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2022年6月16日 (木)

「誰も知らなかった常識の背景」(絶版)

かなり以前(平成十五年)に私が書いた本の紹介です。残念ながらこの本は現在は絶版になっていて入手はかなり困難ですので、その簡単な紹介とともに全文を読まれたい人への紹介です。

 

 

「誰も知らなかった常識の背景」  

 

はじめに

 

 海外と日本とでは歴史、文化、民族、習慣、地勢などの違いがあるのは当然ですが、それらのちがいが私たちの日常生活に直接、間接といろいろに影響しています。しかし実際にそのような影響、ちがいを知る機会を日本にいてはなかなかえることは困難です。普段、我々が何気なく考えていること、食べていること、行動していること、などが海外ではとんでもないこであったりします。たとえば、日本食の場合、お茶碗んやお碗などは食べる時にはちゃんと手に持って食べるのが普通で、これらを西洋料理のお皿などのようにテ-ブルに置いたまま食べることは犬食いとみなされ、日本では最低のしぐさになります。その逆に、西洋料理の場合には出された皿を手で持ちあげて食べることは禁忌になります。また、お隣の韓国では日本のように手でお茶碗などを持つことは物乞いみたいだと考えられ、誰もしないのが普通とのことです。これほど大きな違いはがあることを知らないで韓国で日本式の食べ方をしたらひんしゅくをかうことになります。つまり、日本では当然の常識が海外ではかならずしも常識としてとおらないことがあります。常識は国、文化、時代によってさまざまにことなります。普段当たり前と思っていることにもそれぞの背景があることを知ることは意外と難しいことがあります。

 

 もちろん、このような常識の相違の存在を認識することはたしかに大切なのですが、お互いにそれぞの生活習慣・環境などを比較、検討してよいものはよいものとしてそれらを積極的に取り入れることができたら私たちの生活環境もさらに向上するかもしれません。これはなにも内なるものを捨てて外なるものをなんでもかんでもどんどん取り入れるということではなく、私たちの生活環境を向上、改善してより快適な人間生活を築きあげるという観点から考えれば十分意義のあるものです。また、海外に出掛けるような場合には海外での生活がより一層快適になることもありえるのです。

 

 今までの習慣、常識を我々の昔からの習慣、常識だからと、時と場合によっては頑固なまでに固執するのではなくあらためて取り入れることができるかどうかの検討だけでもする価値がある場合は意外と多くあるものです。そのためには海外では一体どのようになっているのだろうか、われわれの常識はどのような経過で常識となっているのだろうかとの情報をまず入手することも必要です。ただ、ここで注意しなくてはいけないのは海外といっても実に様々な国があり、それらの国々では実に様々な環境、習慣、生活様式などが存在することです。ですから、ただ一言で海外では、と片づけられないのです。日本でよく使われている表現のひとつに「欧米では」がありますが、ひとつヨ-ロッパだけをとっても南と北とでは気候、民族もことなり、生活習慣、考え方なども大きくことなります。ですから、日本で頻繁に使われる表現、「欧米では・・」の表現は実は無責任、無知をさらけ出し、無意味、あいまいな表現なのです。すくなくとも、南欧、北欧、西欧、東欧の区別ぐらいはしてほしいものです。しかし、そうするためにはそれなりの正しい知識がないとそのような詳細な表現を使えなくなります。ですから、日本ではあいまいに「欧米では」、の表現が気楽にいまだに使われているのかもしれません。丁度、その逆に欧米人が「アジアでは・・・」と日本やカンボジャやタイなどと一緒に論じるのに相似ています。それにしても、「海外では」とは言わずに「欧米では」と表現すること自体が明治維新以来の欧米に追いつけ政策がいまだに尾を引いていることになります。「欧米では・・」は実は明治維新の政策用語だったのです。

 

 さらに海外事情を調べる場合でも、ただ単に表面的な観察、視察だけでは本当の姿を知ることはできない場合がよくあります。たとえば、最近は日本の地方都市で、市電を復活させる動きがあるようですが、それに関連した日本からの海外視察団の新聞記事にはかならず、「ヨ-ロッパでは市電がかなり復活しているが・・」、とあります。しかし、これほどいい加減で無責任な表現はないのですが、日本ではごく当たり前の表現として認容されています。ヨ-ロッパの都会では日本同様に市電は昔からありましたが、日本のように簡単に廃止されなかった都会がかなり残っていたのです。それを一回のヨ-ロッパ視察でかなりの都市に市電網が発達しているのを目の当たりに見て驚嘆し、これほどまでに市電
が復活しているとは、となるのです。ちょうど、戦後最初の日本からの農協観光団体客がロ-マを見物し、コロシアム(古代ロ-マ遺跡)の前で「へぇ-まだイタリアには戦争中の空襲の跡がそのまま残っているんですね」と感嘆したとか。まさに、これと似たような観察、理解が今でも日本人の一部に存在することになります。

