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2012年11月の記事

2012年11月23日 (金)

ジェネリック製品は粗悪品 ??

政府の事業仕分け作業で医療費の問題に関連した後発薬使用の原則化に対して厚労省が「受給者への差別的対応になる」と懸念を表明していたことが報じられていました。

このような発言の根拠にあるのは後発品は品質が劣り安物だという概念が厚労省のお役人にはあるものと理解されてもいたし方がないでしょう。そのような後発品を許可している厚労省がよりによってそのような後発品使用を義務付けることに懸念を示していることはまさにパラドックスです。まさか後発品は品質が劣り粗悪品だとも考えているのでしょうか。

後発医薬品の同等性がときおり専門家により指摘されたりしていますが、それはごく一部の現象であり、もしそのような品質に問題があるような後発品が存在することことにたいしては行政はもっと積極的にその対策に踏み込むべきことでしょう。

いずれにしても、上記の発言は、低所得者への医療費削減としての医薬品の後発品使用を義務付けることは差別待遇になるという考えなのです。


2012年11月22日 (木)

ムンテラはインフォームドコンセントではない/ムンテラからナラティブベースドメディシン(NBM)へ

ムンテラはインフォームドコンセントではない/
ムンテラからナラティブベースドメディシン(NBM)へ

  最近出版された本に「医者は現場でどう考えるか」(石風社)という翻訳書があります。その中で長年にわたり難治性の重症摂食障害と診断されていた女性が、一人の医師に出会い15年に及ぶ苦しみから解放されたことが紹介されています。それはこの医師がまったくの先入観抜きで彼女の話を克明に聞き、入念な問診と診察の結果、彼女がセリアック病であることが分かったのです。この解説を読んですぐに私の頭に浮かんだのは「なんだ、それはムンテラのことではないか」ということです。

私が学生のころにはよくこのムンテラ、つまりドイツ語のMund Therapieの日本語略語なのですが、よく授業でも聞かされました。このドイツ語表現は正しい医学用語ではないのですが、その意味することは極めて明快です。つまり、「対話治療」になるのです。私はよく郊外の食塩泉に泳ぎにいくのですが、そこで見られ光景は女性が数人一緒になって温泉の中でいろいろと話しに夢中になっていることです。つまり、彼女らは泳ぐという体操、運動をせずにもっぱらおしゃべりに夢中になっているので私はこのような状態を皮肉的にMund Gymnatik、すなわち「会話体操」と呼んでいます。でもこのような表現は辞書には載っていませんし、これは私自身の造語で、文字通り翻訳すると「口の体操」になるのですが、この表現ではその意図することが伝わりません。もちろん、これは個人の造語なのですが、ドイツ人には状況説明をすれば問題なく通用します。

ですから、ムンテラの表現も医療の話題の中で使えば、その意図は理解されますが、普通の人との会話の中ではMund Gymnastikと同様にこのムンテラはドイツ人でもすぐには理解されないと思います。ある意味では昔の医師は当時の医療の真髄であった問診、治療というステップを理解し、簡潔に表現したものと思われます。それだけ表現力にすぐれていたものと理解すべきです。

いずれにしても、ドイツ語の辞書に載っていないから和製のドイツ語との自虐的な解釈ではなく、臨機応変に自然に考えられた造語と考えるべきです。ある意味では明治、大正時代の医師の医療の基本概念の理解度を端的に表したものと解釈することができます。日本語でもそのときどきの造語があり、最近の新聞に「国際化に注力」のような表現がありますが、「注力」も最近の新語であり、古典的な昔の辞典には載っていません。つきり、何語であれ、新語というのはその時代の流れ、概念の表現化であり、それなりの理解力、想像力がなければ創れないのです。

このムンテラは患者への詳細な問診から疾患の背景情報、日常生活を知り、それらの中に疾患の原因があるとすればまずそのような生活環境を改善することが治療の先決であり、医薬品投与はその次になるという考え方なのです。しかし、現在のような三時間待ちの三分診療のような環境ではそのような詳細な問診などをする時間的余裕もなく、また現在の医療常識は医薬品投与がまず最初に考えられ、患者の日常生活背景の理解は二の次、三の次になるのです。したがって、現在の医師にはこのムンテラは科学的に立証されていない治療方法であり、また仮にそのよう様な治療をしても一銭の収入にはならないのです。特に高齢者などの初診にさいして医師がいとも簡単に「お年のせいですね」と表現するような医師にはとてもこのムンテラの意図はまったく理解できないでしょう。場合によっては医師が患者の顔をまったく見ないで問診し、患者に対して「私の話だけを聞いてください」と宣言するような状況ではムンテラなんてまさに死語であるのです。

昔の教育を受けた古い医師はこのムンテラを実際に応用していたのですが、近年はこのような概念はまったく過去の遺物としか考えられていないのが現状です。しかも、そのような背景を知らない若い人たちはムンテラなんて昔の話で、それは現在のインフォームドコンセントのこととか、病状説明のことですよ、とまったく間違った解釈、説明をしているくらいです。ムンテラはインフォームドコンセントではないのです。

