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2017年11月の記事

2017年11月26日 (日)

国籍法を知らなかった在外日本人


「誰も知らなかった国籍法と戸籍法との関連」(2017/11/26)

日本の国籍法によると「自己の意志で外国籍を取得した場合には“自動的“に国籍を失う」と規定されているのです。(国籍法11条)

 在外日本人が常に所持している旅券は海外では日本人であることを意識させられる唯一のドキュメントなので、その有効期間が切れる頃になると領事館でその旅券の更新を求めるのですが、その場合、在外日本人が何らかの事情(職務上、行政上、大学などでの研究推進上、疾患治療上、国際性意識上など)から「自らの意思」で滞在国の国籍を取得した時に起因する日本国籍喪失についての知識は在外日本人のほぼ全員が欠如しているのです。

当然のことながら、日本の政治家、知識人などもその意味するところの理解は全く皆無なのです。その典型例としてはLEDの発明でノベル賞を受賞した中村修二さんの場合、受賞時にはアメリカ国籍を所持していて日本の国籍は11条該当者として日本人ではなくなっているにも関わらず、安倍首相は日本人として賞辞を送っていたように国籍法への無知識を披露していたのです。もっとも、中村さん自身も国籍法の理解に乏しく、国籍喪失届を出していないので自身ではいまだ日本人であると理解しているようです。

 つまり、何らかの事情から滞在国の国籍を“自己“の意思で取得している人の場合には、国籍法の規定によりその該当者はもう日本の国籍が“自動的“(法務省の見解)に失われているので、重国籍者でもなく、また日本人でも無くなっているのです。

 ところが、そのような理解、知識のない在外日本人(おそらく99%の日本人)が自分が所持している日本の旅券の有効期限が切れたので、海外公館に出向いて旅券の更新を申請しようとした時に、通例の場合には、領事館はその人の該当国での滞在許可証の提示を求めるのですが、居住国での国籍を取得している時には当然ながらその国での滞在許可証は必要がなくなっており、したがって、その結果としてそのような滞在許可証は所持していなのです。その結果、領事館からあなたは自らの意思で外国籍を取得しているので、日本の国籍が無くなっているので国籍喪失届を書いてくださいと言われ、無意識的に致し方なくその届に署名してしまう在外日本人はかなり多いのです。

 その時点で、この該当者は初めて国籍法なるものの存在を知らされ、さらに最悪なのはその国籍喪失届の意味を正しく理解しておらず、後日になって、自分の戸籍が抹消されていることに気づき愕然とするのです。つまり、国籍法、戸籍法の知識が全然無い人が海外公館で旅券の更新を断られたことに関連して、国籍喪失届は旅券が交付されない為の単なる手続きくらいにしか考えていないからなのです。しかし、実際には国籍喪失届を提出することは戸籍からの抹消を意味しているのです。しかも、海外領事館はこの事実、すなわち国籍喪失届を出すことは該当者の戸籍も抹殺されるということを該当者には全く説明していないことなのです。

なお、このような事務処理は全ての海外領事館が同じように対処しているかと言うと、それぞれの国の領事館員の裁量に任されている場合もあるのです。

 つまり、行政官庁と在外日本人との間での国籍法、戸籍法に対する認識、理解に極端なまでのギャップがあることなのです。なお、参考までにこの場合の国籍喪失届の取扱いなのですが、理論的には前記国籍法11条該当者、つまり、自己の意志で外国籍を取得した人はその時点でもう日本人ではなく、外国人になっているので、国籍喪失届の提出者には該当しないのですが、行政上の手続きの簡素化として領事館から求められるのです。従って、理論的にはこの届の提出を領事館で、もう自分は外国人になっているので、その届を拒否することは出来るのですが、後述するように日本でも旅券の交付は不可能になり、最終的には戸籍抹消の為の国籍喪失届が必要になるのです。

なお、法施行という観点からは、該当者の日本国籍喪失の事実、つまり、該当者の外国籍取得デ-タを領事館が確実に記録して、それを領事館から外務省に、外務省から法務省に、そして法務省から該当市町村役場にそのデ-タが転送されて、最終的には国籍喪失届の有無にかかわらず、初めて戸籍が抹消されるのが本筋なのですが、このような正式業務を実施している海外公館は極めて少なく、殆どの領事館が簡略的に該当者に国籍喪失届を求めているに過ぎないのです。ですから、場合によっては11条該当者が自分は国籍喪失届を出していなのにも係わらず、戸籍が抹消されていることに気が付き愕然とするのです。

