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2015年4月の記事

2015年4月11日 (土)

外国語は学習から慣習へ

外国語は学習から慣習へ

日本では外国語の勉強と言えばほとんどが英語であり、毎日のように「・・・の方法で英語がすらすらと話せます」のようないろいろな広告が後を絶ちません。でもこのような現象を逆の立場から見ると、そのようないろいろの英会話上達方法には限界があり、そこに記載されてある方法で本当に上達した人の数は極めてしれているのです。ですから、いろいろな人達がいろいろな方法に手当たり次第試みていることになるのです。

例えば、ただ聞くだけで自然に話せるようになる、のような広告が有りますが、これはある意味では事実なのですが、日本ではこの方法で何とか会話が出来るようになるのは至難の業なのです。なぜかと言いますとなんとなく毎日耳にしているだけでは自分から話す機会がないからです。まさか壁に向かって独り言を言う訳にもいきません。つまり、実際に英語で話すという必要性が全然ない環境ではいくら毎日耳から英語を取り入れても取り出す手段がないのです。新聞広告によくあるうたい文句「えっ、気がついたら自分の口から英語がでてきた」が有ります。

これはある意味ではそのようなことはありうるのです。実際に私も外国語のテレビやDVDを何回となく繰り返し視たり聞いたりしているといつのまにか片言の会話が出来るようになるのです。つまり、学習ではなく慣習の効果はあるのです。基本的には外国語の会話は学習するという考えではなく、慣れるように習う、つまり「慣習」なのです。

しかし、いかんせんそのような体験、体験を現実のものとして実施する機会がないと折角の努力もほとんど訳に立たないのです。つまり、日本に居て日本人だけの社会で生活している限りにおいてはなんとなくその外国語を話す機会が全くないのでは折角の経験も無駄に終わってしまうのです。

それに、ある日なんとなくすらすらと口にでてくるようになっても相手がいなくては独り言に終わってしまうのです。さらに忘れてはいけないことは日本語でなんとなく自分の思っていることを言えない人、特に男性にとっては毎日の会話、つまり日本語の会話が必要なのです。

私のこのブログにも書いてあるように、外国語の会話への上達方法はともかく何語でも自分からどんどん話すことが大切なのです。

それにしても日本人はどうしてこうも外国語コンプレックスなのでしょうか。ともかく、「アメリカの子供はどのように英語を話すようになるのか」のような他愛も無い本がいろいろと出版されているのです。言葉と言うものは最初は聞いてから次第に話すようになるものであり、それが当然なのです。ちなみに外国の学校で日本語を勉強するたちに向かって、「日本の子供はどのようにして日本語を話すようになるのか」などのホなしをしたら笑われますよ。子供は生まれてから母親の会話を自然に身に着けるのが当然であり、そんなことが外国語を勉強して話せるようにするための参考になると考えているのは日本人だけなのです。

2015年4月 5日 (日)

中国産の毒食品で考えるべきこと

中国産の毒食品で考えるべきこと


前々から中国産の食品には、世界中でとっくに使われなくなった危険な農薬や、化学薬品が使われているので危ないと言われています。その上に、工場からの廃棄物や排水が処理されずに、川に流されているので、水道水も農業用水も土壌も、重金属やダイオキシンやらの
毒で侵されていると指摘されていのですが、中国政府は経済発展を優先して、それらを規制することをしなかったので、現在では、魚介や農産物のほとんどが、人体に害を及ぼすほどのレベルに達しているといわれている。

しかも、あちらでは真水が大変貴重なので、日本のように真水をジャブジャブ使って洗浄することはできないのです。そういう中国産の食品が日本にも大量に輸入されているのですが、値段に押されてついそのような食品を日常の中にとりいれているのが多くの日本人の生活なのです。

例えば、ウナギの蒲焼の多くは中国産なのです。中国では マラカイトグリーンといわれる毒物やら発ガン物質を大量に使ってうなぎを養殖しているのです。そのほかにも「あられ、せんべい」がほとんど中国産のコメを使っているようです。そのほかにも枝豆があります。

このように中国産の食品などにはいろいろな毒劇物が使われている可能性は極めて大なのですが、と言って日常の買い物で生産地がどこかをいちいち調べながら購入することは煩わしいはずです。このように考えるとス-パ-などでの買い物が気重になってしまいます。

