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2014年8月の記事

2014年8月17日 (日)

私の架空発明 (20) コ-ドレステレビ

最近、新しくファックス電話機を購入したのですが、今度の機種は電話機にコドのあるもの以外に、コドレス電話機が付いています。つまり、ファックス機に直接繋がっている電話受話器と、もうひとつコ-ドレスの電話受話器がついているのでとても便利です。

そこで考えたのですが、テレビを見るには大きなテレビの前に座って見るのが鉄則で、自分が移動すると現在みている肝心のテレビ番組は当然ながらみることが出来ません。例えば、面白いドラマを見ている時にトイレに行ったり、あるいは風呂に入ったり、他の部屋に行ったりするとその間、現在の番組のテレビは見られません。でも、このような時に上述のファックス機のように、テレビの脇に小型のコドレス・テレビが有ればそれをトイレなどに持ち込んで見ることも出来る訳です。勿論、その大きさは携帯電話とかアイホンくらいの大きさでも良いわけです。

技術的な問題はどうなのかは素人の私には分かりませんが、そのようなコ-ドレステレビの作成は難しくはないと思うのです。現在のように競合製品がゴマンとある世界では人がやらないことをする必要があり、また消費者のためにもなると思うのですが、どこかの会社が造ってくれませんかね。

このような個人的な提案はテレビ製造会社に提案しても彼らは全く受け付けてくれないのです。私は過去にいろいろな提案をいろいろな会社にしたことがあるのですが、帰ってきた返事はどれも一様に「外部からの提案は受け付けない方針です」との決まり文句なのです。何故なのでしょうか。

2014年8月15日 (金)

あなたはどうして関心が無いのですか (2)  トイレの話

福島の原発事故に関連して、原発施設は「トイレのないビル」との比喩的表現がありました。つまり、原発の日のあたる部分しかマスコミは報道しなかったのですが、原発施設からの核廃棄物には従来はまったく報道されていなかったのが、福島の原発事故以来、核廃棄物が問題視され始めたわけです。

このようにトイレに関連した報道はまず新聞などのマスコミにはまず現れません。それはトイレが「ご不浄」だからです。いままで、都市などの環境に関連して報道されるのはゴミなどですが、不思議とトイレ問題を取り上げる新聞は皆無に近いのです。もっとも、日本のトイレ事情は世界に冠たてるものがあり、従来の汚いもの、との概念は薄れているかもしれません。しかし、問題はトイレからでる汚物の行方なのです。

時折新聞種になる唯一の例外は富士山のトイレ汚水なのです。昔は富士山にはトイレから流れる白い川が見られたそうです。つまり、汚物と一緒にトイレトペパが白い色を呈していたのです。

日本でも日常会話の中でもトイレの話はまず話題になりません。もっとも、これは世界共通のことであり、それこそ汚いものには蓋をするのです。

人間は外から口を通して身体に入れることには膨大な関心がありますが、いったん中にはいって外に出る場合に関してはほとんど関心が無いようです。

私は環境衛生士の資格もあるので、トイレについては深い関心があり、いろいろな所に行って人の集まるところをみるとついトイレはどうなっているのかな、と考えてしまうのです。

イタリアのポンペイでは当時のトイレがあり、驚く無かれ、古代ロマ人は水洗便所を使っていたのです。それも大部屋でみんなが壁を背にして座り、その下を水が流れていたのです。しかもその部屋の真ん中には音楽を奏でるひとがいたとか。なんと優雅なトイレだってのでしょうか。

最近では都会の汚水処理場からの汚泥を使ってメタンガスを発生させ、そのメタンから水素を分離して自動車燃料にするとか。こうなるそのもととなる資源は永久にあるわけで、将来はガソリン、電気などは車にはいらなくなるようです。

いずれにしても、ナゼこんなことを書いたかといいますと、冒頭に書いたように原発建設はトイレの無いビルをつくるのと同じことなのですという意識を再認識すべきと思うからなのです。そのような意味でも、トイレへの関心が高まれば、最終的には原発の廃棄物のことも考えられるようになるかもしれないと思うのです。

