« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »

2012年9月の記事

2012年9月29日 (土)

韓国人、中国人に日本人の寛大さを示すべき(*)

韓国人、中国人に日本人の寛大さを示すべき

 

今回の竹島、尖閣列島に関する問題で、中国、韓国の国民が大騒ぎし、反日活動が活発化し、北京では日本大使館の公用車が襲われたりしています。しかし、それに反して日本国内での反応は政界や一部の識者は別にして、ある意味では一般の日本人大衆はまさに大人的な反応で、中華レストランや韓国料理店などか襲われるようなことはありません。例えば、横浜とか神戸などにある世界でもその規模では有数の中華街の存在は普通の中国人の多くは知らない筈です。一度、そのような中国人を短期に日本に招待し、これらの中華街を見学させてはどうでしょうか。どのような環境下で日本に居住している中国人、韓国人が日本で生活しているのかを彼らの肌で感じてもらうことです。それこそ「百聞は一見に如かず」を実行することです。

 

ましてや日本では今でも中国の歴史小説が多くの人によって愛読されていることは彼らは全く知らないのです。このような試みはいままでされたことがないので、今回のような感情的な葛藤にさいしてはこのような発想は大いに役に立つのではないでしょうか。現在の中国の内情を考慮すれば、中国国民の日本に対する認識度を如何に高めるかということも間接的に日中友好につながるのではなかろうか。

 

もしもこのような目的から日本で献金活動が行われたら意外と大きな成果を得ることができるかも知れません。石原都知事の尖閣諸島購入募金以上の金額が集まるかも知れません。

 

もっとも、現在のような中国共産党独裁国家がこのような交流を認めないかもしれません。そうなるとこのような発想は「絵に描いた餅」に終わってしまいますが・・・・。それでも少なくとも海外に向けてこのような日本に居住している中国人、韓国人の実態を宣伝することも必要なのですが、この点に関しても日本の外交政策は中国、韓国と比較してまったく最低です。国際的な対外情報作戦というものが日本の政府に無いからです。

東京の新大久保にある韓国街などを韓国人に来てもらい見学させるようなことをすれば韓国人の反日感情を和らげることが出来るかもしれません。その一つの方法は、朝日新聞が主催して、朝日新聞社の社旗を掲げて韓国人街見学会を韓国で募集してはどうでしょうか。

 

 

一万円札の福沢諭吉が宣伝に

日本の一万円札にある福沢諭吉の肖像が当地のハブティの宣伝に使われているのを見つけました。
しかし、その製品はどうみても中国のお茶を主にしたハブティみたいなのですが、なぜか日本の福沢諭吉の肖像画が使われているのです。おそらく日本円の福沢諭吉の写真をそのまま使っているのですが、その背景にはいまた一部の欧州の人たちは日本も中国も同じなのです。


日本のお札にはいわゆる著作権のようなものはないのでしょうか。

「Fukuzawa.jpeg」をダウンロード

2012年9月24日 (月)

独仏和解と中日和解 (**)

独仏和解と中日和解
  ⇒日本と中国との和解は当分は不可能

 

   今年の九月に、第2次大戦後のドイツとフランスが和解に向けて、ドゴール仏大統領(当時)が行った演説から50年を記念する式典が22日、独南西部ルートウィヒスブルクで行われました。式典にはメルケル独首相とオランド仏大統領が出席し、首脳会談も行われました。フランスのオランド大統領は式典でのあいさつで、「財政統合だけでなく、政治社会的な連合が作られなければならない」などとして、独仏の枢軸で欧州統合の深化を図る姿勢が強調されていました。

この独仏和解に関連した日本の新聞の論調では日本もこの独仏の和解に見習うべきであるとの解説がなされていますが、それは知性的、歴史的、地勢的要因をまったく無視した表面的な見解に過ぎません。

 

   いずれにしても、独仏は将来に向けた蜜月思考に動き出しているのです。いっぽう、日中関係は悪くなるばかりです。とくに、中国のように経済発展テンポが異常なまでに早く、それに対して民意レベルの発展、向上が極端なまで遅れ、経済発展テンポに追いついていけないことも大きな原因、要因かもしれません。

 

  では中日関係が独仏関係のように今後進展するかというとおそらく今後10, 20年は不可能でしょう。の理由には以下に挙げる諸要因が大きな障害となっているからです。

 

    1)両国の行政組織が根本的に異なること    ⇒つまり、共産党独裁国家と民主国家
    2)中国国民と日本国民との民意の極端な乖離 ⇒両国民全般の教育レベル・範囲の極端な違い        

