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2016年11月の記事

2016年11月24日 (木)

オペラが向こうからやってきた La Traviata

オペラが向こうからやってきた La Traviata

歌舞伎とかオペラ、演奏会などは劇場などに行って入場料を払って鑑賞するというのが世界共通の了解なのです。これはなにもオペラなどに限らず、音楽会でも同じことなのです。つまり、そのような催し物はお金を払って、特定の場所に我々が出向い、鑑賞するものというのが世界の共通の理解なのです。

ところが、以前にその逆のことがおこなわれたのです。それはオペラが劇場から街の中に飛び出してきたのです。しかも、その場所がスイスの大都市、チュウリッヒの駅の大構内で行われたのです。しかも、その時のオペラはあの有名なベルディのLa Traviataなのです。このような試みはおそらく世界で最初で、また最後かもしれません。

このオペラがあの大きいスイス国鉄の駅の大構内で、しかも無料で行われたのです。ですからその時に駅に居た旅客は自由に鑑賞できたのです。その時の観衆の一人が「オペラが向こうから我々のとこにやってきた」と言うコメントがきわめて印象的でした。この時の様子は以下のサイトを検索するといろいろな情報が得られるます。

La Traviata" im Hauptbahnhof Zürich

もちろんyoutubeでも見られますし、またアマゾンでDVDを購入することも出来ます。なお、いずれもドイツ語解説ですが、この解説を無視しても十分に楽しまれます。

https://www.youtube.com/watch?v=OsyIuaVKnXw

2016年11月11日 (金)

国際司法裁判所(ICJ)の判決

南シナ海の領海を巡って中国が国際司法裁判所の判決を無視して、サンゴ礁の上に滑走路を造ったりしていることにたいして、日本は抗議をしています。確かに国際的な見地から見れば、中国はこの判決を受け入れるべきなのですが、肝心の日本が似たような国際司法裁判所の判決を無視していることは意外とメディアは伝えていません。中国に対してはその判決を尊重し、それに従うべきだと強硬に中国に対して求めていますが、その一方で日本は同じ裁判所の判決を無視しているのです。

つまり、南極海でのいわゆる調査捕鯨は調査目的ではなく違法であるという2014年3月の国際司法裁判所(ICJ)の判決にもかかわらず、日本は捕殺せずに非致死的調査を求める国際的な世論を無視しているのです。

いまのところ中国はこの点には全然触れていませんが、もし国際的にこの矛盾点が指摘されれば日本の面目は丸つぶれになるのですが・・・・。

日本の捕鯨に関する判決について、もし日本政府がわれわれも国際司法裁判所の判決を尊重し、従いますので、中国も同じように従うべきですと国際的に声明、行動すれば中国はなんとも言えないかもしれません。しかし、現在のままでは日本も自分の好きなようにしているから、お互い様ですよ、と中国からいまだ言われていないのがせめてもの慰めかもしれません。

いずれにせよ、もし日本が中国の南シナ海の覇権問題で、クジラを犠牲にして、中国に国際司法裁判所の判決受託を申し入れれば何らかのポジティブ効果が見られたかもしれないのですが、日本政府はクジラを優先し、国際司法裁判所の判決を中国と同じように無視しているのです。しかも、このことに関して日本のメデイアはいっさいその関連性を報じていないのです。

2016年11月 9日 (水)

「薬局」、「局方」という名の由来

なぜ薬局という独特な名称が使われているのか。

「局」という名には辞典的には「当面する仕事」という意味があるよです。つまり、薬局とは病気や外傷などで悩んでいる人を「薬草などで対処、治療するという当面の仕事をする」場所という解釈をすることが出来ます。このように考えると「医局」はまさにその意味が明確です。このように理解すると「郵便局とか印刷局などにもこの「局」が使われています。

なお、「局方」の方には「てだて」、と「かやり方」の意味があるようです。たとえば、「方針」「方法」「処方」などのように使われています・

 この「薬局」という表現の起源を遡ると、中国宋代(1078-85)に刊行された『和剤局方』(1102-1106)で「局」という表現が使われており、のちにこれが協定処方集『(太平惠民)和剤局方』と改定されています。(「薬学史事典」 p.522) 

