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2023年11月の記事

2023年11月15日 (水)

重国籍黙認への変遷  その④

その⑦

 

 しかし、意外と知られていない、このような現実、つまり、戸籍喪失届が提出されていない現実を理解すると、海外には実際に、日本の国籍と外国の国籍を共有している人、つまり重国籍者、はゴマンと存在するのです。このような状態は、重国籍の存在が"黙認"されていると、理解されても致し方が無いのです。

 

まず、現実に重国籍を明確に所持、併用している場合は、外国人と結婚した日本人女性の場合なのです。海外で、外国人と結婚した日本女性は多くの場合、自動的に結婚相手の国籍が自動的に与えられることがある(或いは、あった)のです。この場合にはそのような日本人女性は外国籍と日本の国籍との両方の国籍を所持していることになり、日本の国籍法という法律には違反しないのです。つまり、このような場合には、重国籍維持が黙認されていのです。それは当然のことであり、国籍法の条文にある「 自己の志望・・・」とは関係がないからです。しかし、このような場合の実態調査(つまり、潜在的重国籍者の統計)は可能なのですが、政府はそのことに関してはまったく関心がないのです。

 

その一方、別な観点からの判断によると、所謂「潜在的な重国籍者」が存在するのです。この場合は、国際結婚で日本人の子供として生まれた時には日本人の父親、或いは母親がが出生届を提出して、日本の戸籍には載るので、その子供も日本人になるのですが、その子供が成長し、青年になり、そのまま現地での生活、仕事を続けて、日本の旅券を使わないような場合も数多くあるのです。その結果、日本には戸籍が継続して存在しているのですが、日本の旅券の更新をせずに外国人として海外で生活、活動している場合なのです。。このような人の場合のように、外国人として海外で生活し、日本の旅券はまったく使わなくなっている場合もかなりの数になるのです。つまり、このような場合には日本に戸籍が存在する限り、その人は日本人でもあるのですが、日本の旅券をまったく使わず、その有効期限が来ても更新しない例は意外と多いのです。このような"潜在的重国籍者"という概念、理解はいままで誰も理解していないことは驚きなのですが、日本にのみ生活している日本人にはそのような人たちの存在を認識してもらうこと自体が無理なのかもしれません。

 

このように、(1) 国籍法違反ををしても戸籍喪失届を出さないことにより戸籍が存在、 (2)外国人と結婚した女性で、自動的に外国籍を与えられている場合、そして (3)海外での生活にのみ専念して、日本の旅券を全く使わない人、の三種類の「重国籍者」が現存するのですが、それぞれの実態調査は全くなされていないのです。つまり、このような場合の実態は全く不明であり、日本政府はそのような"潜在的日本人"の実態調査にはまったく関心がないのです。

 

   つまり、重国籍者が"日本の旅券を更新せずにまったく使用しない現実例"、そして、"結婚により、自動的に外国籍が授与されてる女性の場合"、最後には、"国籍法に違反しても、戸籍喪失届を出さない例"、の三種類の重国籍者が現存するのです。このように理解すると、法的には日本は重国籍を認めていませんが、現実には重国籍は「黙認されている」と解釈することも出来るのです。


もっとも、国籍法の条文の解釈を柔軟に解釈できる場合を考慮すると、「自らの意志」以外での場合の重国籍者が理論的には可能であるので、このような例を加算すると、四種類の重国籍者が存在することになるのです。

 

 

 

 

結語

 

  このような現状を考慮すると、現在の日本の少子高齢化社会では、日本の国籍有無とは関係なく、何十万人、いゃ、もしかしたら何百万人と言う膨大な数に上る海外居住日本人が、将来的には日本社会への大きなプラスにもなるのです。つまり、現在の海外邦人社会はある意味では将来的には、日本社会に大きく貢献できる可能性が高いのですが、このような可能性の存在は日本の施政者の頭の中には未だ存在しないようです。ちなみに、海外に居住している日本人、つまり、海外で暮らす長期滞在者と永住者は合計約130万9000人(22年10月1日時点)とのことです。しかし、前述のように重国籍が黙認されている現実を考慮すると、海外で生活し、活動している"日本人"は膨大な数になるのです。

 

 

 

  現在のようなIT社会では有能な日本人が世界のどこにいても日本への貢献は問題がなくなることになるのですので、現在のような海外居住の日本人は、日本に居住しているかどうかは殆んど関係がなくなりつつあるのです。周知のように、最近の会社員はかならずしも従前のように事務所に毎日出かけて仕事をしなくとも、家庭でも出来ることは当たり前になっているのです。これと同じことが、海外在住者の場合にも当てはめることはできるのです。しかし、残念ながら、現在の施政者にはこのような柔軟的な視点はいまだに持ち合わせていないのです。

 

   従って、今後はそのような視点からも海外の在留邦人をもっと活用すべきではないでしょうか。もっとも、このような将来状況を念頭に置くと、国籍問題は殆ど重要性が無くなるかもしれません。

 

   ある意味では、基本的には外国籍を取得した場合には、現在の根本概念、重国籍を認めない、という絶対論ではなく、希望すれば「外国籍を取得しても日本の国籍を維持することも出来る」のような柔軟な解釈を11条に明記、改定することにより、解決できるのです。結果として、上記に記述されている色々な国籍維持、喪失の状況が問題なく解決できることになり、今後は海外で活躍している日本人をも、国内で活躍している日本人と同様に認識して、大いに活躍できるようにすべきではないだろうか。

 

   その結果として当然ながら国籍法条文の柔軟性解釈がそのまま認められることにもなるのです。ちなみに、世界の多くの国は重国籍を認めて居るのです。

 

   このような解釈、理解を真剣に検討すれば、将来的には「海外邦人省」のような新しい組織が必要になるかもしれません。

 