    3)日本人の加害者意識の欠如 ⇒敗戦記念日ではなく終戦記念日での表現にみられる加害者意識の完全な欠如
                        ⇒ドイツの強烈なまでの対ユダヤ迫害加害者意識の教訓への無理解 
                        ⇒加害者は自分のしたことはすぐに忘れるが被害者は簡単には忘れられ
                          ないという基本概念への無理解 
                        ⇒統合と植民地化とを一緒にしてしまう日本の政治家、マスメディア 

                        ⇒日本は中国に攻め入り、占領し、侵略たことが歴史的事実であることを             日本人は忘れている。 一方、日本は中国から攻められ占領されたことが全くない
    4)日本と中国の地理的・地勢的乖離 
                        ⇒大陸国民と島国国民  大陸人間と島国人間とでは根本的に発想、概                          念が異なる。独仏は国境を身近に感じられる環境にあるが、日本人は国境という意識がまったく欠如している。
    5)将来志向感覚             ⇒中国の対日感覚の極端なまでの被害者意識、それも過去の歴史的な                          強度の被害者意識の存在が前面にあり、将来志向は過去の被害者意識の上に成り立っている。その反対に、日本はまったく逆である。つま                          り、日本は過去の歴史的問題を忘却のかなたに追いやり、将来志向だけである。
    6)経済大国への発展過程の中国と経済大国の趨勢期を過ぎた日本

 

これらの諸要因を考察すれば中日和解は当分望めないでしょう。

 

独仏関係を以上の視点から考えてみるとすべてが正反対であり、対照的なのです。ですから独仏和解も成り立つのです。こればかりは地勢的な要因が重要な役割を果たしていて、独仏和解を中日関係と比較すること自体がナンセンスなのかもしれません。

 

さらに問題なのは終戦直後の中国、蒋介石の国民党政権、が日本に示した寛大さ、戦争賠償金の放棄、を日本人は完全に忘れているのです。そのほかにも戦後まもなく当時のルズベルト大統領が千島をソ連に、沖縄を中国に与えることに対して蒋介石は辞退したといわれている。このような事実関係を日本人はまったく忘れているのです。

 

たとえ、現在は共産党政権であっても中国は中国なのです。もし日本の政治家が大乗的な見地に立って中国に対処する発想があるのなら当時の国民党政権の対処のことをもっと国民に知らすべきであるが、日本の政治家はすでにいろいろな形で今までに財政援助を中国に対してしたきたからその件は済んでいて過去のものと捉えていることです。そのような過去の恩を忘れることは孟子、孔子の教えにも反することになるのですが・・・。、    

 

 

2012年9月23日 (日)

いびき対策、消却法から共生法へ

いびき対策、消却法から共生法へ

いびきする人は男性のほうが多いようですが、夫婦の間で問題になるのは夜寝ているときにどちらがいびきをかくと相手によってはいびきがうるさくて眠れないことが往々あり、大きな夫婦間の問題になります。したがって、その解決法にはいろいろなものが売られています。
ともかくいびき対策を検索するとこれでもかこれでもといった商品がたくさん見られます。しかし、いずれも一長一短があり、完全に解決できるものはありません。つまり、一言でいえばいびきを完全に解決する方法はないということです。

ここで気が付くのはいびき対策の基本は如何にいびきを減らす、なくすことができるかという消極法にあります。しかし、いろいろな道具、薬品が売られていても完全に効果のあるものは少なく、また、場合によってはそれらの使用者にとっては面倒くさいものもかなりあります。

そこで、発想を変えて、いびきをかかない人への対策を考えることです。所詮いびきを完全に解消させる方法はいまだに存在しないので、そのいびきに慣れる方法を考えるのです。というのも、ふと考えてみると、いびきをかく本人は自分のいびきがうるさくて眠れないということは全くないのです。それはなぜなのでしょうか。いびきをかく人は眠りが深いということでもなさそうです。したがって、いびきの騒音で眠れない人への対策を考えてはどうでしょうか。つまり、いびきの共生、共棲に発想を転換することです。このような考え方は最近ではがん治療にも唱えられ始めています。たとえば、がんの治療はがんを完全になくすために強力な抗がん剤などを投与してがん細胞を徹底的になくするというのが現在のがん治療の基本になっています。そのためがん患者はそれらの治療によって引き起こされるさまざまな副作用に悩まされ、がん治療を受けている人の「生活の質」は極端にまで低下してまいます。ところが最近では、がんの初期にがん細胞を今以上に増加させずにする方法でがん細胞と共生することにより、「生活の質」を今まで通りに維持するという概念が実行されています。つまり、がんと共生し、「生活の質」を低下させないという概念です。