つまり、現在の患者治療は疾病の治療が第一であり、患者の治療という基本概念は軽視されており、患者の生活習慣、環境などから患者の背景を知ることが治療の第一歩であるということはほとんどの医師が無視しています。文字通り、現代の医学は疾患中心の治療であり、患者中心の治療とまでは至っていません。

このように考察するとムンテラの概念はまったく過去の遺物と考えがちですが、最近になってこのような概念が別な名称でカムバックしているのです。それはNarrative-based Medicine、つまり「問診と対話による医療」として再登場しているのです。この考えは1999年に英国の医学雑誌BMJに紹介されています。なお、このNBMの日本語訳が「物語と対話による医療」とされていますが、直訳そのものであり、その意図をまったく無視した誤訳であり、適訳ではありません。
Tricia Greenhalgh and Brian Hurwitz. "Narrative based medicine: Why study narrative?" BMJ 1999, 318:48-50.
むしろ、NBMの意図をりかいすれば「傾聴と対話による医療」のほうが適しているかもしれません。

このような昔の概念が新しい表現で再登場するといろいろなひとが飛びついていろいろと解説をするようになるのはいつの時代も同じことです。しかも、外国の権威ある雑誌に載るといかにも新鮮に映るのでしょう。

なお、あるひとが「患者の長い話を聞かない技術」ということを書いておられましたが、この「患者の長い話を聞かない技術」とは、相手の話を聞いた時間は短いのにもかかわらず、「今日はよく話を聞いてもらえた」と患者が納得し、医師自身にとっても、話を聞いている時間が少しも苦痛にならなくなる技術、という意味であることを説明されていました。でも考えてみたらこのような考えもムンテラの一部だと思うのですが・・・・。

以下の例は最近の裁判沙汰になった例であるが(判例時報 1338号 127-133)、もしこの場合の医師が十分な問診をしていればこの件は防げたかもしれない。この例は問診の大切さを教えてくれるのではないだろうか。

体重94.6kgという肥満体質の男子高校生が、以前から知り合いのかかりつけ医(たびたび過食を注意されていた)の医院を「腹痛、吐き気」を主訴に受診した。腹部の圧痛がみられ、担当医は過食による急性胃炎と診断し胃薬を処方した。翌日も状態は改善せず、同様の症状でかかりつけ医を受診、再び急性胃炎と診断して投薬による経過観察が行われた。ところがその後急速に状態が悪化し、別の病院で糖尿病性昏睡と診断され、治療の効果なく死亡した。

吐き気がして身体がだるいという主訴の患者に、何を食べたかも聞かず、下痢の有無も聞かず、検温もしていないのは診療そのものが杜撰である。しかも、異常肥満、全身倦怠、口内乾燥、口渇という典型的な糖尿病の症状がみられたのに、軽率にもありふれた急性胃炎と診断したうえに「ジュースは飲んでもよい」という誤った指示を与えたため、糖尿病に対する適切な治療を受けられないまま死亡した。

病院側(被告)の主張
患者から「口渇」の訴えを聞けば誰でも糖尿病を疑うが、診察では「口渇」や「多飲」の申告はなく「食べ過ぎて腹が痛くつかえた感じがして吐き気がある」というものであったので急性胃炎と診断した。また、唇や舌を見ただけでは脱水症状はわからないし、当時多飲していたのであるから脱水症状には至っていなかったはずである。「ジュースは飲んでもよい」と指導したが、夏の日だから喉が渇くのは当然であるし、まさか1日に10本も20本も飲むことを前提としたものではない。糖尿病の発症と昏睡に至った事実から類推して、被告医師の診察時期に遡って糖尿病と診断し、かつ適切な治療を受けていたら救命できたであろうという論理は、医療の特質を無視した結果論に過ぎない。

裁判所の判断
被告医師は「食べ過ぎで腹痛、吐き気があったという申告を受けた」と主張するが、当時過食があった形跡はないため、以前から患者の異常肥満を知っていて常々過食しないように助言していたために「過食の予断」を持ったと疑われる。そして、カルテには冷えた麦茶の飲み過ぎを疑うような記載があること、診察時にジュースを飲みたがったこと、休日にもかかわらず病態が悪いので再診したことなどから、若年性糖尿病の典型的症状である口渇、多飲を訴えていることに気付くべきであったが、過食による急性胃炎と誤診した。
一方で、診察を受ける際に患者の保護者が付き添わなかったため家庭内の症状すべてが被告医師に伝わらなかった形跡があること、ジュース、アイスキャンディー、プリンなどを常識の範囲を超えるほど多飲食したことはその後の病状激変の大きな原因になっていることは明らかであるので、死亡に対する患者側の責任割合は7割、医療過誤3割とするのが相当である。

この症例から判断されることは担当医が患者に対していろいろと症状への質問が為されていなことが伺われる。つまり、この担当医は高校生の主訴のみを聞いて判断した傾向が極めて強い、問診と言う対話が医師からはなされていないのが大きな問題と考えられるが、通常の医師の対応はこのようなものではないだろうか。

