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2017年1月の記事

2017年1月 9日 (月)

欧州における日本の存在感はゼロ

欧州における日本の存在感はゼロ

欧州では日本の存在感はほぼゼロに近くなっているのを日本に居る日本人は気が付かないでしょう。

例えば、新聞とかテレビで世界の情勢がいろいろな面で報じられ、それらに関連して、他の政府の立場などが報じられますが、そのような時にも日本との関係が全く報じられていなくなって居るのです。例えば今回のアメリカの大統領が予想に反してトランプが勝利したことに関連して世界主要国の反応が欧州のテレビに紹介されていましたが、そこには日本のことは全く触れておらず、ロシア、中国などの反応は報じられていましたが、日本については全く言及がありませんでした。

欧州には中国からの観光客があふれていますが、不思議にそのような現象に触れるときには「中国人観光客」とは言わずに「アジアからの観光客」という表現が使われています。数十年前までは日本からの観光客が多かったときは明瞭に「日本人観光客」という表現でしたが、なぜか今では「中国人観光客」とは言わずに「アジアの観光客」なって居るのです。

そのほかにも、市販の携帯用の自動翻訳機にはいろいろな外国語が収録されていますが、以前は必ず日本語があったのですが、最近は中国語がそれに代わり、日本語が無くなってしまっているのです。

キオスクの新聞売り場には中国語の新聞は置いてあっても、日本語の新聞は完全に姿を消しています。

欧州の使用都市の大きなホテルには各国の放映が見られるテレビ番組があるのは当然なのですが、日本のテレビ番組、それもNHK Worldだけ、があるのはきわめて稀で、それに反し中国の番組は三つもあることがあるのです。つまり、大きなホテルでのテレビ番組には日本は隅に置かれているのです。

つまり、欧州のマスメデイアにとっては日本の存在感がきわめて薄れているのです。今年の暮れから新年にかけての世界各地の状況がテレビで放映されていましたが、以前は日本での除夜の鐘を打つ光景が他の都市、例えばにニュウヨク、ロンドン、モスクワなどと一緒に放映されていたのですが、今年2017年には日本の光景は欧州からほとんど姿を消してしまっているのです。

まことに残念なことですが、如何せん日本にいる人には全くそのような微妙な変化、つまり日本を囲む状況が欧州では少しづつ消えつつあるのです。

このことは日本人、とくに若い人たち、が海外にあまり目を向けていないことにも関係があるのです。例えば、私の知人のひとがロ-マにあるFAOの中にある国連機関CODEXに赴任するとのことで、その組織図をみるといろいろな委員会の議長国には中国や韓国の名前はあっても、日本はゼロなのです。


2017年1月 6日 (金)

「上を向いて」の替え歌

最近は殆どの人がスマホなどを片手で操りながら歩道を歩いたりしているので、いろいと事故を起こすことが知らされています。ましてやスマホなどをいじりながら歩道を自転車で走っているいるので、他人迷惑にもなります。

しかし、このような傾向はなかなか矯正することは出来ず、むしろどんどん拡がる一方なのです。

そこで考えたのは例の坂本九さんのヒットソング「上を向いて歩こう」の替え歌を作ってみました。もしこのような替え歌を町中に流したら、少しはその被害が少なくなるのではないでしょうか。

このヒットソングの歌詞は永六輔さんが作詞したもので世界中に広まったことがあり、海外では「スキヤキ・ソング」の別名があるくらいです。原曲の歌詞は以下のようになっています。そこでこの歌を少し変えてみました。もしこのような替え歌が、繁華街とか駅構内などで流されたら少しは状況が変わるかもしれませんが…。

「原詞」
上を向いて歩こう
涙がこぼれないように 
思い出す春の日
一人ぼっちの夜

上を向いて歩こう
にじんだ星を数えて
思い出す夏の日
一人ぼっちの夜

上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
泣きながら歩く
一人ぼっちの 夜


「スマホ使用者用のため替え歌」

上を向いて歩こう
人とぶつからないように
注意しつつ歩く
スマホだけの僕

上を向いて歩こう
猫背にならないように
前を向いて歩く
一人だけではない道.

上を向いて歩こう
スマホを目の前かかげて
あごを上にあげて歩く
他人を意識して歩こう

などなど、皆さんも考えてみてはいかがですか。

2017年1月 4日 (水)

借用される日本、 借用する日本

借用される日本、 借用する日本

 

最近の新聞に北京に「大江戸温泉物語」という浴場が造られていることが報道されていました。これは東京のお台場にある「大江戸温泉物語」を真似たものなのです。もっとも、この名前の使用を巡っては問題が指摘されています。しかし、中国ではやたらと日本の名前が簡単に使われているのは別に目新しいことではないのです。ある意味では、日本の名前を使うことは格が上がる風潮がいまだに中国では強いようです。

 

このような現象は何もいまさら始まったことでなく、とくに中国ではいろいろな分野に日本の商品名とか、地名などがいとも簡単に使われているのです。まぁ、ある意味ではそのような傾向は日本のものが良いという心理的動機から使われているのかもしれませんが、中にはそのような日本の名前が中國で特許として登録されてしまっていることもあるから、場合によつてはその影響は深刻になることもあります。

 

このような傾向は欧州の日本レストラン、特にスシ・レストランには日本の名前、例えば、「東京」「福屋」「おいしい」「ラ-メんや」などの名前がいとも簡単に使われているのですが、実際にそこで働いている人は中國人がほとんどなのです。つまり、欧州では日本レストランの多くが中国人の経営なのです。中には、そのような"日本"レストランのホ-ムペイジには中国の国旗が堂々と載っていることもあるのです。

 

まあ、考えてみれば、レストランの場合には中華料理店が世界中にあるように、中国人が経営している日本レストランは今後世界にどんどん広がるかもしれません。このように海外では日本の名前が至る所で「借用」されているのです。とくにレストランに関してはもう国境という枠は存在しないのです。だって、例えば日本には日本人がやっているイタリア・レストランはごまんとあるのです。

 

その他にも、最近、私の友人から頂いたプレゼントの中に化粧品セットがあったのですが、その製品には、男子用の化粧品セットには「サムライ」の名前が、そして女性用のセットには「サクラ」という名前が付けられていたのです。ところがこの製品をよくみると、化粧品はMade in Italyとなっており、製造会社はオランダの会社、そして販売会社はアメリカのものとなって居ました。そしてこの製品を売っていた店は韓国人のお店なのです。もうこうなるとどこの国の製品だか分からなくなりますが、製品名には日本語が使われているので、当地の人はこの化粧品セットは日本の物と捉えて私にプレゼントしてくれたわけなのです。

 

でもこのような傾向はなにも中国だけではないのです。似たようなことは日本もしているのですが、だれもそのことには気が付かないだけなのです。日本では欧米、ことにアメリカの物はなんでも気軽に取り入れていることはだれも気が付かないのかもしれません。最近のハロウィンの騒ぎなどは以前は全くなかったのですが、ここ数年はまるで日本のお祭りであるような捉え方なのです。その他には最近ではすこしづつ「ハグ」なる行為がその対象になりつつあるようです。考えてみれば、明治以降の「脱亜入欧」の思想、風潮がいまでも連綿として続いているのです。

 

そのように考えると中国の現在の風潮は「脱中入日」現象かもしれません。

しかし、最近はもっと色々な所で日本語が使われようになっています。例えば、食品にも使われているのです。スイスのスパ―でゴマソ-スが「歌舞伎」という名前で売られていたりします。なぜ歌舞伎なのかは分かりませんが、こんなのはごく当たり前になっています。

 

 

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