのような詳細なデ-タはその企業内に存在しないので、断られたのかもしれません。

しかし、殆どの医薬品の副作用に関連して、上記のような詳細な経過情報を企業に問い合わせてもほとんどすべての企業はそのような詳細な経過情報は積極的に収集していないのです。それにしても、患者からの質問には一切お答えできませんとは驚きでした。

2019年1月31日 (木)

「疫学」は「易学」? / 「公約」は「膏薬」?

「疫学」は「易学」? / 「公約」は「膏薬」?

 

ある人が「疫学と易学は似たようなもの」との記述をあるサイトに書かれていましたが、わたしもある意味では同じような理解をするようになりました。なぜかと言いますと、最近の医学誌にこの疫学が関与したいろいろな論文が発表されているのですが、そのほとんどがある一つの要因から複合要因の可能性を疫学的に演繹しているものなのです。例えば、コヒ-摂取(単一因子)と生存率とか死亡率(複合因子)との関連付けなのです。確かに、ある意味ではそのような関連づけが可能性もしれませんが、その関連性あくまでも可能性の予測に過ぎないのです。ですから、ある意味では易学と似ていることになります。死亡とか生存に関してはいろいろな要因が関与していることは明確なのですが、それを一つの要因から複合要因の出来事を取り上げて、その関連性を演繹することはある意味ではナンセンスなのです。
https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/bito/201901/559621.html?n_cid=nbpnmo_mled_html-new-arrivals

 

ともかく、このような単純な疫学研究が最近はいろいろな医学雑誌に氾濫していることです。私に言わせるとある意味では論文数を増やすための疫学調査に過ぎないとなるのです。本来はそのような疫学研究は結果としての「起因原因、要因」、例えば、肺がん患者の過去のいろいろな要因分析をした結果、喫煙という単純因子の関与が疫学的に可能になる、というような場合なのです。つまり、結果からその発生原因を推定することが疫学調査の目的なのです。ところが、その逆に、ある単一因子から複合要因であることを推測することなのです。
たとえば、「収入」という単一要因から「肺がん発生」の関連付けの調査をしたとすると、もしかしたら収入の少ない人の場合には肺がん発生が高くなるとの疫学的研究が成立するかもしれません。でも、そんな調査、研究にはどのような意味があるのでしょうか。

 

ともかくこのような易学的な医学論文が最近は氾濫しています。たとえば、
「座っているよりも中強度の運動を1日30分行うと、早期死亡リスクは35%低減」なども似たような報告なのです。まさか、死亡リスクは運動だけで左右されるものなのでしょうか。

 

 

似たような関連性に関して私が気が付いている例は政治家の選挙「公約」は「膏薬」と同じで、ほとんど効果、意味が無いの理解と似たようなものなのです。

 

2018年11月 9日 (金)

骨折は副作用か

骨折は副作用か

骨折、死亡などは副作用として扱うべきか

睡眠薬とか血圧低下剤などを長期に服用していると、一時的なめまいなどの影響で起立性の転倒が起こり、その結果として「骨折」することはよく知られています。特に高齢者の場合にはこの種の転倒、骨折は一連の日常出来事でもあるのですが、実際にそれらの薬剤を服用している人たちの何割くらいの人がそのような結果としての骨折を起こしているのかという情報、デ-タは誰も持っていないのです。と言いますのはそのような骨折は医療の現場では副作用として捉えられていないからなのです。その一つの原因は、このような骨折が処方薬で起こるのではなく、一般薬でも起こり得るので、骨折で入院しても治療医師はその患者の服用歴には関心がないので、当然ながらだれもその原因となった背景情報、つまりその原因「服薬歴」には関心がなく、「結果」としての骨折に関心が集中するのです。従って、行政とか企業に対してそのような「骨折」を副作用として報告する医師は一人もいないのです。

しかし、不思議なことに「副作用用語集」には骨折fractureが明記されているのです。確かに、骨折はある現象の結果として起こったものなので、薬剤の直接の影響、つまり直接な副作用とは誰も考慮しないのですが、間接的な副作用、或いは本来の副作用の結果として、と理解することは出来るかもしれません。このような場合には骨折は服薬の「結果」であって、服薬そのものが「原因」ではないのです。

このような、あるネガティブな事象は「副作用の結果」なのですが、ではどのような場合に骨折を副作用として報告できるのでしょうか。

内服用の経口ステロイド剤が原因で骨がもろくなる骨粗しょう症になった時、骨折を起こす可能性は予想外に多いことは知られていますが、そのような製剤の添付文書には「骨折」は副作用としては載っていません。つまり、この場合も「骨折」は副作用とは捉えられていないからです。しかしながら、繰り返しますが、骨折という用語は副作用用語集には載っているのです。