つまり、患者がある主訴を以て医師の診察を受けても医師のほとんどはそれで満足して処置をしてしまう傾向が最近では極めて普通なので、患者はその点も十分に理解して、自ら今までの日常生活の習慣から最近の細かい身体の変化を医師に告げる努力を学ぶべきかも知れない。本来ならは医師からの問診がそれらをカバーしなくてはならない。つまり、昔からの概念ムンテラが実際に詳細に行われていればこの件は防げたかもしれない。最近の表現ではNBMがそれに代わるものになっている。

2012年11月21日 (水)

新刊書、医療の個別化に向けたファルマコビジランス

今月末(2012 Dec)に私の新しい本が販売になります。

この本はファルマコビジランスを別な視点から解説してあり、医療関係者の人たちに読んでほしいと考えています。現在の医薬品情報のあり方にも触れていますし、今後とのような医療情報が必要になるのか、そして最終的にはやはり疾患の治療ではなく、患者の治療という「個別化医療」に貢献する努力を強調しています。

目次一覧

本書の目的
[一章] ファルマコビジランス台頭の背景環境の理解、把握

1.1)ファルマコビジランスの理念、目的 (今なぜファルマコビジランスなのか)
1.1.1) ドラックモニタリンク゛から市販後調査、そしてファルマコビジランスへ ……….
1.1.2) ファルマコビジランス台頭の背景環境、主要要因 ………………………………
1.1.2.1) 医薬品使用の国際化 …………………… ………………………………...
1.1.2.2) 申請、認可、市販段階の混在 …………………………………………….
1.1.2.3) リスク・ベネフィット比評価の導入 ………………………………………
[医薬品のベネフィットの考え方]、[リスク・ベネフィット比評価変動の可能性の諸要因]
1.1.2.4) シグナル発見の強化 ………………………………………………………
1.1.2.5) 最初の重大な副作用の対処 ……………………………………………
      [重大な第一報の概念]


1.2) 育薬の観点からのファルマコビジランス実施の問題点 ………………………
1.2.1) 副作用に直接関連した問題   ……………………………………………
1.2.1.1) 副作用の本質 ………………………………………………………….
      [安全性が関与した表現の意味] [長期使用時の副作用発現例]
      [副作用救済制度の認知度} [イベント概念の種類] [長期使用時の副作用発現例]
[投与中止後のイベント]
1.2.1.2) 効果減少・過多としての副作用  …………………………………………
1.2.1.3) 無効例 …………………………………………………………………
[予防薬による副作用]
1.2.1.4) 期待外効果例 (新しい適用症の発見) ………………………………… .
i)通常のファルマコビジランス・システムでは収集困難な予想外のポジティブ効果
ii)ネガティブな副作用の有効性への転用
   [副作用を主作用に転用できるための要因]
iii)予想外のネガティブな副作用
1.2.1.5) 承認時用量の再検討 …………………………………………………………
1.2.1.6) 非適応使用例の情報 ………………………………………………………
1.2.1.7) 関係性なしの副作用症例 ………………………………………………….…
1.2.1.8) named patient/compassionate useの取り扱い ………………………………………
1.2.1.9) 条件付きの使用/投与禁忌の実態 ………………………………………..
1.2.1.10) 多剤投与の功罪  …………………………………………………….…..
        [多剤服用の改良例]
1.2.2) 市販後の新しい有用性情報収集 ……………………………………………….
1.2.2.1) 使用上の注意情報の明確化 ………………………………………………
i) 使ってはならない情報、禁忌例   
ii) 使っても問題にはならない情報
[妊婦への投薬情報例]
iii) 使用後フォローアップ情報の有用性
    [生存率、生存期間延長などの有用性情報]
iv) 長期とか高用量使用時の副作用
[中毒情報センター情報]
v) 薬害原因薬剤の再認識、有用性     
1.2.3) アクティブなフォローアップ ………………………………………………………
12.3.1) クラスラベリングの影響並びにそのエビデンスの確立………………………
1.2.3.2) 市販後製品への付加価値 ………………………………………………..…
1.2.3.3) MRのファルマコビジランスへの関与 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
       [MRの定義]
1.2.3.4) 積極的なリスク・マネジメント ………………………………………………
       [RMPの作成時期][RMPが必要な例]
1.2.4) 副作用個別症例収集の現状分析 ………………………………………….
       [副作用自発報告制度] 
[副作用・感染症の推移]
[副作用自発報告制度の主要崩壊原因]
[医療関係者の関心度の停滞]
[企業内の環境の変化}
[対行政業務の増加]
[崩壊に伴う後遺症]
[今後の因果関係評価のあるべき姿]
1.2.4.1) 副作用自発報告への関心度 …………………………………………………
[副作用の氷山の一角現象に関与している諸要因]
1.2.4.2) 情報収集、情報源 ………………………………………………………
       [現在の日本での副作用自発報告弦ならびに報告先][隠されている副作用症例の
宝庫]
1.2.4.3) 情報提供 ……………………………………………………………………
      [企業の情報提供24時間体制のメリット][関連情報の理想的な流れ]
1.2.4.4) 情報還元・共有の効率化  ……………………………………………..
    (医師、患者、国内関連企業、海外提携企業、ジェネリックス企業との情報提供・交換)
      [安全性情報は提供ではなく還元][安全性情報伝達の意味]
      [先発企業と後発企業との情報交換、共有に際しての問題点][情報共有の問題点]
      [先発企業と後発企業との情報交換、共有に際しての問題点]
1.2.4.5) 社内・社外対応関連整備  (SOPの作成、副作用報告様式の統一) ……..
1.2.4.6) 因果関係評価の意義、目的、現状 ……………………………………..
     [有害事象が副作用として判断されるまでの具備諸要因]
 [因果関係評価に関係した表現の理解、解釈]
  (I) causalityに使われる用語の理解 
    [因果関係評価なしと判断すべきではない英語表現][因果関係評価の軽重]
   [被疑薬が二つある場合]
[因果関係評価では消却法思考は持たないこと]
    [副作用因果関係評価の本質][市販直後調査]
      (II) de-challenge, re-challengeの意味するもの
         [デチャレンジの解釈][利チャレンジの目的][タミフルによる副作用症例]
1.2.4.7) 因果関係評価の理論と現実 ……………………………………………
        [因果関係評価に関しての問題点]
[副作用個別症例の因果関係評価の理論的考察]
[市販後の段階での因果関係評価が困難な要因]
[従来の副作用因果関係評価の問題点]
[コンゴの因果関係評価のひとつの考え方]
        [ファルマコビジランス分野のデータペースでの格言]
        「因果関係評価と因果関連評価」 
1.2.4.8) 副作用用語集の存在意義・理解  (WHO-ART から MedDRAへ) …
        [死亡例の考え方]
        [アウトカムが志望の種類]
1.2.4.9) 配合剤の問題   …………………………………………………………