 

 たしかに市電に関しては日本人が日本の都市の実情から判断すれば、一回のヨ-ロッパ視察旅行でそのよな印象を受けたのもやむをえないのかもしれません。しかし、市電が一旦廃止された都市にまた市電を復活させるのは日本と同様にヨ-ロッパでも極めて難しいのです。現在のヨ-ロッパの都市にみられる市電の現状を本当に正しく理解すると、市電を現状のように維持することがいかにむずかしかったかを読み取るべきなのです。 ともかくこのような観点から日本とヨ-ロッパとでのいろいろな日常生活体験を通して日本人の眼からみた文化、習慣の相違に焦点をあてて書かれたのが本書なのです。(なお、本書では原則としてアメリカは対象にしていしません。それは著者はアメリカでの経験があまり無いので、簡単に欧米ではの表現は用いられないからです。)

 

本書は長年にわたってヨ-ロッパに生活の場を築いてきた著者が日本とヨ-ロッパとの間に介在する様々な文化、習慣などの相違点を実際の生活体験を通して比較し、誰もが気楽に読めるようなエッセイ風にまとめたものです。したがって、日欧文化比較論のような堅いものではなく、実際生活に関与したいろいろなテ-マを取り上げて面白く読めるように書き上げました。ただ、すでに記述しましたように、ふたつの異なった文化をただ単に比較するだけでは余り意味のないことですので、一歩進めて、そのような相違を認識することにより、お互いの理解を深めることにもなります。さらに、それぞれの違いを単に違いとしてのみ捉えるのではなく、それぞれの背景をも理解し、最終的にはそれぞれの長所をどのように私たちの日常生活に取り入れて融合を計るかへの考察も必要になります。また、本書を通して、逆に日本にもよい文化環境があることを再認識するよい機会になるかもしれません。

 

目次
はじめに

 

生活習慣編

 

 その1: 日本ではどうしてドア-は外開きなのでしょうか「外開き文化の悲劇」 

 

 その2: 青信号は本当は緑信号なんです「単色文化と複色文化」 

 

 その3: 水は天からの授かり物「風呂文化とシャワ-文化」 

 

 その4: カクシの心理は海外では通用しません「カクシ社会とアケッピロ社会」 

 

 その5: アァ、主人と手をつないで歩いてみたい「お辞儀社会と握手・抱擁社会」 

 

 その6: 嫌いなものは外に投げ出しましょう「内向社会と外向社会」 

 

人間本質編

 

 その7: あなたは今日何回笑いましたか「瞑想文化と笑い文化」 

 

 その8: 日本から匂いがなくなる日「体臭社会と無体臭社会」 

 

 その9: 脚が短い日本人は損をする「胴短社会と胴長社会」 

 

 その10: 喜怒哀楽の表現はそとにだすものなのです「無の感動と有の感動」 

 

社会編

 

 その11: 歓迎会は自分のホケットマネ-で「同属社会文化と自己中心文化」 

 

 その12: 駅の改札は必要なんでしょうか「自己責任と組織責任」 

 

 その13: 日の丸を見たことがありますか「国旗を必要とする国、必要としない国」 

 

 その14: 身分証明書ってなんですか「写真付き身分証明書の必要性」 

 

食習慣編

 

 その15: ごはんなしの食事はできませんよね「おかず社会と主食社会」 

 

 その16: 日本料理はやはりおいしい「ソ-ス文化と煮付け文化」 

 

 その17: 犬肉も鯨肉もにたようなもの「食文化摩擦は歴史的相互理解が必要」 

 

その18: 食器が文化に影響しているのかもしれない「皿文化と小鉢文化」  

 

言語・交流編

 

 その19: 英会話の勉強はあきらめなさい「意存言外社会と有言伝達社会」 

 

 その20: 日本語を国際語にしましょう「自国語を卑下する日本人」 

 

