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2022年7月の記事

2022年7月20日 (水)

「読む」副作用情報から「創る」副作用情報に

「読む」副作用情報から「創る」副作用情報に
   鈴木伸二  薬学博士、ファルマコビジランス・プロモ-タ―

 

 

 

2 020年に 、改正医薬品医療機器等法(薬機法)が施行され、服薬期間中のフォローアップの義務化やオンライン服薬指導が新たな薬剤師の業務になっています。この法律の 施行に際しては段階的に実施されることになっており、地域連携薬局、専門医療機関連携薬局といった都道府県知事による薬局の認定制度や、薬局開設者に対するガバナンスの強化、添付文書の電子化などが主な要点になっています。

 

このような薬剤師業務の新たな方向付けは、従来から言われている医薬分業を対物業務から対人業務に移行する目的の具体化を法的に明確にしているものと考えられます。換言すると、ある意味では医薬分業が医療分業に方向転換を目指していることとも解釈できるのです。つまり、医薬分業の発祥地である欧州の薬局業務とはかなり方向が違うことになりつつあるのです。換言すると、医薬分業の本来の体制から、日本独特の医療関与に向けた 薬局業務へ の転換が求められるようになりつつあるのです 。ある意味では 先進的な方向に向かっているとも 解釈できるのですので す。

 

ここで強調されている「フォローアップ」については、調剤した薬剤の適正な使用のため必要があると薬剤師が"認める場合"には、患者の当該薬剤の使用状況を継続的かつ的確に把握するとともに、患者などに対して必要な情報提供または薬学的知見に基づく指導を行わなければならないこと が、新たに法律上で義務付けられたと理解できるのです。ただこの文面を文字通りに解釈すると「 薬剤師が認める場合」の表現なのです。常識的に解釈すると薬剤師がその必要性を認めなければ フォローアップの必要性がなくとも違反にはならないとも理解できるのです。つまり、 改正医薬品医療機器等法(薬機法)は一応法律とのことですが、そこで規定されている 「フォローアップ」にはかなりの柔軟性があることです。法の実施に際してその必要性如何は薬剤師本人が判断す ることと されているのて゛す 。

 

しかし、このような法改正でもっと問題なのは「 服薬期間中のフォローアップの義務化」なる表現なのです。この内容をどのように理解、解釈するのかが大きな問題だと思うのです。 服薬期間中のフォローアップの義務化とは 医薬品が投与された患者の病態と投薬の効果とを常時判断し、問題があればその患者の主治医に連絡することになるのです。でも、実際に調剤薬剤師がそのようなことが出来るのでしょうか。 患者の病態と投薬の効果とを常時判断と言うことは実際に患者の状態を随時観察していなければ出来ないのです。しかし、現実には調剤薬剤師が患者を観察できるのは基本的には患者が調剤薬局に来た場合だけに限定されているのではないでしょうか。つまり、調剤薬剤師が調剤医薬品を交付した患者の自宅を頻繁に 訪問して医薬品の効果とか病状を確かめることは非現実的ではないでしょうか。

 

特に、問題となるのは服用薬剤による副作用の掌握なのです。一般的には軽微な副作用は患者自身が副作用かなと認識しない限り、積極的に医師や薬剤師には報告しないからです。勿論、処方調剤した患者がその後に薬局に来なければ全く副作用はなかったものと解釈してしまうのです。ともかく、副作用情報法の現実は、報告されてこなければ副作用なし、となっているのです。あるいは例外的に、副作用が、特に重篤、かつ複雑な副作用の場合にはその副作用が起こった時点での詳細な観察が無ければ重大な症状を見逃してしまう可能性があるのです。

 