1.3) ファルマコビジランス領域の基礎分野 …………………………………………
1.3.1) 前臨床段階情報 ………………………………………………………………
     (動物実験データの日常業務での活用、前臨床情報の読み方、毒性学の知識、急性毒性の意義)
       [非臨床と前臨床]
       [動物実験デタの活用は立場により二通りにわけられる]
[動物実験デタ解釈の二つの視点]
[動物実験データの解釈がその後の治験ないし市販後段階に影響を及ぼした例]
[新薬申請時の問題点]
[急性毒性LD50の意義]
[動物実験材料対象の変遷]
1.3.2) 治験安全性情報 …………………………………………………………………
      (二重盲検治験時の安全性対応、処理についての理解ならびに関与治験データの掌握)
          [安全性関連定期的最新報告書の変遷]

[二章] ファルマコビジランスの国際的環境とあるべき姿 ……………………
        国内環境と国際環境との違い
        育薬の観点からのファルマコビジランスの将来像
1.4)  安全性情報の国際交換の目的、理解 …………………………………………
1.4.1) CIOMS報告書(expedited report)の理解ならびに作成時の原則 …………
     [CIOMS Form記載時の注意]
     [CIOMS Form記載の副作用奨励報告の理解、認識]
1.4.2) 副作用情報対応のための基準 ……………………………………………. .
     (labelled, listed, expectedの意味するもの)
      [副作用項目の多寡] 
      [既知が既知でなくなる例]
1.4.3) 安全性関連規制の基本概念 ………………………………………………..
     (報告期限日の理解)
      [「期限付き報告]の期限] [報告期限日設定の意義ならびに問題点] 
1.4.4) 添付文書の国際性、ハーモナイゼーション …………………………………
1.4.5) CIOMS, ICH関連情報 ………………………………………………………
      (CIOMS報告書、ICH報告書)、
      [国際的規則が最終的な合意に達するようになる一般的過程]
1.4.6) 文献情報の収集ならびに社内対応 ……………………………………….
     [酸化マグネシュウム例から学ぶこと][安全性関連文献情報]


1.5) 薬剤疫学の介入 ………………………………………………………………………
1.5.1) データベース構築、データベリフィケーションの意義、データインプット時の問題点
      [データ・べースの質的向上過程]
[薬剤疫学調査・研究着手のアルゴリズム]
      [因果関係評価と因果関連評価との違い]
1.5.2) 研究目的の設定 …………………………………………………………………
      [製薬企業内での薬剤疫学研究実施の現実と理想]
1.5.3) 社内データ活用の可能性の検討 …………………………………………
1.5.4) 研究成果の公表 …………………………………………………………..
1.5.5) データマイニングの意義 ……………………………………………………
     [現在の企業内で副作用自発報告データべースを使ってのデータマイニング手法で既存の症例の中に新しい副作用症候を発見できるかも知れない例]
     [安全性を中心としたレトロスペクティブ薬剤疫学研究実施の流れ]
1.5.6) 費用・効果評価 ……………………………………………………………
1.5.7) なぜ薬剤疫学研究が進まないか …………………………………………