したがって、このような考えから、いびきと共生できるような方法を考えることです。すなわた、いびきに悩まさせらているパトナーに対していびきに慣れて、いびきと共生できる対策を考えることです。ではどのようにしたら良いのでしょうか。そのカギをとく謎のひとつはいびきをするひとがなぜ自分のいびきで睡眠が妨害されないのかというメカニズムを知ることです。この解明は案外重要な要因になることです。いままで、誰もそのような発想を持っていないこと自体が不思議でなりません。

まぁ、素人的な発想では、例えば、相手がかくいびきを録音して、それを寝る前に再生してはどうでしょうか。つまり、就眠開始時は眠りのリズムが深く、最高になるのが普通なので、少し低音にしたいびきの音では入眠が妨害されることはないかもしれません。このようにすると睡眠中に絶えずいびきのリズム音が耳に入り、ときおり相手がいびきをかいても異常音と認識しないかもしれません。もっとも、こればかりは試行錯誤していろいろと試みてみないとその効果はわかりません・・・・。どなたかお試しください。この方法を詳細に検討し、解決できたらノーベル賞ものかもしれません。少なくともイグノーベル賞は貰えるかもしれません。

「イグ・ノーベル賞」といえば今年の授賞式が9月20日、米ハーバード大で開かれ、しゃべっている人を黙らせる装置「スピーチジャマー(おしゃべり妨害器)」を発明した産業技術総合研究所の栗原一貴研究員(34)と、科学技術振興機構の塚田浩二研究員(35)の2人が「音響学賞」に選ばれました。


2012年9月20日 (木)

原因が先か結果が先か

原因が先か結果が先か

何事にも物事の解釈、判断に際して時間的要因を無視しては話がこじれることが往々にしてあります。
とくに、最近ではいろいろな社会問題となっている騒音、環境などがその代表例かもしれません。

よく社会問題になっている一つに工場とか火葬場などが町の真ん中にあるのはけしからん、となってそれらの撤去ないし移転運動が起こり、最終的には移転させられることになっています。しかし、よく考えてみると、そもそも初めはそれらの施設は人が住んでいない郊外などに造られていたのです。ところが人口が増えたりして住宅地がすこしづつ郊外に発展し、最終的には住宅がそれらの施設を取り囲むようになり、その結果、ある日突然、そのような施設が街の真ん中にあるのはけしからんとなって、反対運動が起きるのです。確かに、昔からそこにあった工場とか火葬場にしてみれば有難迷惑なのですが、時代の流れの中にあっては逆らえませんので、致し方なく世論を呑まなくてはなりません。でも、本当はどちらの言い分が正しいのでしょうか。最終的には、そのような状況になるのをを認容してきた行政も悪いと思うのですが、このような場合、行政は知らん顔です。

似たような問題で、さらに敏感な話題になっているのが沖縄の基地問題です。そこで問題になっている基地はもともと水田地帯に造られたのですが、その後になって住宅が空軍基地を囲むように都市化し、人口増を許したために今は米軍基地が市街地の中にある状態になってしまったのです。その結果は誰でも知る通りです。しかし、現在となってはこのような説明はタブ-であり、当時の行政の無秩序的な都市計画が現在の状況を生み出したのですが、誰もそのような考えは持っておらず、もっぱら米軍基地問題として取り上げられています。このデリケトな問題はもはやそのような過去のいきさつは必要ではなく、現在の問題がが重要になっています。

そのほかにも健康関連の記事によくこれと似たような問題が見られます。例えば、最近の研究によると肥満児の味覚のうち「塩味」、「苦味」、「うまみ」に関してその感受度が低下していることが報告されています。(Arch Dis Child 2012;DOI:10.11.1136/archdischild-2011-301189) 一見すると、だから肥満児はこれらの味覚の機能が低下し、よりいろいろなものを食べる結果、太るようになるのだと考えられています。しかし、これらの味覚異常そのものが原因で肥満児になったのか、あるいは肥るがためにこれらの味覚障害が起こるのかは明らかにされていません。つまり、この場合もやはり「原因が先か、結果が先か」のよい例になるかもしれません。