ちなみに国籍法11条には国籍喪失事務手続きに関する規定は全くないのです。

 このように領事館からは国籍法に基づき、もうあなたは日本の国籍を失っていますので、日本の旅券の更新はできませんと断られ、そこで初めて事の重大性を認識させられることが殆どなのです。それは当然で、在外日本人にとって、日本の旅券があることは日本人であることの唯一の証明書になるからです。考えてもみて下さい、ある日突然に日本人であることが否定されてしまうことが如何に重大であるかということを。

 このように、在外日本人を含めて殆どすべての日本人は国籍法の存在、その意義などを全く認識していないのです。さらに最悪なのはこのような事態に直面する可能性のある日本人は海外に居住している日本人のみに限定されていることなのです。つまり、国籍法そのものは日本で生活しているすべての日本人(政治家も含めた)には全く関係がない法律なのです。

 更に問題なのは、国籍法に基づいて日本の国籍を失っても、その時点では日本の戸籍は厳存するので、日本で旅券の更新、再交付を考えれば再び旅券が手に入ると考えている人もいるのですが、そうすることは厳密には戸籍法違反、そして旅券法違反になるのです。もっとも、日本で旅券の再交付をすれば旅券が手に入ると簡単に考えて、そのような該当者が一時的に日本での旅券の交付を考慮しても、日本での住民証が無いと旅券交付は困難、不可能になるのです。

さらに、日本で旅券の再交付を申請する時に、その申請用紙には「外国籍の有無」のチェック欄があり、そこに外国籍在りにチェックすると旅券の交付申請は受け付けられず、国籍喪失届の提出を求められることにもなりえるのです。ちなみに、法務省の見解では国籍喪失届の提出はこのような場合、つまり日本国内での外国籍取得日本人に対してのみなされるとされているのです。

 ここで多くのそのような該当者が考えるのは、戸籍がいまだ残っているので、自分は日本人であり、当然のことながら旅券を交付して貰えないのはおかしいと考えるのです。しかし、このことに関連して、以下のような類似例があるのです。

 それはある人が死亡した時には当然ながら戸籍法第86条により、 死亡の届出は、届出義務者が、死亡の事実を知った日から7日以内(国外で死亡があつたときは、その事実を知った日から3箇月以内)に、この届をしなければならないとなっているのですが、もし、関係者がそのような死亡届を忘れたりして提出しなければ当然その死亡者の戸籍は存在するのです。でも、だからといってその人がいまだ生存しているとは誰も考えません。つまり戸籍がいまだ残っているからといって、いまだ生存している(国籍法11条の該当者の場合にはいまだ日本人である)ことにはならないのです。これは現在の法律では当然のことなのです。

 戸籍法によるとその第132条には、「戸籍の記載又は記録を要しない事項について虚偽の届出をした者は、1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する」。また、第135条には「正当な理由がなくて期間内にすべき届出又は申請をしない者は、5万円以下の過料に処する」となっているのです。このように最終的には国籍喪失者が自ら戸籍法に基づいた国籍喪失届を提出すことになってしまうのです。いずれにしても、在外日本人が無意識に前述のようないろいろな事情から自身の希望で外国籍を取得するとその時点で「自動的」に日本人ではなくなることを認識しているケ-スは殆ど皆無なので、外国籍を取得する前には十分に熟慮することが必要なのです。

 なお、このような非人道的な国籍法11条を「自己の意思で外国籍を取得した場合には日本国籍を喪失することも出来る」と柔軟な選択方式にすれば問題が解決されるのです。この場合は、確かに重国籍容認とも受け止められるのですが、一般的な概念での“全面的な“重国籍容認ではなく、もともと日本人の血統を有している日本人は単なる書類上の変更では血統の存在を否定することは出来ないという概念であり、今までに大きな議論となっていた全般的な二重国籍容認問題とは全く関係がないのです。しかし、残念ながらこのような11条の部分改正という発想には日本の政治家、識者、弁護士などは現在の法律を大前提にしているので、そのような考えが及ばないのです。

2017年11月19日 (日)

患者のための薬局ビジョン

「患者のための薬局ビジョン」が公表されてからもう二年もたっているのですが、なかなか目に見える変化が見られないようです。

このビジョンで謳われていることは「対物業務から対人業務」がそのスロガンとなっているとのことです。ここで言われている「対物業務」とはおそらく医薬品のを取り扱いを念頭に置いているものと考えられるのです。つまり、今までのような医薬日かはんばいという次元から脱却して、対人業務、つまり患者にたいしてどのような貢献をすることが出来るのかということと理解できるのです。

