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2022年1月の記事

2022年1月22日 (土)

アモキシシリンによる小脳梗塞の副作用

副作用症例 抗生物質によると考えられる小脳梗塞並びに全身紅斑

 

症例
 81歳の女性、 BMI 22  特別な過去の疾患歴はない
頭部の 基底細胞腫(basalioma)の治療として局所麻酔にて皮膚の移植手術を受け、術後の感染予防として抗生物質、アモキシシリン・クラブラン酸錠が投与され朝晩にそれぞれ一錠服用されていた。
この予防的抗生物質投与五日目の夕方に突然に床に崩れ落ち、発語不能、起立不能となる状態が突発し、ほぼ同時期に全身にわたる強度の大きな紅斑がかゆみとともにみられるようになった。更に、軽度ながら数分ほどの発声障害により、会話不可能になった。この時点では全身への強烈な皮膚障害に関心が集中していたため、眩暈とか軽度で短時間の発語、起立不能障害には全く注意が向けられなかった。

 

その時点では全く食欲もなく、立ち上がり、歩行は困難であり、眩暈がかなり残っていた。翌日は日曜のため、二日後には何とか歩けるようになっていたので、手術を担当し、予防目的での抗生物質を処方した医師を受診し、直ちに皮膚科の専門医の治療を受けるように指示され、皮膚科医により皮膚症状に対してモメタゾン・フランカルボン酸軟膏の全身塗布が施行された。

 

その後、皮膚症状は徐々に回復に向かい、約一週間後には皮膚紅斑はかなり軽度になったが、眩暈が依然として存在し、歩行にはあまり自信がなく、誰かの手助けで歩行は可能であった。その後、歩行障害のような症状は徐々に改善されるようになったが、依然として軽いめまいの症状が存在するので耳鼻咽喉科の専門医を受診したところ、すぐにMRIの検査をするように指示され、病院での検査を受けたところ、新鮮で軽度の左側の小脳梗塞が認められ、経過観察のための入院が勧められたが、その時点でかなり軽症になっていたとの判断から入院の提案は受け入れなかった。

 

考察
この検査の結果として考えられるのは抗生物質により軽度の小脳梗塞が起こり、小脳梗塞の典型的な症状が起こり、軽度の発語障害、たちくらみ、起立困難、歩行障害などが引きされたと の推測が可能になった。この症例は極めて例外的な副作用かもしれないと考えられた軽度の小脳梗塞の存在である。一般的には抗生物質でたとえ軽微であっても、小脳梗塞が副作用として報告されている例は皆無と考えられるからである。
因みに、「クスリの副作用 小脳梗塞」で検索しても何も出てこないのです。アモキシシリンの副作用欄をみてもそのような副作用の記述は皆無なのです。それは当然で、このような例での観察は素人には無理で、しかも、その副作用が発生した時点での詳細な観察、そしてその後のMRIの検査は殆ど考慮されないからです。

アモキシシリンの副作用を検索すると、しびれ感、めまい、などかあり、また無菌性髄膜炎として意識混濁、などが記載されているが、もしかしたら、極めて例外的に本例のような軽度の小脳梗塞がおこることがあったのかもしれないが、いかんせん、その時点でMRIの検査がなされていなければその原因解明は不可能である。

このような症例、つまり、軽度の小脳梗塞のような副作用は、その副作用が発生した時点に副作用などに関心のある第三者の存在が必要であり、瞬時の観察がなければ、小脳梗塞が軽度であるため、重篤な皮膚障害に注意が向けられて、まず報告されることは皆無に近いのである。

「注釈」   この例は私の妻の例であり、偶然にこれらの症状が発生した時点で私がそばに居たから軽度の小脳梗塞症状の発生を詳細に観察することが出来たのです。もし、このような例が翌日に病院に行っても患者自身が詳細に説明しない限り、医師は軽度の小脳梗塞発生時の変化を知ることは不可能なのです。

 

