« 2017年6月 | トップページ | 2017年8月 »

2017年7月の記事

2017年7月14日 (金)

驚きの英単語 (その2)

Water

 

このようなありふれた英語の単語はだれでも知っており、「水」の意味があることは「ミネラルウォタ-」のように日常的にも日本語としても使われています。

 

ところが、このような簡単な英語が動詞として使われている時には意外な使い方があるのです。

 

たとえば FDA panel seeks to water down warnigs on Tamiflu side effects.のように文章などに使われ、「文章などを希薄にする」、つまり表現などを「ぼんやりさせる」、のような意味に使われるのです。そのほかにもwaterd assetsとなると「水増し資産」となるのです。

 

Elective

この単語が普通に使われているときは、「選挙に関する」のような意味で、electionの形容詞として使われるのですが、そのほかにも意外と知られていない意味、つまり医学用語的に使われると 「急を要しない、随意の」ような意味があるのです。例えば、elective operationのように。

 

 

 

ところがこのような簡単な単語waterの使い方はフランス語とかイタリア語には全くないのです。

 

2017年7月12日 (水)

在外公館の医務官の意義

在外公館の医務官の意義

 

海外に在る日本の大使館にはいろいろな官庁からの出向者が滞在、勤務していますが一般的には数年間の滞在で日本に戻るといった、いわば腰かけてきな官庁のお役人なのです。日本の官庁から民間企業などに天下りする場合に、退職後直ちに天下りができないので、その間の繋ぎとして海外公館に出向させてもらうことも稀ではないのです。ですから、海外公館での仕事は本来の専門分野とは全く関係がない場合もきわめて普通なのです。ですから防衛庁の役人が海外公館の領事業務を担当することも不思議ではないのです。基本的には大使は外務関連業務に精通した外務省の官僚がなるべきなのですが、時としては外務官僚以外の官庁からの出向者もいるのです。

例えば、最近、2019年にスイスの特命全権大使になった人は読売新聞のお偉い人でした。

このような腰掛的業務が専門の海外公館になんと「医務官」が配属されているのです。この医務官の役割は「海外公館職員及びその家族の健康管理等を行う医師の資格を有する外務公務員」とされており、「緊急かつ必要時には在留邦人の生命や身体保護のために、応急措置や医療手配を行うこともある。また現地の医療事情を視察してホームページなどで情報を発信したり、日本人学校などからの講演依頼に応じ保健指導を行ったりすることも大切な業務である。」とされています。このような記述を医務官の実態を知らない人が読んだら、在留邦人も診て貰えるのか、と感心するかもしれませんが、まずそのような可能性はゼロに近いのです。ましてや、文面にあるような「緊急時」に多くの在留邦人を素手で手当てすることは不可能に近いのです。
いずれにしても、現実はそれほど甘くはなく、特に開発途上国の大使館に配属されている医務官を除いては全くの閑職そのものなのです。

 



2017年4月現在、97の我が国在外公館(大使館・総領事館)に合計99名の医務官が在勤しています(但し,一部の公館で空席)。各医務官は職員・家族の健康管理を行うと共に、現地の医療事情を調査して邦人の皆様に随時情報を提供しています、とされています。外務省が公告している「世界の医療事情」では、現地に長期滞在し、保健相談を行っている医務官自身が実際に体験・収集した“衛生・医療事情”、“かかり易い病気・怪我”、“健康上こころがけること”、“予防接種”等について地域毎に各種の情報を掲載しているとのことです。

 

このように、各医務官は大使館、領事館職員・家族の健康管理を行うと共に、現地の医療事情を調査して邦人の皆様に随時情報を提供しています、とされているのですが、実際には何もしていないといっても過言ではないのです。もっとも、おなじ職員と言っても現地雇いの職員はその対象外になっていないのが普通です。

 

ましてや、海外在住の邦人に対しての広報などは全くないのです。例えば、欧州の中にあるイタリアとか英国などに配属されている医務官はどのような仕事をしているのでしょうか。表面上はこれらの国の医務官は同じ欧州の中でも医務官を置いていない大使館、例えばスイス大使館など、をときおり訪問して医療業務に従事していると言われていますが、まさに形式業務の典型例なのです。

 

ちなみに欧州地区で医務官が配属されている大使館、領事館は以下のようになっています。
  在イタリア大使館、在ウクライナ大使館、在ウズベキスタン大使館、在英国大使館、在オーストリア大使館、在カザフスタン大使館、在 キルギス大使館、在セルビア大使館、在フランス大使館、在ポーランド大使館、在ルーマニア大使館、在ロシア大使館、在ウラジオストク総領事館、在ユジノサハリンスク総領事館

【備考】
 大使館業務についての辛辣な評価をした本があります。
 「 大使館なんかいらない」  久家 義之著
   この本の紹介欄には「 機密費だけではない! 外交官二千人はこんな暮らしをしている! 外交なし諜報なし語学力なしリストラなし官々接待あり贅沢三昧あり長期休暇あり……これが現代の〈特権階級=税金貴族=外交官〉の実態だ! 」とあります。

その他にもブラジルの大使館の医務官が自分のサイトにいろいろなことを書いていますが、かなり楽しんでいるようです。

https://membersmedia.m3.com/articles/1595

 