それにしても観光案内で太平洋の楽園の広告がありますが、そこにはきれいな海岸、真っ青な海の上にバンガロ-風の小屋が並列しているホテルが紹介されていますが、あのような海の上に建てられた個室ホテルでのトイレはどうなっているのでしょうか。少なくとも写真で見る限りでは排水管のようなものは見当たらないのです。

2014年8月13日 (水)

あなたはどうして関心が無いのか (1)  国旗について

あなたはどうして関心が無いのか (1)  国旗について

 

日本の国旗は日の丸の旗ですが、戦後はどの家庭にも日の丸の旗があることは消滅し、現在ではむしろ家庭内に日の丸の旗を所有していることがきわめてまれな存在になっています。したがって国旗というものに対する概念がほとんど消失してしまっていると考えられるのではないでしょうか。

 

つまり、日常生活、社会生活などの環境下では日の丸は完全に消えているのです。そのような環境にどっぷり漬かっていると時々テレビの中で官房長官などが何かを発表するときに特別の壇上に登場しますが、そのときに脇に掲げてある日の丸にお辞儀をしますが、そのような光景はなんかしっくりしないと感じるのは私だけでしょうか。つまり、なんか「ぎこちなさ」を感じるのです。

 

ところが、フランス政府はフランスの国旗、三色旗、を焼いたり、破ったり、比喩の対象に用いたり、尻拭いしたり、など国旗を「侮辱」した場合には、最高1500ユロの罰金が科せられることになったりしています(July 2010)。このとこはいかに国家と国旗とが密接に結ばれていることを示すものであり、国旗に対する概念が明瞭なのです。でも日本ではどうなのでしょうか。そのような罪にはならないのかもしれません。

 

日本の国旗が日の丸であることは憲法には記載がないのです。国によっては憲法で、国旗、国語を規定しているところもあるのです。しかし、日本の憲法には国語、国旗、国歌の制定の記載が無いのはある意味では特異的かも知れません。もっとも、日本は島国であり、また天皇制の国でもあり、さらに何千年と国体が一体であったためそのような設定を憲法にわざわざ記載する必要が無いのでしょう。
  
しかし、海外、特にお隣の韓国、中国にとっては日の丸の旗は日本の過去の忌まわしい思い出からきわめて嫌悪感があるのは致し方が無いことかもしれません。しかし、日本人そのものが国旗に対してまったく無関心であるのはこれまた世界でも稀な現象なのです。

 

外国人が、日本にはじめてきた時の日本に対する印象はいろいろあるのですが、その中のひとつに「日本には国旗がみあたらないのはどうしてですか」ということです。例えば、東京都内で日の丸の旗がはためいている光景を見つけるのは至難の業なのです。まぁ、国内に居れば日の丸の旗はまったく不要ですが、国際的なスポーツ大会での日本人選手に対する応援の時にはなぜか日の丸の旗が使われます。

 

このように世界広しといえども自国の国旗へのコレほどまでに無関心な国は日本以外には無いのです。世界の七不思議のひとつになるかもしれません。でも日本に居る日本人にはこのようなコメントには違和感を感じるのかもしれませんね。むしろ、逆に日の丸を意識的に掲げたら、右翼の人かも、と非難されるかもしれません。

 

追記(2015 April)
最近問題とされている国立大学などでの入学式、卒業式などで国旗を掲揚すべきであるとの通達がわざわざ出ていること自体がナンセンスなのですが、それほどに日本人の多くは国旗、国歌を全く忘れているのです。これほど珍しい国民は世界にも稀なのです。やはり日本は島国であり、外国との接触が、観光旅行以外ではて皆無なので、自国の国旗、国歌を意識する機会はないのかもしれません。

 

追記 (2022 Sept)

暗殺された安部さんの国葬に関連して、半旗の掲揚が話題になりましたが、一体どこに大きな国旗があるのでしょうか。これは英国の女王が亡くなられた場合も同じことなのです。

欧州のテレビを見ていると大きな国際会議では必ず各国の大きな国旗が見られるのですが、日本ではまずそのような光景を見ることは不可能なのです。

2014年8月12日 (火)

海外で日本の存在が過去のものになりつつある現状 (3)

海外の日本の存在感の低下

海外の日本人が身を以て海外における日本の存在感の低下はどのようなときに感じるのか
 
  1)欧州の新聞、テレビなどのマスメディアに見放された日本関連情報
   中国に関連する報道は毎日のようにあるが、日本に関する報道はまれになりつつある
テレビのドラマなどの中でで海外出張とか海外企業との合併などのシ-ンが出るときには昔は日本だっ       たが、今は必ず中国、上海などになっている。
  2)一般商品における日本軽視の影響
    携帯型の自動翻訳機から日本語が消えている
    旅行代理店での日本への観光宣伝パンフレットは皆無に近い
3)日本人観光客の相対的減少  
    中国人観光客が圧倒的に多くなりつつある
    主要ホテルには中国語テレビ放送CCTVが見られる、日本の番組は皆無に近い。かってはNHKの国際番組    が見られるところもあったが現在はほとんど皆無である。
    ホテルによっては中国人団体客の場合には中国の国旗が掲揚される。
  4)日本人が中国人とよく間違えられるようになった。

2014年8月10日 (日)

孔子学院はなぜ大学内に設置されているのか (+*)

孔子学院はなぜ大学内に設置されているのか

最近は世界各国で「孔子学院」が設立されています。この学院は名前とはすこし異なって中国語教育、普及にその目的があり、孔子の教えを広めることとはまったく関係が無いのです。私は初めてこの学院の存在を知ったときには、孔子の教えでも教えるのかなと思ったのですが、それは単なる希望的観測に終わってしまいました。まぁ、常識的には共産党と孔子の教えとは相容れないものだからです。

しかもこの学院は、中国政府からの大量の資金と支援を受けて、世界中で中国語の授業を行っているのです。しかし、アメリカの文化センター、ドイツのゲーテ・インスティトゥートや英国のブリティッシュ・カウンシルと違い、すべての孔子学院は各国の大学内に直接設置されているのです。例えば、日本でもかなりの私立大学内にしかこの孔子学院は設置されていません。

ところがこの孔子学院はいろいろな物議をかもし出しはじめているのです。
 6月14日付ワシントン・ポスト紙社説は、中国による、中国の文化の教育・宣伝機関「孔子学院」の大学内への進出により、米国の大学が中国に管理されつつあることに警告を発しています。すなわち、米中間の教育交流は記録的な数に昇っているのですが、こうしたプログラムには価値もあるが、リスクもある。孔子学院がその例であると。

また、英国の識者も「えば、孔子学院は中国政府とのつながりが強すぎるために、学術の独立を阻害するとして非難の対象となっている。」と批判しています。

問題は中国共産党政府が他の国と異なってなぜ大学内にそのような自国語普及機関を設立しているのかを考えればその意図するところは明瞭なのです。日本国内でもすでにそのような学院と設置大学との間でのトラブルが報じられています。

そのうちに日本の私立大学の多くは中国人のための大学になるかも知れません。いゃ、もしかしたら早稲田大学が早稲田孔子大学になるかもしれません。なぜならば経営が苦しくなれば中国人留学生を大量に呼び寄せればよいからです。そして朝日新聞のように中国寄りの政策を掲げればよいからです。(o^-^o)

それに反して、日本政府はこのような孔子学院のような日本語普及の目的で日本語学院を世界に広めるような発想は毛頭無いようです。この原因は、日本は島国であることなのです。日本の政治家には国際的な発想がほとんど無いのです。もしてや、日本語を海外に推し進めようなんていう考えはもてないのです。それに比較してこ中国の漢族は万里の長城を造ったような人たちなので、やることは遠大で長期視野があるのです。とても島国根性の日本人には太刀打ちできません。