重国籍黙認ヘの変遷  その③

その⑤    いずれにしても、このように単なる書類上で外国人になっても、日本人としての本質は変わらないのは当然のことなのです。 例えば、例の LED を発明してノーベル賞を得た中村さんは、ノーベル賞を受けた時は米国籍を職業上の理由から所得せざるを得ない状態であってので、結果的には国籍法に基づいて日本の国籍が自動的に剥奪されていたのです。しかし、当のご本人は自分は日本人であることには変わりがないと談話でも明言しているのです。それは当然で、たまたま職業上の理由から外国の国籍を取得したにすぎず、日本人であることには全く変化がないし、当然のことながら日本人と捉えていることには誰でも反対することは出来ないはずです。    しかし、現実には現在の国籍法の規定により、中村さんは米国人になっていて、中村さんは日系アメリカ人と言うことになるのですが、マスコミをも含めた日本人は誰もそのような解釈、理解はしていないのです。ましてや、日本人としての外観は変えようがないので、他人から見れば中村さんは日本人、ニッポンジンなのです。特に日本の国籍は血統主義であり、アメリカのような出生地主義ではないのです。ですから日本人はたとえ外国籍を取得していても血統的には日本人であるので、外国籍を所有していてもニッポンジンには変わりがないのです。極言すると、いくら紙の上での変化でも、血統そのものは変えることは出来ないのです。    さらに強調すべきことはりたとえ日本人が外国籍を取得しても顔、形、つまり外見、更には日本人としての人間性は変えること不可能であり、ニッポンジンなのです。国籍と言うものは目に見えない非現実性の法律の典型例であり、国籍が変わっても、その本質、人間性、殊にその外観は変わらないのです。つまり、日本人がたとえ外国籍を取得してもそれは紙の上だけの変化であり、日本人としての外観、人間性は変わり得ないのです。    もっとも、法務省の見解の中にはこのような柔軟的な概念は明確にされているのですが、このような理解を裁判官、弁護士、学者なと、誰もしていないのは、基本的には日本は重国籍を認めていないという固定概念が潜在するからなのかもしれません。    ある時、私のこのような疑問に関して法務省に問い合わせた時の返事が以下のようになっているのにはある意味では、柔軟性があることなのです。その回答は、以下のようになっています。 『我が国では日本国籍の得喪は国籍法が規定しており,同法第11条は,「日本国民は,自己の志望によって外国の国籍を取得したときは,日本の国籍を失う。」と規定しています。仮に日本旅券を有していても日本国籍を喪失している場合があるため,旅券を発給申請されるときに,申請者が外国籍を有しているかどうかを確認し,有している場合はそれに至った経緯,事情等をお聞きした上で,場合により必要な書類(滞在国の滞在許可証や査証等,日本人として滞在国に滞在していることが確認できる書類,又は,外国籍を有している場合には外国旅券等の国籍証明書等)の提出又は提示を求め,国籍法第11条に該当するか否かを確認します。提出又は提示いただいた書類により,外国の国籍を有していることが判明しても,国籍法第11条に該当しないことが確認できた場合には,通常どおり旅券を発給します。一方,外国の国籍を有するに至った経緯が国籍法第11条に該当し,日本国籍を喪失していると判断された場合には,旅券は発給されません。なお,申請者が自己の志望により外国の国籍を取得したのではないと主張される場合には,その根拠となる資料を提出又は提示いただいた上で判断することになります。』   つまり、この法務省の見解では「自己の志望で」の解釈には、ある意味では柔軟性が認められていると解釈できるのです。即ち、文中にある「国籍法第11条に該当するか否かを確認」と言うことは、明らかに、自己の志望であるかのか、どうなのか判断が求められていることになると理解できるのです。   ですから、日本人がなんらの原因、理由もなく、単純に外国籍をも欲しいな、と意識的に考えて外国籍を取得するということは非現実性であり、そのような考えを実行する日本人は一人もいないのです。それは当然で、普通の日本人が、なんとなく外国人になりたいなどと考えて、日本の国籍を捨てて外国人になるなどはまったくあり得ないのです。    しかし、意外なことに、外務省の見解として、以下のような回答があることなのです。 なお、興味あることは、このような法務省の見解に関連して、著者が外務省の旅券課に改めてその真意を確かめたところ、以下のような返事が得られたのです。 「外務省ホームページに対して,在外公館における旅券(パスポート)の申請の際,外国籍を有している場合の対応につき御照会をいただきました。日本旅券の発給は,日本国籍を有していることが要件です(旅券法第18条第1項第1号)。このため,旅券発給に際しては日本国籍を有していることを確認しております。我が国では日本国籍の得喪は国籍法が規定しており,同法第11条は,「日本国民は,自己の志望によって外国の国籍を取得したときは,日本の国籍を失う。」と規定しています。仮に日本旅券を有していても日本国籍を喪失している場合があるため,旅券を発給申請されるときに,申請者が外国籍を有しているかどうかを確認し,有している場合はそれに至った経緯,事情等をお聞きした上で,場合により必要な書類(滞在国の滞在許可証や査証等,日本人として滞在国に滞在していることが確認できる書類,又は,外国籍を有している場合には外国旅券等の国籍証明書等)の提出又は提示を求め,国籍法第11条に該当するか否かを確認します。提出又は提示いただいた書類により,外国の国籍を有していることが判明しても,国籍法第11条に該当しないことが確認できた場合には,通常どおり旅券を発給します。一方,外国の国籍を有するに至った経緯が国籍法第11条に該当し,日本国籍を喪失していると判断された場合には,旅券は発給されません。なお,申請者が自己の志望により外国の国籍を取得したのではないと主張される場合には,その根拠となる資料を提出又は提示いただいた上で判断することになります。投稿者様におかれましては,今後とも旅券行政への御理解と御協力のほどよろしくお願いいたします。 令和元年十一月    外務省領事局旅券課 」    つまり、外務省のこの回答では、法務省の回答とほぼ同じ内容で、「申請者が外国籍を有しているかどうかを確認し,有している場合はそれに至った経緯,事情等をお聞きした上で,場合により必要な書類(滞在国の滞在許可証や査証等,日本人として滞在国に滞在していることが確認できる書類,又は,外国籍を有している場合には外国旅券等の国籍証明書等)の提出又は提示を求め,国籍法第11条に該当するか否かを確認します。提出又は提示いただいた書類により,外国の国籍を有していることが判明しても,国籍法第11条に該当しないことが確認できた場合には,通常どおり旅券を発給します。」が明記されているのです。    従って、何らかの目的、原因、などがあってその滞在国での職業的などの継続のためには滞在国の国籍を取得しなければならないようなときは国籍法の条文「自己の志望で」には該当しないとの柔軟な解釈が法務省、そして外務省にもあるのです。これは当然で、わざわざ海外に出かけて、もう日本の国籍はいらないので、外国籍を入手したい、と単純に考える人は誰もいないからなのです。 つまり、現在の国籍法11条は、現時点では「恣意的」に行使されていたと解釈されていても致し方がないのです。なお、世界人権宣言15条2項では、「何人もその国籍を 恣意的 に奪われない」と規定されているのです。    でも、もしこの両省の回答を厳密に解釈すると、「自己の志望」という概念にはある意味での柔軟性があるのですが、現実はまったくその正反対で、「自動的に」処理されているのです。このような柔軟な解釈が、豹変されたのは2018にスイスからの国籍法違反の裁判が提起された時から、急変するようになっているのです。 その⑥    いっぽう、日本には政府発行の写真付きの公的な身分証明書を各人が所有するという制度は全然無いという極めて驚くべき事実があるのです。つまり、各国の例とは裏腹に、日本では各人に写真付きの公的な身分証明書が発行されておらず、従って、その携帯義務が法的に規定されていない、という極めて特別な国であり、極めて例外的な国なのです。ですから、日本国内では身分証明書扱いとされる書類はいろいろと便宜上、認識されているのに過ぎないのです。勿論、有効期限が切れていない旅券を所持していれば日本では身分証明書としても使えますが、そのような旅券を維持している人は海外旅行をしたことのある人しか持っておらず、日本国内では極めて例外にすぎないのです。    したがって、新聞に頻繁に報道されている事件で、犯人が逮捕されても、新聞にはかならず「住所不明」となっているのです。それは当然のことであり、日本国民全員が顔写真つきの身分証明書を持つことが義務化されていない、いゃ、そのような証明書自体が存在しないからです。したがって、時として、更に問題になのは日本に帰化して日本人となっている外国人の場合なのです。多くの場合、そのような日本人は外見から判断すると外人であることが一目瞭然の場合もあり、そのような日本人はときとして警官から職務質問された時に、身分証明書が無いため、問題化される場合すらあるのです。    つまり、日本に住んで、正式に帰化している" 日本人"に対して「あなたはどこの国の国籍 を持っていますか」ではなく「あなたは何人、何処の国の人なのですか」と聞くのが 普通なのです。 そのような質問を上記の人女性が受けた時にとっさに日本人ですとはならず、フィリッピン人ですと答えたのかもしれません。つまり、上記の警官の職務質問にたいする返事が誤ったために身柄拘束になってしまったのです。もっとも、新聞報道では彼女が「フィリッピン人です」と答えたと記述されていましたが、警官が普通の職務質問で「あなたはどこの国の国籍を持っていますか」と質問したとは考えにくいのです 。    更にこの事件で隠されている大きな問題は、もしこのフィリッピン人が私は日本に帰化しています、と答えた時の警官の対応になるのです。そのようなときにはおそらく警官はああそうですか、と聞き流しはしないと思うのです。ましてや、相手が 肌の色の異なる アリカ人などに対しては、次の質問 は「なにか身分を証明するものはありますか」、となるのです。   ここで、問題なのはもし相手が普通の容貌の日本人だったら、仮に身分証明書を持っていなくても口頭で住所、電話番号など聞かれて、それで、ほとんど問題なく、ましてや身柄の拘束はなされない筈です。それはなぜだか分かりますか。 その答えは、日本には個人の身分を証明する身分証明書の存在がないからです。    ですから、たんなる旅行者ではなく、海外で生活していて、何らかの活動をしている日本人がその国に長く滞在している場合には、日本の旅券は正式な身分証明書にはならず、滞在国の国民と同様にその滞在国発行の写真付きの滞在許可書が、その国での身分証明書になるのです。このような観点を理解すると、海外に長期滞在の日本人が所持している旅券はその滞在国での正式な身分証明書ではないのです。旅券は文字通り、国外に旅行する場合にそれぞれの国での滞在許可証としてのみ有効なだけなのです。    しかし、そのような海外に長期在住の日本人が旅券の有効期限の延長、更新を申請した時に、もしその時点で外国籍をも所有、維持していれば、旅券の更新は、国籍法という法律の解釈により、現実は海外公館により更新は否定されるのですが、それと同時に国籍法という法律が介入されて、日本人扱いとはならないのです。従って、日本人であることが否定されてしまうのが現実なのです。つまり、海外在住者の旅券は、海外公館の判断では、単なる海外旅行の許可書ではなく、日本人としての身分証明書扱いになるという極めて異端な解釈にもなるのです。    その根拠として挙げられるのが国籍法という法律なのです。この法律によると、日本人が外国籍を取得した時点で、日本人ではなくなるということなのですので、旅券そのものが、場合によっては日本人としての身分証明書扱いになると判断されているのです。しかし、旅券の更新が拒絶されただけでは日本人が消されることにはならず、旅券の更新拒絶の結果として「戸籍消失届」を提出することが法律的には求められるのですが、もし、この届を提出をしなけれ 戸籍は永遠に存在し、日本人でありうるのです。    勿論、その戸籍消失届を出さなければ、罰則が規定されているのですが、海外に在住している日本人には日本の法律に規定されている罰則は適用できにくいという難点があるのです。従って、もし一人でもそのような海外居住者に対し、日本の法律的罰則を適用したならば、それまでにそのような日本の法律違反をしている何十万、何百万という海外在住の日本人全員に対しても、同じ手続きをしなければならないとなり、事実上不可能になるからです。    つまり、「戸籍喪失届を提出しない」、結果として、有効な日本の旅券を所持していなくとも、現在でもかなりの数の戸籍記載例のみの日本人が海外には存在するのです。その具体的な例としては、かっての、南米移民の子孫たちなのです。そのなかでの典型例はペルーの元大統領だったフジモリ氏が、政変で日本に亡命してきたときに、当時の日本政府は、フジモリ氏の戸籍が日本には未だ残って記載されていたので、まったく問題なく、日本人として、扱われていたことなのです。つまり、フジモリ氏が政変で日本に亡命してきたときに、彼はペル-の国籍を持っていてぺル-の旅券で日本に亡命してきたのです。     なお、意外と知られてい ない事 実は、彼が参議議員の選挙に立候補していたということなのです。 公職選挙法で定めている国会議員立候補者の条件は、日本国民であることと年齢制限(衆議院議員は満25歳以上、参議院議員は満30歳以上)だけです。二重国籍かどうかは問われてはいないのです。実際に2007年7月の参議院議員選挙には、ペルーと日本の国籍をもつ藤森謙也氏(フジモリ元ペルー大統領)が国民新党の比例代表公認候補として立候補していたということなのです。もう、このような事実を考慮すると、現在、継続している重国籍拒否問題での裁判に関して、いったい、政治家はどのように考えているのでしょうか    なお、現実には、多くのこの国籍法11条該当者は自発的に戸籍喪失届を必ずしも出しているわけではないのです。それは当然で、もし、この戸籍喪失届を提出することは完全に日本人ではなくなるのですが、その届に無意識的に署名して、提出している多くの人は、恐らく自分は日本人ではなくなるとの認識が無いのかもしれません。おそらく単純に単なる書類上の手続きぐらいにしか理解していないのではないでしょうか。しかし、現実に、そのような人達は、自分は日本人ではなくなるという理解をどのようにしているのでしょうか。 因みに、 最近の統計ではこの戸籍喪失届を出している人は年間に2000から 3000人前後しかないとのことなのです。はたして、この数字が多いから、少ないかの判断は困難なのです。   もしかすると、今後、将来的にはそのような戸籍消失届を無造作に提出してしまった人たちが、老後に日本での生活を望んだ時には外国人として取り扱われ、"日本" に帰るときにいろいろな想像以上の問題が派生することを理解すべきなのです。例えば、場合によっては、その人の居住国の国際環境にもよりますが、日本に" 帰国"するときには明らかに外国人として扱われ、日本に入国するときには査証。つまり、VISAが必要になる場合もあるのです。    そうなると、将来的には「戸籍復活裁判」のようなことが発生するかもしれません。   ですから、戸籍法ではいまだ日本人であることの典型例が上述のフジモリ氏のような場合の様にかなりの数になるのです。また、以前に報道されていたように、かって中国大陸で活躍していた「李香蘭」、こと山口淑子さんの記事がありましたが、山口さんの運命を分けたのは「戸籍」の写しが手に入ったので、日本軍に協力した中国人扱いとされて死刑になるところを、日本人として認められ、日本に無事に戻ることが出来たとのことです。つまり、別な見方をすれば、国籍法で自動的に外国人になっても、国籍喪失届を出しておらず、その後の届、つまり、戸籍喪失届、を出していないことが大きな運命の分かれ道にもなっていたのです。