確かに一つの新しいビジョンとしての対人業務は意味のあるものであり、大いに推進すべきかもしれません。しかし、肝心のすべての医薬品を常に患者に提供できるという観点が十分に行われていて、しかもそれに加えて対人業務が考慮されるのが薬局の本来の姿なのですが、このスロガンでは対物業務が軽視ないしは無視されていることにもなるのです。

従って、今後の薬局ビジョンとしては「対物業務」プラス「対人業務」が正しいのですが、現実には対物業務がどんどん消されつつあるのです。

それは現在の医薬品提供業務が通信販売やドラッグストアに移行しつつあり、今問題になっている門前薬局とか調剤しかしない調剤薬局が厳存することはまさに薬局から「対物業務」を押しやっていることにもなるのです。

基本的には薬局の利潤はやはり対物業務あると思うのですが、その基本となる医薬品販売が軽視され、調剤専門になりつつあるので、当然の結果として調剤手数料が大きくなるのではないでしょうか。

2017年11月12日 (日)

会話力で心を開く

会話力で心を開く

新聞に「俺たちは会話して、心に突き刺さった小さいとげを抜いているんだ」とのイスタンブ-ルの運転手の話が載っていました。なかなか味のある表現だと思うのです。

この話を広く解釈すると、何らかの「心に突き刺さったとげ」は殆どの人の日常生活の中に存在するのです。とくに、そのとげが大きくてなればなるほどその結果は大きくなり、場合によってはきわめて危険な状態に陥り、自殺するような事態にまで発展してしまうのです。

つまり、そのような心の問題は出来るだけ早い時期に第三者との会話が必要なのですが、どちらかと言うと日本人はそのような観点からの会話には苦手のようなのです。とくに、男性の場合には日常生活の中に於いて絶えず会話ができる相手の存在は極めて少ないのではないでしょうか。

2017年11月 7日 (火)

国籍法を知らない日本人の悲劇

誰も知らなかった国籍法と戸籍法との関連(国籍法を知らない日本人の悲劇)

日本の国籍法によると「自己の意志で外国籍を取得した場合には“自動的“に国籍を失う」と規定されているのです。(国籍法11条) なお、条文には「自動的」なる表現はありませんが、法務省の正式見解にはこの語句が常時使われています。

しかし、この国籍法の規定の周知度はゼロに近く(それは当然で、国籍法というものは日本に居住している日本人には全く関係のない法律だからです。また行政もそのような存在の広報などは100%していないのです。もっとも、例外として日本人が外国人と結婚して日本に居住している場合には問題があります。特に生まれた子供が日本国籍以外に両親のどちらかの国籍をも持たせたいと考えた時、国籍法11条が該当、適用されてしまうのです。

ところが在外日本人が何らかの事情(職務上、行政上、国際性意識など)から「自らの意思」で滞在国の国籍を取得した時に起因する日本国籍喪失についての知識は殆どの在外日本人が認識していないのです。当然のことながら、日本の政治家、知識人、マスコミなども自らの意思による外国籍取得の意味するところの理解は全く欠如しているのです。例えば、以前に"猫さん"がカンボジャの国籍を取得してオリンピック・マラソンの国際大会に出場した時の報道でも外国籍取得後の影響についての言及は皆無でした。

そのような在外日本人がある日、自分が所持している日本の旅券の有効期限が切れたので、海外公館に出向いて旅券の更新を申請しようとした時に、通例の場合には、領事館はその人の該当国での滞在許可証の提示を求めるのですが、居住国での国籍を取得している時には当然ながらその国での滞在許可証は必要がなくなっており、したがって、その結果としてそのような滞在許可証は所持していなのです。なお、このような事務処理は全ての海外領事館が同じように対処しているかと言うと、それぞれの国の領事館員の裁量に任されている場合もあるのです。

そうなると、領事館は国籍法に基づきもうあなたは日本の国籍を失っていますので、日本の旅券の更新はできませんと断るので、そこで初めて事の重大性を認識させられることが殆どなのです。それは当然で、在外日本人にとって、日本の旅券があることは日本人であることの唯一の証明書になるからです。考えてもみて下さい、ある日突然に日本人であることが否定されてしまうことが如何に重大であるかということを。

このように、在外日本人を含めて殆どすべての日本人は国籍法の存在、その意義などを全く認識していないからなのです。さらに最悪なのはこのような事態に直面する可能性のある日本人は海外に居住している日本人に限定されていることなのです。

