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2015年11月の記事

2015年11月30日 (月)

Windows 10導入の落とし穴

Windows 10導入の落とし穴

いままで使っていたWondows 7に無償で10を導入することが出来て、結構楽しんでいます。確かに、新しい10にはいろいろな遊びの要素も導入されていて素人的にも使いやすいと思うのです。

ところが一つだけ問題に直面しました。それはこのソフトとは関係がないのですが、その付属器としてのプリンタ-なのです。私はCanon MP610を使っていたのですが、この10を導入したところ今までのプリンタ-は10のソフトに対応していないので使えませんとのことなのです。これはちょっと意外でしたが、Canonからの返答でも同じような答えが返ってきました。

ですから、新しく10の入っている PCの購入とか、今までの7に 10を導入をする前に一度現在使っているプリンタ-との互換性を確かめたほうが良いかもしれません。、

もっとも、その逆に古いPC、Windows Vistにも新しいプリンタ-、例えばCanon MGシリ-ズガが使えるかと思ったらその逆にService Pack 2が入ってないと使えないとのことです。

素人的に軽く考えていたのですが、新しいソフトと古いソフトのPCを時折交代で使う場合には新しく購入するプリンタ-に気をつけなければならないことがわかりまし。

2015年11月28日 (土)

自分は老けないかどうかの目安は ??

自分は老けないかどうかの目安は ??
 
日常生活の中での習慣、傾向、などは歳とともに少しづつ変化するので、なかなかそのような微妙の変化を認識するのは難しいのですが、どのような変化に気が付くべきかを知っていると意外とそのような微妙な変化を認識できることがあります。

例えば、歳をととるとよく言われていることの一つに度忘れをすることがあります。この度忘れすことは意外と大切なことで、自分自身が最近は物忘れが多くなりましてね、などと自覚できている間は痴呆にはならないということです。つまり、自分が度忘れをしていること自体を認識できなくなったら、赤信号なのです。
似たような現象に「笑い」があります。この笑いは喜怒哀楽の一つですが、よく言われているように「笑いは健康の元」なのです。この笑いがなくなったらまさに赤信号なのです。

そのほかにも、汗かきの人は笑いと同様に老けにくいといわれています。といってもジムなど手汗をかくのとは異なって、ちょっとした作業、歩行でも汗をかくということなのです。
そのほかにも涙もろくなるということは老化現象の一つとされていますが、これも喜怒哀楽の一つでありこのような涙もろさの人は老けにくいとされています。別な表現を借りれば五感が十分に発揮できている人は老けにくいといわれています。

しかし、その逆に、では老け難くするにはそのような五感をフルに活用すれば良いのかとなると、それは意外と難しいのです。例えば、涙もろさはどのようにしたらできるのでしょうか。それは習得不可能な生理現象なのです。

そのほかにもいくら笑いは健康の元、老けないための手段と言われても、普段から笑うことのない人にそのような笑いの導入はほぼ無理なのです。もっとも、「笑いのヨガ」というものがありますので、そのような道場にいくことはできるかもしれませんが、普段からほとんど笑いのない人にはそのような不自然な笑いを習得することは困難なのです。いや、むしろそのような人は人工的な笑いを拒否、回避するのです。

世の中にはいろいろな健康法が提唱されていますが、実際にできることとできないこととがあるのです。毎日の新聞広告にはこれでもか、これでもか、といった感じでの宣伝がなされていますが、人の性格はなかなか簡単には変えられないのです。ことに自分から何かをしなければならないような健康法には無理があるのです。いままで何年も、何十年もしていなかったことをこれからはああしましょう、こうしましょうと言ってもなかなか実行できないのが凡人の悩みなのです。

私の架空発明 (24) 「姿勢矯正付きスマトフォン」

私の架空発明  「姿勢矯正付きスマトフォン」


最近の若者を初め多くの人がスマトフォンをはじめとしたいろいろな携帯用の機器を使っており、電車の中でも食事中で全く手放さず、一生懸命指先で懸命に小さな画面と格闘しています。

このような環境下ではそれらの機器を使う場合には片手にその機器面を15度くらい斜め持ちにして、しかも頭はその逆に15度くらい前屈みにして画面を見ています。このような状態を毎日数時間以上も続けていると数年後にはなにも使っていないときにも頭が自然に15度くらい前屈みの姿勢になってしまうのではないでしょうか。このような影響はその姿勢が年単位で保たれているとそのような習性は自然体となってしまう可能性が高いのです。

なお、人間の頭の重さは約6kg。この重さを支えているのが首で、前かがみやうつむいた姿勢の場合、首の後ろ側の筋肉にかかる荷重は、直立姿勢でいる時の約3倍にもなるといわれています。6kgもある頭を日々支え続けているうえ、3倍もの負担がかかる姿勢を毎日何時間も続けていたら、首や肩が凝るのも当然なのです。これが通称「スマホ首」と言われる所以なのです。