この『和剤局方』が、日本にも平安末期に伝わり、漢方製剤の適応症、薬剤名、処方量、調製法、用法用量などについてが詳述されていて、現在の薬局方のような書物として江戸時代から明治初期に利用されていました。

従って、このような書籍の存在を念頭に置いて、江戸中期、蘭方医中川淳庵が オランダの薬局方「アポテーキ」を「和蘭局方」と訳したのが、書名での最初の使用とサイトでは解説されています。(もっとも、この説明の出典は不確かで、当時のオランダでその頃にすでに薬局方があったかどうかは定かではありません。さらに、アポテ-キという名称は「薬局」を意味するので、「薬局方」を意味するものではないからです。いずれにしても中川淳庵が参照したオランダのものはおそらく江戸中期の1700年代頃のものではないでしょうか)

一方、欧州では中世期のイタリアで薬局方Pharmacopaeaとの表題で最初に出版されたのが1617年ですので、世界的にみても中国の「和剤局方」のほうがはるかに古いことになります。(「薬学史事典」 p.579 ) このことから判断すると、上記のオランダの薬局方はそれ以降なので、1600年代の後半になると考えられます。

このように薬局という「薬の局」はくすりを使って病気を治す目的の場所というように解釈できるのです。つまり、中世期頃までは病気に対して必要だったのは薬草を中心としたものであり、そのような薬草を貯蔵し、治療の場所が薬局となるわけです。このような形態は古代アラビヤの時代から中世期のロ-マの時代まで延々として続いていたのです。

従って、その頃は医療は薬草を中心とした薬により疾患、症状を治療することを意味していたので、「くすり」が中心であり、誰が治療をしたかということはあまり問題にされていなかったのです。したがって、医薬、治療の歴史の中では「薬」中心だったのです。それが中世期のロ-マの時代に法律的概念が導入され、医療行為を行う専門の人が医師として確立したのです。

古代中国と同じようにギリシャ、ロ-マ時代から病気をなおすという目的でいろいろな薬草が使われていたのです。しかもそのような薬草を人工的に栽培していたのはほかならぬ僧院だったのです、ですから、当時において病気を治すということは僧院で栽培されたいろいろな薬草を用いて僧侶が病気の手当てを行っていたことにもなるのです。

その頃には医師という概念の職業は存在せず、それに似たような行為をするのは外科医的な対処をするひとがいたのです。つまり。ギリシャ、ロ-マの時代には絶えず戦争があり、戦争で傷つくのは刀とか槍による外傷であり、それらの手当てをする人は必ず戦場にもいたのです。そこで第一に必要な手当ては傷の手当であり、今日でいう外科的処置が必要だったのです。そのあとは当時使われていた薬草などを用いた治療となるのです。

つまり、戦場では外科的処置を行える人たちが存在していたのです。しかし、日常生活ではやはり僧院での薬草の使用が主体となって居ました。つまり、薬草で治療するという行為は古代の時代から今日まで連綿として続いているのです。そのような状態が中世期ころまで続き、戦時には外科的仕事をしていた人たちが次第に医療の行為をする分野に入り込み、最終的には現在の概念の医師になりつつあったのです。しかし、その当時のそのような不明確な状態が混乱することになり、中世期に初めて法律で医師のあるべき資格が決められたのです。

この法律では医師の資格を厳密にし、その教育なども制定されていました。つまり、薬草などで治療するという行為は従来からの慣習が尊重され、それらを取り扱う人が現在の薬剤師という職域にまで発展したのです。

ですから、日本では「医薬分業」という表現が使われ、医師の領域から薬を取り扱う薬剤師というものが明確化、独立したと理解されていますが、欧州のくすりの発展の歴史を考えれば、「薬医分業」が正しいのです。つまり、医療の中から薬を専門的に取り扱う人を分離したのではなく、従来から連綿として続いていた薬の専門家、つまり薬剤師の職域から医療行為をしていた人たちを分離、区別するようになったとして理解すべきなのです。

ここで注目すべきことは「薬局方」という概念が最初にできたのが中国であるということです。いままで、多くの人は薬局方に関する歴史的な記述をするときには上記の『(太平惠民)和剤局方』に言及していなかったと思うのです。

