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2011年10月の記事

2011年10月17日 (月)

疫学研究実施が如何に難しいか

疫学研究実施が如何に難しいか

薬剤疫学の普及は「くすりの適正使用協議会」などの地道な活動により、現在では医療関係者、製薬企業関係者の間ではこの薬剤疫学がなんであるのかを知らない人はいなと考えられ、事実その道の専門家はかなり増えています。しかし、では実際に薬剤疫学研究が定着し、意義のあるいろいろな研究がなされてその結果が論文になっているかというといささか首を傾げなくてはなりません。

その大きな原因には二つの要因が考えられる。
 1) 薬剤疫学研究の必要性が理解されず、その必要性が認められないので実施が困難である。「何が出来るか」との発想から「何をすべきか」の発想が定着しないと、研究着手は困難である。
 2) 二番目の要因は研究実施環境が整っていないとこれまた困難になる。とくに、製薬企業内での環境はいまだ未熟な段階であり、実際に安全性、有効性などが関与した薬剤疫学研究の必要性を前向きに検討し、自発的に薬剤疫学研究を実施できるような環境にはなっていない。

したがって、日本では薬剤浮学研究に関してはいまだ「何かやってみよう」「デ-タベ-スを使ってなにができるかな」の発想の段階なのである。最近に厚労省の安全対策課長に就任した俵木課長の就任の抱負のなかにも「大規模DB事業として「・・・外国の実態を踏まえながら、日本で構築可能なDBで何ができるのかを考えていく。」と述べていることからもその理解度が伺える。本当は、「・・・・日本で構築可能なDBを活用してどのような゜薬剤疫学研究をすべきかの検討をすすめていく。」のような発言をすべきであった。もっとも、新任の安全対策課長にこのような違いを求めるほうが間違っているのかもしれない。

いずれにしても、広い意味での疫学研究は全くの金食い虫であり、特にその結果がどのようなものになるかが予測のつかない研究でもある。したがって、ある結果が出てもそれをどのように理解、解釈するかによってはその研究の評価は曲解されてしまうこともある。 以下の新聞報道は如何に疫学研究実施が難しいか、とくに研究実施に際しての環境が大きく影響する典型例かも知れない。特に、プロスペクティブな疫学研究実施の場合には、予算、結果の予測性のふたつの要因が極めて重大な役割を占めているからである。この新聞記事のなかでも指摘されている「しかし、人、金、時間がかかるうえ、常に明確な結論が出るわけではないという難しさがある」がすべてを要約している。

 なお、この記事はもう五年前のものであるが、偶然に(?)この記事の中に原子力安全・保安院が出てきて、今回の福島の原発での一連の不祥事と関連ずけることが出来ることである。なぜかこの記事にある「寝た子を起こすな」の発想は原発の安全性と同じ考えではなかったのではないでしょうか。

以下の記事は電磁波の健康への影響にかんする疫学研究にたいして報道されていたものです。

「葬られた疫学からの警鐘」
議論の的となった疫学研究を率いた国立環境研究所の兜氏(遺族提供)

 先月10日、国立環境研究所の上級主席研究員、兜真徳(かぶとみちのり)氏が悪性リンパ腫(しゅ)で亡くなった。58歳だった。電磁波の健康影響を研究してきた。1999年から、同研究所をはじめ、国立がんセンター、自治医大など11機関・大学の研究者が参加した大がかりな疫学研究の代表者を務めた。

 全国の小児白血病患者312人の子供部屋の電磁波の強さを1週間にわたり計測する一方、603人の健康な子供を同じ居住地から抽出して同様に電磁波を計測。白血病と電磁波の関連を比較分析し、「0・4μT(マイクロ・テスラ)以上の居住環境で過ごした場合、小児白血病にかかる割合は2・6倍に上昇する」との結果をまとめた。