 その21: 海外からの外国人を招くことは呼民なのです「移民と呼民」 

 

 その22: 観光資源を無駄にする国「観光先進国、観光低開発国」 

 

 その23: 海外在住日本人の問題「海外在留日本人の保護と二重国籍問題」

 

 

 

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2019年8月21日 (水)

国外、外国、海外の区別

日本語では「国内」に対する反対語には「国外」、「海外」、「外国」の三通りの表現があるのですが、その使い訳は極めて微妙なのです。

最初の「国外」はどの様な時に使うのでしょうか。誰も「国外旅行」とは言わないのです。旅行の場合には主として「海外旅行」とするのが普通なのです。従って、この「国外」という表現は国外追放とか国外移転、のような極めて限定された使い方しかないのかもしれません。ある意味では国外という表現には否定的な意味があるのです。もっとも、最近では国外移転のような表現は海外移転に置き換えられています。

一方、「海外」という表現はかなり色々な分野でごく普通に使われています。例えば、海外旅行、海外日本人、海外出張、海外派遣、海外文献などなど、極めて多くの分野でこの海外という表現が使われています。

しかし、「外国」という表現はかなりその範囲が狭くなり、外国旅行などとはあまり言いません。対象が旅行の場合には海外旅行の方が多いのではないでしょうか。その他には外国為替とか外国通貨などは普通に使われています。また、訪日外国人とは言われますが、訪日海外人とは言わないのは何故なのでしょうか。

でも、なぜ同じような意味を有する表現にこのような三通りの異なった表現があるのでしょうか。一般的に頻繁に耳にするのは「海外」だと思うのですが、このような表現では日本は島国であることを無意識に自覚して、島の外、海の向こう側、つまり「海外」となるのです。ところが、「外国」となるとややその意味するところが固くなり、その心中には固定概念、つまり、日本とは全く反対の方向というような認識が大きいのではないでしょうか。とくに、海外在住とか、海外商社、海外勤務のような場合に使われています。

しかし、このような無意識的な区別は時として混同して使われるのでその違いを心理的に説明するのは難しいかもしれません。例えば、海外に転勤と外国に転勤、という表現の微妙な違いを説明するのは難しいかもしれません。

外国語にはこのような微妙な表現の種類は無いのです。例えば英語ではforeignとい単語で殆どの場合が済んでしまうのです。この単語はラテン語のforis、つまり  outsideの意味、に由来するとされています。ドイツ語でもAusland、つまり外の国、となり、それ以外にもUeberseeという表現もありますが、あまり日常的には使われていません。

でもどうして日本語ではこのような微妙な違いのある表現が同じ目的なのに使われているのでしょうか。

日本国内を意味する時には「国内」であってもその反対語としての「国外」という表現が日常的に使われていないのは日本は島国であり、本来はその島国でのみの生活が殆どであり、周りが海であり、外に出るという環境は以前は殆ど考えられなかったこともその一つの原因かもしれません。欧州とかアメリカ大陸とかアフリカ大陸のように色々な国との接触は地続きなので外にでるという感覚があまり強調されないこともあるのかもしれません。ある意味では、日本人は国境という概念を身近に意識することは出来ないので、島の外、つまり海外となるのですが、必ずしもそのような意識づけがあるとも限らないのです。例えば、海外旅行という表現も昭和の時代、いゃ、大正の時代には外国旅行という表現が普通だったのです。ある意味では今日のような国際環境下では外国という意識づけが日本人の場合には使われないのかもしれません。しかし、一時的な訪問者のような場合には訪日外国人となり、訪日海外人とは言わないのは単に一時的な来訪に過ぎないからかもしれません。

本当に日本語は難しいです。でもこのような違い、使い分けを外国人に日本語を教える場合にはまず困難です。

 

 

2018年5月20日 (日)

若き頃の美智子皇后の足跡

若き頃の美智子皇后の足跡

 

美智子皇后がまだ結婚されていない時代にはもちろんいろいろなところに旅行されているのは当たり前ですが、どこに行かれたのかという個人的な情報はなかなか知られていないのではないでしょうか。

 

実は、最近に私がイタリアのサルでニア島に観光に行き、北端のオルビア空港から八キロほど離れた海岸PittolungoにあるHotel Stefaniaに泊ったのです。このホテルにはレストランRestaurante Nino’sが併設されてあり、このホテルとレストランの所有者Nino Siniという人がいたのです。

 

