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2018年4月の記事

2018年4月23日 (月)

日本語は難しい(12) 語順による理解

日本語は難しい

「学校が透ける制服を配布」
このタイトルを読んだ瞬間、学校が透ける、ってどういうこと考えてしまいました。しかし、これが「学校で透ける制服を配布」あるいは「透ける制服を学校が配布」とすればそのタイトルの意図が一目瞭然ですが、ただ「が」を「で」に置き換えるだけでも一瞬の理解度がことなります。

この表題を書いた人は透けて見える制服に注意が集中し、本能的にそのような表題を付けたのかもしれませんが、第三者が何らの先入観もなくふとこのような表題を見ると戸惑うのではないでしょうか。つまり、このような表題を書いた人と一般の読者との間に内容の理解の程度大きければそれだけ理解の乖離が起こるのです。

このような紛らわしい表現には以下のような例があります。

学校が燃える写真を配布

組合が焼けている焼き芋を配布

警察が水浸しになった写真を回収

このほかにも似たような例として「合成クモ糸繊維」があります。この意味が、「合成されたクモ糸」なのか「クモ糸を使って合成された繊維」なのかによって意味が異なります。

、「合成クモ糸繊維」を使って開発されたドレス。色素をタンパク質に吸着させて鮮やかな青い色を出した。「合成クモ糸繊維」は衝撃の吸収力や軽さに優れているが、これまで生産コストなどの面で量産化は困難とされていた。関山社長は「このドレスの開発で量産化する技術が実証できた」と話している。関山社長は「ラボ(研究室)スケールでしか作れなかったクモの糸が、これだけの製品が製作できる量が作れるようになった。いろいろな工業製品に使う検討ができる段階に初めて入った。大きな一歩」と話した。「合成クモ糸繊維」は自動車のボディーや防護服、さらに医療分野での活用が検討されている。

2018年4月19日 (木)

日系人はなぜ南米だけなのか

日系人はなぜ南米だけなのか
   
法務省はブラジルやベル-などで暮らす日系四世の若者を日本で就労できるための新たな在留制度案を検討しているとのことですが、ここで疑問に思うのはなぜ南米からの日系人のみを対象にしているのかということです。

かって、日本のバブルの時期に労働力の確保のために南米からの日系人三世までを出稼ぎ労働者として呼び寄せ、その後の経緯は周知のように日本の経済状態の低下とともにそれら多くの出稼ぎ呼民はまた南米に逆戻りになっていました。

しかし、今回はまた労働人口の減少という社会事態に対応するために前回の南米からの日系人の呼び寄せという前回の蒸し返しパタ-ンが実施されようとしているのです。しかし、このような発想はあくまでも一時的な労働人口補足のための一時的な目的以外での何ものでもないのです。

このような発案の背景にあるのは全ての外国人を呼び寄せるより日本人の血を引いた日系人をとの概念がその根底にあるからなのです。つまり、日系人という概念に大きな意味があるのです。

それにしても、もしそのような血統を重視した日系人に限定するのなら、なぜ東南アジア、アメリカ、欧州などの日系人二世、三世などもその対象にしていないのでしょうか。その理由を考える前に理解しなくてはならないのは、現在の南米日系人は戦前、そして戦後間もなくの間接的な意味での”棄民政策”の一環として致し方かなく南米移民を政府が間接的に音頭を取って進めていたことを理解すべきなのです。

しかし、時代の経過とともに今度は再び日本での労働人口が減少しつつある今日の日本の社会状況を考慮して、再び南米日系人の出稼ぎ移民を、との心理的考察があるのですが、これほど南米移民日本人を軽視した発案はないのではないでしょうか。

つまり、南米日系人四世はいまだに経済的に貧しい状況下にあるので、こちらから声を掛ければ日本にまた出稼ぎに来るものとの暗黙の理解があるのです。そのことは裏を返せばアメリカや欧州にいる日系人二世、三世、四世などに日本に出稼ぎに来ませんかとはとても言えないからです。