このように物事の判断は、一見簡単なようですが、時の流れを通して考察すると案外問題が逆のような場合もしばしばあるものです。現実はいろいろとその判断が難しいことがあります。つまり、物事の判断に際しては必ず隠された部分があることを前提にしてすべきなのです。

前屈み人生からの脱却を 「腰上げ運動」の実践

前屈み人生からの脱却を 「腰上げ運動」の実践

  私たちの生活環境を改めて見直しますと、あることに気が付くのです。それは毎日の生活の中で、朝起きて顔を洗うのも前屈みになります。それから食事の準備、食卓で食べるとき、床に落ちているのを拾うとき、靴を履くとき、お辞儀をするとき、布団を敷くとき、などなどと例をあげたらきりがないくらい常に前に体を倒すこと、つまり前屈みの連続です。その反面、体を後ろに反り返らせることは意識しなければほとんどありません。このような生活を死ぬまで続けるので、年を取るごとに腰から上が前に、前にと倒れていくことになり、最悪の場合には上体を前に倒しながら歩くお年寄りの姿になってしまいます。

  つまり、普段から姿勢を正しくし、時折、上体全体を後ろに反らせる行動をとることが必要なのです。例えば、疲れた時とか、長く椅子に座った居た時などに自然に腰に手を当てて後ろに反り返ることがありますが、あれは体がそのような行為をする必要性を訴えているのですが、誰もそのような体の要求を正しく理解していません。したがって、その時点でその行為は終わりで、そのような行動を続けることは全くありません。

  そこで、皆さんにお勧めするのは「腰上げ運動」を毎日一回続けることです。この「腰上げ運動」のやり方は以下のようになります。
  1)まず、畳の上とか、布団の上で仰向きになり、両足を手前に引きますと、両ひざが自然に上がります。
  2)この姿勢で、腰を上下に上げ下げするのです。
  3)そしてこの運動を百まで数えながら続けるのです。いいですか、百回ですよ。
  
  この運動を毎日、一回必ず続けることです。一番簡単なのは夜寝るときに布団の上とか、ベットの上でこの腰上げ運動をするのです。

  このような運動をすることにより、脊椎を支える筋肉を鍛える事で椎間板ヘルニアを予防する事も出来ます。同時に筋肉を鍛える事で骨に加わる外部からの衝撃を緩和する事も可能になります。

  この運動は誰でもできるのですが、要は毎日続けることです。このような運動を毎日続けると約一か月後には体が楽になります。もちろん、その効果を継続させるためには姿勢を意識的に正すことも必要です。そのためには、時折、自分の体を後ろ向きになって壁にぴったりと寄せて、体の足、後部全体が壁に密着しているかどうかを調べることも必要になります。したがって、街を歩くときも姿勢を常に正しく、頭もきちんと上げて歩くことです。このような運動を続けていると腰回りの筋肉が強くなり、ぎっくり腰にもなりにくくなります。

  さらに、もう一つの運動、あるいは習慣を意識的に変えることです。それは、毎日の前屈み人生を矯正する意味で、床などにあるものを手に取るときには上体をそのまま前屈みさせるのではなく、膝を曲げて体全体の位置をまっすぐに下げてものを取り上げることです。ですから、たとえば子供に話しかけるときに前屈みになって話すのはだめなのです。かならず腰を下げて子供の視線に合わせた位置にまで、体を下げる習慣を持つことです。しかし、意外とこの習慣を継続させるのは難しいですよ。

  ともかく、この「腰上げ運動」は体の老化にも間接的に貢献します。もし、あなたが男性であれば、木刀を購入して毎日素振りの練習をすることも一つの方法かもしれません。いずれにしても毎日上体を反り返らせる運動を継続することです。いろいろな健康法が提唱されていますが、この上体を反り返らせる運動は意外と軽視されているように思えます。私は町で前かがみで歩いてい人をみると自然に体が後ろに反り返ります。

  皆さんも一度この「腰上げ運動」を継続してみてはいかがですか。三日坊主ではだめですよ。


追加(2014 May)
それにしても最近のスマトフォンやアイパッドなどの普及は物凄いもので持ってない人を探すのが難しいくらいです。でもその人たちを横から眺めていると頭部が確実に20度ちかく前にのめっているのです。そのような人たちが家に帰ればパソコンを使い、これまた頭部が前屈みになります。このような人たちが高齢になったら確実に前屈みの姿勢で歩くことは避けられません。将来の人間像を横から見たら猿のような格好に逆戻りするかもしれません。

« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »