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2012年3月の記事

2012年3月28日 (水)

薬科大学に付属病院を (**)

薬科大学に付属病院を

 

日本の特殊な教育体制の一つに薬科大学があります。日本のように数多くの薬科大学があるのは海外では全く見当たりません。これほどたくさんの薬科大学があるのは世界でもおそらく日本だけでしょう。もっとも、日本の薬学教育の歴史を知ればなぜこれほどまでに沢山の薬科大学が存在するかがわかります。海外では通常の大学の中に薬学部があるのが普通で、薬学部だけ独立している大学は皆無に近いのです。したがって、日本での薬剤師数は世界に稀な膨大な数になるとのことです。

 

さらに日本の薬学教育の特徴は明治から昭和にかけて薬剤師数がすくなく医薬分業が出来ないとの理由で、薬局向けの薬剤師教育を薬科大学の増設で補おうという考えでした。一方の大学内の薬学部は研究者養成の目的であり、しかも当時は化学中心で、その当時の大学薬学部の卒業生は薬局などには全く関心がなく、中には薬剤師国家試験などは不要のものとの考えがあったくらいです。ですから、当時の国立大学薬学部の卒業生は薬剤師の免許状を意識的に取得しない人もかなりいたのです。

 

戦後になって、アメリカの影響もあり、やっと臨床面での薬剤師の役割が強調され始め、現在に至っているのです。その間、医薬分業が曲りなりも実現しましたが、現在の薬局の形態はこれまた日本独特のものであり、欧州のように薬局は薬局であり、一つの形態しか考えられないのですが、日本はいろいろな種類の薬局があり、実に複雑怪奇です。特に、門前薬局なる存在は極めて異常です。

 

そのような関係もあって、薬剤師が薬局内での仕事から実際の医療の現場に関与、進出するようになったのはごく最近のことであり、また最近の薬学部六年制の導入とともに卒業前の薬局実習、病院実習なども制度化されています。私がロ-マ大学薬学部で勉強していたときには三ヶ月間の薬局実習があり、毎日午後から夜の九時ごろまで町の薬局での実習がありました。そこでは顧客との対応から、処方箋調剤、などがあり、稀でしたが軟膏などの調剤もありました。

 

一方、現実の薬剤師業務も薬剤師病棟配置が実用化されつつあります。また、最近になってやっと一部の薬科大学が大病院との提携を模索して、学生の病院実習を容易にするような動きもあります。これら一連の動きは薬剤師本来の業務を考えたとき当然の流れだと理解すべきなのですが、このような傾向はいまだ動き始めたばかりなのです。つまり、薬剤師が医療の現場の中で、実際に患者に直接貢献できるような環境はつい最近のことなのです。従来は病院薬剤師は病院薬局の中に閉じこもっていて患者に直接接触するような環境には置かれていなかったのです。

 

そのような環境が現実化しているときに私が昔から考えていたのはなぜ薬科大学が付属病院を併設していないのかということなのです。もし、薬科大学に医科大学のように付属病院があれば、より身近な医療環境を備えることが出来るのです。12年ほど前に業界紙(薬事日報 2000.Jan.31)にこの必要性を書いたことがあるのですが、残念ながらいまだに何らの形で発展しているような環境にはいたっていません。

 

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もし、薬科大学が付属病院を併設するようになれば世界でも誇れる薬剤師の大学教育になると思うのですが、このような発想は薬科大学教育者にはないのかもしれません。なにしろ現在の薬科大学の先生たちは昔の有機化学中心の教育を受けた人たちなので医療分野への関与はいまだ脇役くらいにしか考えていないと思います。

 

では、もしすべての薬科大学に付属病院が併設されたときのメリットは何でしょうか。たとえば以下の要因が考えられます。
 ⇒ 医療という概念を身近に理解することができ、医療への関与を中心にした考えが習得できる。
 ⇒ 病院という施設を通して医薬品の役割をより正しく理解することができる。
 ⇒ したがって、医薬品中心思考から患者中心志向への転換が容易になる
 ⇒ 病院機能をより正しく理解することが可能になり、薬剤師の現在以上に職域を拡大する可能性が広がる

 

しかし、病院を併設するとなると病院経営というビジネス的要因が学校経営に加味されてきます。したがって、よほど併設病院の特殊性、有利性などを前面に掲げないと学校経営が破綻するという可能性もあります。つまり、現在の薬学部の六年制の導入に伴いいろいろな学習項目を増設しなければならないとの安易な発想から併設病院を考えているとすると将来大きな問題を引き起こす可能性が大きくなります。ある人の話では、東北薬科大学が学生の病院研修におかねがかかるので、いっそのこと病院を買収すれば経費が節約できるとの話があるそうですが、そのような考えはまさに本末転倒的な発想で、開いた口がふさがれないと思います。