その一方、東南アジアには主として戦後直後の混乱期に日本人男性と現地人女性との間に生まれた日系人二世、三世がかなり存在するのですが、戦後の混乱もあって、それらの日系二世や、三世は日本の国籍が与えられず、さらに家族的な問題もあって日系人としては取り扱われていないという社会的悲劇が介在するので、日本政府としてはそれら東南アジアに存在する潜在的な日系人の存在は全く考慮していないのです。おそらく今後もそのような対策は取らないでしょう。

それにしても、戦後まもなくにいろいろな事情から東南アジアに一時的に残ってそれらの国の独立に寄与した元日本人兵士がその後になってその地の女性と結婚して家族を持ったのですが、そのごにそのような残留元日本兵が故郷日本に帰国した時には当時は現地で結婚した現地の女性を一緒に日本には連れてこれなかったとのことです。一体どうしてなのでしょうか。現在になって、そのような元日本兵の家族が父親を捜しに日本に来たり、或いは連絡の取れた父親に会いに来たりした記事がときおり新聞に報道されていますが、これほど非人間的、非人情的な状況がどうして許されるのでしょうか。このような人たちは日本では日系人としては扱われていないのです。

日本では海外日系人協会と言う団体が毎年お祭り的な会合を東京で開いていますが、その主な対象者は南米の日系人が主体なのです。ですから、東南アジアでの日系人は全く対象としては考えていないのです。

今後もますます拍車がかかる日本国内での若年層人口の減少、高齢化社会の増大などともに日本での労働人口確保のためには根本的な移民政策が必要ではないだろうか。

なお、日本に居住している外国人の統計は以下のようになっています。

一般永住者 749,191 29.2
特別永住者 329,822 12.9
留学 311,505 12.2
技能実習 274,233 10.7
定住者 179,834 7.0
日本人の配偶者等 140,893 5.5
その他 576,370 22.5
合計 2,561,848 100

「永住者」(一般・特別の合計)の資格を持つ永住外国人は約107万人である。一般永住者の数は74万9,191人で、年々増加している。特別永住者の数は32万9,822人で、年々減少している(2017年12月末時点)。在日外国人の在留資格のうち、長期の在留期間を認められるものは、以下の3種がある。一般永住者:外国人のうち法務大臣が永住を許可した者(在留期間制限なし)
特別永住者:韓国籍・朝鮮籍・台湾国籍・その他の平和条約国籍離脱者とその子孫(在留期間制限なし)
定住者:法務大臣が在留を特別に許可した日系人とその家族(在留期間が1年か3年)。主に日系ブラジル人、日系フィリピン人、日系ペルー人等が対象[8]。

このように法的には日系フィリッピン人も日系人の対象になっています。

2018年4月16日 (月)

忖度は官僚からの「おもてなし」

忖度は官僚からの「おもてなし」

最近の新聞記事には森有問題に関連して、忖度の影響が論じられています。確かに、この忖度という表現は昨年の流行語にもなったように以前には全く使われていなかった、と言うよりも誰も知らなかった表現だったと思います。辞書的には「他人の心中をおしはかること」となっていますが、問題はその結果なのです。つまり、原因としての忖度は良いことなのですが、結果として「実際の行動を起こすときに、どのような形で行動するか」と言うことが問題なのです。日常生活の中での忖度は「おもてなし」になり、結果的にはおもてなしの対象となっている人を喜ばせるのです。

つまり、その意味が他人のことを思いはかってその人の為に言われなくとも進んで行動するという意味では、外国人観光客から日本人の特徴として大きく知られるようになったのか゜「おもてなし」なのです。

つまり、日本人、特に男性はどちらかと言いうと無口の場合が多いので、「おもてなし」と同じように相手から求められなくとも、相手の気持ちを先取りしてその人を喜ばせるので、このような日本人のおもてなし行為は日本に観光に来た外国人には日本独特のものとして喜ばれるているのです。ですから、この「おもてなし」という表現は日本人の優れた特質として海外に広まっているので、いずれ世界にも通用するカタカナ表記の日本語になることでしょう。

