« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

2010年12月の記事

2010年12月31日 (金)

長井長義と私

私と長井長義
  日本の薬学関係者で長井長義の名前を知らない人はいないと思います。明治時代の薬学界の重鎮で、エフェドリンの発見者としても知られています。この発見はノーベル賞に該当するほどのものでした。現在でも長井長義記念会館が渋谷にあります。長井長義はドイツに長く留学し、ドイツ人テレーゼ・シューマッハと結婚しニ男一女に恵まれました。その長男が長井アレキサンダーでした。

 

実は私はこの長井アレキサンダー氏による面接試験を受けたことがあるのです。私が、大学を卒業してから、国立衛生試験所に勤務していたころに、イタリアの国費留学生に応募して、書類選考の結果、採用され、イタリア大使館での面接試験があったのです。その時に長井アレキサンダー氏が試験官として目の前に現れたのです。

 

どうして、イタリア大使館での面接に彼が来られたのかは不明ですが、恐らくお父さんの長井長義との関係で薬学出身の私の面接を依頼されたのかも知れません。当時、長井アレキサンダー氏は既に高齢に近いかたでしたが、かなり長身で白髪だったと記憶しています。考えてみれば意外な組み合わせかも知れません。

 

この長井アレキサンダーについては現在少なくとも検索してもなにも手掛かりになるような情報は掴めません。親の長井長義があまりにも有名であるためその陰に埋もれてしまっているのかもしりません。

 

したがって、私には当時、この長井アレキサンダー氏が何をされていたかは全く知りませんでした。それにしても、薬学出身者の私が、明治時代の薬学界の重鎮である長井長義の長男との接触があったことは今になって考えてみると歴史のいたずらかもしれません。まことに感銘的な面接でした。

 

なお、長井長義は衛生試験所の所長をも兼任していましたが、明治18年に所長を中浜東一郎に譲っているのです。なお、この中浜東一郎という人は日本人で最初にアメリカに渡ったジョン・万次郎の長男なのです。こうしてみると当時の衛生試験所には歴史上著名な人が所長に任命されていたのが分かります。

 

長井長義についての詳細は「長井長義伝」(金尾清造著、 日本薬学会、 1960)で知ることが出来ます。

 

2010年12月18日 (土)

私の架空発明 (5) 家庭内トイレの立ちション対策  立ちションマット

家庭内トイレの立ちション対策

男性が居る家庭内でのトイレの問題の一つに男性が小用のときに、多くの男性はズボンの前を開いての立ちション便なのです。これがどうして問題かと言うと家庭内にある西洋式の通常の便器は座って使うものなのですが、男性の小用のときには多くの人はたったまま放尿するのです。もっとも、ある統計では30-40%の若い男性は「座りション」とか。

しかし、最近の若い人はジンズを穿いているので、なかなか思うように用をたせないので、ジンズを下げて便器に座って放尿するので問題はないようです。確かに最近のズボンは前チャックの長さがジンズなみに短くなっており、立ちションは困難になっているのです。

ここで立ちションの時の問題は放尿後に必ずと言って尿の一滴か二滴が床に落ちるることです。理論的にはずっと便器の前に二歩、いや三歩進んで用を足せば問題はないのですが・・・。これが家庭の主婦を悩ます一つなのです。便所の掃除は男性や子どもは自分から進んでやろうとはあまりしません。この問題は世界共通であり、一部の国では立ちション禁止のラベルを売っている所もあるくらいです。

この問題は男性、子どもが小用の時にもズボンをずり下げて便座に座って用を足さない限り永遠の問題なのです。確かに、トイレに入って便器の前の床に点々と尿のしみが残っているのを見るのは気持ちのいいものでありません。

そこで、一つの便法として、便器の前の床に特定の試薬を含ませた濾紙状のマットを敷くのです。このマットには尿中の常在成分である尿素と反応する試薬をあらかじめ染み込ませておくのです。そして、尿滴が落下して濾紙に染み込んだ時点で試薬と反応して着色するようにするのです。出来れば赤色のような目立った色にするのです。しかも、試薬を花弁状に染み込ませておけば、尿と反応して濾紙に赤い花が咲くのです。ですからいくつの花が咲いたかは尿滴の数に該当し、もし同じ場所に次回も尿が落下すれば、その赤い花弁がさらに赤くなるように工夫するのです。