もっとも、このような危惧に反対する人に対しての簡単な反論は「では、日本語普及の目的で朝日学院のようなものを中国内の大学内に設置申請をしてみてはどうですか」と問いただしてみれば明瞭なのです。中国政府はそんなことはまったく受け付けませんよ。

つまり、大学内に中国共産党勢力・影響を強めるために設置しているので、将来的に中国に反対してるような識者とか政治家が学内で講演することは今後は困難になるのです。そのような傾向はすでにいろいろな面で表面化しているのです。それにしても大学関係者はまったくの脳天気です。

例えば、南アフリカで恒例のノベル平和賞受賞者全員を招待した会合にダライラマが今年は中国の反対で招待されないとの報道があり、他のノベル平和賞受賞から非難が出ているとのことです。この場合はみなアフリカが中国からのいろいろな援助を受けており、中国の心情を害したくないので、中国の抗議を引き入れた結果なのです。つまり、これと似たような圧力が孔子学院を誘致している日本の大学にも掛かるのです。

追加(2014 Oct)
南アフリカで13日から開催予定の「ノーベル平和賞受賞者世界サミット」が中止に追い込まれたことがわかった。

また、最近の報道に以下のようなものがありました。
ハンロン・グループとハーバード大によると、同校は、ハンロン・グループの創始者であり、陳兄弟の父親である陳曽煕(チェン・ツンシー)氏を記念し、「公衆衛生学部」を「ハーバード・陳曽煕公衆衛生学院(Harvard T.H.Chan School of PublicHealth)」に名称変更することとした。同校は、「学部名の変更は以前、ジョン・F・ケネディ元大統領にちなみ『ケネディ政治学部』に改めたことはあるが、寄付金を受け取ったことによる変更は今回が初めてのケースだ」
いずれの世界でも金には弱いようです。

追加(2014 Okt)
最近の新聞報道を見れば孔子学院の意図は明瞭。日本の大学はどうするのでしょうか。

2014.10.10 11:00
【世界を読む】産経新聞より
「中国政府の宣伝機関」孔子学院にノーを突きつけた米名門大学の当然すぎる決断…注目される日本の大学の対応


追記(2018 Feb)
最近の報道によると、米連邦捜査局(FBI)が、中国政府が国外での中国語と中国文化の普及拠点としている「孔子学院」の一部に対し、捜査に乗り出していることが明らかになった。
でも、よく考えてみればこのようなことは当然で、中国の体制から自由文に考えられることなのでが、大学当局者は財政面での貢献が得られるので、喜んでその解説を自分の大学内に引き受けているのです。確かに、表面的には中国文化の普及で、とのことでなにも拒否する理由は見られないので、簡単に引き受けているのです。

2014年8月 7日 (木)

海外で日本の存在が過去のものになりつつある現状 (2)

海外で日本の存在が過去のものになりつつある現状 (2)

最近、小型の掃除機を購入しました。それはフィリップ製のもので当地ではごく普通の商品なのです。その中には当然のことながら使用説明書が入っています。欧州で何かを購入するとその製品の使用目的によってもかなりの違いはありますが、その使用説明書はいろいろな言語で書かれてあるのが普通です。

今回購入した掃除機の使用説明書も例外ではなく、世界のおもだった国の言語で書かれてあり、東洋語としては中国語、韓国語がありましたが、日本語は欠落しているのです。このような現象は数年前までは絶対にありえず、日本語がかならずそれらの諸言語の中にあったのです。

なぜ、今回購入したフィリップ製の器具の説明書に日本語が消えているのかとの原因は分かりませんが、もしかしたらこの製品が日本の市場向けではないのかも知れません。それにしてもなにか淋しい気持ちがしました。
このように、最近での欧州では商品の説明書に往時は日本語の説明文も必ずといってよいほど入っていたのですが、いつの間にか消えてなくなってしまっていることに気がつきます。

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