1.6) 自己査察の意義 …………………
(社内査察制度の導入、SOP (作業基準書)との整合性、 重篤、未知副作用の認識日の設定)
[査察の種類]
[期限付き報告例の流れ]


1.7) 今後なすべき分野 ……………………………………………………………
1.7.1) ファルマコビジランスの今後の流れ ……………………………………
    [医療の個別化への貢献]
1.72) 育薬分野への積極的介入 …………………………………………….
     [副作用解明レベルの進展]
. [ニッチ薬理学領域]
1.7.3) 性差薬理学の動き ………………………………………………………
1.7.4) 体重差薬理学の必要性 ………………………………………………. .
1.7.5) 遺伝薬理学、薬剤ゲノミックス研究 ……………………………………
     (ファルマコビジランスの将来展望/副作用自発報告制度の導入から薬剤疫学への進展、遺伝子薬理
学 ならびに薬剤ゲノミックス研究への進展 )
       [安全性関連分野の進展]
1.7.6) 妊婦薬理学 ……………………………………………………………
1.7.7) 個体薬理学 ……………………………………………………………
1.7.8) 小児用量情報
1.7.9) 将来予測(副作用発生の予防)…………………………………………………
       [副作用の発生を積極的に予防するひとつの手段としての例]
[副作用発生低減の方法の可能性]
       [副作用に対する対処、対応、情報の変遷]
1.7.9) クライシス・マネージメント(危機管理) ………………………………………..
[クライシス・マネージメントが極めて理想的に実施された例]
       [クライシスとリスクとの区別]
1.7.10) いろいろな角度から考察したファルマコビジランス ……………………
       [新しい概念としての医薬品の発展段階の通称名]


1.8) 最後に  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
         [副作用・薬害解明基本三原則]
[まとめ]

2012年11月18日 (日)

雀の学習能力 動物行動学

朝日新聞に北海道のヒグマが海に設置されていた定置網に入っているマスを上手に取り出して食べている記事が載っていましたが、クマもやはり学習能力があることが示されていたことになります。

 

似たように雀も学習能力があることを最近観察しました。それはシジュウカラなどに餌付け用の道具を木に吊るしていたのですが、はじめのうちは雀はその道具に飛び上がって餌をついばむ事はできず、地上にある落ちこぼれの餌をついばむだけでした。雀の本性は地上に在るものをついばむことなので、その点はシジュウカラとは根本的に異なります。

 

ところが、シジュウカラがその道具に直接に飛び移って餌をついばむのを毎日下から眺めているだけでしたが、一週間以上もたったある日、一羽の雀が勇気を出して飛び上がり、その道具に飛び乗って餌をついばめ始めたのです。つまり、背に腹は代えられずに飛び乗ったのでしょう。

 

しかし、このような学習能力をすべての雀が習得しているわけではなく、他の数羽の雀はまったくそのような行動には出ておらず、もっぱら地上に落ちこぼれた餌をついばむだけです。つまり、雀にも学習能力の差があることを観察できたのです。本来、雀にはそのような学習能力、ことに木に吊るされてある道具に飛び乗って餌をついばむことはまったく考えてもいなかったのですが、新しい発見をしたような気がしました。
なお、このことは朝日新聞の声欄(2012/11/19)に載りました。

 

もっとも、動物行動学的見地からは、前述のヒグマの例は学習能力というよりは動物本能の範疇にはいります。厳密な意味での学習能力とは他の動物の行動をみてそれに倣うということであり、私が観察した雀の行動はシジュウカラの行動を毎日眺めているうちにそれを真似たもので、文字通り学習になります。動物のいろいろな行動から新しい発見があってもそれが学習能力なのか本能なのか、あるいは条件反射なのかの区別が必要かもしれません。たとえば、雀にえさをやるときは雨の日だけにするといつかは雀が雨の日にだけ来るような例が報告されていますがこれはどちらかというと条件反射の範疇に入るのかもしれません。

 

追加(2013 May)  ところが、そのご数カ月すると他の雀も同じような行動をするようになりました。しかし、そのような宙に浮いた餌箱に飛び乗ることは苦手なようで、最後の手段として飛び乗るのですが、なかなかうまくは餌をついばむことはできないようです。しかし、そのような行動は最後の手段のようで、最初はあくまでも地面にあるものを探しますが、なにもない時に最後の手段として飛び乗るようです。これは雀の本能は餌を啄むということは地面にあるものであることを長年にわたって習得した習性なので、そのような習性を変えることは大変なのです。、

 

このような経験から雀に何かを学習させようと思ったら、毎日同じことを繰り返し、数か月の辛抱が必要です。例えば、毎日餌をやる時にフエを吹くとか、鈴を鳴らすとかすると来るようになります。ただ雀は警戒心が極めて強いので、少なくも毎日、そして最低は四カ月くらい辛抱して続けることです。、

 

