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2019年8月の記事

2019年8月21日 (水)

国外、外国、海外の区別

日本語では「国内」に対する反対語には「国外」、「海外」、「外国」の三通りの表現があるのですが、その使い訳は極めて微妙なのです。

最初の「国外」はどの様な時に使うのでしょうか。誰も「国外旅行」とは言わないのです。旅行の場合には主として「海外旅行」とするのが普通なのです。従って、この「国外」という表現は国外追放とか国外移転、のような極めて限定された使い方しかないのかもしれません。ある意味では国外という表現には否定的な意味があるのです。もっとも、最近では国外移転のような表現は海外移転に置き換えられています。

一方、「海外」という表現はかなり色々な分野でごく普通に使われています。例えば、海外旅行、海外日本人、海外出張、海外派遣、海外文献などなど、極めて多くの分野でこの海外という表現が使われています。

しかし、「外国」という表現はかなりその範囲が狭くなり、外国旅行などとはあまり言いません。対象が旅行の場合には海外旅行の方が多いのではないでしょうか。その他には外国為替とか外国通貨などは普通に使われています。また、訪日外国人とは言われますが、訪日海外人とは言わないのは何故なのでしょうか。

でも、なぜ同じような意味を有する表現にこのような三通りの異なった表現があるのでしょうか。一般的に頻繁に耳にするのは「海外」だと思うのですが、このような表現では日本は島国であることを無意識に自覚して、島の外、海の向こう側、つまり「海外」となるのです。ところが、「外国」となるとややその意味するところが固くなり、その心中には固定概念、つまり、日本とは全く反対の方向というような認識が大きいのではないでしょうか。とくに、海外在住とか、海外商社、海外勤務のような場合に使われています。

しかし、このような無意識的な区別は時として混同して使われるのでその違いを心理的に説明するのは難しいかもしれません。例えば、海外に転勤と外国に転勤、という表現の微妙な違いを説明するのは難しいかもしれません。

外国語にはこのような微妙な表現の種類は無いのです。例えば英語ではforeignとい単語で殆どの場合が済んでしまうのです。この単語はラテン語のforis、つまり  outsideの意味、に由来するとされています。ドイツ語でもAusland、つまり外の国、となり、それ以外にもUeberseeという表現もありますが、あまり日常的には使われていません。

でもどうして日本語ではこのような微妙な違いのある表現が同じ目的なのに使われているのでしょうか。

日本国内を意味する時には「国内」であってもその反対語としての「国外」という表現が日常的に使われていないのは日本は島国であり、本来はその島国でのみの生活が殆どであり、周りが海であり、外に出るという環境は以前は殆ど考えられなかったこともその一つの原因かもしれません。欧州とかアメリカ大陸とかアフリカ大陸のように色々な国との接触は地続きなので外にでるという感覚があまり強調されないこともあるのかもしれません。ある意味では、日本人は国境という概念を身近に意識することは出来ないので、島の外、つまり海外となるのですが、必ずしもそのような意識づけがあるとも限らないのです。例えば、海外旅行という表現も昭和の時代、いゃ、大正の時代には外国旅行という表現が普通だったのです。ある意味では今日のような国際環境下では外国という意識づけが日本人の場合には使われないのかもしれません。しかし、一時的な訪問者のような場合には訪日外国人となり、訪日海外人とは言わないのは単に一時的な来訪に過ぎないからかもしれません。

本当に日本語は難しいです。でもこのような違い、使い分けを外国人に日本語を教える場合にはまず困難です。

 

 

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