したがって、マットのように便器の前に敷いた濾紙の花の咲き具合で汚れを目でみることができ、適時この濾紙マットを交換すればよいのです。
このような濾紙マットそのものをつくるのは簡単なのですが、どこかの企業がやってくれないものでしょうか。

追記  この案をトイレッタリ製品の小林製薬に提案してのですが、断られました。

小林製薬株式会社 お客様相談室の佐伯と申します。

平素は弊社製品をご愛用頂きまして、誠にありがとうございます。
また、「家庭内トイレの立ちション対策」につきましてご提案を頂戴し、心よりお礼申し上げます。

折角、ご連絡頂きましたのに、誠に心苦しく存じますが
小林製薬では、お客様からの製品のご提案をお受けすることは、ご遠慮させて頂いております。
ご期待に添えず、大変申し訳ございませんが、鈴木様の大切なアイデアになりますので
何卒ご理解を賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。

また、何かご質問やご意見などございましたら、ご遠慮なくお問い合わせ下さい。
今後とも小林製薬をよろしくお願い申し上げます。
==========================
小林製薬株式会社 お客様相談室    担当:佐伯


追記(2014 Jan)
  この「立ちション」問題は世界共通であり、その対策の一つとして最近売り出されたのが小型の発信機で、これを便座の裏に張り付けるものなのです。この発信機は便座が上にあげられると自動的に「たちションはダメ。座ってください」との声が出るのです。はたして効果が出るでしょうか。

本来、男性のカラダは立って尿を足すようにできている。尿を前へと飛ばすために、腹筋と骨盤底筋に力を入れて排尿しなければいけないところを、座りションだと体内で尿道が塞がれてしまうのです。そのため、すべて出きらずに長い尿道の途中に、尿が残ってしまう可能性があるのです。

そのような結果として、「座りション」派の男性の場合にはさらに、排尿障害や前立腺肥大、前立炎症を起こす可能性があるとのことです。最悪のケースだと、この炎症から膀胱がんや精巣がんになる危険性も指摘されているのです。

このように考えると、基本は「立ちション」なのです。そもそも男性が立ちションで便器の下に滴下させない努力をすれば問題はなくなるのですが、それにはまず家庭内での男性全員に対する教育が必要なのです。つまり、毎回の立ちションでまず下を見て、尿滴があれば紙で拭く、そして便器の内側の周りの部分もついでに紙で一回り拭く、くらいの習慣を持つようにさせるのが一番かもしれません。

追記(2018 March)
立ちションで問題なのは便器の手前に垂れ落ちる尿滴以外でもあり、それは便器の周り、そして床に便のしぶきが飛び釣ることなのです。そのため目には見えない尿のしぶきが毎回至る所に付着するので、毎回、トイレの紙で綺麗にふき取ることが必要なのです。
もっとも、立ちションでの尿のしぶきを防ぐ簡単な方法があるのです。それは立ちションする前に、台所用の液状洗剤を一滴落としてから、立ちションをするのです。そうすると上からおちてくるの尿によって小さな泡がたち、その泡によって尿のしぶきが飛び散ることがかなり防げるのです。ですから、立ちションをする人の家庭の便器には小さい瓶に液剤をいれたものを置いておけば、小便をする時にはその一滴を垂らしてから放尿すると尿のしぶきが飛び散ることがかなり防げるのです。

このような観点から、どこかの洗剤メ-カ-が「立ちション起泡剤」のようなものを作って発売したら売れると思うのですが・・・。勿論、その中に香料を入れればよい製品が出来るのです。

..


2010年12月 4日 (土)

朝鮮は日本の植民地ではなかった (**) 朝鮮は中国領だった

朝鮮は日本の植民地ではなかった

今年2010年は日本が韓国を併合してから100年になり、そのことに関連した記事が多いが、その中で気になる表現が新聞に頻繁に見られる。すなわち韓国は戦後まで日本の植民地であったという記載である。しかも韓国は日本により併合され、植民地化された、等の記述も頻繁に見られる。つまり、日本では併合も植民地化も同じ扱いにされている。