追加(2014 April)
その後、同じ雀が毎日やってきて餌をついばむのですが、最近では餌箱に直接飛び込んでくるようになりました。その行動はシジュウカラと全く同じなのです。つまり、雀もある一定の期間を過ぎると完全に新しい習性を獲得できることが判りました。でも、シジュウカラに比較すると雀の学習速度はかなり遅いのです。そこには雀本来の本性があるからです。つまり似たような学習能力があっても動物の違いによりその学習能力の習得にはかなりの差があることです。

 

追加(2016 March)
このような餌付けを数年も同じ場所で継続していると、雀もシジュウカラもすこしづつ人に対する警戒心を緩めてきます。例えば、この餌箱の前で眺めている私との距離感は1.5mくらいなのですが、この頃では私の姿を見ても全く警戒心を示しません。もっとも、その間には硝子戸があります。雀もシジュウカラもガラス戸があることは認識しているのです。
もっとも、人に慣れるということはシジュウカラのほうが上で、私が腹這いになって、手の平に餌を置いて手を差し出していると一羽のシジュウカラは手の平に飛び乗って餌をとりに来ます。もっとも、このような行動は例外かもしれず、他のシジュウカラは手の平には絶対に来ません。つまり、一羽のシジュウカラだけなのです。このシジュウカラは私がベランダで口笛を吹くとすぐそばの木の処からピィッと返事をするのです。もうこうなると私の友達みたいなものです。

 

追加(2018 June)
ところが、最近になって気が付いたのは、一羽の雀が私の存在と餌箱の補給状況との関係を知っているので、餌箱に何も補給していない時にはベランダの周りを飛びながら私の存在を確かめていることなのです。

追加(2019 April)

最近は餌をガラス戸の反対側に置いておくと、スズメやシジュウカラは私が硝子戸の内側に座っていても餌を食べに来るのです。餌が置いてある場所と硝子戸を間に置いて座っている私との距離は一メトルくらいなのですが、彼らはその間にガラスがあり、それで仕切られていることを知っているのです。つまり、同じ状態でも硝子戸を開けていると彼らは絶対に餌には近寄らないのです。つまり、彼らはガラスの存在を認識しているのです。

雀などがガラス戸にガラスがあることを認識していることはいささかのオドロキです。もっとも、幼鳥で初めて私の家に親雀と一緒に来た当時はガラス戸の存在には全く気が付かず、時折ガラス戸のガラスに向かってぶつかることもあるのですが、そのうちにガラス戸の存在に気か付くようになり、ぶつからなくなるのです。

 

追記(2021 April)

最近の観察では餌箱に餌が無くなると一羽の雀が私の姿を見ると時折、ピィッと鳴くことがあるのです。それもいつも同じ雀であり、他の雀はそのようなことは全くありません。つまり、私の観察では雀にも人への認識力には大きな差が分かることです。

驚くことに、その一羽は餌がないときには、ときとして、台所の窓際に来て、私の存在を認めるようなしぐさをもするのです。このような仕草はこの一羽だけであり、他の雀は全然しませんので、雀にも学習能力とか認知能力のようなものを有する場合があることが判ります。

追記(2021 July)

このような餌付けを毎日していてもう十年近くにもなると、朝昼晩とほぼ私の食事時間と同じころに餌の補給を続けていると雀もそれを理解するようになり、それらの時間帯に餌を補給することを忘れていると、必ずその中の一羽がベランダの周りで、ピィーと合図をしてくるのです。もうこうなると私と雀との間には意思疎通が可能な状態になっていることになります。

 

追記(2022 Oct)

毎日のように十羽ちかくの雀が来るのですが、それぞれの雀にも性格があり、餌箱に入る場合、自分だけが餌をとり、その間に他の雀が来ると追い払う雀もいるのです。すべての雀がそのような行動をするのではないので、同じに一緒に餌箱に来る雀の中でも一緒に仲良く餌箱に入ろうとする雀と、自分だけが餌をたべ、他の雀が来ると追い払う雀もいるのです。もうこうなると人間社会の中での行動と同じになるのです。

 

 

 

2012年11月11日 (日)

添付文書記載注意事項は果たして守られているのか

添付文書記載注意事項は果たして守られているのか

炭酸リチウムはうつ病などに汎用されており、その添付文書には以下のような記載がある。

「過量投与による中毒を起こすことがあるので、投与初期又は用量を増量したときには維持量が決まるまでは1週間に1回をめどに、維持量の投与中には2~3ヵ月に1回をめどに、血清リチウム濃度の測定結果に基づきトラフ値を評価しながら使用すること。」

しかし、最近のPMDAの調査では炭酸リチウム投与患者の半数が上記のような血清濃度測定がなされていないことが報告されています。さらに、06年から2011年11月までに98例のリチウム中毒例が報告されてきているがその9割で適切な測定がなされていなかったとのことである。

でもこのような状態は特別に目新しい事実ではなく、添付文書記載のいろいろな注意事項が守られていないことは周知のことであり、実際に何らかの調査でその実態が指摘されても、実際はそれらの実態そのものが「氷山の一角現象」であり、現実にはかなりの遵守漏れがあるのです。つまり、悲観的解釈をすれば添付文書はあまり読まれていない、仮に読まれていても実際にはその記載どおりにはなされていないことを物語っています。

