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2013年6月の記事

2013年6月22日 (土)

国語教科書に載った私の投書 「省略語万々歳」

今年2013年の四月からの高等学校の教科書「国語総合」(明治書院、国総318)の中の教材に私の投書文が採用されています。その本文は以下のものです。
なお、この文章は引き続き明治書院の「新高等学校国語総合」、「新精選国語総合現代文編」にも引用されています。
これらの引用個所では私の文章にたいする議論が求められています。その「課題」についてこの文章を読んで疑問に思うこと、さらに筆者の見解に反対する立場から意見を述べてみよう、と討論の話題として取り上げられています。


「最近、省略語が頻繁に新聞紙上に使われるようになっています。就職活動が就活に、婚姻活動が婚活に、など挙げたらきりがないくらいです。このような省略形が広まると本来の表現が忘れられてしまう可能性もあります。さらに日本語を正しく使うという観点からはあまり好ましい現象ではないと思います。それでなくとも若い人たちの日本語の乱れは凄まじいものがあります。もしこのような勢いで省略語が際限なく使われると、禁煙活動が禁活に、文化活動が文活に、文筆活動も文活に、宣伝活動が宣活に、新聞宣伝が新宣に、など際限なく使われてしまう可能性が極めて大きいと思います。新聞はニュースを正しく伝える使命があり、さらに新聞には正しい日本語を維持する社会的貢献が間接的に求められるのではないでしょうか。同じ新聞に格調高い文章があるいっぽう、その反対に社会記事には若者表現が記事の中に散見することにたいして極めて違和感を感じます。昭和一桁生まれの者には面白いかもしれません。しかし、これらの省略形の表現は日本語の乱れとしか受け取れません。少なくとも記者が書かれる新聞記事の中では使われないほうがよいでしょう。」

ともかく、省略語を遊び半分にいろいろと作ることはできます。

例えば、
  トイレットぺイパ-   は トイバ
  総理大臣        は 総大
  ショッピングセンター  は ショッセン

どうですか、皆さんもいろいろ作ってみてください。

2013年6月21日 (金)

海外在留日本人困惑エピソード集(2) 鼻をかむときの爆音

海外在留日本人困惑エピソード集(2)

鼻をかむときの騒音、鼻紙とハンカチの区別

日本人では鼻紙とハンカチとの使用区別は極めて明快です。つまり、基本的には鼻紙は文字通り鼻をかむ、鼻水を拭う、などの目的のみしか使わず、一方のハンカチは濡れた手を拭くとき、あるいは汗を拭くときに使うことを意味しています。しかも鼻をかむときにはあまり音を立てづにかむのがエチケットになります。したがって、日本の都会の街頭でよく配られているティシュは文字通り鼻紙になりますし、あの薄いティシュペーパーでも十分に用を足すことが出来ます。

しかし、あのティシュは一枚一枚があまりにも薄いので、風邪をひいたときには数枚重ねて使わないととんでもないことになります。その点、日本でも購入できるTempo Menthol、ポケットティッシュは便利です。このティッシュはかなり厚手で、しかもその大きさは20x20cmであるので、数回使うことが出来ます。

ところが欧州では歴史的にも鼻をかむには紙を使わずにハンカチを使っていたので、現在でも未だに多くの人はハンカチで鼻をかむのです。とくに、このことは男性に多いのです。最近でこそTEMPOなどの鼻紙専用のものが汎用はされていますが、それでも未だにハンカチで鼻をかむ人は結構多いのです。しかも、鼻をかんだハンカチをそのまま手で丸めてポケットなどに入れ、必要なときにはまたそのハンカチをおもむろにポケットなどから取り出して再び鼻をかむのですが、その時にわざわざハンカチをおもむろに広げて。使うのです。この操作を何回もするので、見ているだけで気持ちが悪くなるのですが、彼らはそれが当たり前で汚いなどとは考えていません。このような使われかたをしたハンカチを無造作にポケットに入れるのですが、それを何回も繰り返していることになります。でもそのようなポケット内の汚さを想像したらゾッとします。

