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2011年8月の記事

2011年8月28日 (日)

薬害研究資料館、薬害研究研修館

薬害研究資料館、薬害研究研修館

  薬害に関連した「薬害資料館」があります。ただこれはネット版であり、実際にそのような資料館という建物がどこかにあるわけではありませんが、その存在意義は大いにあると思います。

いっぽう、これとは別に厚労省主宰の「薬害を学び再発を防止するための教育に関する検討会」が今年(2011年)七月二十一日に会合を開き、昨年に出された「最終提言」に基づいていろいろと議論、提案がなされていました。しかし、「最終提言」の中で「薬害研究資料館」設立の提案がありましたが、今回の会合でもその設立に関して具体化されるような方向にはいまだ至っていません。この資料館の内容がどのようなものになるのかは分かりませんが、この名称からすると主としていろいろな資料を展示するもののような印象を受けます。

  ところで、最近の新聞で知ったのですが、JR東日本の「事故の歴史博物館」があることです。ここには旧国鉄時代からの重大事故の原因や対策をパネルや再現装置を通じて学べるようになっています。誰がどこでどんな判断をしたかも記録されており、社員向けの研修センタ-の役割もしているそうです。
  
  それで考えたのですが、同じような発想で「薬害研究研修館」を作ることです。そこには薬害の原因、経過、結末、提案並びにその結果、今後の問題点などを知り、検討出来るようにし、研修室では各企業の担当部門の人たちが薬害防止という見地からの過去の薬害について討論、研修を随時開催することが出来、今後の薬害防止にも貢献出来るようににするのです。つまり、薬害予防という見地には各企業の関係者も関与させなくては意味が無いのです。ですから、このような研修館でで各企業の担当者同士の会合を開いて現状把握、検討をし問題点を指摘するなど、積極的な関与、貢献が求められるのです。とかく、このような施設は受け身的になり、ただ関心のある人だけが訪れるようではあまり意味が無いのです。したがって、あまり名前にはこだわりませんが、その逆に名は体を現わすように「資料館」の名称は避けた方がよいのでは。
  

2011年8月20日 (土)

クライシス・マネージメントと企業倫理の変動 J&Jの例 (*)

クライシス・マネージメントと企業倫理の変動

ファルマコビジランスの分野ではクライシス・マネジメントの典型例として必ずと言ってよいほど引用されているものに「タイレノール事件」があります。

一般用医薬品の鎮痛剤、タイレノール(アセトアミノフェン製剤、J&Jの医薬品部門で全米の主力商品)に何者かによって1982年9月にシアン化合物が混入され、シカゴを中心に7名が死亡するという事件が発生した。その事件をJ&J社は重大な危機と捕らえ、J&J社の会長の決断でこれに対応するべくJ&J社はアメリカ全土からすべての「タイレノール」製剤の即座の回収、マスコミを通じた積極的な情報公開、新聞への警告広告の掲載、対策チームの設置など素早い対応がなされた。また、陣頭指揮をとった当時のJ&J社バーク会長は、単なる危機管理として対応することに終わらず、「消費者への責任」を第一に考えた体制をとった。これは、J&J社の企業理念である「我が信条」の第一の責任に立ち返った意思決定でもあった。事件終結後、J&J社のこの事件における対応は、一般消費者をはじめ政府・産業界からも、これまで以上に高く評価されていた。そして、全社員が一丸となった再上場努力の結果、予想をはるかに越える速さでこの製品の市場を回復することが出来た。  
もし、通常のクライシス・マネージメント的な考えからこのような事件に対処するとなると、まず死因の解明をし、その結果を検討してから対策、対応をとると言うのが一般的である。まず、原因も不明のままの時点で、ただ単にタイレノールと死亡という関連性が確実であるだけですべての製品を全国的にただちに回収という対応はまず通例の企業では考えられないのではなかろうか。

この例はJ&J社の迅速的、効率的なクライシス・マネージメントの結果、この製品の社会イメージの回復に貢献し、企業の社会的責任が迅速に果たされたことになる。この「タイレノール事件」は一般的な危機管理テキスト、解説などの中には必ずと言ってよいほど引用され、周知の事件になっている。 (www.kkc.or.jp/pub/period/keizaikoho/pdf/200607.pdf)

なお、当時のJ&J社はきわめて危機管理が卓越していて、その後(2008/5/16)になってもJ&J社の製品を積んだトラックが盗難にあったとき、悪用されることを防ぐため、このトラックが積んでいた抗貧血剤、抗リウマチ剤、抗がん剤のロット番号にマッチするすべての製品の自主回収を行っていた。この場合の措置をリスク・マネージメントと判断すべきか、それともクライシス・マネージメントと判断すべきかは微妙な解釈になるが、その後なにも事件が起きず問題が無かったことを考慮すると、リスク・マネージメントと判断できるかもしれない。この場合は盗品が実際に使われても理論的には何らの問題を引き起こさないと判断するこができる。盗まれるという事件がはたして何らかの後遺症をもたらすとは考えにくいかもしれない。
  
また似たような例はJ&Jの子会社が少数のバイアルに亀裂が発見されたのを受けてそのロットを自主回収していた。2008年8月5日、J& J社は、市販後検査で少数のバイアルに亀裂が見つかったので貧血薬・PROCRIT (Epoetin alfa) の1製造ロット(P114942A)を自主回収した。2008年4月15日から2008年7月17日までにおよそ44,292 バイアルが出回っているとのことであった。
このような場合、ただ単に亀裂が見つかっただけなので、実際に問題が起こっておらず、回収しなくともお知らせで済む性格のものとも考えられる。このような判断は企業の考え方に大きく左右される。つまり、クライシスではなく、またリスクも僅少かもしれないので、単なる「お知らせ」で済んだかもしれない。

これと対照的なのは、最近の新聞報道によると、1960年代に特異体質とみられる男性が大正製薬のアンプル入り風邪薬をのんで死亡したときに、共同通信に大正の役員が「穏便に」と懇願し、一部の新聞には会社名、薬品名が削られて報道されたとのエビソ-ドが載っていた。(2011/8/19 朝日新聞 ) 普通はこのような"クライシス・マネージメント"が一般的なのです。

ところが、上記のJ&Jの卓越したクライシス・マネ-ジメントも時代が変わり、企業の上層部が変わるといつのまにか過去の栄光を忘れ、超現実的になり、ここ二年あたりのJ&J社をはじめその子会社の不祥事が多発していることである。その内容は製品に不純物が混入したり、有効成分含量が規定より高かったり、しかも、行政指示のリコールや企業独自のリコールなど実に様々ですが、その発生頻度が他社のそれと比べると群を抜いて高いのです。

