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2016年3月の記事

2016年3月12日 (土)

スモン発生機序解明の裏話

スモン発生機序解明の裏話

 

最初の薬害として大きな社会問題となったスモン、しかもその発生が極端に日本だけに限定されていたこともあり、薬害第一号としてはきわめて異色な存在でした。現在でもその被害者として補償対象者となっている方は1500人前後のようです。
スモンは日本での規模の大きい最初の薬害であり、また世界の薬害の中でも極めて異色なものなのです。

 

スモンはある特定な腸内状態でキノホルムの異常吸収が起こった結果としての亜急性毒性に起因することは明確なのですが、結果的にはキノホルムが原因であるということですべてに幕が閉じられて「なぜ日本にある一定の期間にわたり集中的に発生したのか」という疑問に対しては誰も関心が払われなかったのです。つまり、規模の大きい薬害で一定の国に極限されて起こった薬害というきわめて異例なケ-スなのです。

 

一般的には、ほとんどすべての薬害はその起因となる薬剤が使用されていた国には必ず似たような規模で該当する副作用が発生しているのが普通なのですが、当時のようにキノホルムは世界各国で膨大の量が使われていたにも係わらず日本にのみ集中していたといっても過言ではないのです。

 

私が、当時のスイスの会社でこの問題に最初から関与していたころ、この「なぜ日本で」という疑問が最大の関心事だったのです。もちろんスモンが裁判沙汰になってからは被告会社はキノホルムはスモンとは関係ないということが大前提であり、日本だけに限定されていたものとの認識から、当時としてはいまだあまり知られていなかった「薬剤疫学」を前面に押し出して、薬剤疫学論からキノホルムは関係がないとの立場をとっていたのでした。

 

1960年代から1970年代にかけては疫学という分野は医学一般、ことに副作用の原因物質推定、確認ということにはあまり縁のない分野でもあり、当時としては疫学の専門家は少なく、したがって企業はそれらの専門家を国外から動員して、スモンの原因とされていたキノホルムを疫学的見地から否定することに全力を傾けていたのです。もっとも、当時の疫学の専門家はある疾患の原因物質を推定することはできても確定することは出来ないというフアルマコビジランスの基本原則には無知に近かったのでした。したがって、そのような環境下にあっては、私の個人的な疑問は社内では全く考慮されていなかったのです。

 

その頃に私がいろいろと日本のデ-タを参考にしてたどり着いた仮説は「スモンはキノホルムの亜急性毒性に起因する疾患である」だったのですが、当時の会社の大方針は「関係なし」でしたので、私の仮説は内部で一応検討はされたものの最終的には日の目を見なかったのです。このような私の仮説設定の詳細な過程については雑誌「臨床評価」に発表してあります。

     「スモンの知られざる一端」 臨床評価  Clin Eval 36 (2) 2008
              

 

この雑誌にその解明の詳細の結果を公表してから、ある人から「では現在のスモン患者の乳糖不耐症」について調べたらよいのではないかとの質問がありましたが、乳糖分解酵素は一般的に絶対性のものではなく誘導酵素ですので、当時に乳糖不耐症であってもその後の食生活環境の変化で不耐症でなくなる可能性が高いのでそのような調査をしてもあまり意味がないのです。なお、意外と知られていないのは50, 60年代は牛乳の消費は極めて少なく、ましてや大人が牛乳をのむという習慣はほぼゼロに近かったのです。そのような人が何らかの理由で入院した場合、当時の病院食には必ず牛乳瓶が一本付けられていたのです。ですから、入院して初めて牛乳を飲んだ人の中で乳糖不耐症であった人は当然のことながら腹痛、下痢を起こし、その結果としてキノホルムが投与されていたのです。

 

本来、薬害をはじめとする医薬品に起因する副作用の解明はたんなる因果関係の有無だけではなく、なぜなのか、どうして特定の患者にのみ発生したのかとの発生機序の解明が大切なのですが、このような薬害関連領域での理解は、先決課題は原因薬剤の認定であり、最終的には和解で終わり、「なぜこの患者に」という解明はほとんどなされていないのが現実なのです。もちろん、薬害のような場合にはまず第一になされるべきことは該当患者の救済が先決なので、最終的には薬害裁判のほとんどか和解で終わり、「なぜ特定の患者に発生したのか」という発生機序の解明はほとんどなされていないのです。

 

つまり、原因薬剤が同定、判定されればそれですべが終わりなのです。特にこのような体制は世界共通で、ある新しい副作用が発生するとその起因薬剤が分かればすべでか解決してしまうのです。

 

本来、副作用は該当薬剤服用者全員に起こるものでなく、一定の環境下、条件下で発生するのですが、そのような発生機序の解明にはほとんどの人が関心がなく、これは世界共通なのです。本来、薬剤起因の副作用については、服薬後主としてどの時期に発生するのか、その副作用はデチャレンジで消滅するものなのか、あるいは性差があるのか、その発生後の経過はどうなのか、どのような対策を講じればその副作用はなくなるのか、などなどいろいろな要因の解明がなされるべきなのですが、現時点では精々発生頻度の記述で終わりなのです。

つまり、極論すると、現在の副作用情報と言うものは治験が終わった段階での情報であり、よほど重大な新しい副作用が報告されてこない限り、添付文書の改訂、訂正はされていないのが普通なのです。

 

たとえば、添付文書に記載されてある発生頻度情報は主として治験の段階での情報であり、市販後の情報はほとんど反映されていません。そのような例の典型例は、クラリスロマイシン起因の口中の苦み感が挙げられます。この副作用はほぼ全員に100%起こるのですが、添文に記載があるのは味覚倒錯として8.7%があるのみです。このことは、そのように口中に苦みを感じること自体が「倒錯」扱いなのです。つまり、そのような“副作用“は無視されているのです。もっとも、この場合にはその発生が100%ですので、副作用というよりは「従作用」なのですが、このような概念「従作用」はいまだに使われていません。

 

日本では薬害以外での副作用問題で裁判沙汰になることはほとんどないので、なおさらこのような副作用発生要因のメカニズムの解明には誰も関心がないのです。このように考えると、現在の添付文書にある安全性情報は単なる副作用項目の羅列とその発生頻度しか載っていないのです。つまり、添付文書に載っている現在の副作用情報は「点」情報に過ぎないので、あまり意味がなく、ましてやそれぞれの製品を提供している企業にもそのような詳細情報は蓄積されていないのです。

 

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