しかも、日本人にとって耐えられないのはその鼻のかみかたなのです。それはなんと音をわざわざ立てている感覚で「プー」と大騒音を立てるのです。そのような鼻のかみかたを会議などでしたら日本人はびっくりするかもしれませんし、大勢の人の顰蹙をかうことは火を見るより明らかです。こればかりはそのような光景を体験しない人には想像もつきません。ですから、そのような鼻のかみかたをする人が日本に来て、あの薄いティッシュを使って鼻をかんだらその顛末がどうなるか想像しただけておそろしくなります。しかも「汚いことに」、そのような鼻をかむ目的に使われたハンカチは洗濯機に他のものと一緒くたにして洗うのです。

このように理解すると、日本人のようなハンカチの使い方をしない欧州人の多くは日本の公衆トイレに入ったら濡れ手を振りながらトイレから出てこなくてはならないこともあります。とくに、日本のデパートとか駅の公衆トイレのすべてには濡れ手を乾かす手段、温風ジェット機、が未だ備え付けられていない場合もありますので、それを知らない欧州人が日本に初めて来たときに困惑する最初のケースになるのです。

すこし脱線しますが、鼻をかむ、という表現はどこから来たのでしょうか。ハナヲカムが ハナカミへと変音したのかもしれませんね。とするとハンカチも英語からの日本語では無く、ハナオカムに由来しているのかも。ハナオカム、チンハナカムチン、ハンカチとなったのかも(o^-^o)

2013年6月 7日 (金)

日本語は難しい (4)  「ひとつ」は1だけではない

日本語は難しい (4)
 「ひとつ」は1だけではない

「ひとつ」という単語は簡単に1という数を念頭においた意味に使われているのが普通ですが、数とは全く関係がなく、副詞的に「どうか」のような意味に使われることがあるのです。例えば、ある提案をした時に、上司がその線で行きましょう、のような意味で「ひとつ、よろしく頼むよ」と発言することがあります。この場合は数は全く関係ないのですが、そのような副詞的用法という国語理解能力がないととんでもないことになることがあるのです。

ある商社の社長が商談で米国に行ったときに、その社長は英語ができないので日本語でスピーチし、部下が訳し、最後の締めくくりくらいは英語で、と思ったのか、その社長が商談の最後の時にわざわざ英語で「One please」と言って終えたそうですが、誰もその意味がわからなかったのは当然なので、部下が後で社長にどうしてそのような発言をしたのですかと聞くと、得意げに「分からんのか。ひとつ、よろしく、だよ」を英語に訳したのさ」、と得意げに言ったそうです。これは「どうかよろしく」と同じ意味なのです。

こうなるとまさに笑い話ですが、この社長は「ひとつ」という日本語での使い方が、副詞的用法であることは全く気が付かず、数の「ひとつ」と理解し、One pleaseと言ったのでした。この社長は英語、日本語ともその知識は幼稚園並みなのかもしれません。

このほかにも「挨拶ひとつできない」のような日本語を英語に訳すとどうなるのでしょうか。

2013年6月 3日 (月)

日本がフィリッピンに恥るべき

最近の英国紙の報道には以下のような記事が載っていました。

<南シナ海>中国を提訴したフィリピンの正しさ=日本、ベトナムは恥じ入るべき―英紙 - 速報:@niftyニュース" href="http://news.nifty.com/cs/world/chinadetail/rcdc-20130602018/1.htm"

こうまで英国紙にさげすまされるとは国際的な見地からは日本は三流国なのです。.
でも、このような報道に対し日本はおそらく尖閣問題を提訴しないと思います。その理由は何も問題が無いのに提訴することは尖閣の所属に疑問があるとの認識になってしまう、そしてその次にはこれ以中国と問題をこじらせたくないとの理由からです。

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