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2016年12月の記事

2016年12月27日 (火)

「生薬」か「木薬」か ?? (富士か不二か??)

「生薬」か「木薬」か ?? (富士か不二か??)


生薬と書いて、何と読みますかと聞けばほとんどの人が「ショウヤク」と読むはずです。薬関係者なら、生薬学という学問もあり、「ショウヤク」と読まれるのが当然なのです。

ところが、この表現は「キグスリ」と読むことがあるのは現在の多くの人は知らないかもしれません。この表現「キグスリ」は戦前の人たちにとってはそれほど奇異な表現ではなく、「クスリヤ」の代名詞としても使われていたのです。昭和の初期ころまでは「くすりや」のことを「キグスリヤ」とも呼んでいたのです。
よく考えてみれば、薬の歴史を多少なりとも理解してれば、歴史的は薬の大半は植物だったので、この表現、「ショウヤク」が使われいたのです。

もっとも、なぜここで「生」という漢字が使われているのでしょうか。この単語には「生地」(キジ)のように使われているように、「手を加えていない自然のままの性質や状態」を意味しているのです。

ところが、この「生地」という表現は木地・生地・素地のようにいろいろな漢字が使われていることがあるのです。

このように理解すると「生薬」も「キグスリ」と発音していれば、似たような漢字が使われていても不思議ではないのですが、いままでその可能性に気が付かなかったのです。

ところが最近、京都の二条陣屋を見学した時にそこには「木薬」の表現が使われているのを発見したのです。まさに、「生地」と同じ意味に使われていたようです。もっとも、この木薬の使い方が、発音が同じだから使われていたのか、それとも本来のくすりは木にも関係があるから、意図的に使われていたのかは不明です。

これに似たような例はほかにもあるのです。
その典型例は「富士山」の「富士」です。現在ではほとんどの人があの有名な「フジサン」は「富士山」と書くのが当たり前ですが、何とこの「富士」が「不二」と書かれていたことがあるのです。それは浮世絵には富士山を描いたものが沢山ありますが、それぞれの絵には「不二」という漢字が使われているのです。もっとも、よく考えてみれば、あの壮大で、美しい山はほかにはない、つまり二つとはない、の意味で「不二」が使われていたのかもしれません。

このように理解するとその他にもいろいろと似たような例があるかもしれません。皆さん探してみてください。

2016年12月 5日 (月)

日本語は難しい (11) 「非常識」と「未常識」

以前に「非常識」と「不常識」について述べましたが、今回はその延長で「未常識」という表現について考えてみました。

 

なぜこのような表現「未常識」を考えたかと言いますと、医療の社会では医者の常識でも患者にとってはまったく知らないこともあり、ましてや患者の常識の範囲内にはないことは沢山あります。

 

そのような場合に、患者にとってはそのような医学的な常識は「非常識」とは言えないのです。この「非常識」という表現には軽蔑の意味が隠されているからです。例えば、「彼は全く非常識な人間だ」のようによく使われています。従って、医療関係の分野で、こんなことは患者は知らない、つまり患者にとっては医師の常識が通用しないことはたくさんあるのです。そのような場合に患者の非常識、とは言えません。つまり患者にとっては全く知らないことであり、医師に説明されれば理解出るようになり、その時点で患者自身の常識にもなり得るのです。

 

従って、そのような場合にはいまだ常識になって居ない状態、つまり「未常識」という表現が存在してもおかしくはないのです。しかし、この「未常識」という表現は全く使われていませんし、存在しないのです。

 

このような理屈は日本語には通用しないのです。

特に最近気が付いたのですが、婚姻は両性の合意によるものが常識であり、憲法にもそのような記載になっているのですが、この場合の常識とは両性は男と女、であることは明白であり、常識となっているのです。しかし、最近の傾向として同性婚と言う概念が普及し始めり、この場合は男男、或いは女女の場合も「両性」の範疇に入るとの説が憲法学者によりなされているのです。そうなると従来の常識が未常識の範疇になり、近い将来はそれが常識にもなるかもしれません。

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