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2011年12月の記事

2011年12月24日 (土)

OTC配合剤の妥当性

OTC配合剤の妥当性

一般的にOTC薬には意外と配合剤が多いです。とくに、風邪薬とか、胃腸薬などにはいろいろな成分が入った配合剤が殆どです。そのような製剤の許認可基準がどのようになっているのかは調べたことがないので分かりませんが、厳密な意味での比較試験等のデータはないのではないでしょうか。例えば、日本で使われているサリドンエ-スの成分は次のようになっています。

2錠中の成分
       成分 分量
日局 エテンザミド 500mg
日局 アセトアミノフェン 220mg
日局 ブロモバレリル尿素 200mg
日局 無水カフェイン 50mg

ここで、比較試験と言うのは、例えばこの中にアセトアミノフェンがなぜ220mgになっているのか、200mgでは効果が違うのか、あるいは無水カフェインが70mgではだめなのか、等などいろいろな組み合わせが考えられますが、そのような比較試験データは存在しないでしょう。つまり、上記の配合が最適で、もっとも効果が高いとのエビデンスはないと思うのです。

なぜ、このような疑問を投げかけたと言いますと、実は十年以上前にスイスの行政当局がまさに私が考えていることと同じ発想で、それぞれの企業に対してそのような配合基準の臨床的正当性データの提出を求めたところ、それまでいろいろな配合剤を製造販売していた企業は一斉に単剤製品に切り替えてしまったのです。それも従来の成分とは全く異なった単一有効成分にし、その製品名は殆ど変えず、従来の名前とあまり変わりがなく、素人にはそのような内容変更はあまり周知されていません。例えば、以下のようになってしまいました。

Saridon(paracetamol, propyphenazone, caffeine)→ Saridon N(ibuprofen)
Tonopan(ergotamin, propyphenazone, caffeine) → Tonopan new form(diclofenac)
Treupel =(acetylsalicylic acid, paracetamol )   → Treupel Dolo(ibuprofen)

このような事実は意外と日本では知られていませんが、今後の日本のOTC剤製造の参考になるのではないでしょうか。

でもこのような点に関して、医薬品情報学会とかレギュラトリサイエンス学会あたりが取り上げるべきだと思うのですが、このような見直しは誰も関心がないようです。

2011年12月22日 (木)

タミフル使用中止要望書について思うこと (*)

タミフル使用中止要望書について思うこと

タミフルに関しての最近の報道でタミフルによる死亡例を疫学的に検討した結果、タミフル服用と死亡例との間には関連性が極めて高いので、タミフルは危険であり、したがってその使用中止が要望されています。今回はタミフル服用と突然型死亡例との因果関連があるとのことです。そこには厚労省がPress Releaseした新型インフルエンザに罹患後死亡した全198人中、初回受診中までには、人工呼吸器を必要とするほどの状態悪化が認められなかった162人について解析されている。

しかし、重大な副作用を起こしたから、危険であり、したがって、その使用を中止せよ、というのは一理があるかも知れないが、何故ごく一部の患者のみに発生したのかとの解明がなされなければあまり意味がないのです。とくにタミフルの場合は世界的に膨大な量が使われているにも関わらず、なぜか異常行動とか今回取り上げられた突然死等はほとんどが日本だけなのです。

インフルエンザ治療というその対象群が流行時には膨大な数にも上るような医薬品の場合にはそのベネフィットとリスクとの対比が極めて重大であるにも係らず、ベネフィットは全くないように評価されているのは何故なのだろうか。タミフルは本当に全然有効性がないのだろうか。このタミフルのような場合にはなおさらリスク・ベネフィット比評価が必要なのではないだろうか。しかし、企業も学者も学会も誰もがこのような評価について研究することにはまったく関心を示していない。

危険だから中止すべきという考えは極めて短絡的であり、今の時代では古典的でもあると考えるべきである。
確かに、行政がPress Release発表している新型インフルエンザ感染患者の死亡についての症例報告は極めて簡単な記述であり、とても個別因果関係評価するには不十分なデータばかりである。そこには時間的な情報は皆無に近い。ましてや、患者の基礎疾患についての情報は極め大事であるにもかかわらず、病名のみの記載だけである。