前記の模範的なクライシス・マネージメントが1982年で、それから三十年近くの月日がたっていることになります。そこにはやはり企業倫理の激変が感じられます。もっとも、このような激変はここ数年の現象なのかもしれません。

追記(2013 July)
その後になっても、J&J社は相変わらずいろいろな問題を発生しています。

たとえば、製造問題が後を絶たないJohnson & Johnson社がブラジルでTylenol Dropsを回収しています。その内容はドリッパーが機能せず、過剰投与をもたらしうるとのことです。まさに最近ではJかってのTyrenolへの対応と比べると正負の問題を提供しているのです。 
Those J&J Recalls Keep On Coming: Tylenol Bottles Yanked From Brazil / Pharmalive 05/23/2013

そのほかにも、Reuters等の報道によるとJohnson & Johnson)社が欧州、アジア、ラテンアメリカで避妊薬Cilestおよそ3200万箱(179ロット)を回収しています。その理由は、2つの有効成分のうちの1つが検査で特定の要件を満たしていなかったことを受けて今回の回収が実施されています。Cilestは43か国で使用可能となっています。アメリカでは売られていません。
..Johnson & Johnson recalls Cilest birth control pills
http://www.reuters.com/article/2013/06/05/us-johnsonandjohnson-recall-idUSBRE95404920130605


J&J社 英国とアイルランドでヨーグルト飲料を回収している
乳製品情報サイトによると、Benecolヨーグルト飲料6万パック超をJohnson & Johnson社が英国とアイルランドで回収しています。製品中の酵母が発酵を始めてしまう懸念を受けて今回の回収が実施されています
..Johnson & Johnson recalls Benecol yogurt drinks over yeast fermentation concerns http://www.dairyreporter.com/Regulation-Safety/Johnson-Johnson-recalls-Benecol-yogurt-drinks-over-yeast-fermentation-concerns

J&J社の製品回収に関するダブルスタンダードが指摘されている
中国のニュースサイトによると、中国FDAは先週Johnson & Johnson社役員と会い、品質管理の改善を求めました。また、北京を拠点とする新聞Health Timesは、J&J社が製品回収に関してダブル・スタンダードを有し、世界的な回収対象製品が中国で回収されていないことが多いことを示しています。
Health Timesによると2005年4月以来J&J社は少なくとも51の世界的製品回収を実施しましたが、そのうち48製品は中国で回収されませんでした。
また、韓国で製造販売されているタイレノールの回収をJ&J社は最近発表し、回収対象製品は中国では売られていないと説明していましたが、実際には販売されているとHealth Timesは報じています。

中国FDAの見解にはJ&J社のダブルスタンダードに対する言及はありませんでした
.Less-than-total recall
http://www.globaltimes.cn/content/789743.shtml#.UcOgLflCC1V
Total Recall? China Chastises J&J Over Its Product Recall Policy http://www.pharmalive.com/total-recall-china-chastises-jj-over-its-product-recall-policy

2011年8月14日 (日)

高血圧と減塩食事

高血圧と減塩食事  

  最近の研究で血圧の塩分感受性の違いが生じるのはなぜかということに関して、東京大学大学院医学系研究科の藤田敏郎氏らの研究チームが、腎臓のナトリウム排泄調節に関与する鉱質コルチコイド受容体(MR)の活性化に、細胞内シグナル分子であるRac1が関与していることを、米国の科学雑誌「Journal of Clinical Investigation」に発表しています。

  このこと自体は特別新しいことではなく、実際の人での経験からもより塩分の多い食事をしていても高血圧にならない人もいることはよく知られているからです。ところが、通常の医療の現場でははじめて高血圧を指摘された人には無条件に減塩療法がまず第一に行われ、日常生活で全く味気のない食事を強いられるのが普通です。


つまり、その患者の高血圧が何に由来しているかとの原因究明は殆どなされず、減塩食事、抗高血圧剤の処方が一般的な対処になります。通常の高血圧患者もそのような医師の指示を全く丸のみして、「いゃ、最近
血圧が上がって、医者から減塩を命じらましてね・・・」と意気揚々とした気分(?)でその指示に従っているのです。

さらに最悪なのは、抗高血圧剤が二種類も投与され、その副作用として高カリウム血症となり、果物、野菜はすべて良く煮てカリウムを除いてから食べてください、などの快食生活をまったく無視した指示を与えている医師もいるわけです。

  
  しかし、もしその患者がこの研究に観られるように特別な体内受容体、細胞内シグナル分子の存在に左右されるとしたら、通常の減塩食事の薦めは必ずしも的を得たものではないかも知れません。このようなことを簡単に検査するために一時的、例えば数日間、に通常の食塩摂取量に戻して、血圧がそれに比例して上昇するかしないかの検査は素人的発想でも日常生活の中で簡単にできると思うのですが、なぜこのような簡易検査が日常診療で考慮されていないのでしょうか。

[文献]
Rac1 GTPase in rodent kidneys is essential for salt-sensitive hypertension via a mineralocorticoid receptor–dependent pathway
Authors: ...Maki Takeuchi, Nobuhiro Ayuzawa, Jun Miyoshi, Yoshimi Takai, Akira Ishikawa, Tatsuo Shimosawa, Katsuyuki Ando, Miki Nagase, Toshiro Fujita
   Published in Volume 121, Issue 8 (August 1, 2011) J Clin Invest. 2011;121(8):3233–3243.
(血圧の塩分感受性の違いが生じるのはなぜか?東京大学大学院医学系研究科の藤田敏郎氏らの研究チームが、腎臓のナトリウム排泄調節に関与する鉱質コルチコイド受容体(MR)の活性化に、細胞内シグナル分子であるRac1が関与していることを、米国の科学雑誌「Journal of Clinical Investigation」に発表した。

この動物実験の結果では
1.腎Rac1活性の差異が塩分感受性の個体差を来す
2.塩分過剰摂取によりRac1を介する経路でMRが病的に活性化され高血圧が引き起こされる)
  勿論、この動物実験データがそのまま人間の場合に当てはまるとは限らないかも知れませんが、極めて有意義な研究である考えられます。

2011年8月 9日 (火)

日本海か東海か (***)

日本海の呼称の是非


米国務省のトナー副報道官は八月八日の定例記者会見で、日本と韓国で対立している「日本海」の呼称について「われわれは国際的に認められている用語である『日本海』を使う」と述べ、「日本海」の単独表記を支持する方針を示した、と報道され、これに対して韓国政府は「東海」の呼称も併記すべきと反発しています。これは従来から、韓国内の反日的な国民感情を反映し、「日本海」は日本の国の海という意味に捉え反対している訳です。


 