追記

  本症例の場合、そのごの経過として激烈な皮膚反応は消滅したが、その後軽度の眩暈とか歩行障害が現れるようになり、一年後には歩行補助機を使うようになり、その後の二年間にそのような状態も含めて徐々に高齢化症状が現れ、外出は殆どする意欲がなり、二年後には家の中で転倒し、不幸にも後頭部が障害を受け、大量のの頭部出血が床に見られ、直ちにに入院したのですが、その後一週間の間は昏睡状態で一週間後に亡くなりました。

 

2022年1月16日 (日)

私のあだ名 、ゲラオさん 「笑いの医学」

このブログの名前が「ゲラオさん」となっているのですが、私は学生のころからよく笑っていたので、いつのまにか「あだな」がゲラオさん、になっていたのです。

日本語でも、「げらげら笑う」という表現があるのですが、このような表現は何処から来ているのでしょうか。

不思議なことに笑いに関連した学会もあるのです。そのような専門領域はGelotologyと言うことで、なんと日本語の「げらげら笑う」のげらげら、の発音iと類似しているのです。

このようかな学会の活動は殆ど注目されていないのですが、その理由は笑いで、病気を治す、なんていうことは病院ではありえないからなのです。

しかし、笑いが場合によってはいろいろな病気を治すこともあるのですが、現代医学ではこのような領域は完全に無視されているのです。
つまり、「笑い」を医学的に研究するなんて言ったら、それこそ笑われてしまうのです。

 

確かに、最近ではこのgelotology関連の記事や論文はどこかに行ってしまい、だれもこの分野には関心がないのです。「笑いと医療???」、そんなことは現代医学からみたら昔話なのかもしれません。

でも、笑うだけでいろいろな症状が軽くなったり、予防効果があったりするのは誰でもできるとはならないのです。その大きな理由は自ら会話の中で笑うことは不謹慎であり、場合によっては不快感を与えることにもなるからです。ましてや、一人の生活の中では笑いは完全に不可能の世界に行ってしまうのです。その典型的な例は、高齢者施設にいってみてください。そこで生活してる高齢者には笑いそのものが消えて、なくなっているのです。</

 

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でも、私が以前にこのGelotolgy関連の学会に参加していた時にいろいろな記述、論文、総説等などを読んでいましたので、それらの一部を以下に記しました。

ユ―モア医療の実際  スイス・テオドラ財団の活動例    RAD-AR News  Vol.16, No.3  p.6-7

 