重国籍黙認への変遷 その②

その③

 

  しかしながら、上記のような重国籍問題に関与する三点から重国籍は認めるべきではないとして取り上げられている主張は、机上の空論であるのです。例えば、一部の重国籍反対者は、納税に関しては日本国民であるにも拘わらず税金を納めないのはけしからん、となっているのです。しかし、納税義務はその居住地・国に居る人の義務であり、ましてや、海外に居住している人は滞在国で納税しているのであり、当然のことながら日本に税金を送金することはありえないのです。その典型例として説明できるのは、例えば、埼玉県民が東京の職場で働いている例はかなりの数になりますが、そのような人は都民税は払いません。つまり、埼玉県民はその居住地が埼玉県であるので一般的な納税は東京都に払うのではなく、埼玉県に払うのです。このような基本的な概念が海外居住の日本人の場合にも当てはめられるのは当然のことなのですが、そのような理解は重国籍維持反対論者には存在しないのです。
  
  次の兵役義務は一部の例外を除いては国籍を有する国に滞在している場合にその国の兵役に従事することは当然の義務になるのは常識です。しかし、現時点では日本の兵役は義務制ではないので、日本での兵役義務は海外居住者にも該当しないのです。しかし、例えば、、本来の日本人が、ある理由から韓国籍をとっていて、韓国に居住していれば当然のことながら韓国での兵役義務を果たさなければなりません。従って、日本人の兵役義務問題は現時点では重国籍反対の根拠にはならないのです。現在、おおきな問題となっているハマスとイスラエルの紛争に、日本人の母親をもつイスラエル兵が関与していることが報じられていますが、果たして日本の戸籍にこのイスラエル兵が登録されているかどうかは分かりません。

 