確かに、日本憎しの感覚から言えば目の前の海が日本海と名乗られているのはたまらないかも知れません。その心情は分からなくもないのですが、歴史的にもいままで呼称され、世界地図にも日本海の名称が付けられています。もっとも、昔の古い外国の地図には「朝鮮海」のような記載も散見されるとか。


つまり、公海に日本の国名が付いているのはけしからん、だから少なくとも東海という中立的な名称を併記すべきとの論理なのです。国際的に一つの地名・公海名に二つの異なった公式名称か併記されている例はありません。


したがって、韓国政府が基本的に日本海の名称を変えることを要求するのなら、世界中にある国名を冠にした公海名を全部変えることを提唱するならば説得性があるかも知れません。例えば、メキシコ湾はアメリカ、メキシコ、キューバに囲まれているので、メキシコのものではないのです。同じように、南シナ海はもっと複雑になります。このように世界地図を眺めれば国名を冠にした公海名、湾名などは沢山あるのです。したがって、昔の外国地図に載っている「朝鮮海」は日本海と同じ理屈で、日本は逆に受け入れられないでしょう。


したがって、韓国政府はこのような国名を冠にした公海名、湾名を列挙してその全体的な改称を国際会議、国際水路機関(IHO)、に提案すれば、もしかしたら韓国の主張が受け入れられるかもしれませんが、以上のような異常な理論構成をすればとても韓国の主張は受け入れられません。


追加(2011/08/10)


この内容と似たような記事はすでに私が十年前ほど前に書いています。コピ-、貼り付け、で読めます。


http://home.att.ne.jp/iota/okd/world-reader/renasci/another/s-suzuki-021225.html


最近分かったのですが、残念ながらこのサイトは消滅していることがわかりました。


 


追記 (2014 Feb)


最近、アメリカのバ-ジニア州の議会が韓国系住民の請求により日本海と東海との併記を採用したことに対して日本大使館などが反論していましたが、ただ反対するだけではだめで、むしろその逆に同州議会に対して「メキシコ湾」はけしからん、だから「アメリカ湾」も併記すべきだとの提案をすればよいのです。


追記(2018 Feb)


最近のスイスの地図には日本海と東海とが併用されるようになってしまいました。やはり日本の説明不足、説得力の欠乏かもしれません。


2017/12/19 - 出版前、編集長のロレンツ・フルニ氏(地図製作者)に在スイスの日本大使館と韓国大使館から連絡があったという。日本側は「日本海」とだけ記載してほしい、韓国側は「東海」のみにしてほしいという旨だったそうだ。併記にしたのは、考慮の末の折衷案だった。一般誌ターゲス・アンツァイガーのインタビュー(7月1日)で、フルニ氏は併記にした理由を次のように語っている。「両大使館に丁寧な手紙を書いて、私たちの見解を述べました。

2011年8月 7日 (日)

併合化と植民地化は同義語ではない(*****)  日本人の無関心さ

   私は朝日新聞しか購読していないので他紙の実情は分かりませんが、朝日新聞は一貫して朝鮮や台湾に関して「植民地」と「併合化」とを同義語扱いにしているのです。この問題に関してはこのブログにもすでに書いてありますが、これほどいい加減な表現はないのです。ともかく、一つの記事の中に併合、統治とか植民地とかが同義語として混同していとも簡単に使われているのです。少なくとも、どちらかに統一した記事にしてほしいのです。ちなみに国際法上は朝鮮も台湾も日本の植民地ではなかったのです。このまま行くと旧満州国も日本の植民地、樺太も日本の植民地であったことになってしまいます。

 

もし、この論調が正しいのなら、現在の中国共産党政府がチベットを併合したのもそれと同時にチベットをもついに植民地化したと混同してもよいわけですが、不思議なことにチベットに関しては日本人学者、政治家は植民地化という表現は使わず、もっぱら併合してしまったとの表現に統一されています。

 

また、同じような発想、論理から記事を書くと、「敗戦」も「停戦」も「終戦」も同じことになってしまいます。もっとも、植民地化と併合に関する解説に「日本の一部の学者の間では両者を同一と解釈していない場合もある」との記載がありますが、このような論争はまさに「井の中の蛙」的な考えです。それにしても、朝鮮や台湾に関する日本での出版本の半分以上は植民地という概念が使われ、それらの本の題名には大半は植民地の冠がつけられているのです。

もっとも、南樺太も日本の併合地であるのだが、南樺太に関しては殆どの人が関心を払わず、従って、朝鮮や台湾の植民地政策を論じる人たちもなぜか南樺太には言及していないのです。

この植民地化と併合に関した論説を以下のようにまとめてみました。

 

 

韓国や台湾は日本の植民地ではなかった

 

今年2010年は日本が韓国を併合してから100年になり、そのことに関連した記事が多いが、その中で気になる表現が新聞に頻繁に見られる。すなわち韓国は戦後まで日本の植民地であったという記載である。しかも韓国は日本により併合され、植民地化された、等の記述も頻繁に見られる。つまり、日本では併合も植民地化も同じ扱いにされている。

 

一般的な歴史概念では、韓国は1910年8月22日に「韓国併合ニ関スル条約」に基づいて大日本帝国が大韓帝国を併合したのであり、そこには植民地化の概念は存在しなかった。また、台湾も1894年に清朝と日本との日清戦争の結果、翌年に締結された下関条約(馬關條約)に基づいて台湾は清朝から日本に割譲され、日本に併合された。つまり、そこには韓国、台湾を植民地するというプロセスはどこにも見当たらない。なお、忘れてならない事実は下関条約により朝鮮は中国から独立し、大韓帝国となったことである。

 

ましてや、植民地に自国と同等の大学を設立するようなことは世界的概念からもあり得ない。少なくとも日本に併合された結果、同等の教育をもたらすという理想的理念から、韓国、台湾に帝国大学が設立されたのであり、世界中を観ても植民地に本国と同じ規模のエリート大学を設立するようなことは全くありえなかった。この帝国大学にも朝鮮人学生が勉強していたのです。例えば、京城帝国大学では朝鮮半島出身の学生が3割を占めていました。

 

教育に関しては台湾の例を見ると、台湾では戦後の教育の現場で使われていた中国寄りの歴史教科書を改定し、それまで一切触れられなかった台湾の歴史についての教科書『認識台湾』をつくり、台湾の子供たちに中国ではなく台湾について学ばせたのですが、この『認識台湾』では「日本時代」に触れる部分もあり、台湾に教育を普及させたこと、衛生という概念を台湾に定着させたことなどの紹介もありました。実際、日本が台湾を併合、領有していた当時の1899(明治32)年、台湾の就学率は2.04%でした。それが日本統治終了の前年、1944(昭和19)年では92.5%となっています。日本がいかに教育に力を入れていたかがこの数字からも明らかでしょう。

 