しかし、この優れた民族性行為が日本国内で日本人同士、殊に政治の世界での官僚の間で発揮すると忖度になるのではないでしょうか。つまり、忖度とおもてなしとはその意図するところは同じなのだが、その対象が根本的に異なるのです。忖度は日本人同士の行動であり、特に官僚同士に自然に使われていたのですが、今回の森友関連業務ではたまたま悪い方向に向かってなされたものと理解できるのかもしれません。

すなわち、忖度は官僚の政治家に対するおもてなしなのです。考えてみれば政治家の国会での答弁は官僚が忖度して作ったものを読み上げているのと同じことで、このように考えるとなまさに日本の政治家の国会答弁は官僚のおもてなしの典型的な日本版になるのではないでしょうか。


2018年4月13日 (金)

ヨ-ロッパ人の気質 (1)  スイス人

ヨ-ロッパ人の気質 (1)  スイス人(1)


 


ヨ-ロッパ、つまり欧州にはいろいろな国があり、それぞれの特徴のある国民性を持っているので、日本でよく使われる表現「海外では」「欧米では」「欧州では」などのように簡単に述べることは出来ないのですが、日本ではそのような実情を知らないから、いとも簡単にひとまとめにしてしまうのです。


 


似たようなことは、日本人は、と海外からの観光客が語るのと相似ているのです。その典型例はいわゆる「おもてなし」で、確かにこのおもてなしの行為を実際に体験すると観光客はみんな感心するのです。だからと言って、その逆に日本人は全員がそのようなおもてなしの心を持っていることにはならないのですが、いいことには誰もすべて賛成するので、結果的には日本人は素晴らしいとなるのかもしれません。


 


このように個々の事例を以て全体を評価することは必ずしも正しくはないのです。したがって、これからいろいろと欧州人の気質、正確についての逸話を紹介しますが、だからと言ってそれがすべの人たちに当てはまることはないのですが、全体的な傾向として知っておくのも悪くはないと思うのです。


 


瑞西人といっても、この国には大きく分けてドイツ語圏、フランス語圏、イタリア語圏があるので、ある意味ではそれぞれの国語の国の影響がみられるのは当然なのです。ですから、単にスイス人というよりはスイスのドイツ語圏では、といったほうが正しいかもしれません。


 


「几帳面性」
 ドイツ語圏のスイス人は日本人が考えられないような几帳面性があるのです。几帳面というよりはよい意味での頑固さかもしれません。


 


  例えば、部屋の掃除は土曜日に、買い物は金曜日に、洗濯は月曜日に、などなど、いささか古い習慣としてはとても日本人には考えられないような几帳面性、規則性があるのです。いささか古い習慣になるかもしれませんが、家庭内で、シャワ-でなく湯船に浸かるのは週に一回、それも土曜だけという習慣があったのです。このことに関しての笑い話に、ある娘さんが旅行して、ホテルに着いたら、その部屋に浴槽があるのを見つけて、すぐに母親に電話して、「お母さん、この部屋に浴槽があるのょ、土曜が来るのが待ち遠しいわ」と話したとか。


 


 そのほかにも、ある人の家の前にいつも自分の車を駐車していたのですが、ある日、外から帰ってきていざ車を駐車をと思ったら、いつもの場所によその人の車が置かれていたのです。そしたら、その人はわざわざ゛その他人の車の持ち主に「いゃね、ここは私の車をいつも駐車していたのですが・・・」と言ったとか。


そのほかにもスイスでは昼休みは最低でも12時から13時でありこの間には仕事をしたり、音をたてたりするのは禁止されているのですが、その昼休み時間帯にに芝刈りをしたために約六万円の罰金が科せられたとのことです。夜は十時以降はやはり静寂にしなければなりません。


その他にも、スイス人、或いはスイスの特殊性に関してのキ-ワ-ドを挙げるといろいろなことが考えられるのです。


通貨、税金、医薬分業、方言と標準語、国境の駅・空港、国境を超える市電・列車網、国際企業と外国人、隣国での買い物など。


 


 

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