ホテル滞在中にこの人と偶然にいろいろと話す機会があったのですが、その時にこのSiniさんが、昔、このレストランで美智子さんが他のイタリア人と一緒に食事をされていたことを話していました。その話によると、おそらく上智大学の学部長であったイタリア人宣教師のJosef Pittausやほかの人たちと一緒に来られたようなのです。

 

周知のように美智子さんはカトリック信者でもあり、当時にはこのピタウさんとの繋がりがこのあったのではないでしょうか。このピタウさんはサルデニア島の出身なので、おそらく他のカトリック信者と一緒に何らかの機会にピタウさんの故郷のサルでニア島に来られたのではないかと考えられるのです。

 

実は、Nino Siniさんがその時にいろいろな写真を撮っていたとのことでしたので、その中の一枚をコピ-して貰えないかとお願いしたのですが、かなり昔のことなので、探さないとわからないとのことで、結局は貰えませんでした。本当に残念でしたが、もう一度彼に手紙を書いてお願いしようかなと考えています。

 

もしかしたら美智子さんが1958年に、ベルギーにて開催された「聖心世界同窓会」第1回世界会議の日本代表として出席され、欧米各国に訪問旅行との記載がありますので、その時にサルでニアまで行かれたのかもしれません。

 

Nino Sinの顔写真です。

 

 

Sardenia_hotel_besizer

 

追記

この内容は美智子さんがまだ皇后さまになられていなかった時代の想いです。

 

2018年4月13日 (金)

ヨ-ロッパ人の気質 (1)  スイス人

ヨ-ロッパ人の気質 (1)  スイス人(1)


 


ヨ-ロッパ、つまり欧州にはいろいろな国があり、それぞれの特徴のある国民性を持っているので、日本でよく使われる表現「海外では」「欧米では」「欧州では」などのように簡単に述べることは出来ないのですが、日本ではそのような実情を知らないから、いとも簡単にひとまとめにしてしまうのです。


 


似たようなことは、日本人は、と海外からの観光客が語るのと相似ているのです。その典型例はいわゆる「おもてなし」で、確かにこのおもてなしの行為を実際に体験すると観光客はみんな感心するのです。だからと言って、その逆に日本人は全員がそのようなおもてなしの心を持っていることにはならないのですが、いいことには誰もすべて賛成するので、結果的には日本人は素晴らしいとなるのかもしれません。


 


このように個々の事例を以て全体を評価することは必ずしも正しくはないのです。したがって、これからいろいろと欧州人の気質、正確についての逸話を紹介しますが、だからと言ってそれがすべの人たちに当てはまることはないのですが、全体的な傾向として知っておくのも悪くはないと思うのです。


 


瑞西人といっても、この国には大きく分けてドイツ語圏、フランス語圏、イタリア語圏があるので、ある意味ではそれぞれの国語の国の影響がみられるのは当然なのです。ですから、単にスイス人というよりはスイスのドイツ語圏では、といったほうが正しいかもしれません。


 


「几帳面性」
 ドイツ語圏のスイス人は日本人が考えられないような几帳面性があるのです。几帳面というよりはよい意味での頑固さかもしれません。


 


  例えば、部屋の掃除は土曜日に、買い物は金曜日に、洗濯は月曜日に、などなど、いささか古い習慣としてはとても日本人には考えられないような几帳面性、規則性があるのです。いささか古い習慣になるかもしれませんが、家庭内で、シャワ-でなく湯船に浸かるのは週に一回、それも土曜だけという習慣があったのです。このことに関しての笑い話に、ある娘さんが旅行して、ホテルに着いたら、その部屋に浴槽があるのを見つけて、すぐに母親に電話して、「お母さん、この部屋に浴槽があるのょ、土曜が来るのが待ち遠しいわ」と話したとか。


 


 そのほかにも、ある人の家の前にいつも自分の車を駐車していたのですが、ある日、外から帰ってきていざ車を駐車をと思ったら、いつもの場所によその人の車が置かれていたのです。そしたら、その人はわざわざ゛その他人の車の持ち主に「いゃね、ここは私の車をいつも駐車していたのですが・・・」と言ったとか。


そのほかにもスイスでは昼休みは最低でも12時から13時でありこの間には仕事をしたり、音をたてたりするのは禁止されているのですが、その昼休み時間帯にに芝刈りをしたために約六万円の罰金が科せられたとのことです。夜は十時以降はやはり静寂にしなければなりません。