 

追記(2012 Oct 19)
  最近の新聞報道で1951年に開設された東京電力病院は、東電社員やOBだけを診療する企業立の「職域病院」で、現在、病院のベッド数は113床許可されているが、東京都の立ち入り検査の結果、約20床しか稼働していないことがわかったとのことです。このような病院を薬科大学が引き受けてはどうなのでしょうか。考えてみれば日本にはこのような規模の職域病院が多くあります。

 

追記 (2012 Nov 14)
今日の業界紙に東北薬科大学が東北厚生年金病院を購入することが報じられていましたが、表向きは理想的、画期的なものと受け止められていますが、その本音は学生の病院実習に費用がかかるので、その節約のために自分の大学に病院があればその費用が浮くという安易な考えがあるようです。しかし、このような発想ではこのプロジェクトは成功しないでしょう。でも、この大学の病院購入の内情、実情を知らない人はこの大学は先見の明があるものと理解されているようです。

 

追記(2012 Dec 17)
今日の業界紙によると京都薬科大学が京都医療センタ-と協定し、共同で務臨床研究を推進することが報道されていました。 まさに2012年はこのような動きが実際に表面化されてきた意義のある年になりそうです。この傾向がさらに進めば来年か再来年までにはほとんどの薬科大学が何らかの形で付属病院を持つことになりそうです。私が昔から唱えていたことがやっと脚光を浴びるようになったわけです。

 

追記(2015 July)
最近の報道によると私立薬科大学の実務実習に学生が病院実習または薬局実習をする場合、学生一人に平均して三十万円前後が必要とのことです。こうなると薬科大学が自分の病院を併設していればそれだけの膨大な費用が要らなくなるのです。考えてみれば東北薬科大学はそのような膨大な出費を節約でき、しかも対外的には病院を併設しているのですよと宣伝も出来るわけです。


追記(2020 Dec)

最近は薬機法などの導入など、薬剤師の領域は医療関連に重点が置かれるようになりつつあり、極言すると「医薬分業」から「医療分業」に進展しつつあるのではないでしょうか。そうなるとやはり薬科大学に付属病院を併設する意義があるのではないでしょうか。

 

追記(2022 June)< >

最近の報道によると、 文部科学省は、薬学教育モデル・コアカリキュラムを2022年度に改訂し、24年度入学生から適用するスケジュールを固めた。医療職種に必要な素養を項目として盛り込むことで、並行して改訂される医学、歯学のコアカリと足並みを揃える。臨床教育を重視した内容にすることなどを求めた。厚生労働省検討会による提言案の反映については、「これからの検討課題」としている。 こうなるとやはり薬科大学に附属病院が設置されるべきかもしれません。

 

 

 

 

 

 

2012年3月16日 (金)

国外での自国民に対するベルギー政府の対応

国外での自国民に対するベルギー政府の対応

スイス南部バレー州シエレ周辺で3月13日夜、ベルギーの小学生らを乗せた貸し切りバスがトンネル内の側壁に衝突し、炎上した事故があり、22人の子供を含む乗客と運転手の計28人が死亡、24人が負傷しました。小学生らはスイス・アルプスでの約1週間のスキー合宿を終え、この日、ベルギーに帰る途中だった。この事故でベルギー政府のとった緊急対策は、すくさまベルギーからスイスのジュネーブに被害にあった子供たちの両親をチャター機で送り届け、また国全体が一日の喪に服することを決めました。

このベルギー政府の迅速、かつ人道的な対応について考えたことは、もし似たような事故が日本の小学生や中学生の団体が海外、たとえば韓国や台湾、で重大なバス事故に遭い、何人も死亡するような事故に際して、果たして日本政府は即座に日本から海外にチャター機を飛ばし、事故に遭った学生の家族を日本から現地に送るような対応をとるでしょうか。答えは、おそらく否でしょう。

でも、なぜそのような人道的な扱いに大きな差が出る可能性があるのでしょうか。確かに、欧州は狭いのでそのような対策が迅速にとれるのかもしれません。あるいはベルギーのような小さい国だから全体的にも纏まりやすいと考えられるのかもしれません。しかし、それだけでベルギーと日本との違いを説明することは困難でしょう。そこにはやはり日本の政府、政治家とベルギーの政府、政治家の対人道・倫理感の相違が感じられるのかもしれません。