一般的な歴史概念では、韓国は1910年8月22日に「韓国併合ニ関スル条約」に基づいて大日本帝国が大韓帝国を併合したのであり、そこには植民地化の概念は存在しなかった。また、台湾も1894年に清朝と日本との日清戦争の結果、翌年に締結された下関条約(馬關條約)に基づいて台湾は清朝から日本に割譲され、日本に併合された。つまり、たとえ半ば強制的に併合されたと理解されたとしても、そこには韓国、台湾を植民地するというプロセスはどこにも見当たらない。なお、忘れてならない事実は下関条約により朝鮮は中国から独立し、大韓帝国となったことである。 それまでは朝鮮は中国の属領であった。つまり、もし日清戦争が無かったら、すなわち下関条約が存在しなかったら、朝鮮はその後に日本に併合されることもなく、中国の一部として存在していたことにもなる。このように理解すると現在の韓国はその存在は当時の日清戦争のおかけであったとも考えられるのだが、現在の韓国にはそのような理解は全く存在せず、ひたすら中国に頼って嫌日政策を取っていることになる。もしこのまま進むと中国は朝鮮半島はかっては中国の一部であったと宣言されることになるのだが、現在の韓国の政治家は知ってか知らぬかは別としてもっぱら反日だけを考えている。いずれは朝鮮半島は中国のものになることは時間の問題かもしれない。

ましてや、植民地に自国と同等の大学を設立するようなことは世界的概念からもあり得ない。少なくとも日本に併合された結果、同等の教育をもたらすという理想的理念から、韓国、台湾に帝国大学が設立されたのであり、世界中を観ても植民地に本国と同じ規模のエリート大学を設立するようなことは全くありえなかった。

ちなみに京城帝国大学は1924年設立され、敗戦による廃校後ソウル大学校に再編され、また台北帝国大学は1928年に設立され、台湾大学の設立母体となっていた。ここで興味深いのは韓国以前に日本に既に併合されていた台湾では帝国大学が設立されたのは韓国よりも四年後のことである。そのほかにも韓国人が現在使っている文字、ハングルを学校教育に導入して教えたのは、ほかならぬ日本の朝鮮総督府なのである。 つまり、ある意味では日本による併合というプロセスの結果が今日の韓国、台湾の繁栄を間接的にもたらしたものと考えることができる。もし、当時の朝鮮の実情を少しでも勉強すれば併合前の実情は極めて惨めな状態であり、外国人の記録によれば当時のソウルは世界で最も不潔な都市であるとさえ書かれていた。

 世界の歴史の中で欧州の列強が当時のアフリカの植民地でどのようなことを行っていたかを知ったら、とても日本が台湾、韓国を植民地にしていたとは考えられず、またそのような表現を海外に対して用いることは彼ら欧州の当時の列強がアフリカとかインドなどの植民地でしていたことを日本も韓国、台湾でしていたことを間接的に知らしめることにもなる。たとえば、当時のベルギ-がアフリカの植民地コンゴでどのようなことを行っていたかを知ったら、とても台湾や韓国が日本の植民地であったなどとは認められないのです。アフリカが当時の列強の植民地としてどのような状態にあったのかを、日本人は殆ど知らないし、また知ろうとする努力もないのです。

例えば、1965年から6年間、ルワンダの中央銀行総裁を務めた服部正也という日本人がはじめてルアンダに赴任してまず驚いたのは、植民地時代から続く、外国人の強欲と傲慢な態度だった。服部さんがめざしたのは、ルワンダ人の自助努力による経済発展でした。通貨改革からバス路線の整備まで、八面六臂(ろっぴ)の活躍は、名著のほまれ高い『ルワンダ中央銀行総裁日記』(中公新書)に詳細に書かれてありますが、そのような当時の植民地という概念、実情を日本の政治家やマスコミが熟知していたらとても朝鮮や台湾を彼らなみの植民地にしていたとは。簡単に表現できない筈なのです。

つまり、現在の日本人は当時の西欧列強がアフリカやインドでどのような植民地政策を施行していたかをまったく知らないから植民地化も統合もいとも簡単に同じ扱いしているのである。日本の一部の学者はそのような知識、関心が全くないのは残念なことである。

 つまり、日本の一部の学者は日本の植民地化概念は世界的な通念とは基本的に異なり、日本独特のマイルドな植民地化であり、その内容は当時の列強の殖民地化とは異なり、人間的であり、穏便な植民地化であるとの詭弁を用いている。もしそのような詭弁が許されるのなら、日本はいまだに死刑を実施していて海外から批判を浴びでいますが、いゃ、日本の死刑はマイルドな死刑であって海外の死刑とはそのやり方が異なるのです、と発言したら世界の笑いものになります。