もっとも、最近ではこのような中国での上記の現状が少しは改善されていると言われていますが、その実際は全くの未知数なのです。

ただここで問題なのは日常的に毎日そのような汚染されているかもしれない食品を摂ってもその影響がどのような形で、そしていつ頃になったらその影響が発現するのかと言うことは全く不明であり、全く解明されていないのです。つまり、中国産の食品に含まれているいろいろな毒物の超慢性毒性の結果は現在の医学、科学では解明されていないのです。このことはペットボトルの毒性問題と極めて類似しているのです。

最低限、想像、推定できることは中年、高年以降の人たちがそれらの毒性効果を将来的に経験する可能性と、現在の子供たちがそのような食品に毎日暴露されているときに将来起こるかもしれないそれらの毒性効果の可能性とは比較すること自体意味が無いのです。

このことは中高年以降の人たちがそのような中国産の食品を毎日食べるのと、子供たちが毎日食べるのとではそのインパクトが極端に異なることを認識すべきなのです。

2015年4月 4日 (土)

私のアイデア(1) 道路に宣伝絵

今日のような宣伝社会ではいろいろなところに宣伝、広告が見られます。場合によってはこれでもか、これでもかといったように頻繁にテレビ、コンピュタ画面に現れます。

そこでふと思いついたのは道路に大きな宣伝の絵を描くことなのです。道路の多くは公共のものであるので、ある意味では行政にとっての収入源にもなるのではないでしょうか。たとえば、道路に大きなワインの瓶を名前入りで書くことにより、そのワインの宣伝になるわけです。

このようなアイディアに対してまず第一に返ってくる反応はそんな危険なものを道路に描くことは出来ません。つまり、そのような宣伝絵に気を取られて事故でも起こされたらどうするのですか、ということです。でも、ちょっと待ってください。何もそのような宣伝絵を高速道路面に描くのではないのです。同じ道路でも制限速度が30km/h, 40km/hのようなところでの話なのです。

つまり、そのような低速が制限速度になっているところでは当然のことながらゆっくり走らなければならず、またゆっくり走るので宣伝絵もよく認識できるのです。宣伝絵ではなくとも、学校のソバには道路面に大きな時速制限距離が描かれてあるのは別に珍しいことではないのです。

このような発想は誰も持っていないかもしれませんが、ある意味では自治体の収入源になるのではないでしょうか。

でもなぜこのようなアイディアが頭に浮かんだのかと言いますと、家の中から道路工事の補修跡を見ていたらその部分がワインの瓶にそっくりだったからです。

2015年4月 2日 (木)

アジアインフラ投資銀行(AIIB)と孔子学院との共通性

アジアインフラ投資銀行(AIIB)と孔子学院との共通性

現在問題となっている中国主導のAIIBについて多くの国が参加している中で、アメリカと日本だけが参加を見合わせている。

この問題に関連して中国は当然のことながらその運営の主導権を握っているので、ある意味では中国の考えにその運営が左右されることは避けることは出来ないはずである。したがって、アメリカが極めて慎重になっているのは当然であるが、日本の場合はアメリカへの顔立て、そしてアジア開発銀行との兼ね合いもあってその参加を見送っている。

ここで考えてみると似たような事態は中国が主要国の大学内に孔子学院を設置していることがある意味では似たような状態ではなかろうか。

孔子学院が各国の主要大学内に設置されたのはすべてが学問的見地からとの前提でそれぞれの大学が大学内に喜んで設置したのである。ところがその後になってそれが設置されている大学の行事や政策に関連して中国の意向に合わない場合にはその開催、運営に横槍を入れて明確な反対、抗議を行い大学当局の顰蹙を買ったのである。

たとえば、孔子学院が誘致されている大学がダライラマの学内での講演を企画すると中国が横槍を入れてその開催を中止させているのである。これと似たような大学内行事に中国が直接干渉するようになり、アメリカでは大学内に設置されている孔子学院を排除する例が続発している。

日本でも早稲田大学などに孔子学院が設置されているが、今のところそのような問題は表面化されていないようである。

つまり、上記のAIIBもこれと似たような状態になるのではなかろうか。素人的に判断してみるとこの銀行からの融資は中国に敵対しているような国、中国の政策にあわない国には投資をしない、ということが起きないのだろうか。或いはその逆に中国の戦略的目的にかなった国には積極的に融資を進めるのかも知れない。

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