この研究は、文科省の科学技術振興調整費から総額7億2125万円を得て行われた。だが、3年目の中間評価で中止が決まり、翌2002年11月の最終評価で、目標達成度など10項目すべてで最低の「C評価」が下され、終止符が打たれた。評価文書は、「小児白血病患者の症例数が少なすぎる」「電磁波以外の要因が影響している可能性がある」と問題点を列挙し、「科学的価値は低く、研究の結果が一般化できるとは判断できない」と断じている。評価の際には、14人の研究評価委員を前に、兜氏が説明し、質問に答えた。「説明が下手だった点もあるが、何か個人的うらみでもあるのか、と思うほどひどい突っ込まれようだった」と同席した共同研究者らは振り返る。「使った金と発表された成果が釣り合わない、という非難の空気が支配的だった。疫学研究への無理解も背景にあった」と証言する委員もいる。人の集団で病気を引き起こす原因を調べる疫学は、コレラ感染や喫煙の影響解明に大きな役割を果たした。

しかし、人、金、時間がかかるうえ、常に明確な結論が出るわけではないという難しさがある。当時、文科省の科学技術振興調整費室長だった土橋久・同省地震・防災研究課長は「評価委員の座長と打ち合わせをし、入念に準備した。事務局として相当勉強した。『なんでこんな研究をやらせたんだ』と批判されますから。多額の税金を使ってね。だから力を入れて評価に臨んだんです」と明かす。評価が下る3か月前、朝日新聞が1面トップで兜氏らの研究を報じ、波紋が広がる。当時の原子力安全・保安院電力安全課長は、「兜氏も含め、専門家を呼んで勉強会を開いた」と言う。評価を担当した文科省の係長は、今も憤りを隠さない。「兜氏は雑誌で、『電磁波の健康被害はある。危ない』ということを根拠なく話していた。科学者としての資質に疑問を感じた」 科学技術振興調整費による研究評価は、01~05年度で計478件。オールC評価は、この1件だけだ。電力10社のうち3社が、ホームページでこの評価を紹介する。九州電力はQ&Aコーナーで、四国電力は「疫学研究の例」の中で、それぞれオールCの成績表付きで、詳細を載せる。

 生前、兜氏は、繰り返し語った。「電磁波の問題は、不安ばかりが先行し、正確に認知されていない。環境リスクに対し、日本人の意識は甘い。国や業界が『寝た子を起こすな』という姿勢なのも原因だ」今年8月、審査を経て論文を掲載する専門誌「国際がんジャーナル」に、兜氏らの論文が載った。WHOが来春出す環境保健基準の文書にも、主な研究成果の一つとして盛り込まれる。「間に合ってよかった」。兜氏の葬儀で、共同研究者らはほっとしながらも複雑な思いをかみしめた。 (2006年11月9日 読売新聞)

2011年10月14日 (金)

100才現役の社会、スモンの頃の思い出

100才現役の社会、スモンの頃の思い出
  新聞での新刊書宣伝の中に「天寿を生きる」という本が目に留まりました。この本は90歳の祖父江逸郎という名大の名誉教授が書かれたものなのです。実はこの先生は薬害で有名なスモンの時に大きな貢献をされた先生で、私が当時スモンの問題に関与していたとき、この先生の論文はすべて何回となく読んでいましたので、懐かしく感じました。

当時のスモンに関与していた先生はほとんどお亡くなりになっていたと思っていましたので、祖父江先生のことはどちらかというと意外な思いでした。当時の先生では田村善三先生、甲野礼作先生などはたしかすでにお亡くなりになっているからです。そのほかにも重松逸造先生もスモンに関係していたと思います。考えてみれば、私が当時の国立公衆衛生院で一年過程の環境衛生学を学んだ時も重松先生からはじめて疫学の講義を受けたものでした。当時の重松先生はアメリカで公衆衛生を勉強されて意気揚々と日本に凱旋された印象でした。当時の我々学生は「しげまっさん」と呼んでいました。