似たような例では市販の大衆薬の風邪薬で重篤な副作用、例えばステイブンソン・ジョンソン症候群などを引き起こし、最悪の場合には死亡につながることもあります。この場合の死亡も重篤な副作用の結果であるので、死亡そのものを副作用ととらえるべきではないのですが、副作用用語集には「死」が載っているのです。

ここで考察しなければならないのは副作用の結果としての「死亡」、あるいは「骨折」などをどのように扱うかということです。たとえぱ、骨折とか死亡が報告されてきたとき、その患者はどのような薬剤を服用していたのかとの情報を探索すれば、意外な薬剤の副作用を知ることが出来ることになるかもしれません。しかし、現在の安全性報告業務にはそこまでは必ずしも求められていません。特に、骨折のような場合には事後処理としての骨折の対応、治療に際しては誰もその原因を究明し、もしそこに薬剤の関与がある場合にはその薬剤の副作用として報告する医師は一人もいません。

一方、死亡に関してはその結果が重大であるので、どうしてそのような結果になったのかとの調査をして、該当医薬品の副作用として報告する医師はいるかもしれません。

2018年10月15日 (月)

患者がもつとも必要としている副作用情報

患者がもつとも必要としている副作用情報

 

医薬品の使用に伴って何らかの副作用が起こるのは避けられないことなのですが、そ
れらの内容は添付文書にそれぞれの副作用の一覧が載っていて、医療用の添文にはさ
らにその発生頻度が記載されています。しかし、それ以上の情報は該当医薬品製造会
社に問い合わせなくてはなりません。勿論、該当医薬品を投与した臨床医に問いただ
すことは出来ますが、多くの臨床医は、よほど重大な副作用でない限り、殆ど患者が
納得、満足できるような回答はしていないのです。つまり、軽微な副作用に関しては
「おかしいですね。ではほかの薬に変えてみましょう」とか「すこし様子をみてみま
しょう」くらいの軽い返答しか返ってこないのが普通なのです。とくに、軽微な服作
用に関しては、殆どの臨床医は親身に患者の主訴を聞いてまじめに対応してくれる例
は極めて少ないのです。

 

そのような端的な例は、「なんとなくはきけがする」「どうも口の中が苦くなる」な
どのような日常生活の中でも起こり得るような軽微な副作用については殆どの臨床医
は真剣に患者の主訴を検討し、それが該当医薬品の副作用なのか、もし、副作用だと
するとなぜ起こっているのか、などなどの疑問に対する回答を検討してくれることは
極めて稀なのです。

 

ここで、患者が最も知りたい副作用情報とはどのような内容なのかを考えてみまし
た。
患者がもっとも必要としている副作用情報の「本当の」情報とは、

 

① 該当薬を服用してからどの時点で起こりやすいのか
② もしその副作用がおこっても、数日内に自然に消えてしまうものなのか
③ そのような副作用が感じられた場合、その副作用は該当医薬品服用中に継続しているものなのか
④ そのような副作用は、該当医薬品服用を中止すれば自然になくなるのか、或いは特別な治療が必要なのか

 

 

などが挙げられるのですが、このような情報は添付文書には全く記載がなく、さらに問題なのは該当医薬品製造会社も持っていないのです。

 

たとえば、筆者がある眼科用の医薬品の副作用に関して企業に問い合わせた経過が以下のようにあります。
_____________________________________________________________________________________________________\
件名: ルセンティスに関するお問い合わせ

鈴木 伸二 様

 

アルコンファーマの松村と申します。
この度はアルコンファーマダイレクトへお問い合わせいただきまして誠にありがとうございます。

 

ルセンティスは医療用医薬品(医療に従事されている先生方が患者さんの病状等に合わせて処方されるもの)ですので、
今回お問い合わせをいただきました副作用の経過などの詳しい情報につきましては、医療機関の先生を通じて提供させて
いただいております。
大変恐縮ではございますが、本剤の副作用の詳細につきましては、医療機関の先生にお問い合わせいただけますよう
よろしくお願い申し上げます。
お問合せいただきありがとうございました。

 

===========================================
アルコンファーマ株式会社
メディカル情報・コミュニケーショングループ
アルコンファーマ ダイレクト担当 松村 潔
〒105-6333 東京都港区虎ノ門1丁目23番1号
https://www.alconpharma.jp/about-us/contact-us/alconpharma-direct
===========================================

 

 