当時の朝鮮の国情を知るには下記のサイトを参照してください。
http://dametv.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/news-c78b.html

 

ちなみに京城帝国大学は1924年設立され、敗戦による廃校後ソウル大学校に再編され、また台北帝国大学は1928年に設立され、台湾大学の設立母体となっていた。ここで興味深いのは韓国以前に日本に既に併合されていた台湾では帝国大学が設立されたのは韓国よりも四年後のことである。そのほかにも韓国人が現在使っている文字、ハングルを学校教育に導入して教えたのは、ほかならぬ日本の朝鮮総督府なのである。

 

世界の歴史の中で欧州の列強が当時のアフリカの植民地でどのようなことを行っていたかを知ったら、とても日本が台湾、韓国を植民地にしていたとは考えられず、またそのような表現を海外に対して用いることは彼ら欧州の列強がアフリカの植民地でしていたことを日本も韓国、台湾でしていたことを意味することにもなるのです。特に当時の植民地の大半を所有していた大英帝国は植民地を徹底的に搾取することで、栄華を保っていた。お人好しの日本人が、台湾、朝鮮の経営に巨大な投資を行って、本国から壮大な持ち出しをしたのと、まったく違っていた。どうして、イギリスが完全なまでに搾取を念頭に置いた植民地支配なしで、栄華を維持できたことだろう。

 

アフリカが当時の列強の植民地としてどのような状態にあったのかを、日本人は殆ど知らないし、また知ろうとする努力もないのです。例えば、1965年から6年間、ルワンダの中央銀行総裁を務めた服部正也という日本人がはじめてルアンダに赴任してまず驚いたのは、植民地時代から続く、外国人の強欲と傲慢な態度だった。服部さんがめざしたのは、ルワンダ人の自助努力による経済発展でした。通貨改革からバス路線の整備まで、八面六臂(ろっぴ)の活躍は、名著のほまれ高い『ルワンダ中央銀行総裁日記』(中公新書)に詳細に書かれてありますが、そのような当時の植民地という概念、実情を日本の政治家やマスコミが熟知していたらとても朝鮮や台湾を彼らなみの植民地にしていたとは。簡単に表現できない筈なのです。

 

もしこのまま日本が海外に向かって韓国、台湾はかっては日本の植民地だったのですと公言し続けると、欧州の人たちは自分たちがアフリカやインド、東南アジアでしてきたことを日本もしてきたのだと認識することになるのですが、日本人の多くはそのような海外での影響は全く考えていないのです。それは日本は島国でもあるからです。

 

一方、日本の一部の学者は日本の植民地化概念は世界的な通念とは基本的に異なり、日本独特のマイルドな植民地化であり、その内容は当時の列強の殖民地化とは異なり、人間的であり、穏便な植民地化であるとの詭弁を用いている。この屁理屈を死刑に当てはめると「日本はいまだ死刑を認めているが、日本の死刑は他国の死刑よりもマイルドな死刑である」、となるのでしょうか。

 

なお、「https://ja.wikipedia.org/wiki/韓国併合#「植民地」という呼称が使われることについて」を読むとよく理解されます。つまり、私の理解では世界的な概念としての植民地化という概念と日本的な概念とでは大きな差があることなのです。

 

したがって、欧州の旧植民地が戦後も概ね発展途上国にいまだに留まっているのに対し、韓国と台湾が日本の支配を脱した後、いちはやく先進工業国に成長できたのも当時の欧米の植民地化概念とは異なることを挙げているが、これは全くの詭弁であり、韓国、台湾が植民地化されたのではなく、併合されたが故に戦後そのような結果になったのである。ともかく英国が東洋で植民地化していた中東、インド、パキスタン、バンクセディシュなど、そしてフランスが植民地として支配していたアフリカの現状をみれば植民地化の影響がどれほどひどかったかを現実のものとしてみることが出来るのです。これらの植民地が台湾や朝鮮の現況のようにいまだなっていないのはなぜなのか考える必要があるのです。

 

 一般的に、他国が関与する国際問題に関して、日本人は加害者としての意識が薄く、その結果他国の併合化も植民地化もまったく同義語として扱っているとしか考えられない。日本人にしてみれば韓国や台湾を植民地化したのか併合したのかとの区別はそれほど重要なことではなく、併合も植民地化も同義語として扱っている。

 

しかし、国際的な感覚からはある国を併合するのと植民地化するのとでは雲泥の差がある。両者の間には厳格な区別がある。植民地化された国ではその国の習慣、制度などは基本的には保持され、ましてや創氏改名などは行われていない。しかし、こと併合化になると制度、慣習などすべてが加害者国としての併合国そのものと同一にする努力が払われているのが国際概念である。上記の帝国大学の設立もそのひとつである。さらに、沖縄も歴史的には日本により併合されたのであって、植民地化されたのではない。沖縄は1879年の明治政府による琉球処分によって、沖縄県となったが、明治のはじめの『琉球処分』までは『琉球王国』という『独立国』であった。 過去の日本の法令上、「占領地域」「外地」「樺太・台湾・朝鮮・関東州・南洋諸島」は存在しても「植民地」という表現は存在しなかった。

 

たとえば、世界史的にみると、アメリカによるハワイの併合、バルト三国のソ連による併合、ドイツによるフランス領アルザス地方の併合、第二次対戦中のフランスによるアルジェリアの併合などが挙げられる。これらの国々は植民地化されたのではない。さらに挙げると、一時的ではあるが、オストリアはナチ・ドイツに併合されたのでもある。

 

たとえば、当時のフランスのアルザス地方の住民はドイツにより併合された結果、ドイツ語への改名が強制されていた(創氏はなされていなかった)。つまり当時の日本による韓国、台湾の併合に伴う創氏改名に似たようなことが行われていた。たしかに創氏改名のような民族感情を無視したやり方には謝罪すべき点があるがそれは植民地化したのではなく、統合した結果であることを忘れてはならない。

 

そのほかにも日本語教育の導入とか国歌の導入とか本州への労働者移住など被害者側からみれば強制的ともうけとめられ、耐えられないものかもしれないが、それは併合の結果であって、植民地化の結果ではない。人はともすれば「引きずりおろして一緒になる」という発想をとるものであり、韓国人が日本人に対して韓国を殖民地にしたという視点に日本を引きずりおろし、その結果日本の政治家や一部のマスコミがそれに同調して日本は韓国、台湾を植民地化しましたと謝っているのが現在の日本人なのである。

 

しかし、忘れてはならないことは同じ状況下であった台湾は韓国とは異なり、日本を植民地化国家のレベルに引きずり起こしていないのにはその理由があるのです。つまり今の韓国は国内的に反日、嫌日政策が必要なために被害者意識を前面に押し出す必要があるので自分たちは日本の植民地であったと宣伝しているに過ぎないのです。

