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2011年12月20日 (火)

ISS留学と衛試支部ニュ-ス

ISS留学と衛試支部ニュ-ス

最近はいろいろな略語が使われていてひとつの略語でもいろいろな意味があります。例えば、ISSと書いても検索すると留学相談のホ-ムペイジだったりして、なかなか自分の目的とするところにたどり着くのにけっこう時間がかかります。

ここで私が書いているISSはイタリアの国立高等衛生研究所Istituto Superiore di Sanitaの略なのです。この研究所には昔私が二年ほど留学していたのです。なぜ、今頃になって昔々の話をもち出した契機は私が昔勤務していた国立衛生試験所、略して国立衛試、内で発行されていた組合の衛試支部ニュ-スが国立衛試の所内報に格上げ((o^-^o) )されているのを知ったので、それでは私も昔にこの「所内報」にこのISSのことを書いたことがあるのを思い出して、昔のファイルからその記事を引用し、その内容にまつわる昔話をここに紹介する訳です。(衛試支部ニュ-ス 第76号、1963.9.12 「ロ-マの研究所雑感」)

1960年代までは日本から多くの人がアメリカに留学していました。当時、日本人が海外留学といえばそのほとんどがアメリカで、欧州に留学する人はあまり多くはありませんでした。それでも、当時の国立衛試から私とほぼ同じ時期にフランスに留学した竹中祐典さんがいました。また大学関係者ではそのころはミラノにあるIstituto Mario Negriが有名で、そこには慶応の加藤隆一さんもおられました。ところで、私がいたISSにはおそらく私が最初で、最後の日本人留学生であるかも知りません。

この研究所は日本の国立公衆衛生院と同じくアメリカのロックフェラ財団の寄付で建てられた立派な研究所なのです。

この研究所にはその所長に当時のノ-ベル賞受賞者がなっていたりし、今でもそうですがイタリアでは最高の研究所なのです。この研究所はロ-マ大学の裏側にあり、私は特別の許可を貰って二時以降になってから昼食をとるためにロ-マ大学の学生食堂で学生たちと混じって食事することが出来ました。といいますのはこの研究所には食堂がないのです。イタリアの官庁は朝から午後二時までで、それからみんな家に帰って昼食をとります。

今となっては本当によき思い出になります。ともかくこの研究所は午後の昼食以降は自由出勤だったので私は毎日この研究所の図書館に入りびたりで、いろいろな文献をコピ-し、タイプライタ-でまとめたことがありました。

Iss_foto_2

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