ここで問題なのはある程度の顕著な副作用であれば処方医、或いは調剤薬剤師にそのことが伝えられる可能性は大きくなるのですが、軽微であまり問題にならないような場合には該当患者の胸の中におさめられてしまいます。 しかし、もし患者が何らかの軽微な副作用かなと考えられる異常を調剤薬剤師にもたらされたときのその薬剤師の判断が問題になるのです。殆どの薬剤師はそのような軽微な副作用については該当医薬品の医療用添付文書を熟読して判断するのが普通なのです。ここで、問題なのは添付文書情報の解釈なのです。

 

ここで、該当医薬品の添付文章の重要性が認識されるのですが、一般的には、医薬品の副作用に関する添付文書情報はいわゆる「点情報」、つまり、副作用症状の羅列に過ぎないのです。もっとも、場合によってはその発生頻度が記載されてある場合もありますが、現実にある副作用を訴えている場合にはそのような頻度情報は多くの場合、役に立たないのです。

 

理想的には、ある副作用が発生した場合、その副作用は該当医薬品の使用期間中に継続するのか、或いはある時期以降には該当する副作用が減少、消滅するのか、或いは、その副作用は該当薬剤服用開始後、 何日くらいしたら発生するものなのか、その副作用に対処するには該当薬の服用中止以外にはどのような対処方法があるのか、などの副作用関連の詳細な情報、このような情報を筆者は「線情報」と呼んでいるのです。

 

つまり、現在の医薬品添付文章の内容は、極言するとどのような副作用があるのかと言う「点情報」の羅列に過ぎないのです。さらに、問題なのは、そこに記載されている発生頻度は医薬品が認可される時点のものであり、市販後の詳細な副作用情報はよほど重篤なもの以外では添付文書への反映は、殆どの場合無視されているのが現実なのです。 。

 

最悪なのは、軽微な副作用、例えば、悪心、頭痛、かゆみ、口中の苦み、などは殆ど関心が払われていないので、そのような副作用が一過性のものなのか、或いは服用を中止しない限り継続するものなのかなどの微細な「線情報」は添付文書には記載がないのです。そのような軽微での関連情報は該当医薬品の発売会社に問い合わせても、該当企業にはそのような軽微な服作用の詳細な線情報 は 蓄積されていないのです。いゃ、殆どの場合、そのような軽微な服作用にはほとんど関心がないので、それらの発生時点での詳細なデタを患者に求めることは殆ど皆無なのです。

 

そのような典型例の一つとして抗生物質の ある抗生物質クラリスロマイシンを服用すると数時間のうちに口中での苦味感が経験されます。この抗生物質は体内に吸収されたのち、血中に移行するのですが、唾液とか痰にも移行し、ときとして血中濃度以上に移行するのです。しかも、この抗生物質の有効成分はもともと苦味があるのです。ですから唾液などに移行した有効成分の苦味が服用後に感じられるのです。  つまり、この場合はこの抗生物質の副作用というよりは薬剤そのものの効果の現れとも理解できますが、一般的には副作用としてとらえられています。もっとも、この体外体液への出現の程度、並びに患者個人の敏感度、吸収率などいろいろな要因も関与しますので、このクラリスロマイシン服用者全員が一様に同じ口内苦み感を感じるとは必ずしも言えないのですが、かならず程度の差こそあれ感じる筈なのです。もっとも、味覚とか臭覚は個人差が極めて大きく、この抗生物質による味覚障害も個人差が極めて大きいのです。

 

したがって、この抗生物質を服用し、苦みなどを強く感じる人は服用後二時間前後から飴などをしゃぶって味をカモフラジするしかないと思います。 なお、この抗生物質の添付文書には味覚異常として苦味が記載されていますが、その頻度が0.1%未満という記載はこのような軽微な副作用が実際の医療現場では報告の対象になっていないことを間接に物語っています。本来ならば、このような誤解を招く記載は訂正し、味覚異常はほぼ100%と書くべきなのですが・・・・。

 