 

韓国併合、台湾併合、沖縄処分、中国侵略、北海道アイヌ民族問題など、いままで日本人がややもすると意識的に忘却のかなたに置き忘れている加害者意識が今後の国際情勢進展如何では再び外圧として脚光を浴びるようにならないとの保障はない。そのような意味で特に韓国に対して植民地化という概念で過剰なまでの加害者意識を日本が提示しているのは極めて異常であるが、併合100年目のけじめとして謝罪することには国際的にも当然の行為かもしれない。

 

もっとも、現在の韓国と台湾とではそれぞれの国内的な政情が全く異なり、その結果、とくに韓国内では被害者意識としての植民地化意識が一方的に強調され、そこには併合がもたらしたプラスの面はまったく取り上げられていないのも理解することはできる。

 

しかし、なにごとにもプラスの面とマイナスの面とがあり、両者を公正に見て判断すべきである。併合以前の韓国がどのような状態であったかを知れば、日本の併合がもたらしたプラスの面も同等に議論されるべきである。たしかに、韓国の立場に立てば、日本は韓国を植民地にしたと認識し、また認識させることにより被害者意識を前面に押し出すことができる。その結果、現在の日本の政治家にとっては韓国の反日感情を避ける立場からこれまた例外的に加害者意識を大きく前面に出して韓国は日本の植民地であったとあえて認識しているのかも知れない。なかには小渕首相のように日本は朝鮮を植民地にしたと、韓国に対して言明しているのです。

 

しかし、韓国が要求している日韓併合条約の無効宣言を求めていることは国際感覚の欠如ではなかろうか。たとえ、併合が日本の威嚇によりなかば強制的になされたものと仮定しても、条約の無効宣言のような要求が国際感覚からも当然とするならば、その条約を結んだ当時の大韓帝国の存在を無視するようなものでもあり、韓国の歴史改ざんにもつながるものである。確かに韓国側に立ってみれば歴史的にも豊臣秀吉以降、日本に何回も侵略され、被害者意識が前面に出るのは当然であり、結果的には日本は韓国に正式に謝罪することにより隣国との関係も良好になるのであれば当然の政治的行為にはなりえるかもしれない。

 

しかし、繰り返しになるが、併合化によってプラスの面もあったことを韓国も日本の政治家も認識すべきではなかろうか。歴史的にも、韓国(朝鮮半島)は中国の王朝の脅威にさらされつつも、日本により併合されるまではずっと独立を保ってきた単一民族国家であった。そのため、日本による併合は韓国にとって被支配・同化政策すべてが歴史上初めての経験であり、その屈辱感は経済成長の事実を打ち消してしまうほど大きなものであることは理解できる。よく言われていることに、被害者は決して自分が受けた被害は忘れられない、そして加害者は自分がしたことは意外と簡単に忘れてしまう。

 

このような乖離を国際的に眺めた時、唯一の例外はドイツのユダヤ人虐殺に対する極端なまでの加害者意識は現在に至るも継続的な認識となっており、機会あるごとに謝罪が見られている。また、最近になってオーストラリア首相がオーストラリア大陸の原住民にたいして歴史的な謝罪を表明したことが報道されていたが、このように加害者意識と被害者意識との乖離もこんにちのような国際情勢の劇的な変化、進展に伴い、そのようなこと自体が起こった時間的変遷の問題はきわめて薄れ、重要なのは改めて明確に加害者として被害者に対して謝罪を正式に如何に表明するかということが求められてきているのが今日の国際感覚である。つまり、なにを今更の考えは場合によっては通用しなくなりつつあることを再認識すべきである。そのような国際感覚が日本にもあてはめられるのは今後の日本の政治家に与えられる永遠の課題になるかも知れない。

 

いっぽう、日本人が他国に対して強烈に被害者意識を持ち続けているのはいずれも戦後での初めての経験であり、その典型的なものは広島・長崎の原爆被害である。当然のことながらこれらの原爆を投下したアメリカには加害者意識はほとんどない。その次にいまだに社会的に大きく問題となっているのは北朝鮮による日本人拉致事件である。この北朝鮮による拉致事件では多数の日本人が被害者となっている。そのほかにも戦後の戦犯裁判についても被害者意識が時として台頭するが、原爆と拉致事件のような全国民的、継続的な被害者意識の存在とはなっていない。つまり、この二つの事件は日本人が始めて経験した他国により引き起こされた被害者意識の象徴でもある。

 

もっとも、国内的にも沖縄に関する加害者意識と被害者意識との葛藤は教科書記述問題から始まって、今回の米軍の基地移転問題が大きな政治問題にまで発展し、沖縄県民の猛反対を引き起こしているのも沖縄県民の被害者意識が極端なまでに昇華した典型例かもしれない。被害者としての沖縄県民からみれば本土並びに米軍がある意味では加害者となっているものと解釈することも可能である。 

 

いずれにしても、もし本当に日本は韓国を植民地化したとの認識にたつならば、同じことを台湾に対してもすべきである。台湾国内では日本の併合化によって台湾内の産業、インフラ等が著しく向上したことはよく認識されていることであり、台湾人自身もその点は反対していない。しかしながら、当時の日本の韓国、台湾併合に関して、現在の韓国と台湾の併合後の影響、日本に対する両国の国民感情には月とスッポンの違いがあるのは極めて興味深い。将来、2044年になって台湾併合 150周年のときには台湾に対して日本の政治家は大々的な謝罪を準備しておかなければならないかもしれない。

 

 

追記 (2011.10.01)
ともかくこの混乱ぶりは目覚ましく、九月三十日の朝日新聞の台湾での孫文にかんする記事にも、文中には「台湾が日本に統治されいた時代」となっているが、そこに書かれある表「中国大陸・台湾の統治体制」には「日本植民地」の表記になっている。

 

追記(2012.02.26)
最近になって朝日新聞社が編集した「百年の明日 ニッポンとコリア」が彩流社から出版されました。その宣伝文章にも「2010年の韓国併合100年に際し、・・・・」とあり、その次には「・・・記者が歴史の現場を歩き、植民地時代に生きた人々の証言、・・・」と堂々と書かれています。やはり、植民地化も併合化も同じなのでしょうかね ?