「スマホ首」がひどくなると、頸椎症(首や肩のコリや痛み、手のしびれ、頭痛、吐き気など)や頸椎椎間板ヘルニア(首や肩のひどい痛み、手の運動障害やしびれ、麻痺など)といった症状のほか、自律神経失調症やうつ病など、心の病気に発展することもあるそうです。

しかもそのような姿勢でスマホなどを見ながら歩いたり、自転車に乗って走ったりすることは極めて危険であることは誰もが承知しているのですが、麻薬みたいなもので、四六時中手放すことは困難なのです。


そこで考えたのですが、スマホなどの機器を垂直の位置にしないと動作しないような装置を機器に導入するのです。そうするとどうしてもそのような機器を正しい姿勢で顔と平行に持ち上げないことには作動しないので、当然のことながら正しい姿勢になり、かつまた真正面を向けるので、全面が容易に視野に入るので、危険が少なくなります。


もっとも、このような装置はその国で発売されているすべての機器に導入することを義務付けなくては意味がないのです。そのためには行政指導的な要望が必要なのです。あるいは業界全体が自主的にこの装置を義務付けることです。このような装置のスマホ類は一社が導入しても売り上げにはマイナスの影響をあたえる可能性が大だからです。

もしこのような装置付きのスマホなどが日本に導入されれば世界がそれに見習うと思うのですが・・・・。

2015年11月27日 (金)

法律の解釈、 例えば、難民条約と国籍法

法律の解釈、 例えば、難民条約と国籍法


法律の施行に関しては文字通り法文に書かれている事項を厳格に解釈して適用する場合と、ある程度の柔軟性をもって臨機応変に適用する場合とがあり、また実際にこのような二通りの解釈、適用は日常茶判事的に行われています。


例えば、厳密に適用をしている例としては、最近の難民申請が挙げられるかもしれません。最近の新聞報道では、日本に難民申請した人は十月半ばまでにすでに5500人を超えているのですが、しかし難民と認められたのはたったの11人とか。このように難民認定数が極端に少ないのは法務省が難民条約を厳格に適用しているためと説明されています。


その一方、法律にはそのように規定されているが、現実にはきわめて柔軟に適用されていて該当条文は全く死文といっても過言ではなく、適用されていない例としては海外在留邦人に関心のある国籍法の準用が挙げられるかもしれません。つまり、日本人が外国籍を取得した場合には国籍法11条により「日本の国籍を自動的に失う」と明記されているのですが、この法律が厳格に適用されて日本の国籍を喪失したとされる日本人はほとんど皆無なのです。ところが最近になって一部の海外公館がこの条文を厳格に適用し、外国籍を持っているかどうかを口答で確認し、「ハイ」の返事があるだけで日本の旅券の再延長、交付を拒絶し、問題を醸し出しています。(例えば、スイス大使館、ニュヨ―クの総領事館)


このように法律の適用といってもいろいろな環境、状況によってその準用が大きく異なるのは致し方がないのかもしれませんが、その適用に関してはいろいろな条件が関与してくるので、どちらが正しいかとの判断は困難になります。

2015年11月20日 (金)

日本の薬局制度は自転車の歩道通行に合い似ている

日本の薬局制度は自転車の歩道通行に合い似ている。


自転車は道路交通法で「軽車両」に該当し、自動車と同じ扱いとなり、歩道と車両が区分されている道路では、車道を通行するのが「原則」とされている。

ところが周知のように日本の車道は狭く、特に住宅街を通っている車道はニ車輌線でとても自転車がそのような車道を走れるような環境にはない。したがって、そのような住宅街地区での自転車は歩道を走ることになり、いろいろな不便を醸し出している。つまりこの場合には理論的にはこうあるべきなのだとはなっているが、実際はそのような状態になっておらず、現実に目を瞑っているのが日本の現状なのである。


一方、日本の薬局制度もこのような状態にあい似ているのだが、そのような現実に対しては行政や識者はこれまた目を瞑って現状維持、いゃ現状容認しているのが日本の薬局制度なのです。


本来、薬局は薬局であって、全ての医薬品を取り扱い、国民の健康維持に貢献すべき役割、大義名分がありながら、現実にはそのような基本を忘れ、しかも無視しているのです。ともかく大都会の繁華街では本来の薬局の形態を持っている薬局を探すのは至難の業なのです。処方箋調剤は調剤薬局か保険薬局へ、一般の大衆薬はドラッグストアへ、しかも最近はコンビニ内の調剤薬局へ、などなど一般消費者が戸惑うばかりです。


