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2017年2月の記事

2017年2月12日 (日)

中國人が日本料理をつくる時代

中國人が日本料理をつくる時代

もし、日本で「最近は中國人が日本料理を作るようになたのですね」と言ったら一笑に付され、なにを馬鹿なことを言っているのかと思われることでしょう。

しかし、これは海外、特に欧州ではもう常識になっているのです。もっとも、そんなことに気が付き、このようにコメントするのは私のような日本人だけなのです。欧州の一般の人たちは日本人と中国人との区別は出来ないし、またそのようなレストランで働いている人たちは現地の言葉で接客しているので、殆どの客は相手が中国人との認識はないのです。

いずれにしても、欧州では近頃はどこでもスシは食べられるようになっています。従って、欧州の人たちも箸を使って食べることにはあまり違和感がないのです。もっとも、その度合いは年齢層によっても大きな違いがあります。

スシの普及とともに日本食への関心が高まり、日本レストランとして開かれているお店がかなり増えてきています。特に大都会には数軒ないしそれ以上の日本レストランが見つかります。しかしながら、それらのレストランで日本人が厨房に立っているとは必ずしも限らないのです。外からみればに日本レストランと書かれてあり、そのお店の名前もFujiya, Yoshino, Tokyoなど日本の名前が付けられてあるのです。

ですから、外から見ただけでは日本人コックが日本料理をつくっているものとも考えられるのですが、実際はほとんどが中国人が厨房で日本料理を作っているのです。しかも、そのメニュをみると日本でのレストランと同じメニュがずらっと並んでいるのです。ですから初めてそのようなレストランに入っても、出される料理がどのようなもので、味付けがどうなのか、或いは衛生面はどうなっているのか、など細かいことは全く分かりません。しかし、総体的に味をみるとやはり中国人は中國人的感覚で料理を作るので、我々日本人の口には合わないのです。

このことはスシ・レストランでも同じことです。とくにスシは欧州ではものすごく普及していて、最近ではス-パ-でもプラスチック容器入りのスシが売られているのですが、冷たい棚に陳列されているので、シャリが固くなり、とても食べられた代物ではないのですが、本当のスシの味を知らない欧州の人たちはそれが当たり前だと思っているので、美味しそうに食べています。しかも、最悪なのは日本ではとても考えられないようなしろものがあるのです。たとえば、シャリの上に小さなアスパラを載せたものがあったり、最低なのはカリホルニア巻きなどとても日本の寿司屋では食べられないようなものまでスシとして売られているのです。

そのような環境にある欧州での日本レストランも出し物の名前は日本のレストランと全く同じですが、その作られ方はレストランによっては区々です。

その他にも多くの日本人が批判するのは中國人がつくる日本料理は脂っこいとか、味が全く異なるとか、ともかくなかなか日本人の口には合わないようです。

最近は、そのほかにもBento Boxの名前で作られてあるものもありますが、日本の駅弁を頭に描いてはとても食べられたものではありません。

このように欧州の都会には日本レストランがどんどん開かれているのです。しかも、それらのレストランで厨房に立っているのは中國人なのです。

こればかりは止めることも出来ませんし、文句を言えないのです。そんなことに目くじらをたてても始まらないのです。だって、日本でも、イタリアレストランとかフランスレストラン、のような外国料理の名前が付いたレストランのほとんどは日本人コックが作っているからです。

ですから、欧州などで、日本人が作っているレストランで日本食をたべたいと考えるときは、そのお店のホムペイジを見て、もしそこに日本語の説明がなければ100%中国人のお店なのです。あるいはレストランに入って日本語のメニュ・リストが無ければ中国人のレストランと区別しても間違いはないようです。

2017年2月10日 (金)

医薬分業という表現は今後も永遠に続く

医薬分業という表現は今後も永遠に続く

最近知ったのですが、厚生労働省内に「医薬分業指導者協議会」という組織が存在するとのことです。

なぜ「医薬分業指導者協議会」のような存在がいまだにあるのでしょうか、まさに驚きです。日本は一体いつになったら医薬分業という表現が無くなるのでしょうか。戦後から現在に至るまで、一貫しているのはいつも医薬分業、医薬分業という記事が毎日のように使われているのです。特に業界紙などにはこの表現が全く載らない日は皆無と言っても過言ではないのです。 中には例のニセ薬問に関連し、あるお偉方が「偽造品問題が起きないように医薬分業がある」、と言われていましたが、なんか的を外れているような気がするのです。

でもなぜなのでしょうか。戦後、医薬分業が施行され、もう何十年と経過しているのですが、いまだに、やれ門前薬局だとか、門内薬局だとかの議論、調剤手数料に関連した診療・調剤報酬の議論、健康志向としての薬局の在り方、医薬品の分類から始まってドラッグストアへの医薬品販売移行、などなど薬局が関連するいろいろな問題・議論は絶えることがありません。その場合には必ずと言ってよいほど医薬分業なる表現がどこかに現れるのです。

しかも、“欧州は医薬分業の発祥地“と日本では伝統的に考えられていますが、欧州では誰もそのような概念は持っていません。なにしろそれは当然のことであり、歴史的に見れば古代ロマの時代から 、いゃ、それより以前の時代でも、医療の源泉の最初は薬草であり、薬が中心だったのです。

しかも、その源泉を辿ると、殆どが僧院内で僧侶が薬草を栽培し、実際に病める人を治療していたのです。ここで、なぜそのような行為が当時の僧院内で行われるようになったのかという理解は日本では誰も持っていないのです。つまり、僧院は周知のように宗教が100%関与しており、そこには人間の悩み、心身すべてに関し、癒す、治すという概念が根底にあるため、当然のことながら病を対象にした薬草の栽培という行為が自然に生まれたのです。

ですから、薬草、つまり現在での医薬品は病を癒やすという行為と直接結びついていたのです。つまり、その当時から薬が重要な役割を果たしていたのです。このことは薬というものが重要であり、それを実際に管理、実用に供することが第一だったのです。

つまり、薬が先行し、その後になって社会に法律的な概念が適用されるようになった中世期、ことにイタリアで医師の区分が明瞭になり、薬を実際に治療に使うのは医師として区分すべきとの概念が生まれたのです。(「薬学史事典」の“イタリアの薬学史“の章参照)

ですからもし医薬分業という表現にこだわるのなら薬医分業が正しいのです。

2017年2月 8日 (水)

天下りを受け入れるほうの責任

現在マスコミの話題となっている文教省からの大学への天下りについての問題点は90日以内という短期間に天下りしているだけで、斡旋がどのような形でなされていたのかは別に驚くことではないのです。

ここで、考えなくてはならないのはそのような天下りで問題なのは、そのような天下りを喜んで受け入れている相手が居るということなのです。

天下りは「結果」であり、その原因となっている「天下りを求めている」相手が居るのですが、これが「原因」になっていて、どうぞうちに来てくださいと下心満点の企業、大学、協会、財団などがいるのです。つまり、このような「原因」を究明し、なぜ天下りを容認、要求しているのか、またその理由は何か、ということを究明し、それを是正しない限りは天下りは絶対に無くならないのです。。

元厚生官僚が大学教授になり、その定年近くになるといろいろな民間団体の会長職のような名誉職を引き受けることがあるのです。たとえば、厚生官僚が大学教授に天下りし、そり後になってから某協会の会長に就任した時に、ある、業界紙には、「三代目大物技官に期待」と報道されていりしてるのです。このように業界全体が天下りを容認、歓迎しているのです。

そもそも大学教授が昔の職場での経験から関連の民間協会の会長になるのは例外ではないかもしれないのです。

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