例えば182例目の症例データは以下のようになっている。

1月18日(月)発熟のため医療機関受診。インフルエンザ迅速診断、キツトA (ー) B (ー)
1月21日(木)熱が持続し呼吸苦増強したため、再度、医療機関受診。
インフルエンザ迅速診断キットA (+)反応弱。 肺炎が認められたため入院。
タミフル及びリレンザが処方される。
1月23日(土)熱40゜C以上持続。
1月28日(木)状態悪化にて、8時54分死亡を確認。
1月29日(金)衛生環境研究所でのPCR検査の結果、新型インフルエンザと確定。

この症例では発熱から四日目にタミフル、リレンザが投与された。タミフルの用法、用量は全く不明で、何回服用したのかもまったく不明、ましてや23日から 28日までのタミフルの用量も不明。しかも高熱と推定される状態が十日近くも継続と推定、その間に肺炎の診断。
これでは個別因果関係評価は不可能で、したがって疫学的な因果関連評価に依存するほかない。

この症例で高熱がタミフルによるものと判断するには無理があり、また、肺炎が認められた時点でタミフルが投与されていたと推定されるので、肺炎もタミフルとは関係がない。従って、この症例での死亡にタミフルが関与しているとの疑いは極めて薄い。(それゆえに突然死?) この症例の死因は基礎疾患(慢性腎疾患、肥厚性硬膜円)の増悪によるものと報告されており、そして関連要因としてインフルエンザ肺炎が括弧書きで記入されている。果たして、この症例もタミフルに起因する突然死なのだろうか。突然死というのは素人的な解釈でも心疾患以外にもあるのだろうか。突然死イコル心臓疾患と考えると、タミフルには心毒性があるものと断定されなければならない。しかし、このような考えは間違いであり、どこにも「突然死」とは記載がなく、「突然型死亡」と非常に巧妙な表現が明記されているからです。つまり、これらの症例は「突然死」ではないのです。「原因不明の予想外の死亡」であってどこにも突然死なんていう表現は使っていないのです。もっとも、この症例などを含めた英語の論文ではearly deterioation leading to deathとなっていて、どこにも sudden deathなんて書いてないのです。なかなかうまい表現を使っています。でも「原因不明の予想外の死亡」は突然死とは違うのでしょうか。

しかし、結果的にはこのような症例もタミフル服用による死亡例とされている。つまり、たとえ、症例の詳細なデータがなくともこの症例がタミフルに起因する死亡例と断定する個別因果関係評価ではできないにもかかわらず、疫学調査の対象にされ、結果的にはこの死亡例もタミフルによるものと因果関連、いゃ、因果関係ありと評価されてしまっている。(causal relationと causal associationとではその持つ意味がかなり異なるのです)

このように、一部の患者にのみに異常行動とか死亡がなぜ発現したのか、そのメカニズムの解明が本来必要なのであるが、この点に関しては誰も関心を示さない。タミフルは体内での代謝が低くオセルタミビルの四分の一以上が代謝されずに体内を循環し、その結果毒性が発揮されるといわれている。医薬品そのものの毒性が直接関与する副作用の場合にはいろいろな条件下で通常の場合では起こりえない異常吸収、異常代謝、異常腸管循環、異常体内蓄積などいろいろな予想外のことが起こり、その結果一部の特定の人にのみそのような重大な副作用がおこると考えるのが常識である。

従来の医薬品そのものが直接関与している薬害の場合(その典型例はスモン)にはこの特殊要因の解析なしに終わっているのが大部分である。したがって、タミフルの場合もなぜ一部の人(そのほとんどが日本人)にのみそのような異常反応がおきたのかとの解明がなされず、ただ単なる現象論的に判断している状況は現在のようなハイテクの時代では極めて古典的な因果関連評価であり、将来的にはこのような状態、環境が今後もさらに続けばいずれまた薬害が起こるかも知れない。