【お問い合わせ内容】
Lucentisの副作用欄に眼の異物感73例(8.4%)とありますが、この副作用は注射を中止してからどのくらいの期間継続するのと言うデタはありますか。
つまりLucentisの継続投与中にこの副作用を経験し、注射を中止ても、この異物感という副作用は全くなくならないのか、それともどのくらいの期間後には消滅するのかと言うデタを教えてください。
__________________________________________________________________________________________________________________________

 

このような返答は患者を完全に無視したものなのです。もちろん、企業はこの質問に
該当するような詳細なデタは持っていないので、担当医に聞いても満足のゆく返答は
得られません。

 

ですから、このような軽微な服作用に関しては臨床医、病院、関連会社、行政などは
真剣にそのような軽微の副作用に関しての詳細情報は全く関心がなく、最悪なのは行
政が医療関係者に副作用情報の提供を義務付けていても、但し書きで、「軽微な副作
用は除く」とわざわざ断り書きがあるのです。これでは実際にそのような軽微な副作
用を経験して困惑している患者は全く無視されていることになるのですが、このこと
に関しては誰も、つまり行政、医療関係者全員、関心がないのです。

 

では現実にどのような軽微な副作用に関する情報が求められているのかという実態を
推測することは殆ど不可能なのですが、実際にこのような軽微な副作用に焦点を当て
ている本サイト記事には毎日、20前後の人がアクセスしているという事実が間
接的にそのような軽微で頻発する副作用に関する詳細な情報が如何に欠如し、また患
者に求められているかということを示しているのです。
http://riehener.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-47f1.html

 

このように、現在のような医薬品を取り巻く環境はかなり以前とは著しく異なってい
るのです。私が実際にPV業務に関与していた60年代、 70年代初期にはすべての副作
用症例情報に関して、報告を受けた時点で、服用後どの時点で副作用が発生したか、その副作用は投薬中止
後の何日目くらいに消滅したのか、その副作用の対策としての治療はどの様であった
のか、などなど、詳細な補足デタをそれぞれの報告医に連絡して提供を求めていたの
です。そして殆どの場合、詳細なデタが得られていたのです。

 

勿論、当時と現在とでは医薬品使用の実態が極端に大きく変化し、ひとつの医薬品の
国際化と並行し、世界的に副作用発生件数も超拡大し、医薬品使用実態如何によって
は世界各国から毎日百単位くらいの副作用情報が国際企業に報告されてきているので、とても往
時のような業務は求められないのです。

 

さらに各国の行政の副作用対策も非常に厳しくなっているので、往時のような個別の
副作用について詳細な補足デタをそれぞれの報告医に求めること自体が不可能にな
り、最終的にはそれぞれの企業の副作用情報対策は、対行政に集中し、ともかく報告
されてきて副作用を如何に行政の規則に準じた業務をこなすかと言うことにしか手が
回らないのです。
つまり、殆どの企業は、薬事法違反をしないための最低限度の業務内容に留まってい
るのが現実なのです。

 

そのような環境下では企業内での副作用対策業務は対行政向けのル-チン化が普通となり、ましてや患者向けの詳細なデ-タの収集などは不可能でもあり、また不要でもあるので、最終的にはそのような対行政業務は自社内でするのよりも外部のCROに委任したほうが、人件費の関係でも有利なので、企業内での往時のような詳細な副作用情報処理は既に夢の夢になってしまっているのです。さらに、副作用業務は営業利益には
一切関与せず、むしろ余計な経費が加わるだけなので、現在では理想的なPVの実際を社内で実施している企業はゼロに等しいのです。ですから、世界規模の製薬企業内の副作用処理は社内から外部のCROに任せていることになり、上記のような詳細な副作用情報をすべての場合に究明することはもう夢の夢になっているのです。

換言すれば、現在の状況下では企業内での本来のPVの基本精神は残念ながらもう過去のものとなりつつあるのです。

 

 

 

2018年2月16日 (金)

日本は医薬分業ではなく薬局分業

医薬分業ではなく薬局分業

 

未だに医薬分業の問題がいろいろな場面で議論されています。でもどうして、いつまでも医薬分業の話題が絶えないのでしょうか。

 

その大きな原因は、そもそも日本で医薬分業が正式に取り上げられた時に薬剤師会の対応が極めて消極的で、大ナタを振る事が出来なかったことに由来するのです。(この間の事情については拙著「薬社会への処方箋」1997に記述しています)

 

ともかく、現在の日本の薬局の状態を分類すると、以下のようになるかもしれません。もっとも、似たような形態もありますが、少なくとも表現としての薬局は実にいろいろなものがあり、素人にはそれらの区別を正しく認識することは難しいのではないでしょうか。

 