したがって、欧州の旧植民地が戦後も概ね発展途上国にいまだに留まっているのに対し、韓国と台湾が日本の支配を脱した後、いちはやく先進工業国に成長できたのも当時の欧米の植民地化概念とは異なることを挙げているが、これは全くの詭弁であり、韓国、台湾が植民地化されたのではなく、併合されたが故に戦後そのような結果になったのである。当時の朝鮮が併合によりインフラが整備され、教育が本土なみに引き上げられ、その結果終戦当時には日本とほぼ同じような規模の都会、インフラ、産業になり、戦後になった韓国として独立しても現在のような産業、工業化ができたのである。もし、朝鮮が当時の欧州諸国による植民地並みの状態に保たれていたら、今日の韓国は存在しないのである。

いずれにしても、日本の一部の学者がマイルドな植民地化のような詭弁が国際的に通用するならば、日本での死刑制度の存在についても日本の死刑のやりかたは日本独特のマイルドな死刑であり、海外の死刑実施方法とは異なるのですとでも言うのでしょうか。

 一般的に、他国が関与する国際問題に関して、日本人は加害者としての意識が薄く、その結果他国の併合化も植民地化もまったく同義語として扱っているとしか考えられない。日本人にしてみれば韓国や台湾を植民地化したのか併合したのかとの区別はそれほど重要なことではなく、併合も植民地化も同義語として扱っている。

しかし、国際的な感覚からはある国を併合するのと植民地化するのとでは雲泥の差がある。両者の間には厳格な区別がある。植民地化された国ではその国の習慣、制度などは基本的には保持され、ましてや創氏改名などは行われていない。しかし、こと併合化になると制度、慣習などすべてが加害者国としての併合国そのものと同一にする努力が払われているのが国際概念である。上記の帝国大学の設立もそのひとつである。さらに、沖縄も歴史的には日本により併合されたのであって、植民地化されたのではない。沖縄は1879年の明治政府による琉球処分によって、沖縄県となったが、明治始めの『琉球処分』までは『琉球王国』という『独立国』であった。 過去の日本の法令上、「占領地域」「外地」「樺太・台湾・朝鮮・関東州・南洋諸島」は存在しても「植民地」は存在しなかった。

たとえば、世界史的にみると、アメリカによるハワイの併合、バルト三国のソ連による併合、ドイツによるフランス領アルザス地方の併合、第二次対戦中のフランスによるアルジェリアの併合などが挙げられる。これらの国々は植民地化されたのではない。たとえば、当時のフランスのアルザス地方の住民はドイツにより併合された結果、ドイツ語への改名が強制されていた(創氏はなされていなかった)。つまり当時の日本による韓国、台湾の併合に伴う創氏改名に似たようなことが行われていた。もっとも、この改名も強制されたのではないとされている。たしかに創氏改名のような民族感情を無視したやり方には謝罪すべき点があるかもしれないがそれは植民地化したのではなく、統合した結果であることを忘れてはならない。

そのほかにも日本語教育の導入とか国歌の導入とか本州への労働者移住など被害者側からみれば強制的ともうけとめられ、耐えられないものだったかもかもしれないが、それは統合の結果であって、植民地化の結果ではない。人はともすれば「引きずりおろして一緒になる」という発想をとるものであり、韓国人が日本人に対して一貫して韓国を植民地にしたという視点に日本を引きずりおろし、その結果日本の政治家や一部のマスコミがそれに同調して日本は韓国、台湾を植民地化しましたとあやまっているのが現在の日本人なのである。

韓国併合、台湾併合、沖縄処分、中国侵略、北海道アイヌ民族問題など、いままで日本人がややもすると意識的に忘却のかなたに置き忘れている加害者意識が今後の国際情勢進展如何では再び外圧として脚光を浴びるようにならないとの保障はない。そのような意味で韓国に対してのみ過剰なまでの加害者意識を日本が提示しているのは極めて異常であるが、併合100年目のけじめとして謝罪することには国際的にも当然の行為かもしれない。

もっとも、現在の韓国と台湾とではそれぞれの国内的な政情が全く異なり、その結果、とくに韓国内では被害者意識としての植民地化意識が一方的に強調され、そこには併合がもたらしたプラスの面はまったく取り上げられていないのも理解することはできる。しかし、なにごとにもプラスの面とマイナスの面とがあり、両者を公正に見て判断すべきである。併合以前の韓国がどのような状態であったかを知れば、日本の併合がもたらしたプラスの面も同等に議論されるべきである。私の理解では併合によるプラス面は70%ぐらいであると理解しています。