  最後の外交保護とは何を意味するのでしょうか。理論的には海外で日本人が何らかの問題に遭遇して何らかの援助が必要な場合には、もし重国籍者であるとその人が持っている他国籍の国との関係もあって必ずしも直ちに援助を差し伸べることは出来ないとされているのです。しかし、この議論はまさに噴飯ものであり、日本政府の基本は海外に出かけた個人はその保護対象にはならないのです。

 

   その典型例は日本の旅券の一頁に書かれてある宣言文を見れば明らかなのです。そこには「日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助をあたえられるよう、関係の諸官に要請する」と記入されているのです。ここで問題なのは「関係の諸官」の解釈です。英文にはall those whom it may concernとあり、きわめて曖昧な表現なのですが、この旅券の文面は日本が旅券制度を導入した明治時代から全く変更することなくすべての旅券に印刷されていたのです。その名残りがいまだに残っているのです。でも、どうしてこのような文面がわざわざ日本の旅券に現在でも記載されているのでしょうか。

 

   なお、1918年に発行された旅券にも同じような文面が既に記載されているのです。その頃の旅券と言うのは紙一枚だけのもので、「日本帝国海外旅券」となっていて、そこに書かれてある文章は「・・・ニ赴ク前記ノ者ヲシテ遠路故障ナク自由ニ通行セシメ且必要ノ場合ニハ保護援助与ヲ与エラレンコトヲ文武官憲ニ請求ス」となっているのです。そもそもこのような文面は海外の諸国政府・官憲に対しての依頼なのです。つまり、もしこの旅券所有者が海外で何らかの支障、困難などがあったときには、この本人を助けてあげてくださいよ、との意図があるのです。つまり、日本人が海外で困ったときには外国政府にお願いしますよ、との意図があるのです。従って、そのような場合は海外にある日本大使館、領事館は基本的には、まったく関与せず、関係がないのです。通常の場合にはこの旅券の文章の意味を考えなくとも全く問題はないのです。ですから、日本の旅券を使って、海外旅行している日本人の殆どすべの人達はこのような文章が旅券の最初の頁に記載されてあることにはまったく関心が無いのです。

 

   しかし、万が一何らかの事件、政変などが海外滞在中に発生した時にどのような援助が受けられるのでしょうか。そのような場合、まず日本政府、日本大使館は極端な例外を除いては殆ど何もしてくれません。このことは外務省旅券課の正式の返事でも「所持人が渡航しようとする外国当局に対し,安全に旅行できるよう通行の自由と適法な援助を公式に要請する公文書という側面も伝統的に持ち合わせています。」と正式に言明されているのです。勿論、旅券の本来の目的は、旅行許可が基本であり、現在の国際社会の中にあっては、日本の旅券であれば、ほとんどの国に入国できるのです。ただ、問題は、「・・・適法な援助」との記載なのです。

 

 

 

   この概念はどのように解釈できるのでしょうか。でも、殆どの日本人はこのような記述の影響、概念を理解しておらずに海外旅行をしているのですし、また考慮したことはないのが普通なのです。でも、こんな虫の良いことを平気で未だに日本の旅券に堂々と記載していることに日本政府はなんらの問題もないと考えているのです。つまり、現実には、このような依頼は当然なものとして解釈されているのです。たとえば、以下のような外務省の返答にも明確にされているのです。

 

「外務省は、海外における邦人の生命及び身体の保護その他の安全に関すること、海外における邦人の身分関係事項に関すること、及び旅券の発給並びに海外渡航及び海外移住に関すること等の事務をつかさどることとなっており、旅券、就中、旅券に記載のある渡航先当局に対する当該要請文は、外務省がこうした事務をつかさどるにあたっても重要なものであり、これらが矛盾することはないと考えております。 御理解のほどよろしくお願い申し上げます。

 

外務省領事局旅券課

 

ダウンロード申請書担当 」

 

 

  ともかく、海外で個人が何らかのトラブルに遭遇して、現地の領事館に助けを求めてもほとんどの場合、領事館は何もしてくれないのです。例えば、いささか古いことになりますが、1985年の旧ユーゴスラビア崩壊にさいして、現地の男性と結婚していた日本人女性も数多くいることが報道されていました。当時の在留日本人・リピチ都子さん救出に関する記事が日本の新聞に報道されていましたが、その記事を読んで考えさせられたことは、領事館の海外在留邦人への保護に対する対応でした。当時の新聞記事によりますと、リピチ郁子さんの救出に関してフリ-ジャーナリストの水口康成さんの努力により彼女は日本に帰国することができたのですが、肝心の救出に閲して現地領事館の対応が極めて消極的であったとのことです。そして、それに関連した説明に子供をも含めたリピチ都子さんの国籍が不明、本人の帰国意思が不明だからなどの理由から、領事館は何らの援助の手を差し伸べてくれなかったのです。

 

   そのほかにも、1985年にニューヨーク近郊のアパートで日本人青年が銃犯罪の被害者となり射殺された時、この第一報を日本の両親宅に国際電話で総領事館から知らせがありましたが、その電話はコレクトコールであったとのことです。また、この両親がアメリカで訴訟をおこし、アメリカの検察当局に裁判開始を訴えるために渡米し、日本総領事館員に同行を依頼したところ、本省からの指示がないとの理由で断られたとのことでした。

 

   また2001年に、全世界を震駭させた九月のニューヨークでのテロ事件で犠牲になった二十数人の日本人については日本の政府はまったく言及しておらず、当時の小泉首相は国家首脳として人道的な対応をとっていませんでした。
 
   いずれにしても海外在留邦人の救出とかのような最悪の事態が発生した場合の日本政府の基本方針は、旅券に書かれてある背景を尊重し、まず第一に該当国政府に在留邦人の救助の依頼することにあり、日本政府独自の対策は基本的にはないとのことです。例外としては、なんらかの政変、軍事衝突などの重大な事件のよう場合には、各国政府が、自国民の救出に救援機を派遣していますが、日本政府にとってはそのような対策は最後の最後の段階での対応になるのです。

 

   海外在住米国人はどこの国にもかなりの数の人達がいるので、万が一、そのような事態が起こった場合、米国政府は世界のいかなる地点にも自国の救援機を派遣します。それに日本政府は便乗しようという のが基本姿勢なのです。たしかに、アフリカのような遠隔地に滞在している数人の日本人の国外脱出にわざわざ日本から救援機を飛ばすよりも、米国政府に依頼したほうが簡単です。しかし、これほど虫のいい話はありません。事実、米国政府はもし余裕があれば日本人も救出しましょうと声明しています。これは当然なことなのです。つまり、個人単位の在外日本人に危険が及んでも日本人を保護する法的義務はないとのことなのです。

 

  そのほかにも、北アフリカのアラブ諸国で発生したオレンジ革命に際し、その当時に該当する国に何らかの形で滞在していた日本人はどのように扱われたのでしょうか。当時のカイロのデモ騒ぎで空港が閉鎖されたりして、エジプトに居る外国の観光客は空港で大混乱でした。日本の観光客も約千人近くがカイロ国際空港に足止めされていたとか。このことに関し日本の外相が駐日エジプト大使を外務省に呼び、エジプト航空に対し増便をお願いするとの要請をしたとのことです。中国や韓国など他の国が自国から救援機をカイロに飛ばしていたような状況下で、これほど無頓着、無責任な要請はナンセンスそのものなのです。そのような要請が当時のカイロの状況を理解すれば、そのような他国の援助の可能性が全くないことへの認識がなかったのでしょうか。

 