ちょうど、如何に自転車と歩行者を歩道で共存させるかとの発想に酷似しているのです。つまり、仕方がないのですとのスタンスなのです。


来るべき東京オリンピックに外国人が大挙押し寄せてきて、繁華街でどこでクスリを購入してよいのかを聞かれて、コンビニとかドラックストアですと返事したら彼らはびっくりするでしょう。なにしろ都会の繁華街では薬局の看板すらみつけるのが困難なのです。

2015年11月10日 (火)

首相の無知、無能発言集

首相の無知、無能発言集


日本の首相が特に海外でいろいろな発言をしているときには国内での発言以上に神経を使い、またその発言内容・表現にも十分な注意が必要なのですが,いくら注意していても肝心の本人にその発言に関する知識、能力が欠けている場合にはどうしようもなく、残念ながら海外での笑いものになってしまいます。


このような発言を新聞から拾ってみました。


その①

阿部首相が国連総会での記者会見で、シリアの難民問題に関して日本もシリア難民を引き受けるのかということについての外国人記者からの質問に対して、「人口問題として申し上げれば、われわれは移民を受け入れるよりも前にやるべきことがあり、それは女性や高齢者の活躍であり、出生率を上げていくにはまだまだ打つ手がある」と答えていて、記者の顰蹙を買ったとのことでした。つまり、移民と避難民とを同じことと考えていたのです。確かに、ドイツが避難民を一年間で百万人以上をも受け入れているのに対して、日本は今までにたったの11人だけなので、日本の政治家には避難民の意味が理解されていないのでしょう。


それにしても日本人は避難民に関しての知識、関心は皆無に近いと言っても過言ではないでしょうか。したがって、避難民に対する同情についてはまるで他人のことのようにしか考えていない人が大半なのです。


仮に、北朝鮮がもし政情不安になれば北朝鮮からの避難民が日本海を越えて日本に殺到する可能性があるのですが、そのようなシナリオは誰も考慮していないのです。

なお、日本人が従来理解していた移民はemigration、つまり日本から海外に移住することを念頭においたもので
あり、その典型例は南米への移民でした。しかし、その逆に日本にやってくる移民はimmigrationのことであり、しいて日本語に訳すと呼民になるのかもしれません。もっとも、そのような違いを認識している日本人は殆ど皆無であり、全てが移民でひょうげんされているのです。

その②

日本人の英語にかんする知識はあまりよくは無く、多少の間違いがあっても日本人同士だったらその間違えを笑いものにするようなことは殆どありませんが、これが海外、しかも公式の場で明らかな間違えをしたらその内容によっては笑いものにされてしまう可能性があります。


例えば、森元首相がはじめてアメリカを訪問し、当時のクリントン大統領との会見のときに、側近がはじめての会見であるので、せめて最初の挨拶ぐらいは英語で交わし、それ以降は私たちが通訳しますからと前置きし、最初に「How are you ?」と発言するとクリントン大統領は「I am fine, and you ?」と答えるので、そのときには「Me, too」と返事してください、そしてその後は私たちが通訳しますから、と教えられて日本を出発したのですが、いざ本番となったときには森さんは「How are you ?」と言うところを「 Who are you ?」と言ってしまい、相手のクリントンさんからは「 I am Clinton.」との返事が返ってきたのですが,その返事に森さんが 「 Me,too」と答えてしまったとのことです。これなどはまさに笑えぬ悲劇です。

なお、森元首相に関連した発言には似たようないい加減差があるようです。例えば、新国立競技場の計画に関連して、大会組織委員長である森さんが、問題撤回前には3,4千億円かけても良いと語っていたのが、この計画がご破算になっても、誰も森さんのこのような過去の無責任発言を問題視していないのはやはり日本独特のまあまあ社会なのでしょうか。


その③
かっての佐藤栄作首相が日米繊維摩擦問題で日米首脳会談で「善処します」と発言したことに対する英語訳がI will do my best.と訳されていたのですが、日本語の感覚と英語の感覚とではまさに月とスッポンの違いがあるのです。日本語での「善処します」はまさに政治家流発言であり、前向きの態度と見せかけて、何もしない極めて便利な表現なのです。もっとも、最近の政治家はこの「善処します」の表面上の肯定的表現から、もっと端的に「知りません」「言っていません」などの完全否定型に移行しているのはどうしてなのでしょうか。

2015年11月 5日 (木)

私の架空発明 (23) 木造家屋の火災対策

私の架空発明 木造家屋の火災対策


日本のような木造家屋の火災に際して従来のような放水消火では意外と時間がかかり、全焼も免れない場合が多い。
そこで考えたのは高熱にも耐える不燃性の強靭な袋状のシ-トをヘリコプタで燃焼している家屋の上からかぶせることが出来れば酸欠で火は消えてしまう。

