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2019年12月の記事

2019年12月13日 (金)

女性はなぜ能弁なのか

女性はなぜ能弁なのか
 
 
一般的に言って、女性は男性よりもはるかに能弁なのです。でもどうして女性は本能的に能弁なのかということを考えたことがありますか。


つまり、男性は女性と比べると、貧弁、すなわちあまり喋らないのです、その典型的ともいえる日本人男性の特徴が「メシ、フロ、ネル」だけで日常生活、殊に家庭生活が成り立つとも言われる所以なのです。
 
でもその理由を歴史的、いゃ、人類の発展的な経過を知ればそれは当然なのです。人類が進化の過程で、最低限しなければならなかったことは、女性は子供を産み、子育てに専念し、男性は毎日の食料として動物狩りに専念しなければならなかったのです。つまりその当時の女性の役割は子育て、そして男性は食料としての狩りに専念していたのです。
 
ですから、女性は子育てのためには子供にいろいろと話しかけることが必要であり、その一方の男性は狩りに出かけるのですが、動物を目の前にしては沈黙が絶対に必要で、むやみに話していたら動物は逃げてしまいます。このような進化的、歴史的背景が未だに人間の本能の中に潜在し、殊に日本人男性の場合にはそのような進化過程の残像が未だに残っているのです。
 
ことばに関して、母国語とは言いますが、父国語とは言わないのは当然のことなのです。つまり、母親は子と一緒に、常に会話の世界に居ないと子供は話すことを覚えないのです。少し脱線しますが、最近の様にスマホとかアイホンなどのような道具を幼児に与えて、子との会話が全くない母親がいますが、そのような状況で育てられた子供の会話力は今後どうなるのでしょうかね。
 
このような背景を考慮すると、いろいろな面でこの能弁と貧弁の差を身近に経験することがあります。特に日本では戦後から連綿として未だに続いている社会・教育問題の一つに英語があります。新聞には頻繁に私はこの方法で英会話を問題なくマスタ出来ました、のような 広告が目につくのですが、そこに記載されている「体験者」の殆どが女性なのです。女性は本能的に能弁なので、外国語もある程度努力すればそれなりの効果が見られるのです。しかし、本来の貧弁の男性がいくらそのような新聞広告の宣伝に惑わされても、結果はあまり芳しくはないのが普通なのです。だって、日本語で堂々と意見を言うことが出来ず、反論も言えるような状態でない男性が、英語だったらペラペラに話せることは絶対にありえないのですが、多くの男性はそのことには全く気が付かないのです。

殊に、外国語、特にその会話、をいくら学んでも、実際にどのような機会に外国語会話を発揮できるのでしょうか。外国語の習得は実際にそのような必要性を身近に、しかも毎日のように経験できなければ殆ど意味がないのです。

ですから、そのような貧弁の日本人男性はまず日本語が能弁になるような訓練をすることが必要なのですが、誰もそのようなことは考えないようなのです。

そのほかでの能弁、貧弁の影響が最近の調査でも明らかになっています。それは自殺者の男女別の統計でも年齢に比例して、自殺者の数が増えるのですが、女性の場合は男性に比べてどの年齢層でも自殺者数は少ないのです。その大きな原因の一つに、自殺者の会話能力、ある意味では自殺する手前で、女性のほうが第三者との会話力が挙げられています。つまり、自殺する前に誰かと自分の悩みなどを話すという行動があるからです。
 
私がそのような貧弁の男性にお勧めすることは、まず日本語で、「ありがとう」、のような簡単な表現を誰にでも率直に、しかも頻繁に言えるようになる練習から始めて下さいと進言しているのです。

 

追記(2020 Jan)

最近の新聞に「夫婦仲と赤ちゃんとの会話」の記事があり、夫婦関係があまりよくない場合には母親は赤ちゃんとの会話が増えることが、しかも男の子の赤ちゃんへの会話が多くなるとのことです。この研究者は「息子との会話に時間を割くことで、夫との貧しい関係を補おうとしている」と解釈しています。しかし、「父親は母親と比べて赤ちゃんとの会話は著しく少ない」となっています。

このことは世界共通のようで、特に日本人男性の場合にはかなりそのような傾向は強いのではないでしょうか。

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