ともかく薬を取り扱う営業形態に使われている薬局関連の表現には以下のようないろいろな名称が使われているのです。

 

a) 門前薬局
b) 門内薬局、敷地内薬局
c) 調剤専門薬局 (一番問題なのは調剤だけしかやらず、しかも場所によっては昼休みがあったり、週末は閉店のこともあるのが問題です。)
d) 調剤薬局 (多くの薬局はこのような看板を掲げています)
e) 非調剤薬局 (このような看板は見られないが、現実には薬局と言う看板を掲げていても、処方箋調剤を引き受けない薬局もみられるのです)
f) 保険薬局
g)健康サポト薬局 (2016/10から発足)
h) ドラッグストア (処方薬以外での一般医薬品の多くを取り扱っていますが、一般的には顧客が自分で選ぶ方式のものが多く、薬剤師が常駐していることはまれな場合が結構多いようです)
i) 通販薬店 (最近はインタネットでも手に入れることが出来る医薬品が増えているのではないでしょうか)
j) 薬種商 (薬種商販売業、都会にはそのような形態の店は見当たらないようですが、地方に行けばいまだ存在するのではないでしょうか)

このほかにも「調剤をするドラッグストア」が最近は増えていることなのです。これは明らかに医薬分業のそもそもの理念が日本では無視されているので、その逆にドラックストアの中で調剤だけをするとが可能になっているからです。ですから、今後、このようなドラックストアがどんどん増えると今までのんびりとしていた調剤専門の薬局はどんどん消滅することになるのですが、このような異常ともいえる日本の医薬分業に関しては日本薬剤師会はただ傍観しているだけなのです。もしかしたら、今後はドラッグストアがますます増え、日本には薬局がなくなり、いたるところにドラックストアがみられるようになるのです。こんな国は欧米には存在しないのです。

このような状況では医薬分業の本来の姿はいまだ日本では見受けられないのです。医薬分業の歴史的発祥地でもある欧州の薬局では処方箋薬をはじめとして、すべての医薬品を取り扱っており、在庫が無い場合でも数時間以内に卸が薬局にとどけてくれるような体制になっていますので、日本の薬局のように「すみません、うちにはその薬は置いていませんので…」のような対応は絶対にありえないのです。

 

ましてや、薬局に薬剤師が留守にすることはまさに違法になるのです。日本のように薬局に薬剤師が留守にする時の対応などが考慮されることは全くないのです。

 

ですから、日本の医薬分業議論は医薬分業ではなく、「薬局分業」論なのです。

 

でも、逆にこのような薬局分業の発想をプラスと捉えて、「高齢者薬局」とか「薬局サロン」のような形態のものに発展させてはどうだろうか。

 

ただ、医薬分業がいろいろと議論された結果として、導入された「お薬手帳」は確実に使われていれば極めて有意義な制度なのです。特に、最近では多剤投与の問題が大きく取り上げられていますが、この「お薬手帳」を上手に利用、活用すれば多剤服用に起因する『多罪』服用を防ぐことが出来る筈です。

 

なお、この「お薬手帳」制度を海外に発信し、世界に広める運動をなぜ薬剤師会は取らないのでしょうか。日本の薬剤師会はいつも外国の制度を参考ばかりしていますが、時には日本初の立派な提案を世界薬剤師会議あたりに提言してはどうでしょうか。

 

 

2018年1月 7日 (日)

薬局と動物(たとえば、カエル.)の関与

薬局と動物(たとえば、カエル.)の関与

薬局の歴史をたどると薬用植物が必ず出てきますし、いまだに漢方のように植物由来の医薬品が厳存します。もっとも、歴史的には植物以外の動物、鉱物なども以前にはある程度使われていましたが、現在ではそれらに由来する医薬品は殆ど存在しなくなっているようです。

特に広義の意味での動物が直接使われている例は通常の医薬品、特に西洋医学では皆無に近いのですが、歴史的に考察すると意外と我々が知らないこともあるのです。

例えば、犬があります。おそらく殆どの人は薬局と犬と、どんな関連性があるのだろうかと疑問に思う人もいる筈です。ところが、歴史的に見ると中世期欧州では犬が「歩く薬局」と称されていた時期があるのです。なにしろ犬はスイスやドイツでは昔は「歩く薬局」と呼ばれ、犬の肉はいろいろな病気に効くとされていたそうです。

そうなると蛇が薬用としていろいろと今でも中国、韓国、日本などで利用されているのとそれほど変わりないことになります。もっとも、現在ではそのような犬の利用は全く考えられず、ましてや犬食が存在する韓国や中国が非難される時代になっています。なお、この犬肉料理に関しては私のこのブログにも詳しく書かれてあります。