   このように、日本の旅券には上記に説明したように海外政府の諸機関に対して邦人の援助要請が謳われていますので、日本政府はよほどのことがない限りこの旅券に記載されてある文面を尊重して海外邦人救援機を飛ばすようなことは考慮しないのです。確かに、該当する日本人の数は少ないので、わざわざ日本から救難機を飛ばすような発想は日本政府には無かったのかもしれません。つまり、日本政府としてはあくまでも他人頼みなのです。これが単なる旅行者の場合にはきわめて危険な状態に直面することもあるのですが、この日本旅券を持っている限りその本人の安全に関しては全くの他人任せであることをあらためて認識すべきなのです。しかし、殆どの場合このような事態を十分に理解して、海外旅行する日本人は居ないと思うのです。つまり、そのような事態が起こるかもしれないということは、いま原発などに関連して使われている流行りの表現「想定外」なのです。

 

   ちなみに、欧州諸国の旅券には日本の旅券に書かれてあるような文面の記載があるのはまず皆無です。もっとも、外務省旅券課の見解ではこれと同じような文章はアメリカや英国の旅券にも書いてありますので、それにならっているのです、との全くの能天気的な解釈、説明なのです。なにも他国の真似をしなくともよいと思うし、現在の国際環境から考えると、このような古色蒼然とした文章は前世期の遺物と考えるべきではないでしょうか。

 

  それにしても、更に奇異なのは「公用旅券」、つまり政府の役人が国の業務として外国に出かけるときには普通の旅券ではなく、「公用旅券」が交付されるのですが、そこにも普通旅券と全く同じ文章が書かれているのです。お役人が海外に出張した時も、海外で何らかの問題に遭遇しても政府としては何もしませんよ、と言うことを間接に説明しているのではないでしょうか。まったく常識では考えられないことなのですが・・・・・。
  
  繰り返しになりますが、この文章は日本が旅券の発行をし始めた明治の時代から全く変わっていないのです。それはそうでしょう、日本が旅券を発行し始め、極めて限定された日本人が海外に出たときに頼りになるのはその国の助けなのです。ですから、日本人が困ったときにはどうぞ助けてあげてくださいとの嘆願状なのです。それが今でも連綿として続いているのです。最近でも時折、新聞に報道されているように個人の場合には日本政府はなんらの援助をしてくれず、また国内にいる一部の人はそれは「自己責任で、勝手にそのような危険な地区に行くこと自体が悪いのだ」となるのです。そのよい例はシリアで反乱グル-プに長らく拘束されていた安田純平さんに対する自己責任のバッシングでした。

 

 

 

その④
  では旅券の意義を別な視点から考えてみました。問題なのは、旅券を所持していて海外に長く滞在しているときに、その有効期限が切れた時の対処なのです。もし、その有効期限が切れた時に、基本的にはその更新申請を現地の領事館、大使館でするのが普通なのです。ところが、"最近では"その更新の時点で、もし申請者が何らかの理由で滞在国の国籍をも取得している場合には、海外公館はその旅券の更新を拒絶しており、殆どの場合、その申請の時点で該当する旅券に穴をあけられ、旅券の意義が消されてしまうのが現実なのです。

 

   ちなみに、以前はそのような判断にはかなりの柔軟性があり、海外公館員の判断に任されていたのです。むしろ、柔軟性という解釈ではなく、旅券法には旅券の更新手続きの場合に、当人に対して外国籍を取得しているかどうかを検討すべきとの"規定項目"はないので、その判断は極めてあいまいになっていたのです。ですから、従前は、海外公館に旅券の更新に来た時に、公館の担当者の裁量に任され、たとえ、外国籍を所有していることが判っていても、問題なく旅券の更新をしていた場合もあったのです。でも、そのような柔軟な解釈をしていても、その公館の係員は職務怠慢で注意を受けたことは全くなかったのです。

 

   つまり、旅券そのものは厳密な意味では身分証明書ではなく、たんなる海外旅行許可書なのです。ですから、基本的には、旅券の更新に際し、国籍問題を提起すること自体が例外、いや、もしかしたら、法律違反、になるのかもしれませんが、このような解釈をする人は一人もいないのです。。

 

   もっとも、例外と言うことではなく、繰り返しになりますが、旅券法にはそのような行為をすること、つまり外国籍所持の云々、はなんらの記載が無いのです。もっとも、昭和の初期の時代には海外に何らかの目的で海外に居住するような人は極めて稀であったので、海外公館での旅券更新申請がなされても、殆どの場合、外国籍有無の質問はなされずに、問題なく旅券の更新がなされていたのです。
  
  ところが、最近になって、日本で国籍関連問題の訴訟が提起されてからは、意識的に、海外での旅券更新者に対して、外国籍所有の有無について、質問をするように通達、理解され、最悪だったのは、そのような過程でのある時期には国籍法の条文には記載のない、外国籍を所持している場合に「"自動的に"日本の国籍を喪失する」、との解釈、通達がなされ、世界各国にあるすべての日本公館での旅券関連の説明書にはこの「自動的に」という表現が無意識的に添加されていたのです。つまり、ある意味では 国籍法の法文には「自動的に」という表現がないのに、外務省が独自の判断で、条文"改正"をしたとも考えられのです。

 

  さらに問題なのは、国籍法に従って、外国籍を取得した時点で、理論的には自動的に日本の国籍を失うのであれば、その時点で、もう日本人ではなくなってといることになるのですが、書類上の手続きの関係で、そのような日本の国籍を"自動的に"失っている人に対して「国籍喪失届」を出しなさいとすることは出来ないのではないでしょうか。つまり、外国籍を取得した時点で日本の国籍を失う、といことはそ時点ではもう日本人ではなくなり、外国人になっているのです。しかし、そのような"外国人"に日本の法律での事項、つまり国籍喪失届、を提出させることは理屈から言えば出来ないはずなのです。

 

 

  つまり、2018年に国籍問題が日本での裁判で現実化されて以来、旅券法にはまったく規定されていない当人の外国籍の有無を事務的に問い合わせるようになってきたのです。即ち、この国籍問題が裁判になった当時の外務省の対応は、法務省の見解を全く無視して、国籍法11条の解釈、説明に、意識的に「"自動的に"国籍を失う」ということが海外公館の説明文に、記述されていたのです。ところが、最近では、不思議なことにこのような表現、「自動的に」は海外公館の国籍法の解説に記載がなくなっていること、つまり、海外公館での解説、説明文からは、一斉に消えてなくなっているのです。もっとも、国籍法の解説書(例えば、逐条注解・国籍法)内での解釈、解説には「自動的に日本国籍を喪失することを規定する」との記載があるのです。

 

  しかし、現在でも、すべての在外日本人が、旅券の更新に際し、外国籍を持っていることが明らかになった時には、直ちに旅券の更新が拒否され、最悪の場合には、瞬時に該当旅券に穴があけられ旅券の効果が無くなり、国籍喪失届を出すように要請されているのです。その結果として、日本の国籍を失うとされているのです。

 

  でも、繰り返しになりますが、理論的には旅券そのものは法的な身分証明書ではなく、たんなる外国旅行、外国滞在の許可証に過ぎないのですが、現在の国籍法という法律の概念に基づくと、日本人が外国籍を所持していると、「自動的に」日本の国籍を失うと、判断されていたのです。しかし、繰り返しになりますが、旅券そのものは正式な身分証明書ではないのです。旅券そのものはたんなる海外旅行を可能にする目的だけの書類であるのです。

 

  何処の国でも、居住者、住民は必ず身分証明書、つまり写真付きの証明書、を所持しているのです。ですから、自国に居住している人のすべてが公的な写真付きの身分証明書を所持しなければならず、かりに日本人が旅券を所持していても、基本的には、それぞれの滞在国では、それは身分証明書にはならないのです。つまり、旅券をすべての国民が所持していることはありえないからなのです。ですから、例えば、日本に生活していて、海外に行ったことがない人は旅券などは当然のことながら持っていないのです。