特に薬剤投与中に定期的にある項目の血中濃度測定が義務付けられているとか、あるいは特定の項目について臨床検査をすべである、との記載があっても実際には守られていないことは周知のことなのです。

ではどのような対策が必要になるのでしょうか。そのひとつの方法としては該当薬剤が投与されたときのレセプト入力データに自動的に検査項目をチェックするような画面が現れれば効果があるかもしれません。
このほかにもいろいろな面で添付文書には注意事項が記載されていますが、それらを定期的にチェックするシステムを導入すべきです。たとえば、使用上の注意に「他の薬剤で無効な場合にのみ使用」などのしばり制限は現実には無視されているのです。

一般的には添付文書記載の細かい注意事項などは守られていないのが実態かも知れません。したがって、かって某大学の先生が新聞に「添付文書などは生命保険書の裏に細かい字で書かれてある定款と同じで、誰も読みませんよ」と投稿、豪語していたのもあながち嘘ではないのかもしれません。

2012年11月 8日 (木)

過去のものとなっている日本の存在

過去のものとなっている日本の存在

オバマ大統領が再選されたニュースは世界のテレビが放映していたのですが、欧州のテレビでもそれぞれ独自の番組で放映していました。そこにはアメリカ以外の国での反応も簡単に映像に映りました。たとえば、ドイツのテレビでは英国、フランスなどの反応も同時に簡単に紹介されていました。さらに、そこには中国のテレビ放映も必ず入っていました。しかし、日本はまったく無視されていました。つまり、欧州では海外主要国の話題には日本はもうまったく載らないのです。つまり、日本は欧州の人たちにとっては過去の存在になっているといっても過言ではないのです。

ある人がロンドンの空港でたまたま両替のレート表をみていたらいつの間にか日本円が消えていたと驚いていましたが、特別に驚くことではないのです。欧州の日常生活ではもう日本はほとんど話題にならないのです。日本に代わって中国なのです。たとえば、旅行者用の自動翻訳機には前はいろいろな言語の中に日本語がかならず入っていましたが、最近発売されているものには日本語が消滅し、中国語がそれに入れ替わっています。そのほかにも主要なホテルには中国語のテレビ放送はあるが、日本のテレビはまったくありません。ホテルに中国人の団体が来れば場合によってはホテルの入り口に中国の旗がひらめくこともあります。ともかくそのような細かいことにまで注意したら日本は完全に消えてなくなっているのです。

まぁ、このような事情は日本に住んでいる人にはまったくわからないことです。考えてみれば日本は島国であり、海外との関係が極めて薄く、また海外の出来事に関心も殆どないのではないでしょうか。たしかに国境が地続きの欧州では国外の出来事は敏感に反映されるのですが、現在の欧州では海外関連ではアメリカか中国しか眼中にないものと考えても過言ではないのです。考えてみれば、日本では国外という表現よりも海外という表現がぴったりです。日本語では「海外ニュース」とは表現しますが、「国外ニュース」とは誰も書きません。ある意味では日本はまさに天国だと思います。

2012年11月 6日 (火)

マスコミの影響

マスコミの影響

「20121105.jpg」をダウンロード

この写真の説明でASEMの会議で野田首相が温首相に無視された、と報道されていました。
この写真を見た一瞬、まさにそうだ、温首相はけしからん、とほとんどの読者は理解したのではないでしょうか。わたしも、そのように理解し、全く温首相は子供っぽい態度だと思ったのです。

ところが良く考えてみると、どっちもどっちだったのではないのでしょうか。つまり、お互いに無視し合っているのにすぎないのかも知れません。これが、野田首相が握手をしようと手を差し出しても温首相に無視されたのなら、この写真の説明通り、野田首相は全く無視された、となるのですが真相はどうなのでしょうか。

これを中国側からみれば野田首相は温首相を全く無視したと解釈されても仕方が無いのかもしれません。

それにしてもたった一枚の写真でもみかたを変えれば全く逆の解釈も成り立つのです。いゃ、マスコミの影響は絶大です。

2012年11月 4日 (日)

家庭で作れる味噌ジャム (*)  味噌の科学

一般家庭で作れる味噌ジャム

味噌ジャムのすすめ

味噌はいろいろな意味で健康食でもあり、その効用はインターネットを検索すればいろいろと記載されています。江戸時代のことわざに「医者に金を払うよりも、みそ屋に払え」と言われていたそうです。味噌には抗がん作用、抗酸化剤などなどいろいろな効用があります。また、食品総合研究所の研究によると味噌には大豆に含まれているリノル酸があり、このリノル酸はメラニン合成を抑制することがわかりました。したがって日焼けの予防に役に立つかもしれません。