 世界のどこでもいろいろな諺があり、その中で共通
しているもののひとつに「笑いは健康のもと」がある。
これは昔からの言い伝えであって、往時は特別に科学
的、医学的根拠があって使われていたわけではなかっ
た。しかし、最近ではこの笑いが、医学的にも十分な
データが得られ、医療上意義があるものとして研究さ
れ、注目されるようになりつつある。
 すなわち近年、この笑いと医療とを直接結びつけた
「ユ-モア医療(humor therapy)」という概念が欧米
で普及し始め、この分野の研究はgelotologyと呼ば
れている。
ユ-モア医療の実際
 ユ-モアと笑いは厳密には異なり、前者は行為であり、
後者はその結果と理解できるが、基本的には両者は切り
離すことができない性格のものである。最近のいろいろ
な研究から笑いのもたらす効用は以下のように要約する
ことができる。
 このような観点から、笑いを介したユ-モア医療を実
際に病院で実施して成果を挙げているテオドーラ財団
(http://theodora.org)の活動を紹介する。
 この財団の目的はユ-モア、笑いを通して治療に貢献
することであり、入院、とくにがん疾患など長期入院を
必要としている子供たちにクラウン(道化師)活動を提供
し、治療促進を期待するものである。
 この財団の事業はいろいろな企業の善意による支援で
運営されている。13年前にスイスに設立され、現在まで
にスイス国内のみならず、イタリア、英国、ロシア、ブ
ラジル、香港の病院とも提携し、クラウン(道化師)活動
を行っている。現在、スイス国内の39病院、英国内の8
病院、など、各国合計で89の病院を定期的に巡回訪問し
ている。スイス国内では毎週一定の小児病院を訪問し、
年間平均で5万5千人の入院児童を訪問している。
 この財団に所属している通称「クラウン・ドクター(医
師ではない)」は現時点では30人の陣容となっていて、英、
独、仏、伊、各国語のグループに分かれている。基本的
にはこれらのボランティアは、一定の訓練を受けて合格
1)ストレス解消に貢献する
(アドレナリンとコルチゾールの分泌抑制)
2)免疫機能向上
(エンドルフィンの分泌促進、ナチュラルキラー細胞の活性化)
3)肺内ガス交換の促進(十分な酸素の補給) 
4)横隔膜運動の加速
(消化を促進、コレステリン値の減少)
5)顔面筋肉を刺激(顔に若さをもたらす)
6
RAD-AR News Vol.16, No.3 (Sep. 2005)
ユ-モア医療の実際 ~スイス・テオドーラ財団の活動例~
●本稿についての質問、コメントなどはssuzuki@bluewin.ch に日本語で直接どうぞ。
そして初めて「クラウン・ドクター」の資格を得ることがで
き、その後も定期的に再訓練が行われている。この資格
を得るにはそれなりの芸術的なセンスがあり、また児童
心理をも理解し、実際の治療にあたる医師と児童患者と
の間の橋渡し役を担えることが求められている。
 ユ-モアを介在して笑いをもたらすことは意外に高度
の技術を要するものであり、それなりの特別な訓練、教
育が必要とされている。また実際にそのような人為的な
ユ-モア活動を提供する場合には相手の心理状況をも十
分に考慮する必要があり、誰にでもこのクラウン活動が
無条件で受け入れられるとは限らない。たとえば、子供
と大人ではそのようなクラウン活動への認容度、受け入
れ感はかなり異なるからである。
 実際にこの「クラウン・ドクター」が定期的に訪問して
いる小児病院では、短い時間のクラウン活動ではあるが、
入院児童たちはその訪問を楽しみにしており、間接的な
治療効果が得られている。筆者がこの財団の講演会で感
銘を受けたことのうちのひとつであるが、昏睡状態にあ
るひとりの入院児童に対して、他の子供たちと同じよう
に「クラウン・ドクター」が演技をみせ、その後この子供
が昏睡状態から覚めたときに、目を輝かせて何を見たか
を話し始めたとのことであった。
日本での活動
 この財団の活動は笑いを通して極めて特異的な活動を
していることになる。日本でも実際の治療にこのユ-モ
アと笑いが導入され、医学的な成果が確認、報告され始
めている。例えば、筑波大学での実験では、実験の当日
絶食していた2型糖尿病患者19名(平均年齢64歳)と、同
様に絶食をしていた対照健常人5人(平均年齢54歳)が同
じ食事を摂り、その後退屈な40分の講義を聞かされた。
そして、その翌日、両グループは前日と同じ食事を摂っ
たあと、すぐに40分の漫才を聞かされ、当然そこでは大
笑いの場面が続発した。
 この実験で、両グループで食前と、講義あるいは漫才
に参加した後の血糖レベルをそれぞれ測定したところ、
笑いの後での血糖値がかなり低いことが判明した。つま
り、この実験では笑いが血糖値を下げたことになる
〔Diabetes Care 2003, 26(5), p.1651〕。
 また、日本医科大学での実験では、学生が狭い高圧酸
素室に入って、1時間経過するとナチュラルキラー細胞
は2割以上低下した。ところがビデオ装着型眼鏡でお笑
い番組を見ながらだと、逆に3割以上もナチュラルキラ
ー細胞が上昇した。このことからも「笑いと免疫」が密接
に関与していることが証明されている(新聞報道)。
●海外の医学雑誌に発表された類似研究
・10 分間だけ笑うことにより強直性脊椎炎の激痛が緩和された
例(N. Engl. J. Med. 1976, 295:1458)
・笑いにより間接リウマチの痛みが緩和された例(J. Rheumatol.
1996, 23:793)
・笑いによりアトピ-性皮膚炎での免疫反応が向上した例(JAMA
2001, 285(6), 738)
● gelotology に関した研究団体、雑誌
・アメリカを中心とした国際ユ-モア研究学会
 International Society for Humor Studies (ISHS)
・アメリカユ-モア医療協会
 American Association for Therapeutic Humor(AATH)
・国際ユ-モア研究雑誌
 International Journal of Humor Research(http://humor.ch)