 

   さらに問題なのは、国籍法に記述されている「自己の志望によって外国の国籍を取得した時には」との限定されている表現の解釈なのです。しかし、常識的な解釈、理解、判断として、では「自らの志望でない」場合はどうなのか、との疑問、反問、検討は誰もまったく言及されていないことなのです。この表現に関連して、では、「自己の志望以外の場合には」どうなのかとのことも検討すべきなのですが、不思議なことに現実はまったく考慮されていないのです。

 

   一般的な日本文の解釈で、「自己の志望」、という表現に対して、「自己の志望ではない」の場合も介在することは常識なのです。これと似たような表現を例にとって、検討してみました。例えば、自己の志望で、「全財産を投資した」場合、もしその投資が失敗し、全財産を失っても、それは自己責任、になるのですが、その反対に、自己の志望ではない場合も考えられるのです。

 

   つまり、この「志望」という表現は極めて意味の強いものであり、「自己の志望」で外国籍を取得するのが目的であることを意味しているのです。例えば、大学受験でどの大学に行こうかということは自らの「志望」であって、明らかな「目的」「原因」「意図」であり、目的そのものなのです。ところが、海外生活で、該当国の国籍を取得することは現地での生活、活動のために必然的に必要性が生じての「結果」なのです。ですから、外国籍を取得することは、海外で生活の必要上滞在国の国籍をも取得せざるを得ないという結果なのです。

 

   物事の判断には必ず「原因」があって、初めて「結果」が得られるのです。しかし、国籍法の条文にはなぜ外国籍を取得しなければならないのか、と言う原因が全く考慮されておらず、その原因の結果としての「自己の志望」に進展するのです。ですから、そのような必要性のない在外日本人は「自己の志望」で外国籍をわざわざ取得して、日本人であることを放棄する人は全く存在しないのです。

 

 

   それと似たような日常的な例文として、「雨が降っている時は、外出しないでくださいよ」という表現の解釈なのです。この表現そのものの間接的な意味は、「雨が降っていないときは、外出できるのですよ」、ということであり、そのような解釈、理解は常識なのです。つまり、「自己の志望」という表現は極めて限定的で、例外的な表現であり、柔軟的に解釈できるのです。

 

   ですから、国籍の場合も「自己の志望ではない」場合はどうなのかとの反問することができるのです。その典型例としては、前述のように、アメリカなどで研究継続のためにはアメリカの国籍がない人には研究費などが提供されず、結果的には研究維持、続行が不可能になることなのです。したがって、このような場合に米国籍を取得した場合には「国籍法」規定の「自己の志望」には該当しないと、解釈、理解できるのですが、このような理解、解釈は誰もしていないのです。

 

 

移民から定住者へ    重国籍黙認への変遷 その①

移民から定住者へ
   そして重国籍黙認の現実

 

 

この記事はかなり長いので、七回に分けて掲載します。

 

 

 

 

 

その①

 

はじめに

 

    毎年、夏になるとお盆という行事があり、地方から大都会に働いている人たちが、この時期にそれそれぞれの故郷に帰ることが当然のごとく毎年行われています。そこには自分が生まれ育った故郷という概念が厳存するからです。このような故郷という感覚、概念を維持することは至極当然のことであり、まさに、そこには人間性の基本の厳存でもあるのです。しかし、地元で生活し、そこから外に出て生活の拠点を移動することがない人たちにとっては「故郷への願望」を経験することは皆無であり、故郷という概念を身をもって経験する機会は全く無いのです。
   例えば、東京で生まれ、東京で育ち、東京の学校で勉強し、東京で働いている典型的な「東京人」には故郷という概念を経験する機会は皆無になるのです。このような人間性の本質である「故郷」という概念は政治家でも選挙のような機会には地元、つまり故郷に戻って選挙するのは当然のことなのです。

 

   しかし、いったん日本からから海外に出て生活、活動している人にとってはこの故郷という概念は、「日本への郷愁」あるいは「日本人としての人間性の自覚」は当然のことながら自然に湧き出てくるものなのです。しかし、場合によってはそのような概念、人間性の基本というものがある日、突然否定されるようになった場合の人間としての心理がどのようになるかを第三者が理解することはかなり難しいし、場合によっては無理、或いは不可能かもしれません。

 

   しかし、現在の海外の日本領事館の旅券担当者はそのような非論理的、非人間的な旅券更新での取り扱いではまさに事務的な感覚で対処しており、人間性という高尚な立場からの判断、解釈は皆無なのです。

 

 

日本に生まれ、日本で生活している殆どの日本人は国籍そのものを考える機会はゼロなのです。それは当然で、日本人の両親から生まれて、その記録が戸籍に登録されればそれで済むからです。つまり、戸籍に記録することが重要であるのです。ですから、その逆に、戸籍に記載されていれば日本人になるわけで、どこに居住しているかは問題にならないのです。しかし、このような簡単な事実が、環境、場所という二つの要因でおおきな影響を受けることがあるのです。

 

  例えば、現代社会ではいろいろな分野の人たちが海外で活躍しているようになっています。ところが、戦後に海外に出かけ、いろいろな分野で活躍している日本人が増えるにつれて、ある問題が発生するようになっているのです。それは海外諸国での活動に際し、場合によってはそのような活動をしている国での国籍を取得しないと、その国での活動、研究などが困難、ないし不可能になることがあるのです。

 

  その典型例として挙げられるのは、日本人が研究目的などで米国の研究所や大学に移り、研究を続行するためには米国籍を有することが必要になる場合があり、その為に米国籍を取得せざるを得ないことがあるのです。しかし、その結果、現在の日本の国籍法という法律では、日本の国籍が取り消されてしまい、戸籍喪失届の提出が求められ、結果的には日本人ではなくなるという悲劇が起こるのです。つまり、日本では日本の国籍を維持しながら、外国籍をも維持するということは基本的には禁止されているのです。即ち、日本では国籍法という法律により、重国籍維持が禁止されているからなのです。

 

  なぜ日本は基本的、法律的、並びに概念的に重国籍所有を容認していないのでしょうか。その大きな原因は、日本は島国であり、海外に行って生活するようなことは従来は、とても考えられていないことであり、現在のような国際社会の中にあっても、基本的には、なぜ日本で生活せずに海外に出ていき、場合によっては外国籍を申請、取得してまで、海外にて生活しなければならないのか、という極めて単純な疑惑的心理概念が潜在、介在するからです。

 

 つまり、このような重国籍禁止という基本概念は現在の日本人(政治家も含めて)の心理の中に現時点でも明らかに現存するのです。従って、そのような概念が潜在する人にとっては重国籍を認めることには違和感があり、その結果として重国籍維持なんて言うことはとても考えられないのです。そのような重国籍否定の根底にあるのは、重国者になった場合、日本人でありながら日本での税金を払わないのはけしからん、そして、では兵役問題はどうなるのか、などの愚問、つまり、このような誤解、曲解が重国籍否定の根底にあるのです。

 

  もっとも、日本の歴史を考察すると、「海外移住」と言う概念は戦前の南米移民と言う過去の悲劇が心底にあるのではないでしょうか。即ち、明治の時代に日本国内での貧民対策として、当時の明治政府が考えたのは南米などへの移住推進だったのです。つまり、1877年の西南戦争以降に日本国内、特に農村地帯での貧民対策として、それらの貧民を海外に送り出す、つまり、人口問題と農村危機問題の解決策の一つとして、海外にそれらの貧民を送り出すという政策、極言すれば「棄民政策」だってのです。