その他にも、スイス人、或いはスイスの特殊性に関してのキ-ワ-ドを挙げるといろいろなことが考えられるのです。


通貨、税金、医薬分業、方言と標準語、国境の駅・空港、国境を超える市電・列車網、国際企業と外国人、隣国での買い物など。


 


 

2011年5月22日 (日)

旅券の文面を考えたことがありますか(***) 自己責任を考える

旅券の旅券に書かれてある文面を考えたことがありますか

 

  日本人が海外旅行するときにはかならず旅券が必要になります。多くの日本人海外観光客はこの旅券を始めから終わりの頁まで詳細に読んで検討したことがありますか。恐らく殆どの人はその旅券に印刷されている内容すべてを読んで、理解はしていないはずです。殆どの場合あなた自身の個人情報が旅券に正しく記載されてあるかどうかを調べるだけが精々ではないでしょうか。

 

この旅券の表紙の裏側、つまり最初の頁に「日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助をあたえられるよう、関係の諸官に要請する」と記入されているのです。ここで問題なのは「関係の諸官」の解釈です。英文にはall those whom it may concernとあり、きわめて曖昧な表現なのですが、この旅券の文面は日本が旅券を導入した明治時代から殆ど変更することなくすべての旅券に印刷されていたのです。その名残りがいまだに残っているのです。でも、どうしてこのような文面がわざわざ日本の旅券にいまだ記載されているのでしょうか。なお、1918年に発行された旅券にも同じような文面が既に記載されているのです。その頃の旅券と言うのは紙一枚だけのもので、「日本帝国海外旅券」となっていて、そこに書かれてある文章は「・・・ニ赴ク前期ノ者ヲシテ遠路故障ナク自由ニ通行セシメ且必要ノ場合ニハ保護援助与ヲ与エラレンコトヲ文武官憲請求ス」となっているのです。

 

1918

 

 

 

 

  そもそもこのような文面は海外の諸国政府・官憲に対しての依頼なのです。つまり、もしこの旅券所有者が海外で何らかの支障、困難があったときにはこの本人を助けてあげてくださいよ、との意味なのです。つまり、日本人が海外で困ったときには外国政府にお願いしますよ、との意図があるのです。ここには海外にある日本大使館、領事館は関係ないのです。

例えば、外務省が発行している「海外邦人ニュ-スレタ-」(平成15年 1月号)にも「旅券は、万一あなたの身に何かが起きた時、あなたに必要な保護と援助を与えるよう各国政府に対して要請している"公文書"でもあります」と明記しているのです。

通常の場合にはこの旅券の文章の意味を考えなくとも全く問題はないのですが、万が一何らかの事件、政変などが海外滞在中に発生した時にどのような援助が受けられるのでしょうか。このような場合まず日本政府、日本大使館は極端な例外を除いては殆ど何もしてくれません。このことは外務省旅券課の正式の返事でも「所持人が渡航しようとする外国当局に対し,安全に旅行できるよう通行の自由と適法な援助を公式に要請する公文書という側面も伝統的に持ち合わせています。」と言明されているのです。でも、こんな虫の良いことを平気で未だに日本の旅券に堂々と記載していることに日本政府はなんらの問題もないと考えているのです。

 

ともかく、海外で個人が何らかのトラブルに遭遇して、現地の領事館に助けを求めでもほとんどの場合、領事館は何もしてくれないのです。例えば、1985年の旧ユーゴスラビア崩壊にさいして、現地の男性と結婚した日本人女性も数多くいることが報道されていました。旧聞になりますが、当時の在留日本人リピチ都子さん救出に関する記事が日本の新聞に報道されていましたが、その記事を読んで考えさせられた事は、領事館の海外在留邦人への保護に対する対応でした。当時の新聞記事によりますと、リピチ郁子さんの救出に関してフリ-ジャーナリストの水口康成さんの尽力により彼女は日本に帰国することができたのですが、肝心の救出に閲して現地領事館の対応が極めて消極的であったとのことです。そして、それに関連した説明に子供をも含めたリピチ都子さんの国籍が不明、本人の帰国意思が不明だからなどの理由から領事館は何らの援助の手を差し伸べてくれなかったのです。

 