昔は日本でも馬肉は子供の寝小便に効果があるとか、馬油はヤケドに効くとかいわれ利用されていたのです。こうなると洋の東西を問わず、人間誰もが考えることは同じで、似たようなことがなされていたのが、時代とともに一部ではそのような慣習が廃れてしまっていると理解するのが正しいようです。勿論そこには近代薬学の進展に伴いいろいろな化学医薬品が登場し、そのような動物由来の医薬品は忘却の彼方に追いやらりてしまっています。

 したがって、そのような過去の歴史を知らない時代になっているのが現実なので、薬局とある種の動物が深く関連していたことなどはよほど詮索好きの人以外には完全に忘れられているのです。

 その一つの例として、蛙があります。

 日本でも薬局のシンボルとか、興和薬品の製品のシンボルとして蛙の絵や像が使われているのですが、それには歴史的な意味があるのです。もっとも、日本でこのカエルが薬局関係で使われたのはそのような歴史的ないみから使われたのでなく単なる語呂遊び的な感覚(ケロリと治る、のような)から使われたようです。

 1700年代にはドイツでは蛙そのものが薬局で扱われており、蛙の卵の塊から得られた油(oleum spermatis ranarum)が薬局で治療目的で売られていました。そのほかにも卵の塊から作られた貼り薬(emplastrum de spermate ranarum)も使われていました。このように当時の欧州ではそのような油などが薬として使われていたのです。でも考えてみれば日本でも「ガマの油」というものがありました。

Sperma, Ranarum, Froschlaich.

Das Froschlaich ist in vorigen Zeiten als ein vortrefflich kühlendes Mittel berühmt gewesen, und man machte davon das bekannte Froschlaichpflaster, emplastrum spermatis ranarum, welches, wenn der Laich mit gemeinem Oel abgekocht ist, vorzüglich wider die Verbrennung dienet, wo es die Schmerzen stillet, so es kalt übergelegt wird. Einige nehmen auch die ganzen Frösche, und drücken einen Saft daraus, welcher gleichfalls sehr kühlend seyn soll, doch der Thermometer wird an diesem Safte so wenig als an dem Laiche eine größere Kälte zeigen. Der Froschlaich kann blos zu klebrichten Pflastern und Salben genommen werden
[Joseph Jacob Plenck, Materia chirurgica oder Lehre von den Wirkungen der in der Wundarzeney gebräuchlichen Heilmittel, Wien 1777]


そのような歴史があるので、医薬品と蛙との結びつけをイラスト風に描いた絵を興和薬品が使うことは理に叶っているのですが、意外と日本ではそのような歴史的詮索がなされていないので、上記のような説明は日本語検索しても何処にも見当たりません。

ですから、ドイツとかスイスの薬局には現在でも蛙Froschが薬局の名前として使われている例(Frosch Apothek)がかなりあるのです。日本語にするとまさに「カエル薬局」になります。


その他にも、最近の報道によりますと、例えば、南米に生息する毒蛙から出されているいわゆる毒にはいろいろな薬理作用があり、"万能薬"とみなされる可能性が高く、いろいろな研究が進んでいるのです。(Welt N24, Gesundgheit Kambo, 25.10.2016)(https://www.welt.de/gesundheit/article158944039/Kambo-das-Wundermittel-aus-dem-Giftfrosch.html)

なお、参考までに記しますと、フランス料理には蛙が出てくるのです。しかし、スイスではそのような料理は禁止されています。

もっとも、周知のように薬局とかWHOなどの紋章などによく蛇の絵が使われていますが、これは古代ローマで疫病がはやったとき、 アスクレビオス、 ラテン語ではアイスクラビウス. Aescuーapius、 に祈ると、 この神は蛇に姿を変えて口一マを訪れ疫病を鎮めたという伝説があるそうです“. 蛇は脱皮を繰り返すことから蘇生の象徴とされ、 医神アスクレピオスも蛇が絡みついた杖を携えていたそうです。ですから蛇は病を治し、病人を蘇生させるという意味の蛇が薬局とか病院などのシンボルとして使われているとのことです。 ...

2018年1月 4日 (木)

医師の(も)不衛生: 医師の白衣はなぜいつも前開きなのか ?(**)

医師の(も)不衛生

 

医者はほとんどの場合、白衣を着ていますが、あれは何のために着ているのでしょうか。おそらくほとんどの人は衛生上の目的で医者は白衣を着ているものと理解していると思うのですが、意外と知らない事実が最近の医学雑誌に発表されています。

 