 

 このような戦前の膨大な移民政策の概念の根底にあったのは、海外に働くために出かけざるを得なかったことは、極言すると日本を捨てざるをえなかった人たち、との心理的概念が介在していたのです。もっとも、現在の日本人はそのようなかっての移民政策が存在していたことへの認識はゼロなのが大きな問題でもあるのです。当然のことながら、現在の政治家にはそのような過去の"移民"についての理解、解釈はゼロにちかいのです。それは当然で、現代では「棄民政策」のような表現は完全に過去のことであり、死語になっているからなのです。従って、現在の日本人はそのような政策がかって存在していたことはまったく知らないのです。

 

  辞書的には移民と言うことは「永住の目的で海外に出かけた人たち」と定義されているのです。つまり、そのような移民の人達はもう日本人ではないはず、との心理的解釈が介在、現存するのです。ですから、研究目的とか企業活動などの目的で、主として戦後になって、海外に行く人たちとの場合とは概念的にはおおきな違いがあり、移民という表現は、そのような現代の海外在住者(居住者)には使われず、明らかに区別されているのです。

 

  したがって、そのような過去の「移民」の人達は、基本的には日本を捨てて海外に永住する人たちのことであり、概念的には日本人ではなくなり、「日系人」とされているのです。つまり、そのような 日本から海外に働く目的で生存の本拠地を海外に移し、永住の目的を持って生活されている当時の日本人並びにその子孫の二世、三世、四世等の人達は「海外日系人」として定義、理解さコとを忘れてはなりません。当時に移住された日本人は、在住国で苦労しながらも日系社会を形成し、活躍して現在に至っているのです。

 

  つまり、興味があることは戦前の「海外移住者」(つまり、移民)と、戦後になってからの「海外居住者」とでは完全なまでの心理的、並びに表現的にも明瞭な区別、理解があることなのです。即ち、"海外移住者"とは戦前に主としてブラジルなどのアメリカ大陸に生活の根拠地を求めて移住した人たちのことであり、その一方、戦後に、いろいろな分野での活動の根拠地として海外に出かけた人たちに対しては「移住者」と言う概念ではなく、「海外居住者」になるのです。ですから、戦後になっていろいろな分野での仕事、研究などの目的で海外に出かけた人は「海外移住者」とは表現、理解はしていないのです。その典型例は前述のようなアメリカなどに研究の目的で居住して、ノ―ベル賞を得た元・日本人は「海外移住者」とはならず、ましてや「移民」という概念は考えられないのです。

 

  しかし、前述のような戦前の海外移住者、つまり棄民、移民の概念、の存在を知らない現代の人は、いとも簡単に、海外に「移住」という表現を無造作に現在でも使っている場合もあるのです。因みに、ノ-ベル賞受賞者の発表の時にアメリカで活躍している複数の ( 国籍法上は元日本人 ) ノ-ベル賞受賞者の国籍が簡単に無視、軽視され、いとも簡単に"日本人"として報道されていたのです。つまり、これらの"元"日本人研究者がノ-ベル賞を受賞した時には日本の政治家は「日本人として喜ばしい」との発言を無造作にしていたのです。このような場合も、国籍法という法律の存在、意義などはまったく知らないからそのような発言が出来るのです。

 

 

  このように、戦前の海外移住者、つまり、"移民"、は戦前の貧困からの脱出の目的で海外に出かけた人たちを意味しており、その範疇は主として、アメリカ大陸に移住した人たちを意味しているのです。ですから、ある意味では"棄民"対象者でもあったのです。従って、そのような人達への間接的、心理的な援助という目的で、戦後になって、海外日系人協会が設立され、毎年、海外日系人大会が東京で開催されているのです。もっとも、この大会の設立の直接の根拠となった背景には、現実的には以下のような複雑な経過があるのです。

 

   第2次世界大戦中に米国各地の在留邦人、2世等の日系人12万人は、米国のキャンプに強制収容されました。この事を受けて日本では味噌、醤油、日本語書籍などの慰問品を赤十字社を通じ同キャンプに送付していたのです。

 

 

 

   その後、戦後になって、1945年9月、在米日系人は、敗戦の混乱と、食料をはじめ生活必需品にも事欠く日本の悲惨な状況を目の当たりにして、また戦時中に、キャンプに送付された慰問品に対する感謝の気持から1946年から52年まで、粉ミルク等の食料や衣料等を「ララ物資」として祖国日本に送ってくれました。 ララ物資とは、米国のキリスト教団体、労働組合を中心として結成されたアジア支援組織の名称のことで、Licenced Agencies for Relief in Asia、頭文字を取って"LARA"と呼ばれました。

 

 

 

   このような援助は1952年当時の価格で送付総額400億円を超えたといわれ、その20%、80億円が日系人からのものとされていました。そうして、1946年6月にワシントンの救済統制委員会が認可して活動が開始されました。これを契機に、米国各国のみならず、カナダ、メキシコ、ブラジル、アルゼンチン等に日本救援のための日系人組織が誕生し、これら各国が国際赤十字社を通じ日本に対する支援活動が行われるようになったのです。

 

 

 

   そして、1956年末には、日本の国際連合加盟が実現したのを機会に、日系人のこれまでの長い労苦を慰め、それと対照的になされていた、それまでの日系人によるララ物資の送付等で示された祖国への温かい同胞愛に感謝するため、日本の国会議員が中心となって、1957年5月国際連合加盟記念海外日系人親睦大会を東京で開催することとなりました(第1回大会)。そして、1960年の第2回大会からは海外日系人大会と改称し、1962年の第3回大会からは毎年大会がを開催されているわけです。

 

 

   従って、この海外日系人大会に招待されるのは往時の主として南米などへの移民の二世、三世、四世などのみが対象にされているのです。ですから、、戦後になって、現在の様に世界各地に研究、仕事などで居住している日本人はこの大会への出席は求められていないのです。つまり、 1957年に 国会、関係団体により「国連加盟記念・海外日系人親睦大会」(第1回大会)が開催され、1960年になって海外日系人連絡協会として設立され、海外日系人大会をつうじて海外日系人との親善交流が推進されているのです。したがって、この大会への参加者はアメリカ大陸、オストラリア、東南アジアなどへの"移民"として永住した人たち、並びにの子孫に限定されているのです。

 

  しかも、この大会には必ず皇族の方が出席されているのです。従って、2023年にはペルーを訪問中の秋篠宮家の次女佳子さまは、リマの日秘文化会館で、日系人と交流され、リマ在住の日系1世、新垣カマドさんとお話をされていたことが報道されていました。

 

  かって、筆者が、この大会に関心があり、欧州からの初めての加者として申し込みをして、参加した時は完全に冷遇され、座る席も用意されてくれなかった経験があります。考えてみれば、それは当然で、私のように戦後になって海外に研究などの目的で渡航し、居住している人たちは、かっての「移民」という概念は当てはまらないからなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

その②
  不思議なことに、このような戦前の棄民政策の概念の背景には心理的にも、現在の一部の日本人の中には今でも存在するのかもしれません。しかし、現在の日本に居住している日本人には「日本人が海外に移民していた」という概念は現在では完全に忘れられており、まったく理解できないのです。従って、現在の日本人には「移民」という表現、概念は、現在のように海外から日本にくる難民、移民という現象に直接に関連しているのであって、したがって、「日本人の移民」という概念はまったく考えられないのです。

 