 最近では日本は「100才現役の社会」になりつつあるとのことですので、私も頑張らなくてはなりません。

2011年10月 4日 (火)

日本人のテロ対策感覚

日本人のテロ対策感覚

原発事故に関する記事が新聞に載ると、日本の原発施設のテロに対する認識の完全なる欠如に言及されることがありますが、これは当然のことであり、日本ほどテロという概念が言葉だけのものである国は他にはないのです。福島の原発施設に入る作業員に顔写真入りの身分証明書が交付されたことはつい最近のことなのです。それもテロ対策と言うの付けたしで、その目的はもし放射能の被害にあった時に誰なのかを確認するのに必要だからなのです。

この原発施設へのテロ対策に関して笑えない実話があります。

原発の安全性に関して、メア氏はこんなエピソードを紹介している。
 ブッシュ政権の頃、2001年9月11日の同時多発テロ事件後、米国は原発に関するテロ攻撃の脅威を真剣に受け止め、その一環として同盟国日本の原発警備状況を把握しようとした。
 ホワイトハウスの国土安全分野担当が東京を訪れ、日本政府当局者と意見交換する場に、メア氏も同席した。ホワイトハウスの担当者は、日本の原発警備の手薄さに驚き、銃で武装した警備要員の配置が必要であると力説した。
 これに対する日本の当局者の答えがふるっていた。「日本の原発に、銃で武装した警備要員は必要ではありません。なぜなら、銃の所持は法律違反になるからです」
 ホワイトハウスの当局者は小声で傍らの私にたずねた。
「これって、ジョークだよね? だったら笑ったほうがいいかな」
 私は彼の耳元にささやいた。「たぶん、ジョークじゃない。笑わない方がいい」
 ホワイトハウス当局者は神妙な表情でうなづき、日本政府当局者の発言をメモに取るふりをしていました。

 このようにテロの被害を受けたことのない日本では、島国であるが故に海外からのテロに狙われることは極めて少ないという安心感があります。したがって、今後もし日本で本当にテロ攻撃があった場合、それは文字通り「想定外」になるのです。

このブログにも書きましたが、成田国際空港に入る時の仰々しい検問も表向きは「テロ対策」が入っているのですが、あれは全くの形式検査であり、テロ対策の「テ」の字も感じられないのです。
日本は本当に天国です。

2011年10月 3日 (月)

若き日の武勇談

若き日の武勇談

私がスイスのガイギー社に入社した1967年以降、会社の合併で、チバ・ガイギー、ノバルティスと名前は変わっていますが、定年退職するまで同じ会社に35年近く勤務していたことになります。その間に、数年ほど、当時の日本チバガイギー社の医薬情報部長として出向した当初、1985年、業界紙「薬事日報」に医薬品添付文書の不備について言及し、最後のところで、「・・・・現在の医薬品の添付文書は、たとえて言うならば、ワさび抜きの寿司みたいなものである」とコメントしたところ、当時の製薬協から強い叱責を受け、製薬協幹部の会社に出向いて謝まるはめになったことがありました。日本の民間会社の経験が全くなかったこと、そして日本では思っていることも場合によっては表明できないこと、などを知らなかったための「武勇談」になってしまったのです。

しかし、考えてみれば、日本の社会ほど思っていることを簡単に発言出来ない社会はなく、何事も回りを見ながら物事を進める社会は未だに変わりがありません。何かあたらしいことを提案しても、「検討してみます」「・・・でもね、簡単にはいかないのです」などの返事が返ってきて、ポジティブな即答はまず出来ないことには変わりがないのです。私はこのような日本の社会を「でもね社会」と呼んでいます。つまり、自分から率先して、「うん、それはいい考えですね。早速いろいろな人にあたって検討してみましょう」くらいの前向きの返事がほしいものです。でも、この「前向きの」という表現も日本的なのです。

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