 

追記(2013. 04. 30)
昨日29日の朝日新聞の記事「怒りの拳」には堂々と「旧植民地出身者も侮辱」のタイトルが書かれてあり、樺太残留の朝鮮、台湾出身者のことに触れていました。ここまで書かれるともしかしたら、朝日新聞の記者は意識的に朝鮮、台湾は植民地だったと読者を洗脳しているのかもしれません。あるいは戦後生まれの若い記者には植民地も併合も区別ができないのでしょうか。一度、西欧諸国がアフリカ、インド、東南アジアで植民地時代にどのようなことをしてきたのかを知ったら、とても植民地化という表現は使えないのですが、まさに知らぬが仏、なのかもしれません。日本人が彼らに対して日本もあなた方がかっての植民地でしてきた残忍さを日本も朝鮮や台湾でしてきたのですよ、と公言するようなものなのです。一度、M.M.Kayeの小説The Far Pavillonsを読んでみてください。

 

追記(2014.01.13)
最近は朝鮮と日本に関連した本が出版されています。たとえば、「植民地朝鮮と日本」との表題のものがありますが、その他にも朝鮮は植民地であるとの表題の本がかなり出版されていて、それは日本では通説になっていますとのコメントがあるくらいです。つまり、一部の教科書には朝鮮は日本の植民地であったとの記述があることを以てそれが日本の通説になっていると説明しています。でもそれは大きな間違いなのですが、島国日本の人たちには植民地化も併合化も似たようなものであり、それらの区別をすること自体が非常識のようなのです。

 

追記(2014 April)
朝鮮併合に関連して、ハーバード大学のカーター・J・エッカート教授の『日本帝国の申し子』という本がありますが、この本には日本による朝鮮併合のもたらした影響が述べられていて、現在の南朝鮮の繁栄の基となったのは当時の朝鮮総督府のプラスの影響があったからだとなっています。つまり、間接的には朝鮮が日本に統合された結果、今日の南朝鮮の繁栄があるのです。

 

しかし、未だに一部の日本の学者には当時の朝鮮は日本によって植民地化されたものであるとの理解が強く、植民地化にも良い点があったなどと強調されています。確かに、植民地化によっては改姓はなされず、また部分的な鉄道建設などがあり、これらが植民地化による「ポジティブな面」と捉えることも可能ですが、全体的には植民地化がどのようなものであったのかを世界的、国際的な観点から考察すればとても植民地化にも統合よりも良かった点があるなどとは強調できません。

 

追加'2914 June)
最近の朝日新聞の「特派員メモ」に台湾駐在の鵜飼啓記者がやはり台湾は日本の植民地と書いていました。
なお、最近は朝日新聞に投書や寄稿をしても採用されなくなり、おそらく私の名前がブラックリストに載っているようです。以前は投書とか論壇、私の視点、に投稿して何回となく採用されていたのですが・・・・。(^-^) でも、その後気が付いたのですが、この記者は私が個人的に交信した以降はこの人は植民地等表現を使わなくなりました。鵜飼さん失礼しました。でも、そのことは今の若い人は植民地化も併合化もおなじものと簡単に考えていることが分かりました。
もっとも、その後になってこの鵜飼記者はまた植民地台湾なる表現を記事の中に使っていました。となると、もしかしたら朝日新聞は原則として朝鮮や台湾は日本の植民地である、との解釈が徹底されているのかもしれません。

 

でも考えてみれば被害者感覚からは日本によって植民地化されたと理解するほうが当然なのかもしれません。そこには被害者としての感覚、つまり悪い面だけを強調した感覚、理解で判断しているからです。例えば最近出版された本に「琉球独立論」松島泰勝著があり、その本の広告には「琉球人学者が綴った植民地オキナワの歴史と現状」、とありました。この著者は龍谷大学の教授とか。

 

追加(2014 Dec 28)
最近の朝日新聞に「アジア女性基金の検証を」との表題で明治大学の大沼さんの記事が載っていましたが、ここでも「日本は韓国を1910年に併合し、45年に独立した韓国と65年に国交正常化した。その際、日韓両国は植民地時代の請求権を相互に放棄し、・・・」とあり、併合と植民地化とは同義語的に使っているのです。大学の先生ですらこうなのですから、ましてや一般の人は植民地化も統合もそれほど違和感無く同義語扱いなのです。

 

 

追加(2015 Jan)
あるサイトに以下のような記載がありました。

 

 官報号外(昭和20年4月1日)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2961961/1?tocOpened=1

 

いわゆる「皇民化政策」を経て朝鮮及び台湾住民(「台湾住民」とは当時「台湾戸籍令」が適用されていた者であり、「国籍法」に基づき日本国籍を有していたが、「戸籍法」が適用されていた本土住民と異なり憲法の適用は従来制限されていた。彼ら及びその子孫が「台湾人」であり戦後渡台した中国人は含まれない)に参政権を付与し彼らを「臣民」と位置付けた、この昭和20年4月1日の昭和天皇の「詔書」に合わせ、同日「衆議院議員選挙法」及び「貴族院令」が改正された。衆議院議員選挙法では朝鮮及び台湾住民を「帝国臣民」と位置付けると共に(第151条第1項)、朝鮮から23名、台湾から5名の議員を選出するものと定められ(別表)、又貴族院令では朝鮮及び台湾住民から計10名以内の議員を勅選するものと定められた(第1条第7号、第7条第2項)。但しこの衆議院議員選挙法改正に基づいて実際に選挙が行われることは無く、衆議院では朝鮮台湾選出議員が実現しなかったが、貴族院では朝鮮から7名、台湾から3名、計10名の朝鮮台湾勅選議員が実現した。

 

このようなことは欧米の概念での植民地では絶対にありえないのですが、ある学者が公言しているように「日本の植民地政策は欧米のそれと比べると極めてマイルドな制度なのです」となるのです。

 

追記 (2015 April)
最近の朝日新聞に東大教授の外村 大さんらよる「強制連行 史実から考える」との表題で論説が書かれていますが、その文中には「・・・それが植民地というものです。」「・・・朝鮮の植民地官僚の家庭で育ったて・・・」などの表現が使われていて、この人も朝鮮は日本の植民地だと考えているのです。もっとも、このような戦後生まれの人にとっては植民地化と併合との違いなぞはどうでもよいのかも知れません。

 

 

追記 (2015 May)
最近出版された「台湾、日本統治時代の50年」 片倉佳史著 がありますが、このような正しい表現、つまり台湾も植民地ではなく統合されていたとの正しい認識を持っている人も居るのです。、

 

追記(2015 May)
最近の朝日新聞の特派員メモ欄に台中から鵜飼記者がまた「殖民地台湾」との表現を使っていました。この記者は台湾も日本の植民地だったと信じているようです。もうこうなるとあきれると言うよりは今の若い人はそのくらいの認識しかないようです。なにしろ、若い学生の中には日本がアメリカと戦争をしたことすら知らないとのことですので、この若い記者もそれに似たような状態なのでしょう。

 