まぁ、インフルエンザに罹って少しぐらい高熱が続いても安静にし、十分に水分を補給して寝ていれば数日すれば治りますとの説明は基本的には正しいので(事実、私はそのようにしています(o^-^o) )、くすりは飲まない方が安全ですよということは、一般論的には正しくとも果たして一般の人に素直に受け入れられるものでしょうか。でも、子供とか高齢者が高熱でぐったりしているときにもこのような対応を薦められるだろうか。もっとも、薬だけを見ていて患者を診ていなければこのようにも言えるかもしれませんが・・・・。

追記(2012 Nov)

 最近の報道によるとタミフルの製造もとのロッシュ社はタミフルの臨床試験の半数以上が公表されておらず、直ちに公表すべきとされ、EMEAからの指摘に際し、ロッシュ社は2009年に全部の臨床権デ-タ公表の約束をしていながらいまだに公表されていないとのことです。もしかしたら、ネガティブなデ-タがあるために公表できないのかも知れません。その後の進展が知りたいものです。

2011年12月20日 (火)

副作用の因果関係評価と因果関連評価

因果関係評価と因果関連評価

ファルマコビジランスの分野では副作用個別症例の因果関係を検討することは普通ですが、その場合は因果関係評価(assessment of causal relationship)となります。つまり、いろいろなエビデンス情報を考慮、参照して該当医薬品と副作用症例との間に因果関係があるかどうかを検討、判断することです。

しかしながら、このような個別の因果関係評価が基礎疾患などとの鑑別疾患の問題、集団発生等のような場合にはレトロスペクティブに該当医薬品投与群と非投与群との間での群間比較を行いその統計的な有意差から全体像の中での因果関係があるかどうかの検討がなされる。これは薬剤疫学調査により因果関係があるかないかを推定することになると理解されています。

その典型的な例が昨年に問題となったインフルエンザ予防・治療に使われたタミフル投与と子供の異常行動発生、飛び降り自殺の場合があります。この場合には、なぜかそれぞれの個別症例の詳細な因果関係評価がなされたことは少なくとも公表されていません。

この場合には薬剤疫学調査の結果を踏まえてタミフルは異常行動を引き起こすと判断されていました。ただそこで問題なのはこの薬剤疫学調査の結果を踏まえて、だからそれぞれの個別症例での因果関係も全く問題なく100%証明されたものとして議論されていました。

でも、このような薬剤疫学調査による結論は因果関連性評価、(assessment of causal association)であって、この結論ですべての個別症例の因果関係も証明されたことにはならないのですが、殆どの人は因果関係評価と因果関連評価とは同じと考えてしまうのです。日本語表現ではあまりその違いが明確に伝わらない傾向が強いのですが、英語でのassociationと relationとの間には明確な違いがあるのです。

たとえば、以下のようなタイトルは文字通り、その違いを意識してassociationという表現を使っています。
Hypnotics' association with mortality or cancer: a matched cohort study
(BMJ Open2012:2]e000850 doi:10.113610.1136)

つまり、薬剤疫学研究では因果関連を評価することはできるが、因果関係を評価することはできないと考えるべきなのですが、一般的には誰も「関係」と「関連」とを同義語扱いにしています。もっと正確に表現すると「薬剤疫学研究では全体的な因果関係評価、つまり因果関連評価は出来るが、だからと言ってその結果を以ってそれぞれの個別症例についての因果関係も確立される、わけではないのです」

よく言われている、喫煙と肺がんとを研究した疫学調査では喫煙と肺がんとの間には因果関連性があるが、因果関係はあるとは言えないのです。つまり、個別の患者での両社との関係評価は因果関係評価となり、そこではいろいろな患者の情報を考察した結果、喫煙と肺がんとの間には明確な因果関係があると判断することになるのです。

もっとも、疫学調査の結果、ある事実が判明したときにはその関係はlinkという表現もよく使われます。例えば、食習慣と疾患発生との関連性について疫学調査するような場合、その関連性が極めて強い時などこのlinkという表現が使われます。この表現はassociationと同じ程度の意味を持っていますが、どちらかというとassociationよりは少し意味が弱いかもしれません。
  Link < association < relation