このことに関連して、非臨床試験でみられる毒性から実際の副作用を予測することはかなり難しく、頭痛、倦怠感、発熱、などは患者の主訴によるものであり、それらの副作用が診療医に伝わる可能性は低くなり、したがって、添付文書に記載される頻度数も現実を反映していおらず、低いものになるのが普通なのです。ましてや、口中の苦み感などは患者によつての敏感度が大きく異なるし、さらにそのような軽微な副作用はほとんどの医師が企業や行政には報告しないので、当然ながら表面的な頻度は著しく低くなってしまうのです。

 

でもなぜこのようなほとんどの場合必ず起こる軽微な副作用での頻度がこんなにとてつもなく低い数値に記載されているのかということです。理論的に「すべての」副作用が報告対象となっているのですが、行政が通知してる「医薬品・医療機器等安全性情報報告制度、実施要項」には、「具体的には以下の事項を参考にすること」として「軽微ではなく、かつ、添付文書から予測できない未知の症例等の発生」が報告の対象とされているのです。確かに、この説明では「軽微で、かつ添文から予測できる副作用」は必ずしも報告の対象としなくてもよいのニュウアンスがありますが、「報告しなくともよい」とは書いてはないのですが、あくまでも参考にしてください、と説明されているのです。

 

いずれにしても、このような場合の副作用についての関心がほとんどない医師は「おかしいですね」で済ませてしまうのです。また普通の医師は医療用医薬品の添付文書なんか端から端まで真面目に読んで理解している人は殆どいないのではないでしょうかす。かって、ある大学の先生が新聞の投書欄で、「あんな添付文書を読む人はいませんよ、ちょうど保険の証書の裏に書かれてあるいろいろいな条件、説明書を誰も読まないのと同じなのですよ」と豪語されていたくらいです。

 

つまり、この苦味は唾液中に確実に移行するので、服用者全員がその苦い味を経験しているはずですが、医師を含めて多くの人がそれを副作用とは考えないからです。 いずれにしても、このことはそのような軽微な副作用は誰もが企業に報告するようなことは考えないので、そのような副作用報告は「氷山の一角現象」であることを直接的に物語っていることになります。

 

つまり、筆者が強調したいことは副作用情報はただ単に添付文書に記載されてある情報だけを読むのではなく、詳細に検討して、いわゆる「点情報」としての副作用時情報から、つまり「線情報」としての副作用情報への積極的な収集、報告概念を常に持っていることが必要ではないでしょうか。

 

追記

  このブログに「アモキシシリンによる小脳梗塞例」が記載されていますか、このような症例は症例はよほどの考察力が無いと見逃してしまいます。

 

追記
この記事は「薬事日報」2022/7/8    に転載されています。

2022年7月 3日 (日)

国旗、「日の丸」を忘れた日本人 「歌を忘れたカナリヤは」での替え歌

国旗、「日の丸」について「歌を忘れたカナリヤは」での替え歌

 

現在の日本には日本の国旗、日の丸を観る機会はほとんどなくなっています。ですから、各家庭に日本の国旗を備えている人は皆無なのです。
でも、これほど徹底している国は世界でみ日本だけなのです。日本国内で、いろいろな行事や催し物が開催されますが、日本の国旗は全然登場しないのです。
ですから、通常の常識の人は日本の国旗は「日の丸」であることは認識しているのですが、現実に目の前に日の丸の旗を見ると極めて新鮮な印象が生じ、「あっ、日の丸が掲げられてある」、となるのです。

 

そこで考えたのですが、よく知られている「歌を忘れたカナリヤは」での替え歌をつくってみました。

 

 

         日の丸を忘れた日本人は
         後ろのお山に棄てましょか
         いえいえそれはなりませぬ

 

         日の丸を忘れた日本人は
         背戸の小藪に埋け(埋め)ましょか
         いえいえそれもなりませぬ

 

         日の丸を忘れた日本人は
         柳の鞭でぶちましょか                       
         いえいえそれは可哀相

 

          日の丸を忘れた日本人は
          象牙の舟に 銀の櫂
          月夜の海に 浮かべれば
          忘れた日の丸を 思い出す

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