追記(2015 Sept)
最近の朝日新聞に台中の朝日新聞特派員が書いた記事には「植民地台湾」が消えて「併合された台湾」となっていました。実は以前にこの記者に直接メイルを送って、植民地化と併合とでは月とスッポンの違いがあるので、正しい表現「併合された台湾」にしてくださいと忠告したことがあったのです。もし彼が私の忠告を理解して植民地という表現を使わなくなったのだとすると、今の若い人たちは植民地化と併合との違いが全く理解されておらず、意外と気楽に考えているのかもしれません。そうなると、私が今まで考えていた、朝日新聞は朝鮮や台湾を日本の植民地と記述していること自体が別に会社の方針ではなく、社員の多くが両者の違いを全く理解していないものと判断できるのかもしれません。

 

 

追記(2015 Dec)
日韓での慰安婦問題解決の記事の中に「日本と韓国をめぐる主な出来事」の表が朝日新聞に載っていましたが、この表の中には1910年、「韓国併合」、1945年、「朝鮮半島、日本の植民地支配から解放」とありました。これから判断すると今の若い記者は併合も植民地化も同義語扱いであることが明白になりました。それにしても「韓国併合」という表現は大間違いで、正しくは「朝鮮併合」なのです。

 

追記(2016 May)
最近の朝日新聞に「裁かれた日本の戦争犯罪」の記事に吉田 裕・一橋大学教授「アジア、植民地の被害軽視」として所見を述べていますが、この人も「日本の植民地」としてのアジアが挙げられています。まったく、情けなくなります。

 

追記(2016 June)
最近出版された「大日本、満州帝国の遺産」という本の中にも「帝国軍人として植民地青年、朴正照」とありました。この本の著者は姜尚中・玄武岩となって居ます。東大の偉い先生も朝鮮は日本の植民地だと理解しているのです。まさにお手上げです。

 

追記(2016 Sept)
8月 28日の朝日新聞には二面にわたり「植民地支配の記憶の中で」という特集がありました。もうこうなると日本人は植民地化も併合化も全く同義語扱いなのです。日本の典型的なマスメディアのひとつである朝日新聞まではこのような特集記事を大々的に載せれば、ほとんどの読者、ことに若い人たちは全く洗礼され、朝鮮や台湾は日本の植民地であったと理解することになってしまうのです。もう、こうなると全くのお手上げで、いっそのこと、ハワイもアメリカの植民地にしてはどうでしょうか。

 

追記(2016 Oct)
最近も発見したのですが、日本植民地学会という団体があるのです。その団体にこのブログに書かれてある内容を送付したのですが、なんらの反応もありませんでした。でも、日本にそんな学会があることは知りませんでした。

 

追記(2016 Dec)
最近の朝日新聞の「天声人語」欄に台湾は日本の植民地であるとの記述がありました。もうこうなると私個人がいくら植民地化と併合とではまったくいみがことなるのですよ、と叫んでも全く意味がないことが分かりました。もうこうなると、やけくそに今後は「ハワイはアメリカの植民地である」と書くことにしましょう。

 

追記(2017 April)
朝日新聞の「新聞と9条」の連載記事には植民地という表現がもっぱら使われています。たとえば、戦後補償問題に詳しい学者らが「戦争法の廃止を求めて、侵略と植民地支配の歴史を直視し、アジアに平和をつくる集い」を11月に開く計画を立てた。とありました。このような学者が平気で存在するのも日本人だからです。もっとも、この文章中の「植民地」を「併合」と書いたらそのインパクトがかなり異なってしまうかもしれませんね。

 

追記(2017 June)
最近の記事に評論家、田原総一郎が朝鮮は日本に「併合され、植民地化された」とありましたが、まさにこうなるとここでの私の議論は全く無意味なものになっているのが分かります。

 

極論すると「結婚してから、強姦により生まれた子供」と同じことになるのです。こんなことを書くと、何を馬鹿なことを書いているのかと多くの日本人は思うでしょう。でも、結婚ということは併合と同じで、法的に準じてなされた行為であり、その反面、強姦は相手の意思を完全に無視して一方的になされた行為、つまり植民地化と同じなのです。つまり、それほどの大きな互いがあるのです。

 

追記(2017 July)
最近、、あるサイトに教科書の中に「植民地」オンリ-の記載があるとのことです。もうこうなると批判する以前の問題で、どうにもなりません。

 

  東京書籍(東書)版中学歴史教科書の韓国併合に関する項では、一頁 足らずのスペースに、「植民地」という言葉が4回も出てくる。まずこの項のタイトルからして「韓国の植民地化」である。その後も、日露戦争の最中から、韓国は、日本による植民地化の圧力にされされていました。また強い権限を持つ朝鮮総督府を設置して,武力で民衆の抵抗をおさえ,植民地支配を推し進めました。植民地支配は1945(昭和20)年の日本の敗戦まで続きました。

 

まるで鬼の首をとったかのような「植民地」のオンパレードだが、一方で、育鵬社版[2]では「植民地」という言葉が一回も出てこない。このあたりに、両教科書の歴然たる違いが見える。日本による韓国統治を「植民地化」と言えるのかどうか、考えて見よう。

 

追記(2017 Okt)
  朝鮮が日本の植民地ではなく、併合されていたとのと実態を詳細に記述している以下の本をぜひ読んて下さい。現在の韓国が反日の材料として使っているいろいろなネガティブな情報はみんな真実ではないのです。

 

西川清氏の『朝鮮総督府官吏』、
 表紙の帯には「おそらく総督府の実態を語れるのは 私が最後だと思います」との発言がある。

 

追記(2018 Jan)
最近の朝日の「天声人語」欄に「日本は植民地獲得の競争にひた走った」とあり、日本は西欧諸国がアフリカをそれぞれの植民地にしていたように日本も同じことを朝鮮や台湾、そして樺太、沖縄、ルソン島、などを次から次へと植民地にしていたことになるのです。もし沖縄県人に対して沖縄は日本により植民地化されたのです、と言ったら沖縄県民はどの様な反応を示すのでしょうか。

 

追記(2019 Jan)
最近、ある人から知らされたのですが、日本の政府は公式文書の中でも植民地朝鮮という表現が使われていたとのことで、いささか驚きました、まさにこれは真実なのです。
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法務局のような官庁の書類には堂々と植民地朝鮮の記述が使われていることなのです。これは私にとってはまさに驚きの発見なのです。このことは換言すれば昔から、朝鮮は日本の植民地であったとの認識があったのです。歴史的表現では日韓併合という表現になっていますが、一般的な心理としてはいゃ、日本は朝鮮を植民地にしたのです、となるのです。

 

となると、ある人が私が書いたツイタ-に、朝鮮を併合して植民地化したのではないかとのコメントがありましたが、これが真実なのかもしれません。

 