Low-Carb, High-Protein Diet Linked to Increased CV Risk in Women

Women who regularly follow a low-carbohydrate, high-protein diet face increased risk for cardiovascular disease, according to a prospective, observational study in BMJ.
Some 43,000 Swedish women, aged 30 to 49 and without previous cardiovascular disease, completed questionnaires that assessed their habitual dietary patterns. During roughly 16 years' follow-up, 1270 CV events occurred.
After adjustment for confounders such as BMI, smoking status, physical activity, and saturated fat intake, the risk for CV events increased significantly as carbohydrate intake decreased and protein intake increased. In particular, for each 2-unit increase in a low-carb, high-protein score (on a scale of 2 to 20), women had a 5% increase in CV risk.
Editorialists conclude: "The short term benefits of low carbohydrate-high protein diets for weight loss that have made these diets appealing seem irrelevant in the face of increasing evidence of higher morbidity and mortality from cardiovascular diseases in the long term."
Link(s):
BMJ article (Free) http://click.jwatch.org/cts/click?q=227%3B67695742%3B09tRNZRSdURhvm5u6NZlKKw4rI3RLRctCPyffE4OyqM%3D

そのほか次のような疫学調査でも関連という表現が使われています。

、「フタル酸と糖尿病の関連を探索するうえで重要な結果だ。フタル酸は糖尿病治療に使われる医療器材や薬剤にも含有されているが、それは女性の糖尿病患者においてフタル酸濃度がより高いことを説明するといえるだろう。いずれにせよ、さらなる研究は必要だ」と述べている。 同研究には、対象女性の糖尿病履歴は自己申告に基づいたという限界がある。また、今回の結果は糖尿病とフタル酸の関連を示したもので、因果関係を明らかにしたものではない。
[2012年7月13日/HealthDayNews]Copyright (c) 2012 HealthDay.

そのほかにも、以下のような報告があります。
米国の若者16万4,000人近くのデータを分析した結果、約21%が小児期に7回以上の抗生物質の処方を受けており、これらの群の15歳時の体重は、抗生物質を使用しなかった群よりも1.4kg多かった。Schwartz氏らによると、頻繁に抗生物質を使用した人にみられる体重増加は、完全なデータがないためにこれまで過小評価されていた可能性があるという。
 以前の研究では、抗生物質の反復使用が消化管の細菌バランスを永久に変えることが示唆されており、これが食物の分解方法を変え、吸収されるカロリー量が増加し、体重増加につながるという。ただし、今回の研究は抗生物質の使用と体重増加の関連性を示したに過ぎず、因果関係は示していない。
つまり、このような疫学調査では因果関連性があるとすることはできるのですが、実際にはいろいろな要因が関与しているし、この場合には体重差が1.4kgでは、関連性があるかもしれないと思うのです。

ISS留学と衛試支部ニュ-ス

ISS留学と衛試支部ニュ-ス

最近はいろいろな略語が使われていてひとつの略語でもいろいろな意味があります。例えば、ISSと書いても検索すると留学相談のホ-ムペイジだったりして、なかなか自分の目的とするところにたどり着くのにけっこう時間がかかります。

ここで私が書いているISSはイタリアの国立高等衛生研究所Istituto Superiore di Sanitaの略なのです。この研究所には昔私が二年ほど留学していたのです。なぜ、今頃になって昔々の話をもち出した契機は私が昔勤務していた国立衛生試験所、略して国立衛試、内で発行されていた組合の衛試支部ニュ-スが国立衛試の所内報に格上げ((o^-^o) )されているのを知ったので、それでは私も昔にこの「所内報」にこのISSのことを書いたことがあるのを思い出して、昔のファイルからその記事を引用し、その内容にまつわる昔話をここに紹介する訳です。(衛試支部ニュ-ス 第76号、1963.9.12 「ロ-マの研究所雑感」)

1960年代までは日本から多くの人がアメリカに留学していました。当時、日本人が海外留学といえばそのほとんどがアメリカで、欧州に留学する人はあまり多くはありませんでした。それでも、当時の国立衛試から私とほぼ同じ時期にフランスに留学した竹中祐典さんがいました。また大学関係者ではそのころはミラノにあるIstituto Mario Negriが有名で、そこには慶応の加藤隆一さんもおられました。ところで、私がいたISSにはおそらく私が最初で、最後の日本人留学生であるかも知りません。