そのほかにも、1985年にニューヨーク近郊のアパートで日本人青年が銃犯罪の被害者となり射殺された時、この第一報を日本の両親宅に国際電話で総領事館から知らせがありましたが、その電話はコレクトコールであったとのことです。また、この両親がアメリカで訴訟をおこし、アメリカの検察当局に裁判開始を訴えるために渡米し、日本総領事館員に同行を依頼したところ、本省からの指示がないとの理由で断られたとのことでした。

 

また2001年の九月のニューヨークでのテロ事件で犠牲になった二十数人の日本人については日本の政府はまったく言及しておらず、小泉首相は国家首脳として責任ある対応をとっていませんでした。

 

いずれにしても海外在留邦人の救出とかのような最悪の事態が発生した場合の日本政府の基本方針はまず第一に米国政府に在留邦人の救助の依頼することにあり、日本政府独自の対策はないとのことです。海外在住米国人はどこの国にもかなりの数の人達がいるので、万が一の事態が起こった場合、米国政府は世界のいかなる地点にも自国の救援機を派遣します。それに日本政府は便乗しようといのが基本姿勢なのです。

 

たしかに、アフリカのような遠隔地に滞在している数人の日本人の国外脱出にわざわざ日本から救援機を飛ばすよりも、米国政府に依頼したほうが簡単です。しかし、これほど虫のいい話はありません。事実、米国政府はもし余裕があれば日本人も救出しましょうと声明しています。これは当然なことなのです。
つまり、個人単位の在外日本人に危険が及んでも日本人を保護する法的義務はないとのことです。

 

そのほかにも、北アフリカのアラブ諸国で発生したオレンジ革命に際し、その当時該当する国に何らかの形で滞在していた日本人はどのように扱われたのでしょうか。当時のカイロのデモ騒ぎで空港が閉鎖されたりしてエジプトに居る外国の観光客は空港で大混乱でした。日本の観光客も約千人近くがカイロ国際空港に足止めされていたとか。このことに関し日本の外相が駐日エジプト大使を外務省に呼び、エジプト航空に対し増便をお願いするとの要請をしたとのことです。中国や韓国など他の国が自国から救援機をカイロに飛ばしていたような状況下で、これほど無頓着、無責任な要請はナンセンスものなのです。そのような要請が当時のカイロの状況を理解すればそのような可能性が全くないことの認識がなかったのでしょうか。

 

もっとも、日本の旅券には上記に説明したように海外政府の諸機関たいして邦人の援助要請が謳われていますので、日本政府はよほどのことがない限りこの旅券に記載されてある文面を尊重して海外邦人救援機を飛ばすようなことは考慮しないのです。確かに、該当する日本人の数は少ないので、わざわざ日本から救難機を飛ばすような発想は日本政府には無かったのかもしれません。つまり、日本政府としてはあくまでも他人頼みなのです。

 

  これが単なる旅行者の場合には場合によってはきわめて危険を伴うこともあるのですが、この日本旅券を持っている限りその本人の安全に関しては全くの他人任せであることをあらためて認識すべきです。しかし、殆どの場合このような事態を十分に理解して、海外旅行する人は殆ど居ないと思うのです。つまり、そのような事態が起こるかもしれないということはいま原発に関連して使われている流行りの表現「想定外」なのです。

 

ちなみに、欧州諸国の旅券には日本の旅券に書かれてあるような文面の記載があるのはまず皆無です。もっとも、外務省旅券課の見解ではこれと同じような文章はアメリカや英国の旅券にも書いてありますので、それにならっているのです、との全くの能天気的な説明なのです。なにも他国の真似をしなくともよいと思うし、現在の国際環境から考えるとこのような古色蒼然とした文章は前世期の遺物と考えるべきではないでしょうか。

それにしても、更に奇異なのは「公用旅券」、つまり政府の役人が国の業務として外国に出かけるときには普通の旅券ではなく、「公用旅券」が交付されるのですが、そこにも普通旅券と全く同じ文章が書かれているのです。お役人が海外に出張した時も、海外で何らかの問題に遭遇しても政府としては何もしませんよ、と言うことを間接に説明しているのではないでしょうか。まったく常識では考えられないことなのですが…。

この文章は日本が旅券の発行をし始めた明治の時代から全く変わっていないのです。それはそうでしょう、日本が旅券を発行し始め、極めて限定された日本人が海外に出たときに頼りになるのはその国の助けなのです。ですから、日本人が困ったときにはどうぞ助けてあげてくださいとの嘆願状なのです。それが今でも連綿として続いているのです。

 

なお、この文面に関しての当局の回答は以下のようになっています。

 

