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2011年11月の記事

2011年11月30日 (水)

三剤配合剤と多剤投与

最近は三剤配合剤のラッシュの感じがします。例えば、今年2011年の11月にNovartisは高度の高血圧を治療する目的で、aliskiren, amlodipine, hydrochlorothiazide(HCTZ)の三剤配合剤RASITRIOがEUで許可されている。この配合剤は
   Aliskiren300mg+ amlodipine10mg vs RASITRIO
Aliskiren300mg+HCTZ25mg vs RASITRIO
との比較試験で効果に有意差があったとされている。ここではaliskiren (= RASILEZ) vs RASITRIO, amlodipin vs RASITRIO, HCTZ vs RASITRIOなどの単剤比較試験はなされていないようである。
 
このような配合剤で問題になるのはその副作用情報の対応である。つまり、もし従来未知であった副作用がこの配合剤で発生した場合、その副作用を三成分の一つを成分とするそれぞれの単一製剤にも自動的に併記することになるかという問題がある。しかも、このような三剤配合剤の場合には新しい副作用が報告されてきてもその因果関係はそれぞれの単一成分によるものなのか、あるいはニ成分の相互作用的なものなのか、あるいは三成分が関与した相互作用なのか、あるいは相互作用は全く関与しないものなのかを判断することは不可能になる。多剤投与の場合には理論的にはデチャレンジによって、少なくともその因果関係を推定することは可能になる。

  いっぽう、このような三剤配合製剤と三剤併用(つまり、多剤併用)とのメリット、デメリットはどのように判断するのか。確かに、三剤配合剤の場合には患者の服用コンプライアンスは良くなる。しかし、臨床的に本当にこのような三剤投与がなされなければ効果が期待できないのだろうか。そこには臨床医の処方のさじ加減というノウハウは全く不必要になる。このような配合剤が今後いろいろな治療領域で使用されるようになると臨床医のそれぞれの患者の状態を勘案して薬剤を処方するといった処方術は不要になり、医療の個別化という観点からは正反対な方向に進んでしまうのではないだろうか。

  このような医療用医薬品の配合剤に関連して興味深いのはOTC薬の各成分の配合の合理性がある。通常の解熱・鎮痛剤はいわゆる配合剤である。例えば、サリドン・エ-スは
 エテンザミド500mg、 アセトアミノフェン220mg、 ブロモバレリル尿素200mg、無水カフェイン50mgからなっているが、その配合合理性はどのように実証されているのだろうか。実は数年前に、スイスの行政当局がそのような解熱・鎮痛配合剤の合理性についての臨床データをそれぞれの企業に提出を求めたところ、それぞれのOTC企業は一斉にいとも簡単に単剤組成に切り替えてしまった。たとえば、スイスのサリドンはparacetamol, propyphenazone, caffeineの三剤の配合剤であったのがイブプロフェン単剤に切り替えられてしまった。(RAD-AR News 2004; Vol.14, No,6) つまり、そのような従来の配合剤の配合合理性についての臨床データが無く、そのようなデータを新たに作成するような手間を省いてしまった。いゃ、もしかしたらそのような合理性を比較臨床試験しても、その合理性を裏付けるようなデータが期待できないと判断されたのかもしれない。

2011年11月20日 (日)

薬剤疫学研究を列車構成に例えると

薬剤疫学研究を列車構成に例えると

医薬品安全性情報の基本は患者個人の情報、つまり市販後における副作用自発報告から成り立っている。しかし、この自発報告制度が導入されてからすでに数十年たっているが、発足してからいろいろな問題が派生し、その中の大きな要因は自発報告数の極端なまでの過小報告にある。したがって、そのような欠陥を補足するという意味から医薬品が使われている全体の中での安全性情報の把握という概念から薬剤疫学が活用され始めた。勿論、ファルマコビジランスや薬剤疫学そのものは安全性だけを念頭に置いているわけではなく、有効性、使用実態調査などもその活動の対象になっている。