たしかに、韓国の立場に立てば、日本は韓国を植民地にしたと認識し、また認識させることにより被害者意識を前面に押し出すことができる。その結果、現在の日本の政治家、あるいは一部のマスメディアにとっては韓国の反日感情を避ける立場からこれまた例外的に加害者意識を大きく前面に出して韓国は日本の植民地であったとあえて認識しているのかも知れない。

しかし、韓国が要求している日韓併合条約の無効宣言を求めていることは国際感覚の欠如ではなかろうか。たとえ、併合が日本の威嚇によりなかば強制的になされたものと仮定しても、条約の無効宣言のような要求が国際感覚からも当然とするならば、その条約を結んだ当時の大韓帝国の存在を無視するようなものでもあり、韓国の歴史改ざんにもつながるものである。いっそのことこの際に韓国は「下関条約」の無効宣言を求めてはどうだろうか。そうすることにより、朝鮮半島は中国領となるのだから。

確かに韓国側に立ってみれば歴史的にも豊臣秀吉以降、日本に何回も侵略され、被害者意識が前面に出るのは当然であり、結果的には日本は韓国に正式に謝罪することにより隣国との関係も良好になるのであれば当然の政治的行為にはなりえるかもしれない。

しかし、繰り返しになるが、統合化によってプラスの面もあったことを韓国も日本の政治家も認識すべきではなかろうか。歴史的にも、韓国(朝鮮半島)は中国の王朝の脅威にさらされつつも、日本により統合されるまではずっと独立を保ってきた単一民族国家であった。そのため、日本による統合は韓国にとって被支配・同化政策すべてが歴史上初めての経験であり、その屈辱感は今日の経済成長の事実を打ち消してしまうほど大きなものであることは理解できる。よく言われていることに、被害者は決して自分が受けた被害は忘れられない、そして加害者は自分がしたことは意外と簡単に忘れてしまう。

このような乖離を国際的に眺めた時、唯一の例外はドイツのユダヤ人虐殺に対する極端なまでの加害者意識は現在に至るも継続的な認識となっており、機会あるごとに謝罪が見られている。また、最近になってオーストラリア首相がオーストラリア大陸の原住民にたいして歴史的な謝罪を表明したことが報道されていたが、このように加害者意識と被害者意識との乖離もこんにちのような国際情勢の劇的な変化、進展に伴い、そのようなこと自体が起こった時間的変遷の問題はきわめて薄れ、重要なのは改めて明確に加害者として被害者に対して謝罪を正式に如何に表明するかということが求められてきているのが今日の国際感覚である。つまり、なにを今更の考えは場合によっては通用しなくなりつつあることを再認識すべきである。

そのような 国際感覚が日本にもあてはめられるのは今後の日本の政治家に与えられる永遠の課題になるかも知れない。

いっぽう、日本人が他国に対して強烈に被害者意識を持ち続けているのはいずれも戦後での初めての経験であり、その典型的なものは広島・長崎の原爆被害である。当然のことながらこれらの原爆を投下したアメリカには加害者意識はほとんどない。その次にいまだに社会的に大きく問題となっているのは北朝鮮による日本人拉致事件である。この北朝鮮による拉致事件では多数の日本人が被害者となっている。そのほかにも戦後の戦犯裁判についても被害者意識が時として台頭するが、原爆と拉致事件のような全国民的、継続的な被害者意識の存在とはなっていない。つまり、この二つの事件は日本人が始めて経験した他国により引き起こされた被害者意識の象徴でもある。もっとも、国内的にも沖縄に関する加害者意識と被害者意識との葛藤は教科書記述問題から始まって、今回の米軍の基地移転問題が大きな政治問題にまで発展し、沖縄県民の猛反対を引き起こしているのも沖縄県民の被害者意識が極端なまでに昇華した典型例かもしれない。被害者としての沖縄県民からみれば本土並びに米軍がある意味では加害者となっているものと解釈することも可能である。 