この研究所は日本の国立公衆衛生院と同じくアメリカのロックフェラ財団の寄付で建てられた立派な研究所なのです。

この研究所にはその所長に当時のノ-ベル賞受賞者がなっていたりし、今でもそうですがイタリアでは最高の研究所なのです。この研究所はロ-マ大学の裏側にあり、私は特別の許可を貰って二時以降になってから昼食をとるためにロ-マ大学の学生食堂で学生たちと混じって食事することが出来ました。といいますのはこの研究所には食堂がないのです。イタリアの官庁は朝から午後二時までで、それからみんな家に帰って昼食をとります。

今となっては本当によき思い出になります。ともかくこの研究所は午後の昼食以降は自由出勤だったので私は毎日この研究所の図書館に入りびたりで、いろいろな文献をコピ-し、タイプライタ-でまとめたことがありました。

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2011年12月12日 (月)

衛試支部ニュ-ス とエスプレッソの最初の文献

現在の国立医薬品食品衛生研究所は私が勤務していたころは国立衛生試験所、略して国立衛試、でした。ここには全厚生職員労働組合国立衛生試験所支部があり、その支部のニュ-スが「衛試支部ニュ-ス」であり、定期的に発行されていました。私はそこに1964年と1963年に二回ほど雑文を書きましたが、当時はガリ版刷りの印刷物でした。

この衛試支部ニュ-スはいわば組合のニュ-スであり、衛試の公式な定期出版物「国立衛試彙報」、現在の「国立医薬品食品衛生研究所報告」、とは全く異なるのです。この彙報はこの衛試の正式な所内報であり、前記のニュ-スは所内の正式な研究報告所内報としては通用しないと思います。まぁ、広い意味では「所内報」と称しても間違いではないかもしれませんが、れっきとした学術的な「彙報」が存在するので、非常に紛らわしくなります。

ところが、レギュラトリ・サイエンスに関する論文の中でこの支部ニュ-スが引用されていますが、この内容については本人以外は現物を入手するのは難しく、したがつて現物はおそらく誰も自由に読めないはずです。

ところが、最近の該当者のホ-ムペイジにはこの「支部ニュ-ス」が「所内報」という表現に置き換えられています。これは明らかに意識的な誤記、あるいは不正表示とも受け止められます。

もし、この様な安易な誤記が許されるのなら、私が当時この組合ニュ-スに書いたものの一つが「カッフェ放談」があり、そこにイタリアの「エスプレッソ」のことにも触れていますので、日本でこのエスプレッソについて書かれているので、正式な文献的な記録として残っている最初の記事になるかも知れません。それもこの衛試の「所内報」に載ったことになります。(o^-^o) まぁ、ある意味では私の雑文の地位が向上したことにもなります。ちなみに日本にエスプレッソが導入されたのは1959年に京都の「ちきりや」がエスプレッソの機械を輸入して一般にエスプレッソを提供したとか。

もっとつもそれ以前の戦後間もなくの時代にイタリア海軍のコックで日本を訪問していたときに日本で終戦を迎えたアントニオ・カンチェミ氏が大阪でイタリア・レストランを開業し、最初のエスプレッソの機械をイタリアから日本に導入してエスプレッソを提供したとも言われています。、

注  イタリアでカッフェ(コ-ヒ-のこと)といえばエスプレッソのことであり、日本で普通に飲むコヒ-はイタリアではアメリカのコヒ-(caffe americana)のことで、イタリア人は誰もそのような水のようなものは飲みません。イタリアでのエスプレッソはごく少量であり、一気に全部飲めるくらい量が少なく、しかも砂糖なしでは日本人にはとても飲めないほど苦いのです。本当のエスプレッソはコヒ豆のいりかたそのものが普通のコヒ用の物とはことなるのです。
イタリア人は朝食の代わりにこのエスプレッソをバアで飲んで会社に行く人もいるのです。それは当然で、イタリアでの夕食は夜の九時くらいなのは普通なので朝はあまりお腹がすいていないからです。

2011年12月 3日 (土)

沖縄基地問題は成田空港で解決できないか(**)