いずれにしてもあの白衣は本来はちゃんと前ボタンをかけて白衣を正しく着るべきなのですが、多くの医者は前ボタンをまったくかけずに白衣が前開きなのです。特に、テレビに出てくる医者のほとんどはあの白衣は前開きなのです。でもこのような状況に関しては日本医師会などは全く無関心なので、テレビとか映画の影響で病院の若い医師などは白衣は前開きにしておくのが格好いいと思っているのではないでしょうか。このような現象はまさに世界共通で欧米のテレビに出てくる医師のほとんどが、つまり99.9%が白衣は前開きなのです。このことは何も日本のテレビに限らないのです。欧米のテレビのいろいろな劇映画的なプログラムに出てくるほとんどすべての医師の白衣は前開きなのです。つまり、テレビで放映されているいろいろな物語に出てくる医師の役割をしている俳優のすべてが白衣は前開きなのです。これは世界各国共通なのです。こうなると、では実際の病院などで働いている医師の白衣の着方はどうなっているのか知りたいものです。

 

最悪の場合には白衣をぜんぜん着ていない場合もあるのです。いずれにしてもあのような前開きで白衣を着用しているほうが格好が良いのかも知れません。まぁ、相対的に見て白衣を前開きにして病院内を歩いている医師が多ければ多いほどその病院の衛生的観念は低いものとの判断は出来るようです。

 

 このことに関連して最近発表された二つの論文には極めて驚くべき事実が述べられています。

 

Infection Control and Hospital Epidemiology Band 35,S.107,2014
May Clinic Proceedings Bd.89, S.291, 2014

 

まず、一般的には人間の体内には1.5kgの細菌が存在するのです。もちろん、体表、腸内、などに存在する総細菌の重量なのです。確かに、腸内の大半は細菌の塊であり、糞便はその大半が細菌なのです。最近では健常者の糞便を治療目的で第三者に移植する方法が導入されているのです。

 

一般的に、医者が患者を診るという行為は出来るだけ衛生環境を考慮していなければならないのです。患者は何らかの疾患をもっているので、ある意味では身体の免疫能が低下しているので、そのような患者に接する医者は出来るだけ清潔な状態で患者に接しなければならないのです。

 

ところが、医者の多くは何の目的で白衣を着ているのかとの認識がかなり低いのです。あれは伊達に着ているのでもなく、また医者としての専売特許でもないのです。このような観点から、前記の論文では医者が白衣の下に着ている洋服の衛生度、たとえばネクタイは70%の医者はまったく洗濯にだしていないとのことです。ある意味では白衣から覗いているネクタイは細菌の塊かもしれませんよ。さらに、医者が着ている白衣の洗濯度は平均すると11日間も洗濯に出していないとのことです。

 

最近、あるサイトにこのことに関連した調査が報告されていました。この調査によると、
日常診療で着る白衣などの洗濯頻度を尋ねたところ、「毎日」は男性(1518人)で12.3%、女性(239人)で18.0%、「2-3日に1度」は男性24.8%、女性33.5%で、「2-3日に1度」以上の頻度は男性計37.1%だったのに対し、女性では計51.5%となっていました。

 

それと似たようなことはあの聴診器なのです。あれもほとんど消毒はされずに何回と無くそのまま使われ、さらに医者によってはあの聴診器を首にかわしているのも非衛生的なのです。つまり聴診器を首から掛けて診療している場合があるのですが、首から聴診器をかけるのは感染対策上よくないのです。もっとも、病院では聴診器の身体に当てる部分を毎回消毒しているところや、入院患者の場合には患者専用の聴診器が置かれているところもあるので、一概にはなんとも言えません。

 

このように医者に診てもらうときに肝心の医者がそのような不衛生の状態であることを患者は意外と気がついていないのです。ある意味では医者は患者に細菌感染を無意識的にしていることにもなるのです。しかし、現実にはこのような不衛生状態がもたらす影響は極めて小さいので、患者としてはそれほど気にすることは不要かもしれません。でも患者は病人であり、場合によっては免疫能が低下している可能性もあるので、医師は必ず清潔な白衣を着て、ちゃんと前ボタンをかけるべきなのです。

でも、以前に医療界で「患者様」なる表現が使われていましたが、本当にそのような考えがあるのだとすると白衣を前開きにして診察すること自体が「患者様」には申し訳ないと考えるのですが、最近はそのような「患者様」なる表現はいつのまにか消えてしまっているようです。

 

なお、このボタンかけは相手、つまり患者に対して正しく向き合う、という気持ちも必要なのです。例えば、紳士が背広を着ているときは多くの場合、前ボタンはかけていませんが、演説するときとか、偉い人の前に出るときには改めて前ボタンをかけます。たとえば、テレビなどでの会見の様子を注意してみてください。何かを説明したりするときとか議会などで演説するときとか、あるいは偉い人と会談するとき、など今まで背広の前ボタンをかけていなかった人の多くは、改めて前ボタンをかけて演説とか会見をするのが普通なのです。これは間接的に相手に対して正しい衣装という感覚から必ず前ボタンをかけることなのです。