この薬剤疫学という分野は過去二十年ほど前に日本に導入され、いろいろな関係者の努力もあって少なくとも概念的には多くの人が理解し、薬剤疫学理論はかなり浸透し、その必要性が認識されている。所が、現実は薬剤疫学研究は殆ど実施されていない。本来、その実施を切実に認識すべき製薬企業内ではほとんど薬剤疫学研究の必要性を認識していない。このような現状を列車構成と比較してその問題点を指摘してみた。

薬剤疫学研究を列車構成に例えると次のように対比出来るかもしれない。
  データベース   線路に該当
  実施者       機関士に該当 (この場合は企業担当者、医療関係者をも含む)
  熱意        蒸気の発生状態が影響
  目的、発案    石炭に該当
  予算、人員    機関車

つまり、実際に薬剤疫学研究をするに際して、比較的簡単に実施出来るのはレトロスペクティプ研究であるが、その場合に問題になるのはデータべースの存在である。残念ながら日本には薬剤疫学研究を念頭に置いた正確なデータべースは殆ど存在せず、仮にそれに類似したデータベースのようなものがあっても、そこにはdata verification, data validationというデータベース構築の基本が殆どなされていない。したがって、現存のいろいろなデータべースの質はあまり完璧とは言えない。その典型例はレセブトデータではなかろうか。たとえばこの場合には、実際の疾患名と保険上の疾患名とが交差しており、必ずしも正しい疾病名とはいえないことが指摘されている。また、副作用関連情報が充実しているわけでもない。したがって、レセプト・データを使って薬剤疫学研究をする試みはあまり意味がない。更に、企業内には通称「三千例」症例データベースがあるが、これもその質的問題が大きな障害となっている。

しかし、一番大きな問題は機関車の石炭の補給である。石炭が無ければ蒸気機関車は走れない。それと同じように薬剤疫学研究実施に際し、なぜ、どうして、薬剤疫学研究を実施する必要があるかとの認識が石炭に該当する。現実は、そのような石炭を使わず、まあ、薬剤疫学研究でなにが出来るかやってみましよう、したがってとりあえず現在あるデータベースを使って何かやってみましょう、というのが現在の日本の状況である。つまり、石炭を使うことをせずになにか廃材でも使ってとりあえず蒸気を発生させてみましょうの発想しかない。

すなわち、列車が完全に、しかも安全に走れるのは線路(デ-タベ-ス)がなければ全く問題とならない。したがって、まず最初には線路の設定が大事である。いくらよい機関士(薬剤疫学研究者)が居て、よい機関車(予算、人員)があっても、肝心の線路が不安定、未完成では機関車は走ることは不可能である。列車の機関士はそれなりの訓練を受けて初めて機関士になれる。同じことは薬剤疫学研究を勉強してその知識がかなり向上されて初めて薬剤疫学研究を実施することが可能になる。日本ではこの機関士に相当する薬剤疫学研究者はかなりの数に上っているものと考えられる。さらに問題なのは肝心の機関車に相当する、研究環境、予算、人員が無ければ何もできない。

このような例えで、思いだすのですが、薬剤疫学研究と英語勉強との間に共通性があることである。日本人は英語を勉強するときにはまず英文法から入るのが普通である。少なくとも高校とか大学での英語教育は今でもそうなっている。つまり、文法と言う理屈をまず一所懸命勉強する。これを薬剤疫学に例えると、英語と同じように疫学理論をまず勉強することになる。しかし、英語の文法を一生懸命勉強してもとても英語で堂々と議論出来るような会話はまず無理である。つまり、このことは薬剤疫学の理論だけを一生懸命勉強しても、すぐに立派な疫学研究が出来る訳ではない英語の文法を勉強しても、何のために英語を勉強するのかとの視点が弱いのと同じで、薬剤疫学を何のために勉強するのかとの視点が極めて弱いのが現実なのです。知識としての英文法、薬剤疫学はかなりの程度の高いものになっていてもそれだけでは何も使い物にならないのです。


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