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2018年9月の記事

2018年9月23日 (日)

安田純平さん救出に関して

三年前にシリアで行方不明になり、最近の映像の公開から過激派組織に捕らえられた フリージャーナリスト 安田純平さんとわかり、彼のの救出に関して、官房長官は「全力で対応につとめている」と声明しているのですが、その実態にはかなりの疑問があるのです。

一般的に言って、一旦緩急時の海外在留日本人(とくに少数な場合)の保護ということに関して、日本政府の対応は今まで必ずしも満足し得るものでは無かったからです。これが欧米の国の場合にはたとえその対象が一人の場合であっても極めて積極的であり、慎重にしかも迅速に対応しています。それにくらべて日本政府の海外在留日本人の安全に対する対策はあまりにも平和慣れの感じがしなくもありません。

そのよい例のひとつが現在の旅券の正面に記載されてある文面にあります。つまり、そこには「日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かっ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう関係の諸官に要請する」とありますが、これは正に個人レベルでの海外在留日本人の保護は他人任せ、つまり外国に保護を依頼しているものとも解釈することができるのです。諸外国の旅券にはその様な「依頼」を記載してある国は二三の例外を除いては全くありません。この文章は明治の昔から変わっておらず正に前世紀の遺物としか考えられないのです。

かってのブラジル移民の時代には日本の国力も微々たるものであったので、そのような状況下ではもし何か起こった時には外国の官憲に援助を依頼しなければならなかったかもしれません。ところが、この基本概念が今までになんらの疑問もなく使われ、現在の日本の旅券の最初の頁に大きく記入されているのです。もし本当に日本政府が在外日本人の緊急対策に関してこの文面通りに今でも考えており、対処するのだとしたら海外在留日本人があまりにも惨めになります。いままでに何百万という日本人がこの旅券を手にして海外に出掛けているのに誰ひとりこの文章についての疑義を投げかけていないのは全く不可思議そのものです。政府と同様、日本人は本当に平和ぼけしているのかもしれません。

 この文面が反映されているのかどうかは分かりませんが、実際には日本の海外公館の海外日本人にたいする援助は極めて不満足な例が多いようです。いささか古い例になりますが、1985年にニュ-ヨ-ク近郊のアパ-トで日本人青年が銃犯罪の被害者となり射殺された時、この第一報を日本の両親宅に国際電話で総領事館から知らせがありましたが、その電話はコレクトコ-ルであったとのことです。また、この両親がアメリカで訴訟をおこし、アメリカの検察当局に裁判開始を訴えるために渡米し、日本総領事館員に同行を依頼したところ、本省からの指示がないとの理由で断られたとのことでした。つまりこのことからも、日本の海外公館はいざと言う時はあまり当てにならないのです。とくに援助、救援の対象が一人のような場合にはかなり絶望的にならざるをえないことを覚悟していなければなりません。これがヨ-ロッパ諸国の場合ですとたとえその対象がひとりでもそれぞれの政府の対応は極めて積極的であり、人間性のあるものです。

 また七年前の2001年の九月のニュ-ヨ-クでのテロ事件で犠牲になった二十数人の日本人については日本の政府はまったく言及しておりませんし、当時の小泉首相は国家首脳として責任ある対応をとっていませんでした。

いずれにしても海外在留邦人の救出とかのような最悪の事態が発生した場合の日本政府の基本方針はまず第一に外国政府に在留邦人の救助の依頼することにあり、日本政府独自の対策はないとのことです。

海外在住米国人はどこの国にもかなりの数の人達が居るので、万が一の事態が起こった場合、米国政府は世界のいかなる地点にも自国の救援機を派遣します。それに日本政府は便乗しようといのが基本姿勢なのです。たしかに、アフリカのような遠隔地に滞在している数人の日本人の国外脱出にわざわざ日本から救援機を飛ばすよりも、米国政府に依頼したほうが簡単です。事実、米国政府はもし余裕があれば日本人も救出しましょうと声明しています。これは当然なことなのです。

 米軍は救出の優先順位を1)米国市民、2)米国永住権保持者、3)英・カナダ国民、4)その他、ときめているとのことです。つまり、緊急の場合、日本人が米軍に救援を依頼しても最後の最後で、もし余裕があればの話になるのです。外務省の見解では、どのような状態であっても在外日本人を保護する法的義務はないとのことです。

つまり、海外では一人の日本人は基本的には危険が起こっても、自分の責任で対応しなければならないのです。


 似たような例としては2000年九月にスイスのインタ-ラ-ケンでハイキング中突然行方不明になった日本人女性佐藤順子さんの捜索に日本政府としてはまったく関心を示さず、関与していませんでした。この件で対照的なのは十数年前に英国人女性ル-シ・ブラックマンさんが日本で失踪した事件の時、英国の首相が日本を訪問したさい、日本政府に捜査への強化をわざわざ依頼していたのは印象的でした。 

いままでの新聞報道などからいろいろな状況を理解した時、海外在住の自国民の救出に関してもやはり国情の相違は多少はありますが、日本政府のようにこれほど冷たくは対応していません。

このような海外公館の対応に関連した不幸な出来事はいろいろとあり、例を挙げたらきりがないのです。

追記(2018 ct)
最近の安田さんの救出に関して新聞には「国民の命と平和な暮らしを守ることは政府の最大の責務」とし、外務省設置法が挙げられていましたが、この法律、外務省設置法は平成11年7月16日法律第94号として初めて施行されているものであり、、しかも、この中での救出に関してはテロ被害者に限定されていることが明文化されいているのです。つまり、海外での日常生活に関連した、事故、殺人、誘致、その他の事件は対象外なのです。つまり、前述のように通常の日常生活に関連した場合にはそのような人たちの場合には、外務省の救援、援助の対象者ではないことは当時の法務省の説明でも明らかなのです。
つまり、テロ被害者は例外の例外であり、国際的にも大きな問題であるなので、最近になってようやくそのような極端なテロ被害者に限定しての法律、外務省設置法、が数年前にできただけなのです。
ですから、通常の海外旅行者の場合には援助、救援に対する法的な根拠はないと法務省も言明しているのです。

三色旗のなぜ ??

三色旗のなぜ ??

西欧の国旗の多くは三色旗ですが、なぜ三色であって、二色や四色ではないかと考えてみました。

Wikipediaやその他のサイトを検索しても、それぞれの色の意味の解説はあるのですが、不思議なことに、なぜ三色であって、二色とか四色ではないのかと考えに対しての説明、解説は全く見当たりませんでした。
ここで考えられるのはフランスをはじめとした西欧の多くはキリスト教国なのです。

キリスト教においては「父」と「子(キリスト)」と「聖霊(聖神)」が「一体(唯一の神)」であるとされているのです・つまり、三という意味はこのキリスト教の概念からくる「三」が極めて大切なのです。

つまり、キリスト教では、父なる神・子なる神・聖霊は全て唯一の神の現れで、元来一体であるという教えなのです。
いわゆる、三位一体(ラテン語: Trinitas)という概念なのです。

従って、このようなキリスト教の考え方が国旗を制定するにあたって考慮されても全く不思議ではないのです。

つまり、
  「父」は神である(ラテン語: PATER est DEUS)
  「子」は神である(ラテン語: FILIUS est DEUS)
  「聖霊は神である(ラテン語: SPIRITUS SANCTUS est DEUS)
となるのです。

ここで、さらなる疑問は、では、そのキリスト教の本山であるバチカンの国旗はなぜ二色であって、三色ではないのかとのことです。しかし、残念ながいろいろ調べてもその理由についての解説、推測は見られませんでした。

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