「表紙裏面の文言についてご指摘をいただきましたが,パスポートは国として,その所持人の国籍や身分事項を証明するとともに,所持人が渡航しようとする外国当局に対し,安全に旅行できるよう通行の自由と適法な援助を公式に要請する公文書という側面も伝統的に持ち合わせています。そのため,今でもアメリカやイギリスをはじめ多くの国においてパスポート内に同様の記載ぶりが残っています。」
平成28年5月
外務省領事局旅券課

 

 

さらに重要なのはこのような文章の場面が現実のものとなった時のそれぞれの国の対応が問題なのです。すくなくとも今までの事例では一人の個人に対しての日本政府の対応はとても米英をはじめとした主要国との対応とは雲泥の差があるのです。このような事例の一部は拙著「誰も知らなかった常識の背景」に『海外在留邦人の保護と二重国籍問題』にても触れています。

 

なお、アメリカと英国の旅券の記載は以下のようになっています。

 

<米国パスポート文言・英文>
The Secretary of State of the United States of America hereby requests all whom it may concern to permit the citizen/national of the United States named herein to pass without delay or hindrance and in case of need to give all lawful aid and protection.
(和訳)米国国務長官はここに要請する、関係の諸官に、米国市民権者及び米国民として本旅券に記載された者を、遅滞なく、妨害なく通行させ、必要な場合は、総ての法定された援助及び保護することを(要請する)

 

<英国パスポート文言>
Her Britannic Majesty's Secretary of State Requests and requires in the Name of Her Majesty all those whom it may concern to allow the bearer to pass freely without let or hindrance, and to afford the bearer such assistance and protection as may be necessary.
(和訳)英国女王陛下の臣たる国務大臣は女王陛下の名において要請し要求する、関係諸官に、(本旅券所持する)旅行者を、自由にいかなる妨害なく通行させ、必要な場合は必要な援助と保護を与えられることを(要請・要求する)

 

でも英米の旅券に書いてあるから日本もそれを真似して書いてあるのです、との外務省の説明はまさに噴飯ものです。

 

なお、海外在住日本人が関連したトラブルなどについての海外領事館の対応は極めて消極的で、仕方がないからしてやるのだとの例はきりがないのです。このことに関して、私が以前に出版した本「誰も知らなかった常識の背景」の23章「海外在留邦人の保護と二重国籍問題」に取り上げています。

 

追記(2017 May)
現在の北朝鮮によるミサイル発射問題に関連して、万が一の時には韓国に滞在する日本人の引き上げをどうするかとの話題が報じられていますが、なんらの具体策はみられません。それは当然なことで、現在の旅券の最初の頁に書かれある文面を精読すれば当然なことなのです。
もっとも、最近の情報(20017 Nov)では外務省は在韓日本人の救援のことを考慮しているようですが、韓国の日本人がかなりの数になるので、おもい腰をあげているようです。

 

追記(20017 May)
以下の記事にも海外邦人救助に関した悲劇が載っています。

 

Japan On the Globe(1004)■■ 国際派日本人養成講座 ■■
Common Sense: 半島有事に邦人救出はできるのか?
 第2次朝鮮戦争が始まったら、3万人近い在留邦人を、日本政府は救出に行けるのだろうか?

 

 

このほかにも以下の書籍、並びにこの本へのへコメント(Amazon)が素晴らしいです。ぜひ読んてみてください。
【日本、遥かなり エルトゥールルの「奇跡」と邦人救出の「迷走」】 単行本 – 2015/11/20
門田 隆将 (著)

 

追記(2018 March)
最近の新聞報道によりますと、日韓両政府は「日韓安全保障対話」を開催し、朝鮮半島での情勢が緊迫した場合の邦人の退避についての協力を韓国に要請しています。この場合の「協力要請」がどのような内容なのかは不明ですが、基本的には日本がその対策を提言し、それに対し韓国が了解するという趣旨であるべきです。

 

 

追記(2018 Oct)
最近の朝日新聞に大杉栄のことが記載されていましたが、この記事によると彼が国際無政府主義者大会に官憲の目を盗んで渡仏し、現地の警察に逮捕されたとき、マルセイユの日本領事館が警察に話をつけて帰りの帰国船の旅費を出してくれたとのことです。まぁ、何事にも例外あるものです。

 