このような方法は特に密集地域にない地域の一戸建ての家屋の場合には比較的簡単で、効果は高いのではないだろうか。(o^-^o)

2015年11月 3日 (火)

副作用処理業務の外注は企業倫理の放棄

副作用処理業務の外注は企業倫理の放棄

最近になって製薬企業の副作用対処業務の怠慢からいろいろと新聞種になっています。しかも、重篤な副作用の報告漏れとか、百例単位の副作用報告対処漏れなどが大企業で問題になっています。 特に外資系の企業ではそのような副作用症例数が世界規模である関係でその逸脱症例数はかなりの数になるのは当然の事なのです。

最近でもファイザー社が副作用の未報告問題で業務改善計画書を厚労省に提出したとの報道がありました。なんでもファイザー社が11製品で重篤な副作用を報告していなかったことに対する対策とのことでした。でもなぜ今頃になってそのような社内体制を見直さなければならないのでしょうか。逆な見方をすれば今まではそのような社内体制が整っていなかったことを間接的に認めているものとも理解できるのです。

このように大企業になればなるほどその対処に膨大な時間と労力が必要になり、さらに企業の製品数が増えれば増えるほどそれに比例して副作用症例数も増えるのですが、多くの企業は副作用処理そのものは企業の利益には直接貢献しないとの旧態依然とした暗黙の了解があり、したがって社内的には出来るだけ安全性担当部門には予算、人員が十分に対処、配慮できないのは古今東西を通じて共通事項になっているのです。

したがって、従来のような副作用症例の詳細な経過を積極的に医療機関から収集、評価して該当製品の安全性情報の質的向上をはかり、それらの情報を医療関係者に積極的に還元提供するという日常業務自体が困難になりつつあり、最近では如何に対行政業務をクリアするかのみに追われ、副作用情報の質的向上は殆ど忘却のかなたに追いやられているのが現実なのです。 もっともこれは日本だけの現状ではなく世界共通のものなのです。

このような環境下にあることを一つの契機として最近では副作用報告業務を代行する外部機関が出現し始めているようです。これでは副作用の報告業務はもっぱら行政にだけ目を向けて対応すればすべがOkという傾向に拍車がかかり、将来の患者のためになる詳細かつ有益な安全性情報を収集して、医療関係者に還元すると言う企業本来の倫理観は完全に忘れられてしまう方向に向かいつつあるのです。つまり、副作用、広義の意味での安全性全般の情報の医療関係者への還元は姿を消してしまうのです。

このような傾向が今後ますます進むと結果的には製薬企業の倫理の忘却にも繋がるのです。いゃ、もうそのような傾向は残念ながら既に見え始めているのです。

五輪に向けて (2) 公共施設のトイレに手拭ファンを

最近気が付いたのですが、公共交通施設、特に地下鉄などの駅のトイレには手を洗ってもそれを乾かす温風乾燥機がないところが未だにかなりあります。

従来の日本人の習慣としては理屈では誰でもハンカチを持っていてトイレで手を洗っても、濡れた手をハンカチで拭くことは常識でしたが、最近ではかなりの人、特に男性はハンカチを持っていない人が居るようです。

ここで問題なのは日本人にとってはそのような公共トイレには濡れ手を拭く装置が無くとも昔からそのような手拭手段は無かったので、特別に違和感を感じないかもしれません。しかし、外国人観光客にとってはトイレで手を洗っても、それを拭うことが出来ないので、往々にして濡れ手を振りながらトイレから出てくるという滑稽な風景を見かけるのです。多くの外国人、特に欧米人はハンカチは鼻をかむものであり、日本人のようにそれで濡れ手を拭くという概念はないのです。ハンカチの使い方は全く異なるのです。このような光景を実際に見る機会は日本ではゼロに近いのですが、今後ますます欧米人が日本に来るとそのような全く想定外の光景にぶつかる可能性があるのです。特に年配者にはそのようなハンカチの使い方をする人が多いので。しかも、そのように鼻をかんでからそのまま手だ丸めてポケットに入れるので、その不潔極まること、全く見てはいられません。しかも、膨大な音をたてて鼻をかむのです。

したがって、来るオリンピックまでにはぜひともそのような公共施設のトイレにも何らかの乾燥方法を導入して欲しいものです。最近ではレストランとかデパ-トなどにはジェット温風乾燥機が備え付けられていますが、それも出来れば下から上に温風が吹き上げてくる方式のものではなく、上から下に温風が吹きさがる方式のものが衛生的なのです。

ダイソンなどの下から上に向かって温風が吹き上がる方式では細菌がもろに顔面に吹き上げてくるので、極めて不衛生との研究論文が発表されているのです。

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