最悪なのは、一部の医師は「患者様」なる表現を無意識に使っていることもあるようですが、上記の政治家などの会合前の動作のことを考えると、「患者様」の前でも気を正して、白衣のボタン掛けをしてほしいものです。もっとも、最近は患者様なる表現は完全に消えてしまっています。

 

同じことは、上記のようなたんなる衛生的見地からではなく、やはり医師と患者という人間関係から、患者に向かうときは白衣の前ボタンくらいはかけるべきなのですが、多くの医師はそのような感覚で患者に対しているとは考えられないのです。ある意味では、そのようなだらしがない白衣の着方は、ある意味では患者を見下しているともとらえることもできます。以前に、「患者様」のような表現が使われたこともありますが、これほど患者を馬鹿にした表現はないのです。そんな表現よりも、患者に相対するときは白衣の前ボタンをちゃんとかけて、対応すべきなのですが、・・・・・。

極端に例になるかもしれませんが、もし男性がズボンの前開きのチャックを閉めていなかったらどうなるのでしょうかね。

 

追記(2018 Oct)
似たような問題が指摘されているのは病室の区切りをつけるかカテ-ンの衛生状態が報告されています。

 

病院で患者のプライバシーを守るために間仕切りとして使用されるカーテンが、危険な薬剤耐性菌の温床となりうることが、マニトバ大学(カナダ)のKevin Shek氏らによる研究で示唆されていました。
「American Journal of Infection Control」 2018/ Sept)

 Shek氏らは今回、マニトバ州の州都であるウィニペグのヘルスサービスセンター熱傷/形成外科の病棟で使用されている、クリーニングしたばかりの間仕切り用カーテン10点を対象に細菌の汚染レベルを調べた。このうち4点は4つのベッドが配置された大部屋(4床室)で、4点は2つのベッドが配置された部屋(2床室)で、残る2点は患者や看護者が直接には触れないエリアで使用されていた。なお、これらのカーテンの汚染レベル調査は21日間にわたって実施され、 その結果、クリーニング後に所定の場所に吊るされて以降、カーテンの汚染レベルは徐々に悪化し、14日後までに調査したカーテンの88%で患者に重篤な状態をもたらす可能性があるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が検出されたとのことです。

 

つまり、病室の間仕切に使われているカテンは患者や病院関係者が無造作に触るので細菌汚染の可能性が高いとのことです。

 

追記(2023 Nov)

 

最近の記事によると、最近では看護婦のナ-スキャップを感染対策上の理由から廃止するようになっているとのことですが、そのような屁理屈から言えば、医師の白衣も、上述のように、廃止すべきかもしれません。

もっとも、大きな病院で働いている医師は白衣を着る前に、背広等を特別の衣類に着かえていますが、問題はそのような特別な衣類の洗濯度でもあるのです。

 

 

 

2017年12月18日 (月)

エコノミークラス症候群、 意外と知られていない機内の湿度

エコノミークラス症候群、 意外と知られていない機内の湿度

 

エコノミークラス症候群」という表題名の付いた論文が発表されたのは英国の医学雑誌Lancetに 1988年でした。その論文表題は“Air travel and thrombotic episode; the economy class syndrome"となっていました。( in Lancet Aug.27,497).

 

この論文に関心があった私が日本に通称「エコノミークラス症候群」を紹介したのは1991年に「エコノミークラス症候群、長時間飛行機旅行の落とし穴」として医薬ジャーナル誌(1991:27(10), 22482252)に発表したのが最初だと思います。その時にはこの症候群の記事が珍しかったので、その時の読売新聞に私へのインタビュ記事が載りました。

 

その後2000年前後からいろいろな研究論文が発表されるようになり、また、いろいろな機会に紹介されるようになり、今日では多くの人はこの症候群の名前を聞いたことがあると思います。とくに、長距離航空機旅行をする場合には注意が必要です。勿論、そのほかにもいろいろな状況下では航空機利用とは全く関係が無い場合でもこの症候群は発生することが知られています。

 

所が、最近気が付いたのですが、長距離飛行の機内では小型(50ml)のペットボトル入りの飲料水を食後に自動的に配布するだけで終わりで、なんらの忠告とか理由などの説明は一斉ない場合もあります。たまにある機内での注意ビデオも運動が主体で終わっています。つまり、なぜ長距離機内での水分の補給が必要なのかとの説明はほとんどないのです。もっとも、航空会社に言わせると、ちゃんとそのようなパンフレットを作って啓蒙していますとなるのですが、実際に機内に入ってそのようなパンフレットを見たことがありません。