もっとも、私がいつも主張しているように日本は海外での邦人に対する支援、援助は原則として海外の政府にお願いしているとの暗黙の理解があるのかもしれません。この際、もういちど日本の旅券に記載されてある文面をよく熟読・理解てみてはどうでしょうか。

ちなみに、インタネットで検索し、以下のようなベルギーの小学生の事故に似たような例を見つけましたが、ここには日本政府の関与は全く記載されておらず、おそらく家族が日航機をチャーターしたものと推測されます。

昭和63年3月24日、上海で起きた高知学芸高校の修学旅行生の乗った事故である。一行193人を乗せた列車は別の列車と衝突、引率の教諭と生徒27人が死亡した。この年中国に修学旅行に出た高校は45校1,1419人、この事故の影響により翌年には8校、3,550人と減少している。事故は日本時間午後3時に発生、無事だった先生と生徒120人は上海市内のホテルに待機した。193人の内訳は生徒179人、教師9人、医師、カメラマン各1人、添乗員3人。負傷者の37人が7つの病院に収容された。また高知学芸高校の教員と生徒の家族156人を乗せた日航チャーター便は、25日夜上海入りし、負傷者の家族は病院へ、遺族は市内の竜華火葬場へ駆け付け、27遺体と対面した。なお遺体は日本総領事館の要請で、損害のひどい遺体はできるだけ、対面できる姿にするように心掛けたという。

  このチャーター便は無事だった生徒128人、教員2人、生徒家族15人、交通公社職員1人を乗せて同日午後10時過ぎに高知空港に到着した。空港内では母親ら関係者他、300人を越す報道陣が詰め掛けた。
  外務省は25日、負傷して上海市内の病院に入院中の高校生を援護するために、日本人医師3名を派遣することに決め、26日午前成田を出発した。

  26日朝、遺族ら約80人は列車事故現場に訪れた。午前10時、マイクロバス5台に分乗した遺族らは現場に到着すると、日本から持参した花束や菓子を持って、線路脇に転がる車両に駆け寄り、花を供えて合掌した。現場では中国鉄道局関係者から謝罪の言葉を述べた。27人の遺体のうち、遺体の損傷の激しい3人の遺族は上海で荼毘にすることを希望、このため3人の遺体は26日午後6時竜華火葬場で仮通夜が行なわれ、日本から派遣された僧侶の読経をすませたあと、荼毘にふした。竜華火葬場は上海中心街から西南の方角にあり、中国革命の烈士の墓が近くにある。

2012年3月14日 (水)

長期使用の医薬品の安全性情報収集

長期使用の医薬品の安全性情報収集

医薬品の従来の安全性情報は副作用自発報告に左右され、実際に副作用自発報告により表面化する副作用のほとんどは短期間の投与時に起因する副作用である。ここで短期間といったのは通常の治療期間を意味し、通例の疾患の医薬品治療期間は数週間以内であり、数か月以上にもわたる治療はがん疾患を除けば極めて少ないとも考えられる。

しかし、通常の医薬品でも個人の判断で長く使われる例はまれではない。例えば、女性の場合の頭痛に対して使われる医薬品は数か月、数年にわたって使われる例は稀ではない。また、睡眠薬も似たような状態で習慣的に年単位で使われている場合もある。つまり、抗がん剤のような意図的に長期にわたり、しかも医師の監督のもとに使われている医薬品を除けば、通常の医薬品での長期使用例での安全性情報は通常の副作用自発報告制度からは挙がってこない。

例えば、薬剤疫学研究はこの種の医薬品の副作用を検出するのには役に立つが、そのような薬剤疫学研究を自発的に企業が行うことはまず考えられない。この種の研究は公的機関とか大学関係者のような企業外の研究者によるのがほとんどである。つまり、そのような安全性に関しては、企業が行うファルマコビジランスの対象にはならず、なにか社会的な問題になった時になってはじめてレギュラトリサイエンスの対象になるのが普通である。

例えば、最近の報告によると通常の睡眠薬を長く使っている人たちの死亡率、がん発生率が非使用者に比べて三倍近くの高率であることが報告されている。
BMJ Open 2012.2.e000850doi
Kripke DF, Langer RD, Kline LE Hypnotics‘ association with mortality or cancer: a matched cohort study