更に問題なのは、国籍法に基づいて日本の国籍を失っても、その時点では日本の戸籍は厳存するので、日本で旅券の更新、再交付を考えれば再び旅券が手に入ると考えている人もかなりいるのですが、そうすることは厳密には戸籍法違反、そして旅券法違反になるのです。もっとも、日本で旅券の再交付申請をすれば旅券が手に入ると簡単に考えて、そのような該当者が日本に一時的に帰国して旅券の再交付を考えても、日本での住民証が無いと旅券発行は困難、不可能になるのです。

ここで多くのそのような該当者が考えるのは、戸籍がいまだ残っているので、自分は日本人であり、当然のことながら旅券を交付して貰えないのはおかしいと考えるのです。しかし、このことに関連して、以下のような類似例があるのです。

それはある人が死亡した時には当然ながら戸籍法第86条により、 死亡の届出は、届出義務者が、死亡の事実を知った日から7日以内(国外で死亡があつたときは、その事実を知った日から3箇月以内)に、この届をしなければならないとなっているのですが、もし、関係者がそのような死亡届を提出しなければ当然その死亡者の戸籍は存在するのです。でも、だからといってその人がいまだ生存しているとは誰も考えません。つまり戸籍がいまだ残っているが、生存している(国籍法の該当者の場合にはいまだ日本人である)ことにはならないのです。これは当然のことなのです。事実、このような死亡例での戸籍の現存は別に稀ではないとのことなのです。

その他にも似たような例として、外国籍を自らの意思で取得したので、もう日本の旅券は使わないとの考えから、日本の旅券は引き出しの隅に追いやられ、国外旅行に際しては日本の旅券を全然使わないようにしている人も意外と多いのですが、このような場合にも日本での戸籍はそのまま継続して存在するのです。今回のノ-ベル文学賞を受賞したイシグロさんもこの例に該当するのではないかと推測されるのです。

なお、戸籍法によるとその第132条には、「戸籍の記載又は記録を要しない事項について虚偽の届出をした者は、1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する」となっており、また、第135条には「正当な理由がなくて期間内にすべき届出又は申請をしない者は、5万円以下の過料に処する」となっているのです。でも、罰金を払えば戸籍は存続するかと言うと、死亡の場合には実際には死亡届を遺族自身が記入提出するケースは少なく葬儀業者に依頼する場合がほとんどであるようで、これがなされていない場合には火葬許可証が下りないのが現実なのです。もっとも、国籍法11条該当者の場合にはなんらの届出を出さなくとも特別な問題は起こらないのです。

一方、このような国籍法11条の該当者は戸籍法に基づいた戸籍の喪失を届けることになっているのですが、ここで疑問になるのは国籍法11条該当者の場合にはその時点でもう国籍を失っている(法務省の立場)ので、国籍喪失届を出す対象者にはもうなっていないと理論的には理解できるかもしれません。つまり、その時点で該当者はもう日本人ではなく、外国人になっているので、外国人に対して日本の戸籍喪失届を出しなさいということには不合理性が存在するのですが、このことに関しては誰も異議を挿まないのです。むしろその逆で、海外公館(外務省の出先機関)は「本人の志望により外国国籍を取得した場合、取得をした時点で日本国籍は失われるため、国籍喪失届を提出し戸籍に反映する必要があります」と広報しているのです。もっとも、戸籍法に基づいて戸籍から除くためには国籍が失われていることが必要で、その為に国籍喪失届を出してくださいという風にも理解できるのですが、"外国人"に対して日本の戸籍を除くために国籍創出届を出すことには大きな問題があると理解すべきなのです。

しかし、この場合の国籍喪失届は国籍法11条とは全然関係が無いのですが、殆どの海外公館は国籍法11条対象者に"国籍"喪失届の提出を求めているのです。

死亡の場合の戸籍喪失届けは近親者が出すことが求められ、国籍法11条該当者の国籍喪失の場合には該当者自身が戸籍喪失届を出すことが正解なのですが、海外公館(つまり、間接的には外務省)はそのような人に対して"国籍"喪失届を出してくださいと広報していることには法務省の見解と矛盾があるのです。

このように、在外日本人が無意識に自身の希望で外国籍を取得するとその時点で「自動的」に日本人ではなくなることを認識している日本人は殆ど皆無なので、外国籍を取得する前に熟慮することが必要なのです。


いずれにしても、在外日本人が無意識に自身の希望で外国籍を取得するとその時点で「自動的」に日本人ではなくなることを認識している日本人は殆ど皆無なので、外国籍を取得する前に熟慮することが必要なのです。