 

私が周りの乗客の様子を見ると9-12時間の長距離飛行中にこの小型の飲料水を全部飲み干す人は極めて稀なのです。しかも、最悪なのはそのような乗客はワインやビ-ルなどをがぶ飲みして、食後にすぐに寝てしまうのです。この点に関してはこの症候群はエコノミークラス症候群というよりは「ビジネスクラス症候群」、あるいは「酔っ払い症候群」と改称する必要があるかもしれません。昔は機内でアテンダントが頻繁にコップ入りの飲料水などを配ったものなのですが、現在では乗客の睡眠を妨げるとの理由で、この種のサービスは廃止されてしまいました。

 

 このような状況はこの症候群発生予防という見地からは極めて危険なのですが、航空会社は時折運動のスポットビデオを流すだけでおしまいです。私の理解ではこの種の症候群の予防には適当量の水分の定期的な補充の方が運動よりも大切なのです。勿論、適度の運動も大切ですが、基本的に、適量の水分を頻繁に補充することの方がきわめて大事だと考えるのです。ともかく、長時間飛行の機内の湿度が10%以下に下がることは意外と多くの人は知らないのです。また、実際に長時間飛行の際に機内湿度がどのくらいの時間をかけて徐々に低下するのかという機内脱水・乾燥経過時間のデ-タは見たことがありません。私が簡単な湿度計を機内に持ち込んでの計測では数時間で10%前後にまで低下します。

 

そのような結果、長時間飛行の乗客のトイレに立つ回数が極減するのです。このような状態を例えると、夏の炎天下に水の補給なしに数時間太陽のもとで寝ているのと同じことなのです。いずれにしても、ロングフライトの機内でトイレに立たなくなったら危険信号です。ましてや、尿が濃厚な黄色のような場合には脱水現象が顕著になっているのです。ですから、そのような場合には空港に到着しても、絶対に走らないことです。もしかしたら小さな血栓ができているかも知れないからです。そのような状態で急に走ったりするとその血栓が血流にのり、肺栓塞を起こす可能性があるからです。

 

ちなみに、成田空港に近い成田赤十字病院(千葉県)の調査では、1994年から2016までに、エコノミークラス症候群で重症な患者108人が運ばれてきたという。そのうち女性は90人。比較的身長の低い女性は、いすに密着して血管が圧迫されやすいと考えられている。座席は、窓側の席が36人、真ん中の席が44人。飛行時間は平均10時間前後で、水を飲まずにそのまま寝てしまう人もいた。トイレに行った回数は平均1回で、一度も行かなかった人もいるという。

 

では一体、長時間飛行機内で体内からどれくらいの水分が失われるかということは、ある研究によると10時間のフライトで、男性は約2リットル、女性は約1.6リットルの水を失うそうです(体内水分の4%)ですから、米国航空宇宙医学会によると、飛行中は1時間につき約240mlの水を飲むべきだそうです。

 

私はいつも、欧州-日本の航空機旅行に際してアテンダントに質問するのですが、そのようなメガ低湿度の環境のことは意外と彼女たちは知らないのです。いや、教育されていないようです。地上一万メトル上空での空気の湿度はゼロに近く、そのような空気を少しずつ機内に取り入れているときには機内の湿度は数時間以内にカラカラになるのです。もっとも、最近の新鋭機種では機内の保湿装置が設置されていることが報道されています。なお、このエコノミー症候群にかんする記事が沢山サイトに見つかりますが、それらの殆どでは、なぜ機内の空気の湿度がそこまで下がるのかということは一切説明されていません。

 

そこで考えたのですが、湿度10%での環境下で、以下のような二群での比較試験をしてみてはどうかと思うのです。つまり、どちらの群の方が下肢静脈内の血栓発生率が高いかということを確かめるのです。

 

a)長く座りぱなしでも頻繁に、しかも定期的に水を飲み、運度は意識的には行わないグループ。
b)水の補給は最低限、あるいはのどが渇いた時のみで、長く座りながら、時折に足を動かすなどの運動を意識的にするグループ

 

現実にはこのような試験は非倫理的かも知れませんので、実施は困難かも知れません。しかし、現状を勘案したときには少なくとも長距離航空機旅行に際してはこの水分補給の重要性を機内運動よりも先に持ってくるべきだと思いますし、また航空会社もアテンダントにこの点に重点を置いた教育をしてほしいものです。

 

この症候群、最近(2012)はロングフライト症候群とも呼ばれるようになりましたが、長距離の海外飛行の経験の無い医師には意外とこの症候群は気がつかないようです。以下の記事はそのことを実証しています。
http://cmad.nikkeibp.co.jp/?4_173081_212874_6

 

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