  つまり、日本に居住している現代の日本人には海外に日本人が「移民」するという表現概念、そして過去にはそのような日本人の海外移民という存在は、とても考えられず、存在しないのです。ましてや、「棄民」とい表現は現在の殆どの日本人の心理には消えて無くなり、また理解がないのです。従って、、日本語としての表現、「移民」という概念には、ある意味ではネガティブな心理的解釈があるので、現在、世界的にも大きな問題となっている、海外からの日本に移民してくる人たちに対してはあまり好感がもたれていないのかもしれません。

 

  結果的には、そのような日本を捨てて、海外に移民した人たちはもう「ニホンジン」ではないとの暗黙の了解があるので、日本の国籍を維持していることにはならず、結果的には重国籍者ではないのです。従って、このような移民として海外に移住した人たちは当時に所有していた日本の旅券の更新には関心がなく、現地に溶け込んでいますので、現地の国籍を取得することによりそれぞれの滞在地に永住することができ、日本の旅券は必要がなくなっているのです。したがって、日本の旅券の更新などはせず、そのままどこかにしまってしまっているのですが、ここで大きな問題は、そのような人たちは、日本の戸籍についてはまったく知識がなく、また関心もなくなり、その結果として、結果的には国籍法に定義されている、「戸籍喪失届」の提出ということは完全に認識されておらず、またそれらの人たちが居住している日本の公館自体もまったくそのような国籍法遵守という概念は当てはまらないと解釈、理解されていて、関心がなく、関与していなかったのです。

 

  したがって、そのような人たちの戸籍は当然のことながら、日本に残っていることがあるのです。このような事実は殆どの日本の官僚や政治家には理解が無い、いゃ、まったく知識がないのですが、時として、後述するようにいとも簡単に、「戸籍が存在、すなわち日本人」との単純な解釈、理解が生じることにもなるのです。

 

  なお、意外と知られていないことに、 1930年の「国籍の抵触についてのある種の問題に関する条約」(ハーグ国籍条約)があったことなのです。この国際条約には、 その前文で、国籍唯一の原則を理想とし、無国籍と重国籍の事例をなくすよう努力することを各国に求めていたのです。たしかに、1930年代の国際感覚では重国籍ということへの理解は現在とは根本的に異なっていたのです。そして、重国籍が望ましくない理由としては、複数の国から兵役義務等の国民としての義務の履行が求められる、国籍のある国の間で外交保護権が衝突する、複数国の旅券の取得が可能になって出入国管理上の問題が生じる、などが挙げられていました。 この法律に対して当時の日本政府は 署名はしたのですかが、批准しなかったとの背景があったのです。その結果として往時の南米などへの移民政策(極言すれば、棄民政策)に発展したのかもしれません。ただ、この当時にはまがりなりにも国際条約としての重国籍禁止が掲げられていたことは間接的に、現時点でも日本人の心理、解釈の中に連綿とし存在する重国籍非容認の背景になっているのかもしれません。

 

  もっとも、この条約に ついて、日本政府は「 署名はしたが、批准しなかった」とのことですが、 署名はしても、条約の規定に拘束される(つまり、条約の規定を法的に施行 ) する意思があるかどうかを正式に宣言、つまり、批准はしていないことになるのです。

 

  ここで考えられるのは日本が国内で国籍法なる法案が初めて作成されたのは明治31年、つまり1898、でしたので、おそらく、前述の (ハーグ国籍条約、1930年)については、既存の国籍法の存在を考慮して、批准する必要がなかった、 とも考えられます。日本でこのような国籍の概念が生まれたのは明治の開国とともに発生し,1873年公布の太政官布告〈外国人民ト婚姻差許条規〉,1890年公布の民法人事編(第2章〈国民分限)を経て,同年公布の憲法18条に基づき1899年になって初めて国籍法が制定されるようになったのです。
  この国籍法は、日本国民たる要件を定めるために制定された法律で、戦後になって、新しい概念の国籍法が昭和25年に公布され、(旧)国籍法(明治32年法律第66号)は廃止されているのです。この法律により、日本人夫婦の間に生まれた子は、出生地が国内・国外いずれであっても、出生によって自動的に日本国籍を取得します。当然のことながら、出生届により戸籍に記載されますが、戸籍の記載対象は日本人に限られているからです。国籍と戸籍がこのような関係であることを、現在の日本人が日本に居住している限り、知らなくても良いことなのですが、いったん日本人が海外に居住し(例外的には、日本で外国人と結婚する場合)、いろいろな分野で活動する場合にはこの国籍法が重要な役割を示すことがあり、場合によっては日本人であることが拒絶されることもありうるという重要な法律なのです。

 

  前述のように、国籍に関する議論の中では必ず重国籍の問題が取り上げられ、日本は基本的には重国籍を認めていないとなっています。その主な理由として、上記のように、「納税、兵役義務、外交保護」の三点がおもに取り上げられているのが普通なのです。このほかにも、日本で、重国籍と言う概念的な問題で必ず取り上げられているのは、もし重国籍を認めたら中国人などが日本の国籍と中国の国籍を持つことが可能になり、大変なことになるとの概念論が介在するのです。

 

  しかし、本来の日本人が外国籍を取得する場合と、外国人が帰化により日本国籍を取得する場合とでは、制度が根本的に違います。外国人が日本に帰化する場合の条件として法務大臣の許可が必要であり、その許可の範疇には「重国籍防止条件として、帰化する者は、国籍を有しないか、又は日本の国籍の取得により、それまでの国籍を喪失すること」とあるのです ( 国籍法第5条第5項 ) 。 それに対して、本来の日本人が外国籍を取得する場合は、国籍法第11条が適用され、法務大臣の許可を要せず、現時点では"自動的"に日本国籍を失うことになるとの判断になっているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年11月11日 (土)

困惑する主婦への呼称

困惑する主婦への呼称    時折、友人に連絡する時に困るのはその友人の奥さんにたいする呼称なのです。日本語では「あなたの奥さん」としか書けないのです。その逆の場合、つまり友人相手が女性の場合には、「あなたのご主人は・・」「あなたの旦那さんは・・」となるのが普通なのですが、これらの呼称には男尊女卑の潜在が感じられるのです。もっとも、まさか「あなたのご亭主は・・」とは書けません。それにしても、男性の呼称には「主人」、「旦那」、「亭主」などがありますが、女性の場合には「奥さん」以外には無いのです。まさか「あなたの家内」とは書けません。このように、日本語表現にはかなりの男尊女卑の傾向が強いと感じられるのです。その典型例として挙げられるのは、多くの表現には日本語では必ず「男女・・・」となり、男性が最初にくるのですが、欧米語では女性がかならず最初に来るのです。例えば、演説などで最初の挨拶発言などでは、必ず女性が最初に来るのです(Ladys & Gentlemen)。 もっとも、そのような場合、日本語では欧米語の様に男女を意識した表現が使われないのが普通なので、日本語では中性的な「みなさん」となるのです。 いずれにしても、日本語表現では、いつも男が先に来るのです: 男女同権、男女共用、などなど。

口腔内の癌患者

いや、驚きです。 このような口腔ないの癌患者の存在なのです。 Rise in Oral Cancer Deaths 'Linked to NHS Dentist Shortage' Ella Pickover, Press Association | 08 November 2023 Difficulties in accessing NHS dentists could have led to an increase in mouth cancer deaths, a health charity has warned. The Oral Health Foundation said that access to dentistry is in "tatters" as it warned that many people with the disease "will not receive a timely diagnosis". Mouth cancers led to the deaths of more than 3000 people in the UK in 2021 – up 46% from 2075 a decade ago, according to figures from the charity, shared with BBC News. The British Dental Association (BDA) said that nine in 10 people will survive oral cancer when it is caught early but this drops to a 50% survival rate when people are diagnosed late. It warned that accessing care can mean life or death for some patients.

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