2016年11月 7日 (月)

口臭を無くすには

口臭を無くすには

口臭の原因には三つあって、一つは口腔内の細菌叢の影響、そして二番目は消化器官内の影響、そして、三番目は呼気。

三番目の呼気の典型例は女性のメンスの時の口臭。この場合の口臭は人によっては全く感じないこともあり、第三者の鼻覚の敏感度に左右される。男性の場合には呼気による口臭はあまり多くはないが、もしそのような口臭がある場合には、多くの場合は消化器官の影響、つまり胃腸の具合が悪い場合には時として特異的な口臭を発することが多い。勿論、この消化器系統に由来する口臭は男女ともに起こり得るものである。

最初の口腔内の細菌叢は通常の歯磨きでは効果がなく、歯列の奥の部分の歯が全くない歯肉の部分には細菌叢のたまり場て、その清掃が普通の歯磨のやりかたでは軽視、無視されていることが多い。多くの口臭の原因はこの二番目の歯肉の部分に起因することが多い。この部分の掃除は歯ブラシを歯列の奥の奥まで入れてゴシゴシすることが必要となるが、殆どの人はそこまで気を付けて歯ブラシを使っている人は少ないようである。

したがって、自分の口臭がどの種類であるのかを知る必要がある。口臭を取り除くとして市販されている口腔薬とか内服薬などは一時的には口臭が消えるかもしれないが、抜本的な対策にはならない。


2016年11月 6日 (日)

日本の薬局の実態

日本の薬局の実態

 

ある大衆薬を入手するために渋谷と新宿の繁華街での経験を以下のようにまとめてみました。

 

1) 薬局の物理的存在感がゼロ 
     ⇒ どこに薬局があるのかわかりにくい
⇒ なぜ薬局の全国共通の看板がないのか
            ⇒ その反対にドラッグストアはどこでも目につきやすい 
    新宿では薬局を見つけることは出来なかったが、渋谷では道玄坂の入り口に近い処に薬局があるがその存在感は外から眺めた時には極めてゼロに近い。

 

2) ドラッグストアの備蓄状況は最低、
    ドラッグストアでの大衆薬はカウンタ-の後ろにある棚にあるものしかない
        したがって、ある新しい大衆薬、サブレメントは殆どの場合「うちには置いていません」で終わり。
 
3) 薬局の非処方薬の備蓄状態 
    備蓄状況はドラッグストアよりはやや多いが、在庫のない場合、取り寄せに二日もかかる。

 

4) 薬剤師の存在が軽視、とくにドラッグストアでの「ただいま薬剤師不在」の札がカウンタ-に置かれてある時間が長い。

 

 

これらの状況はある意味では百貨店とショッピングセンターとの関係に相似ているのではないだろうか。
本質的に百貨店とショッピングセンターは異なっているが、消費者(買物客)から見れば、両者の差違が分からないほど共通点が多く、どちらでも同じ商品を陳列・販売しており、しかも家族単位で出かけるマイカー利用者にとっては、都市型の百貨店よりも、郊外型のショッピングセンターの方が利便性が高いことは明らかである。つまり、一昔前と違って、百貨店でなければ販売していない商品が少なくなっている上、顧客が希望する商品の品揃えがなく、しかも高価であるから、客離れが進むのは当然であるとされている。このような状況を薬局とドラッグストアとを比較してみるとかなりの相違点がある。

 

つまり、医薬品の更なる分類による販売経路の細分化により、ドラッグストア、並びにインタネット販売方式が拡大され、すべての医薬品を常に備蓄していて、顧客の要望にすぐに対応できるという薬局本来の理念が完全に消滅しているのが日本の薬局の現実なのです。

 

追記(2019 June)

最近のサイトに「処方箋がなくても立ち寄れる薬局」なる表題での解説がありましたが、このような内容のものが話題になるということは一体どのような意味があるのでしょうか・つまり、極言すると、処方箋を持っていくところは調剤薬局であって、旧来の概念のすべての業務を行う「薬局」はだんだんと淘汰されていることを間接に意味しているのです。まことに残念なことです。

 

 

 

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