また、チェルノブイリ原発事故のとき放射能障害を防ぐために味噌が大量に使われ、一時期欧州から日本の味噌が消えてしまったこともありました。味噌と放射能にかんする動物実験によると、味噌の放射線障害予防効果は味噌に含まれている多糖類トピラジンが効果があるとのことです。つまり、小腸の粘膜の再生や放射線物質の排泄に効果があるのです。ただし、味噌の放射性物質除去作用もプルトニウムやストロンチウムには効果がないそうです。

そのほかにも以下のような研究報告があります。
味噌の科学と技術,39,29-32,1991. 2.渡辺敦光:味噌の放射線防御作用並びに消化管の制癌効果 一特にマウス・ラットを用 いて

そのほかにも調べれば意外と味噌の効用があることがわかります。
最近では欧州でも味噌の効用が知られるようになり、健康食のひとつとして扱われ始めていますが、まだまだとても日本のようには使われていません。もっとも、日本では朝食が日本式の味噌汁、ご飯からコヒー、パン様式に移行し、残念ながら若い人たちの味噌の消費量は減少傾向にあるようです。

日本では、味噌は味噌汁にしか使わないという固定概念があまりにも強いのですが、その味噌を洋式の朝食の食卓に並べる方法を考えて、味噌からジャムを作るのです。その方法はいとも簡単で、市販の減塩味噌にいろいろな市販のシロップを少量加え、そこにくず粉をも少し加えて短時間火にかけて適当な粘度のある状態に仕上げるだけです。ここで使うシロップは個人の好みに合わせて市販のいろいろなものを調合することができます。これは誰にでも簡単にできる方法ですので一度お試しください。

そのほかにも味噌と蜂蜜を適当に混ぜてト-ストに塗るのも一つの方法かもしれません。子の方法は一番簡単なのです。流動状になっている蜂蜜を使えばいとも簡単に味噌ジャムが造れるのです。

もっとも、最近では味噌ジャムが市販されているようですが、あまり普及はしていないのではないでしょうか。その一つの原因は味噌という名前が日本ではあまりにも普遍的であり、また田舎くさい感覚の表現だからです。ですから、味噌ジャムをもっと商業ベ-スに載せるには名前を変えなくてはなりません。もっとも、このような提案を味噌ジャムを作っている会社、新田醸造、に提案したのですが、なしのつぶてでした。まぁ、味噌の国際化なんということはこのような中小企業には想像できないのでしょう。

それよりも自分の好みに合わせて味噌ジャムを作ってみてはどうでしょうか。ト-ストに塗ると美味しく食べられます。
なお、市販の味噌ジャムを探すのは意外と難しいかもしれませんが宮永商店に注文すると郵送してくれると思います。
info@miya-shop.com

追記 (2013 Feb)
  尚、味噌に関する学術雑誌があり、以下の号は何らかの参考になりますので、サイトから読んでみてください。
  「秋月夫人会見記」 渡邊敦光    味噌の科学と技術 54: 5; 274/ 2006

追記(2013 Feb)
最近の円安で豆腐業者が輸入材料の高騰でこまっているとの報道がありました。確かに輸入原料の価格が上がっているので経営が苦しくなっているとか。そこで従来の固定概念を改めて、たとえば味噌入りの豆腐のようなものを新たに作ってみてはどうかと考えたのですが・・・・・。

副作用としての薬剤無効例の収集を

医薬品が投与されても全く効かない場合があります。ところがそのような「無効例」の収集は行政も企業も全く関心がありません。それは無効という現象は副作用ではないと考えているからです。でも、このような症例は場合によっては重要な情報になるのですが、なぜか誰も関心を払いません。

この無効例の重要性の一つとして、ジェネリック製品の有効性が問われることがあります。つまり、オリジナル製品からジェネリック製品への切り替えの場合にしばしば問題視されるのはその同等性があります。この同等性ということはとりもなおさず有効性になるのですが、場合によっては大きな問題となることもあり、そのような存在が一部の識者はだからジェネリック製品は使えないとの極論を吐くことにもなるのです。

最近、アメリカで抗うつ剤「塩酸ブプロピオン」叙放剤(03年承認)のジェネリック製品が治療的同等性を証明できなかったことからそのジェネリック製品が市場から撤退されています。これはFDAが07年からジェネリック製品に切り替えられた患者の中にその有効性がなかったことが知られるようになった結果、そのための同等性比較試験がなされ、12年8月にその結果が判明し、最終的にその製品が市場から消えたわけです。

この場合、どのような経過でそれらの無効例がFDAに知られるようになったのかとの詳細は分かりませんが、実際にFDAが何らかのアクションを取った07年までにかなりの患者にジェネリック製品が使われていたことになります。

もし、このような場合でも「無効例」の報告が義務化されていれば、もっと早い段階で何らかの処置、対策がとられた可能性が高いのです。つまり、本当に副作用ではなく有害事象例を企業は収集していると豪語するならばこの無効例も有害事象の対象になるのです。

この例では最初にFDAは該当企業に対してそれらの無効例の詳細を検討して報告するように求めたが該当企業はそのような無効例の症例数が極めて少なく検討出来なかったことをFDAに報告していた。

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