また、最近の新聞を賑わしている記事にフリ-ジャナリストの安田さんが三年ぶりにテロ組織から解放されて帰国した時に「自己責任論」が飛び出したことです。
でもどうしてこのような極論、暴論が出るのでしょうか。似たような事件とか遭難などがもし日本で起こった場合にはだれも自己責任論は出てこないのです。例えば、大雪が降る可能性のある時に冬山に向って、遭難し、助けが求められたような場合には、その本人に対して自己責任だとの非難はまず表面化しないのです。なぜなのでしょうか。この自己責任と言う非難は海外に滞在、居住している日本人の身に起こった場合のみに現れるのです。全く不思議なことですが、日本の旅券に書かれてある文面をよく咀嚼すると、なるほど、と解釈できるのです。

 

もっとも、法務省の説明では基本的には海外邦人がなにか事件に巻き込まれたような場合にも海外公館が援助するという法的な根拠はないと言明しているのです。もっとも、最近になってやっとテロのような場合の邦人援助に関しては救援をすることが出来るとの規則を新たに出しているくらいなのです。

追記(2019 Oct)

さいきん、中国で拘束された北海道の大学教授に関連し、政府の具体的な対応は全くなされていません。まさに、自己責任の解釈であり、旅券の文章を熟読すべきなのです。

 

 

 

 

2010年11月26日 (金)

私の初仕事 温泉の仕事

日本人は温泉が大好きな民族かも知れません。なにしろ、日本国内にはいたるところに温泉があるからです。
温泉地にある旅館の浴場には必ず、温泉の効能と分析表が掲げられています。ほとんどの人はそのようなものにはあまり関心がなく、あまり注意して読まれてはいないようです。
ところが、私が大学を出て国立の研究所に勤務しての最初の仕事がこの効能・分析表の作成に関与していたのですが、たまたま以下のような分析表を見つけましたので懐かしくなってここに転載しました。
基本的には、温泉法の規定により、泉質の分析は定期的に更新されているので、古い効能・分析表はおそらく見られないのですが、もしかしたら、いまだに古いのが掲げられてある場合もあるかも知れません。
もし、どなたかこのような効能・分析表に私の名前、鈴木伸二、が載っているのがあったら教えてくださるとありがたいのです。


[元湯温泉の特性]
源泉温度 ・摂氏 49.4度
浴槽温度 ・摂氏 44~46度 40~42度の二槽があります。
源泉温泉状態 ・無色透明、鹹味、無臭
浴槽温泉状態 ・淡茶褐色時に無色透明、鹹味、無臭
泉質 ・含土類食塩泉(緩和性、等張、高温泉特にアルカリ金属を多量に含んだ食塩泉です)
茶褐色の浴場 ・地上に出た温泉の成分の一部が空気にふれ酸化し、淡茶褐色を呈し、これが鍾乳洞の鍾乳石のように浴槽の縁や浴場等に附着し、堆積し、場所によってはミニ堆積岩の形を呈している所がみられます。浴場全体としては鉄分の参加した茶褐色の色で覆われています。

[定 量 分 析]
-本水1kg中に含有する各成分及びその分量-
カチオン(陽イオン) ミリグラム ミリバル又はミリモル ミリバル%
カリウムイオン 227.400 5.816 4.20
ナトリウムイオン 2,083.000 90.575 65.34
アンモニウムイオン 0.556 0.031 0.02
カルシウムイオン 690.700 34.466 24.86
マグネシウムイオン 88.410 7.270 5.24
フエロイオン 2.890 0.103 0.07
マンガンイオン 0.349 0.013 0.01
アルミニウムイオン 3.186 0.354 0.26
計 3,069.000 138.628 100.00
アニオン(陰イオン)      
クロールイオン 2,996.000 84.496 60.95
臭素イオン 1.032 0.013 0.01
ヨウ素イオン 1.230 0.010 0.01
硫酸イオン 1,068.000 22.235 16.04
ヒドロ燐酸イオン 5.830 0.121 0.09
ヒドロ炭酸イオン 1,938.000 31.753 22.91
計 6,010.000 138.628 100.01
通計 9,106.000    
メタホウ酸 59.350 1.354  
メタケイ酸 106.100 1.359  
合計 9,271.000    
遊離炭素 354.000 8.044  
総計 9,625.000    
・分析者…国立衛生試験所 温泉係長 厚生技官:小幡 利勝 厚生技官:松井 啓子 厚生技官:鈴木 伸二
・昭和32年12月4日