このことは間接的に、当時の日本政府でも法的には日韓併合のような表現を使っていたのですが、現実には当時の朝鮮の国内現状を考慮すれば、とても対等的な併合なんという表現は使えず、まさに植民地にするしか価値のない国、との心理的な解釈があったのでしょう。どこかで読んだような気がするのですが、当時の日韓併合に直接関与していた伊藤博文は朝鮮を併合すると将来、とんでもないことになるとの発言があったとか。現在の日韓関係を考慮すれば、ある意味ではまさに正しい考えだったのです。日韓併合前の朝鮮の実情をいろいろと検索すると、まさに当時の朝鮮は惨憺たる状況であったのです。
  ちなみに『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』という本は参考になります。
  また、日韓併合時の状況については次のサイトが参考になります。

 

https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=3&ved=2ahUKEwiPjPvLsYHgAhVHM-wKHb9cD4EQFjACegQIBxAB&url=http%3A%2F%2Fnikkanheigo.japonismlove.com%2Fkeii.html&usg=AOvVaw2PjPBHVHzKGVv8XldqjWmR

 

追記(2019 July)

最近の新聞記事のなかに「植民地支配の違法性」なるものが有り、朝鮮の植民地について記述されていましたが、なんとこの記事を書いた人は早稲田大学の国際法の教授なのです。もうこうなると私の理解は全くのナンセンスなものになっているのが現在のにほんなのかもしれません。

 

追記(2019 Nov)

最近の朝日新聞に姜尚中が「気楽に話せる国は?かんがえてみて」との記事を書いていましたが、この中でも「韓国は植民地化された歴史にダブらせて考える」とありました。もうこうなると植民地も併合も全く同一に考えているとも考えられるのですが、いゃ、もしかしたら朝鮮は植民地化された、という表現の方が良いのかもしれません。

 

追記(2020 July)

産経新聞に「正論」の欄がありますが、そこに東大の名誉教授の平川祐弘さんが「日本による植民地化の功罪を考える」との記事を寄稿されていましたが、このような人も台湾や朝鮮は日本の植民地であったと論じているのです。確かにそのような戦前派の老人は植民地と考える方が当たり前なのかもしれません。もう、こうなると日本人は国際感覚ゼロで植民地も併合もなったく同義語なのです。でも、考えてみてください、その逆に自分の国はかって日本の植民地だったといつも言われていたら、そこに住んでいる人たちはどの様な心境になるのでしょうか。このような心情的概念は日本人には判らないのかもしれませんが、朝鮮人にして見れば、我々を植民地化した憎き日本人、となるのです。こんな簡単な心理的な影響を日本人の多くはまったく理解していないので、結果論的に、どうして朝鮮人はこうも反日なのか不可解であると理解しているのです。

まさか、ハワイはアメリカの植民地だなんて考える人は居ませんよね。ハワイはアメリカに併合されてのですから。

 

追記(20021 July)

最近の朝日新聞に政治学者の原 武史と言う人が「歴史のダイヤグラム」との記事を書いていましたが、その中でもこの人は「植民地時代の朝鮮半島」との表現を使っています。もうこうなると朝鮮は日本の植民地であったということが正しいのかもしれませんね。

 

 

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(2024-April)
今回の台湾地震に関しても、朝日新聞は一貫して台湾は植民地と記述しています。これほどまでに朝日新聞は台湾や朝鮮を日本の植民地であった徹底して記述していることはまさにお手上げです。

 

 

(2024 April)
最近の朝日新聞の記事で「大東亜戦争」の表現にたいして、「政府はこの呼称を公式文書では用いていない」などと批判し、「大東亜戦争」などの表現の削除に追い込まれた、との記事がありましたが、どうしてなのでしょうか。朝日新聞はこのような表現を使うべきではないと考えるのなら、どのような表現にすべきなのでしょうか。

 

 

(2024 April) 今日の毎日新聞に書かれている記事に 高尾具成 という毎日新聞の大阪本社編集局のひとが「日本の植民地であった朝鮮」はと書いていました。最近の若い人は植民地という表現をいとも簡単に使っているようでが、歴史的概念がゼロに近いのかもしれませんね。

 

しかし、最近の朝日新聞の(マニラ=牧野愛博)記者は併合という表現を使っていました。もしかしたら、本社から叱られるかもしれませんね。

 

一年中咲いているハイビスカス

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前回に一年中咲いているゼラニュウムを書きましたが、私のもう一つの自慢はこれまた一年中咲いているヒビスカスがあります。勿論、冬には室内に入れなければなりません。それでも日当たりのよい室内ですので、真冬でも室内で毎日花を咲かせています。まぁ、冬は確かに花の咲き具合は夏ほど沢山でありませんが、それでも冬の室内を飾ってくれます。皆さんも一度お試しください。

追記(2012/10/13)
現在でもこのヒビスカス、ハイビカス、は写真の通り健在です。真夏に満開の状態で、最近寒くなり、日中気温が十三度、夜間の気温が八度くらいになりましたので、部屋に入れることにしました。冬の室内でも満開状態を保つためには、毎日少しずつ水をやることを忘れず、そして液肥を頻繁に加えることが大切です。私の室温は約二十度くらいです。葉の一部が黄色くなって落ちることがあれば水分の不足になります。

それでも、部屋に入れた後の十日間ぐらいは葉が枯れて落ち、またたくさん合ったつぼみもぽろぽろと落ちてしまいますが、その後は安定してまた花を咲かせます。いずれにしてもその後は太陽光の当たる部屋、そして液肥をも含めた頻繁な水遣りが必要です。

2011年8月 1日 (月)

一年中花が咲くゼラニュウム

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私の家のゼラニュウムはもう七年近く毎日花が咲いています。現在ではその高さが2メトル近くにまでなっていて、毎年先端を切らないとどこまでもどこまでも伸びていきます。初めてこの鉢植えを購入した時は全体的にも20センチくらいの高さでしたが、冬はガラス張りの階段に置くといつでも花を咲かせます。ですから、一年中花が咲いています。もちろん、冬場はそれほと沢山は咲きませんが、ともかくいつも花が見られます。
いずれにしてもこのような高くなったゼラニュウムは誰も見たことが無いと思います。
今までに2回ほど鉢を交換したくらいで、それ以外には定期的に液肥を与えています。ともかく夏はどんどん伸びてしまうので時折剪定しなければなりません。

でもこんなに高く育つゼラニュウムは珍しいのではないでしょうか。

追記(2017 Feb)
その後数年前に一部の枝を切って、最初は花瓶の中でしばらく放置していて、数週間後に鉢に植え替えのが、現在ではもとのゼラニュウムと同じくらいの高さ、つまり、約二メトルほどの高さになって毎日咲いています。五月ごろには再びテラスに出して、あまでそのままはなが咲きます。それ以降はまたガラス張りの階段に取り入れて、一年中はなが咲きます。

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