このような状況はある意味では日本政府が在外日本人の消滅に間接的に手を貸していることになり、少子社会が問題視されている時に、その反面、ある意味では価値のある在外日本人を消している事実があることを理解すべきなのですが・・・・・。

つまり、このような問題を解決する簡単な方法は国籍法11条を改定すれば済むことなのです。このことはこのブログにも言及してあります。

2017年11月 5日 (日)

薬学部増設ラッシュと獣医学部新設問題

薬学部増設ラッシュと獣医学部新設問題


 


獣医学部新設に関する新聞報道がかなり偏ったものであるとの事実が以下のサイトに載っていました。
伊勢雅臣 jog_step@jog-wing.net No.1034 「加計事件」 ~ 朝日新聞の謀略報道


 


よくよく考えてみれば、四国には獣医学部が全く存在しないので四国に獣医関連問題が発生した時には全くのお手上げであることが理解できます。でも、一般国民はそのような背景事情を理解することはたんなる新聞報道では無理がある場合の典型例かもしれません。


 


なにも知らない我々にとっては新聞記事が正しく報道されているものとの理解が先行しがちですが、新聞の報道はそれぞれの視点が根本的に異なることもあることが分かります。


 


ここで、私が考えたのは薬学部の増設ラッシュは全く問題視されていないことに気が付きました。薬剤師が地域的に不足しているような記事は読んだことが無いからなのです。最近の薬学部の増設に関しては何が原因なのかとの理解は殆ど知られていないようですが、現在の薬剤師環境を理解すると、総体的な医薬品提供環境が全く支離滅裂に拡大し、薬剤師の就職先が異常なまでに拡大されているので獣医師環境とは次元が異なるのかもしれません。
それでも、最近は山口県にある大学に初の薬学部が誕生しています。


 


 


なにしろ薬剤師の職場がコンビニまで広がっていることは私のような古典的な人間にとってはまさに驚きなのです。薬剤師になって、あなたの職場は何処ですか、と聞かれて「コンビニです」、とは恥ずかしくて言えないのですが、今の若者にはそれが当然のように受け止められているのです。

その反面、薬剤師会の最近の動きを見ていますと、日本の医薬分業はどちらかというと医療分業の方向に進んでいますが、コンビニなどの調剤薬局で働いている薬剤師にはそのような観点からの活動は殆ど不可能なのです。

今後、どんどん薬剤師が増えていく一方、最近ではOTC薬の自動販売機があるとか、もうこうなると日本の医薬分業は支離滅裂ですね。

 

2017年11月 2日 (木)

副作用処理のCRO外注は「カビ型行為」になる可能性

副作用処理のCRO外注は「カビ型行為」になる可能性

日産の無資格者検査に関連して、以下のような記述がありました。

「ムシ型行為」とは、個人の利益のために、個人の意思で行われる単発的な行為をいい、「カビ型行為」とは、組織の利益のために、組織の中で長期間にわたって恒常化し、何らかの広がりをもっている行為をいう。個人が組織の中のある一定のポストに就くと、好むと好まざるとにかかわらず、そういう違法行為に手を染めざるを得ない状況に置かれてしまう。この場合、目的は個人の利益ではなく、組織の利益だ。

このような行為は製薬企業にもあるのです。

つまり、製薬企業の副作用処理業務は「カビ型行為」となる可能性が大きいのです。

現在のように医薬品使用が国際的に拡大し、それに比例して副作用症例の報告数が年々膨大になっているので、従来のように企業内でその処理、つまり評価、行政対応、評価結果の添文への反映などの一連の業務は膨大なものになりつつあるのです。

その結果、これらの処理をCROに委任する企業がどんどん増えているのです。

そのような原因は、前述のように医薬品の販売が世界的に拡大した結果、膨大な量の副作用症例数となるので、企業内での処理には限界があるものと判断されてCROに外注されているのです。ここで問題なのは膨大になりつつある副作用症例を行政に報告するという対行政向けに観点が強調され、それぞれの副作用症例の因果関係を詳細に検討し、必要とあれば補足デタを収集するような手間が軽視、無視され、もっぱら行政向けの仕事に集中し、その結果として行政報告のためにそれらの副作用症例処理をCROに依頼してしまうのです。

このような傾向は企業が大きくなればなるほど強まるのです。その社内的環境は、副作用評価などは時間の無駄であり、また副作用担当業務の部門は企業内でも軽視され、必要な人員とか予算が軽視されているのです。

そのような状況が今後ますます続くと安全性対策の基本、つまり評価・対応という過程が軽視、無視されるようになるのです。その結果として、上記の「カビ型行為」が発生する可能性が増大するのです。

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