副作用のない医療
 このように笑いの医療への効用について、医学研究がなされればよいのですが、現在のような環境では誰もそのような研究、調査には関心がないのです。ともかく、このような検討がいろいろとなされれば、まさに副作用が皆無の医療にもなるのです。

 

このように理解すると、その逆に癌になる人は殆んど笑わないのです。 つまり、癌になるム要因はいろいとあり、また個人差もあり、一概に、こうすれば癌になりませんと解説することは困難なのですが、この笑いにについて言えることは、癌患者になる人は笑いが全くないと言ことはいえるのです。つまり、「逆説の真実」になるのです。

 

 

いずれにしても、「笑いと医療」で検索するといろいろな情報がみられます。

 

いずれにしても、毎日、笑うということは健康によいのですが、現在の医学教育にはそのような観点はゼロなのです。前述のように私の昔のあだ名が「ゲラオさん」であり、したがって、いまでも人との会話の中でもよく笑うのです。おそらく、そのような影響もあるので、91才になっても健康であるのかもしれません。
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2022年1月 8日 (土)

百貨店か百貨展か

百貨店か百貨展か

 

日本語で,デパ―トと言われていますが、もともとは百貨店という名前が通用していました。
本来の百貨店はいろいろな製品が大きな建物の中にて販売されていて、品質もかなり良いものが揃えられていました。したがって、往時の百貨店という概念は良い品の集合場所でもあり、贈り物をするとこには百貨店にて買い物をするのが普通でした。つまり、当時の百貨店は数多くの品物(百貨 )を集めて販売する大きな店(つまり、百貨展)であったのです 。すなわちひとつの製品について色々いな会社のものを一か所に集められて販売されていたのです。

 

ところが最近の百貨店は文字通り、いろいろな製品を売る商店の集合体になりつつあり、極言するといろいろな小売店に 百貨店が売り場を提供しているだけの傾向が強いのです。つまり、いろいろな商店の集合体 に変化している場合が普通なのです。ある意味では百貨を扱う店の集合体、これが百貨店なのです。

 

このような状態を消費者の観点からみると極めて不便な場合があるのです。その典型例は男性用の衣服などを購入、例えば、背広とかオ―バ―などを探すときには男物階にあるいろいろなお店を全部探し回らなくてはならないのです。これが以前の百貨店でしたら、背広売り場とかズボン売り場がまとまっており、そこでいろいろな会社の製品をその場で選ぶことが出来たのです。このようにある意味では消費者の心理を無視した百貨店になっているのです。ある意味ではデパトとしては経営が楽なのかもしれません。店舗の場所を提供しているだけで収入が保証されるからです。

ある人が次のようなコメントをしていましたが、まさにその通りであり、「テナント貸しデパト」なのです。

「多くの百貨店は百貨店が直接運営しているとはいいがたい状態です。多くの店はテナントであり、テナントが大家の百貨店のルールに従って店舗づくりをしています。そしてその販売は「消化仕入れ」が主体。つまりテナントがその店舗で商品を売った時点で百貨店の仕入れとなり、一定額を百貨店へ支払います。このビジネスのやり方は百貨店の都合であって顧客目線でもないし、テナント目線なのです。」

 

 

もっとも、最近のデパ―ト客は銘柄を重視しているので、そのような小売店を探すのに便利で受け入れられやすいのかもしれません。その典型例は香水とか化粧品の場合にはそれぞれのメ―カ―のスタンドの羅列であり、女性の多くは銘柄を重視するのかもしれません。 もっとも、すべての商品がそのような環境とは限らないのです。例えばワイシャツ売り場には現在でもいろいろな会社のものが一か所に纏められて陳列しているので非常に買いやすいのです。

 

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