このように考えると、今後は長期に使われる可能性の高い通常の医薬品の安全性情報の収集方法をも念頭に置いたシステムを確立する必要がある。ただ問題の一つはそのような長期にわたる医薬品の投与を可能にしている医師による処方箋発行の実態をどのように把握するかが大きなキ—ポイントになる。一般的な傾向としてはそのような長期にわたる処方箋の存在をどのようにして把握できるのかという難問が介在する。また、そのような長期にわたる処方箋を交付している医師の安全性に関する関心度は全体的にみれば極めて低いのも大きな問題である。

混合女性ホルモン剤の長期投与による乳がん発生の関連性のように社会的に取り上げられない限り、企業はそのような薬剤疫学研究は実施しないのが普通である。

ファルマコビジランスの大きな欠点のひとつに年単位の長期にわたる医薬品投与の副作用の検出がある。つまり、通常の副作用自発報告制度からはこのようなタイプの副作用報告を期待するのはまず絶望的である。そのような目的には薬剤疫学研究が大きな役割を果たすことになるが、ここでの問題は誰がそのような研究をするのかということである。この種の研究をプロスベクティブにするには時間、予算などの大きな障害が伴うので、レトロスベクティブな研究のほうがある意味では効果的である。


その他にも、低用量アスピリンの長期使用による副作用として眼の黄斑部変性aging macula disorderが報告されている。(Association between aspirin use and aging macula disorder.
Ophthalmology. 2012; 119: 112-118) ただこのような研究ではその信憑性が疑問視される可能性がある。この場合にはaging macula disorderが確認された患者の過去におけるアスピリン服用調査であり、アスピリン服用の実態は必ずしも保障されるようなものではないが、ある意味ではアスピリンの長期使用に対して黄信号が出たとも理解することは可能かもしれない。
http://www.ophsource.org/periodicals/ophtha/article/S0161-6420(11)00568-9/abstract

基本的にはこのような黄信号にたいして、企業あるいは大学研究者は何らかの形でプロスベクティブ研究を実施する意義、いゃ倫理があるが、そのようなことを望むのは無理があるかもしれない。

2012年3月 9日 (金)

現象情報医療から個別情報医療へ

現象情報医療から個別情報医療へ

現在の医薬品治療は極言すれば、いまだに「やった、効いた」、つまり、医薬品をある疾患を有する患者に投与し、その結果を判断する、というのが基本である。医薬品の開発の場合には確かに二重盲検試験が行われ、プラセボとの比較により、統計的にその有効性が認められ、さらにその安全性にも問題がなく、したがってその医薬品の有用性あり、と判断され、許認可され、市販されることになる。これら一連の過程は科学的に証明されていることとして認識されてている。しかし、実際の医療の現場での医薬品の使い方は、ともかく患者に投与して有効性が主観的、客観的に認められればそれで治療が終わりとなる。つまり、このような一連の流れは治験時の「科学的」な判断とは裏腹にまさに「現象論的判断」である。すなわち、極言すれば医薬品を「やった、そして効いた」の判断である。これはまさに現象情報医療にすぎないといっても過言ではない。もちろん、すべての臨床医がそのような安易な判断だけで治療しているわけではないが、多くの臨床医はそれぞれの患者での医薬品投与の経過を綿密に観察しているわけではない。

一般的に、該当医薬品が有効でない場合には、他剤に切り替えて効果を見ることになる。そのような場合でも何らの科学的、医学的判断はあまり介入されない。例えば、なぜこの患者には効かないのだろうかとの医学的裏付け調査はなされない。したがって、市販後の段階ではまさに現象情報医療そのものが大半であるといっても過言ではない。

  このような古典的な医療形態から脱却し、より正確に医薬品治療を行うことは最終的には個別情報医療、personalized medicinal treatmentになるもので、最近はそのような観点からの研究、最終的には遺伝子レベルまでの介入が進行している。

それまでの中間的な調査として、たとえば厚労省が1999年から113億円という膨大な予算を投入して「薬剤反応性調査試行的事業」が施行されたが、その結果は単なる事実の解明におわっているといっても過言ではない。たとえば、この事業のひとつとして取り挙げられたマレイン酸エナラプリルの調査では、血圧降下度を予測する因子としてレニン活性およびアンジオテンシンII濃度が有効性判定に関連していることが分かったとされている。また、安全性としての咳嗽の発生にもレニン活性が関係しているとのことであった。これらの関連性は臨床薬理学的には周知のことである。しかし、この程度の調査結果ではとても個別化情報としては役に立たない。したがって、もう一段とその研究レベルを掘り下げて、レニン活性がどのような値の場合には有効性がなんパ-セント向上するのかといったレベルまで調査されるべきではないだろうか。

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