 </p一口に「外務省医務官」といっても、欧州のような先進国とアフリカ、南米などの低開発国、医療状況の貧弱な度での医務官の仕事はかなり色々なことがあるようで、現地の日本人社会にも貢献しているようです。ですから一口に外務省派遣の医務官と言っても、その任地によってはその業務はかなり異なることなのです。

 

2017年7月 3日 (月)

東西南北が地名などに使われた時

東西南北が地名などに使われた時

地名とか海などの名前に東西南北が使われていることがあります。例えば、東京があり、また海の名前には東海、北海などがあります。

前から不思議に思っていたのは東京という地名は京都の東からきていると言われていますが、これを中国語読みにすると、「トンキン」だと思うのです。そうすると中国には南京、北京、西京とありますが、なぜか「東京」という地名は古代中国から無いのです。この不思議についてある人から明快な答えが得られましたので、その詳細を以下に転記しました。

****************************************************************************
念頭に置かれている都市は中国の洛陽です。

この都市は紀元前1000年位の周の時代の資料に表れており、石器時代などの集落の後もある中国の中でも非常に古い都市であると言えます。中国というか「中華文明」は周によって始まるとされています。

元々、周の首都は鎬京で現在の西安の近くでした。紀元前772年になると周王の地位を巡って争いが起き、一部の有力者たちは現在の洛陽に都を移します。中国というか「中華文明」は周によって始まるとされていますので、
この時期から、周は東と西に分裂し、東周が西周を打ち負かしたことから、鎬京付近は西京と呼ばれるようになっていくのです。中国というか「中華文明」は周によって始まるとされていますので、この洛陽と西安の関係性から、のちの歴史における各首都が東西南北で位置づけられるわけです。

問題はトンキン(東京)がなぜないか、ということですが、これは中国の歴史に関係しています。
中国というのは漢民族の国なのですが、漢民族が国を維持するには常に「周辺の騎馬民族」との対立を意識しなければなりませんでした。

周は黄河流域に生まれた国ですが、この国のすぐ西と北には強力な異民族がいて、周はこれらの侵入を防ぐ必要がありました。そのため、これらの地域から適度に離れた鎬京を最初の都市に定めたのです。
洛陽も鎬京から真東に移動した都市で、異民族防衛という視点から見れば、北に行くことも南に行くことももちろん西に行くこともむずかしかったのです。

周に続く時代は秦から隋がふたたび中国全土を統一するまで分裂国家の時期を経ますが、この分裂した国の争いは大体南北で分裂していて、南北の分け目が西安から洛陽を結ぶ線でありました。
これも理由があって、北側は黄河流域を中心に支配しないと農地が確保できなかったこと、南は長江を抑えて農業地帯にしたことが挙げられます。これによって、中国の中でも洛陽を中心として北・南という概念が強くなります。

その概念が出来たうえで、元が北京に王朝を開いたり、南京(当時は応天府)を拠点に活躍した明が異民族王朝であった元を排斥して北京を首都と定めると、出自のある応天府を南京と定めたことで、西・南・北がそろいました。

で、なぜトンキン(東京)がないかというと、南京がかぎりなく東側にあるからです。南京は長江の河口近くの都市であり、南京よりも東だと海と川が接する河口しかありません。この場所には現在上海があります。

南京は中国が南北に分裂した時代の首都だった時代が長かったため、北京から見て南京と名付けられたわけで、これだけ東側にあると、とんきん(東京)を置く場所がない、ということと、歴史上南北分断が主な経緯だったので東側に都が置かれることはなかった、ということです。

日本の東京は、あくまでも京都から見て東側だから東京です。
これは、アジアでは「その国の基礎的な都からみてその時の支配者が住んで居る方位を当てて都にする」という方式から来ています。
**********************************************************************************


これと同じように、海の名前にも南海、北海、東海、西海があっても不思議ではないのです。この場合には何処からみて東西南北になっているのか、おそらく中国からとなっているのでしょう。もっとも、このような名称の海が現在のアジア地区の地図に載っているのは一つもありません。

ところが「朝鮮行政地図」(1940)という日本統治時代に作成された地図の中に日本海(東海)、黄海(西海)との記述があるのです。

もっとも、日本海については現在の韓国が「東海」とすべきだと主張していますが、理論的にはある意味では妥当性があるのかもしれません。つまり、朝鮮からみたらその東側の海、ということなのでしょうか。

しかし、歴史的にはやはり中国側から見た場合の名称になるのです。つまり、中国を中心にした考え方から言えば、現在の「南シナ海」は「南海」になるのかもしれません。そうなると中国の北には海がないので、「北海」は存在しないことになります。

もっとも、現在の韓国が主張している「東海」という名称は歴史的な背景から解釈すると中国の東にある海になるので、韓国が主張するような朝鮮半島の東にあるという意味の名称の根拠には考えにくいことになります。

それでも韓国が「日本海」はけしからん、「東海」にすべきだと主張するのなら、同じ理屈から「南シナ海」は韓国の西にある海、「西海」にするように中国に提言すべきなのです。
なお、「東シナ海」は中国では簡単に「東海」と呼ばれているとのことです。そうなると、韓国が日本海を「東海」にすべきとの主張に対しては、中国の許可を得なければならないかもしれません。

« 2017年6月 | トップページ | 2017年8月 »