東日本大震災で発生したがれき処理について各都道府県の協力が求められ、やっと東京都とか静岡県自治体がその受け入れを前向きに検討していることが報じられている。しかし、全体的にみればがれき処理問題はいまだ未解決であり、こんごの自治体の動き次第である。

この問題を考えたとき沖縄基地の問題と共通性があることに気が付く。つまり、沖縄基地もがれきも当事者以外にはその存在の痛みを実感できず、極言すれば他人の出来事であり、自分は関係ないという心理が大きく働いているのではないだろうか。

つまり、沖縄基地は沖縄県の問題、福島のがれきは福島県の問題と考え、その問題、痛みをお互いに共有して一緒になって解決策を解検討しようとの動きはほとんど見られない。このような場合には通常の対策ではなく、解決に向けた常識外の発想が必要になる。

例えば、羽田空港の国際化に伴い、沖縄の基地を成田空港に移転するといった誰もが考えないような発想が必要ではないだろうか。現在の成田空港は世界で一番アクセス環境が最悪のものであることにはまったく変わりがない。このような空港は日本の行政の恥でしかない。いっぽうの羽田空港は今後の拡張の可能性もあり、都心に近くこれほど便利な空港は世界でもまれかもしれない。したがって、この際、沖縄のこじれた問題を一挙に解決するという大前提にたてば、成田空港を沖縄基地の移転先に決められないものだろうか。この際、政府、茨城県も真剣に検討してほしいものである。

なお、沖縄の基地問題で取り挙げられているいろいろな問題のの一つに現在の沖縄で問題になっている基地はもともと水田地帯にあったが、その後、沖縄県が米軍施設を囲むように都市化と人口増を許したために今は市街地の中にあることである。その結果、市街地の真ん中にそのような基地があるのは怪しからんとなっていることである。このような背景情報は誰も取り上げないで、結果論的に非難されている。この原因と結果の関連性問題はなにも沖縄基地に限らず、たとえば、昔はたとえば墓地とか焼却場が町から離れたところにあったのが、住宅街の拡大で、最終的にはその墓地や焼却場を囲むようになり、いつの日かそのような墓地とか焼却場が市街地の真ん中にあるのは怪しからんとなるのと相い似ている。したがって、最終的にはやはり行政の責任にもなる。

追記(2012 Oct 30)
石原都知事がいよいよ国政に乗り出すようですが、彼の過去の経験から言えば、現在の羽田空港を今以上に拡大し、成田空港址を在日米軍基地に変身させることはできないものだろうか。

追記(2015 Nov 25)

最近の「週間朝日(2015/12/04)」に「基地引き受けは本土国民の責務」の記事が゛ありますが、これはまさに正論だと思うのです。
沖縄の米軍基地を本土にとの提唱は「総論賛成、各論反対」の典型例だと考えられるのです。私が前から主張している成田空港が最適だと思うのです。あれほど不便な国際空港は世界にも稀なのですが、誰もそのような提言はしていません。
やっと最近になって成田空港入り口の検問所が静々とやっと閉鎖されました。私が主張、問い合わせなどしてからなんと数年以上も経っていました。この際、一挙に成田空港を廃止し、その機能を羽田空港に移転し、成田に米軍基地を盛ってくれば一石二鳥になるのだが・・・。

私の架空発明(12) 自動車のブレ-キ・ライトを前にも

自動車を運転していて、ブレ-キを踏むと車体の後部に赤ライトが点くのは誰でも知っています。それは後ろから来る車に対して、ブレ-キを踏んでいますよとの注意信号になり、衝突を防ぐ目的があります。

ところが、横断歩道では目の前に歩行者が歩いているときにはやはり運転手はブレ-キを踏まなければなりません。それは当然で、横断歩道を歩いている歩行者は優先権があるからです。ところが歩行者の立場になってみると横から来る車が、歩行者を意識してブレ-キを踏んだかとうかは皆目見当もつきません。

それで考えたのですが、自動車の前にもブレ-キ・ライトを歩行者が見やすい場所に設置することです。こんな簡単な装置でも歩行者にとってはかなり役にたつのではないでしょうか。このような簡単な装置で、歩行者の安全が少しでも得られるかもしれません。

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