いずれにしても、もし本当に日本は韓国を植民地化したとの認識にたつならば、同じことを台湾に対してもすべきである。台湾国内では日本の併合化によって台湾内の産業、インフラ等が著しく向上したことはよく認識されていることであり、台湾人自身もその点は反対していない。しかしながら、当時の日本の韓国、台湾併合に関して、現在の韓国と台湾の併合後の影響、日本に対する両国の国民感情に月とスッポンの違いがあるのは極めて興味深い。将来、2044年になって台湾併合 150周年のときには台湾に対して日本の政治家は大々的な謝罪を準備しておかなければならないかもしれない。それにしても、現在の韓国の反日感情はあまりにも極端であり、かっての併合がもたらしたプラスの面には一切触れていないのはなぜなのだろうか。もしかしたら、韓国はそのような過去の歴史を学校では教育していないのかもしれない。現在の韓国の政治家は日本憎しの一本やりである。これは台湾とは根本的に異なるのです。もしかしたら、台湾人と朝鮮人とでは全く性格が異なるのかもしれない。
 
 ちなみに植民地はcolonizationであり、併合はannexationとなり全く異なった概念であるが、両者を一緒に取り扱って表現することはちょうど発明inventionも発見discoveryも同じことであると定義するのに相似ていることを認識すべきである。

(本稿は朝日新聞「私の視点」に投稿したものの採用されませんでした。それは当然で、朝日新聞は中国、朝鮮寄りたがらです。)

追加(2011.5.17)
  マスメディア、とくに朝日新聞、ではこの植民地化と統合との区別を全く無視し、統合も植民地化も同等に扱っている。たとえば、五月二十七日の朝日新聞に「植民地時代の台湾地図が里帰り」との見出しで、東大の総合研究博物館の西野館長がこの地図を台湾大学に寄贈した記事が載っていた。しかし、この記事の文面にはどこにも植民地の表現はないにも関わらず、この記事の表題にわざわざ植民地の語を使っているのは、両者を無意識に使っているのか、それとも意識的に植民地という表現を使っているのかは不明であるが、朝日新聞はなぜか朝鮮に対しては必ずこの植民地という表現を使っているが、台湾に対してこの植民地という表現を使っているのはいままでは極めて稀であった。したがって、朝日新聞はもしかしたらこの植民地と併合との区別を全く意識していないのかもしれない。あるいは韓国寄りの報道なのかもしれない。

  それにしても日本の典型的なマスコミが植民地も併合化も同義語扱いにしているので、中国がチベットを併合したのも植民地化したのも同じなはずであるのに、中国がチベットを植民地化したとは書かず、併合したと書いています。そこでは、無意識的に両者を区別しているのは極めて興味深い。もし日本のマスコミが海外に向けて、ドイツはポ-ランドを植民地化し、アメリカはハワイを植民地化し、中国はチベットを植民地化したなどと書いたら世界の笑いものになります。

それにしても、日本では朝鮮、台湾の統合化とか植民地化などはどちらでも問題ないと考えている学者がゴマンといるのは誠に情けないと思います。新聞の新刊書紹介欄に載る朝鮮、台湾関係の本のタイトルを見ても「植民地朝鮮と帝国日本」(勉誠出版)、「台湾における植民地経験」(風響社)、「植民地期朝鮮の歴史教育」(新幹社)など満艦飾の有様です。このような人たちにはぜひ当時のベルギ-が植民地コンゴでどのようなことをしたのかを勉強してほしいものです。そうすれば植民地がどのような概念かがわかります。
  
   最近、「天皇の韓国併合」法政大学出版局、という本が出版されましたが、そこには韓国が日本に併合された時点で、日本の皇室は韓国皇室のために特別な身分「王皇族」を設けたとのことです。つまり、皇族ではないが、華族よりも上に位置づけていたのです。たとえ、朝鮮併合という大義名分のためとは言いながらも破格の費用をかけてもこの制度を維持したことが書かれています。このような処遇がたとえ苦肉の策とはいえ、もし朝鮮が植民地化されていたのなら、絶対にあり得ない処遇なのです。現在の韓国人はこのようなある意味でのプラスの面は全く知らぬ顔です。もっとも、現在の韓国人は当時の韓国皇室の存在は全く無視しているのも自分たちの歴史を無視しているのと同じではないでしょうか。

   それにしても、韓国の人たちが反日に固執するのはどうしてなのでしょうか。繰り返しますように同じような環境下にあった台湾の人々とは根本的に異なるのはやはり国民性に影響されるのでしょうか。

追記(2014 Jan)
最近も「植民地朝鮮と日本」という本が出版され、朝鮮側からみた日本の併合のデメリットについての言及がありますが、物事にはかならず両面があるので、見方を変えれば全然視点が異なった判断をすることができるのは当然ですが、それにしてもこの本の著者はどちらかというとネガティブな観点から日本による朝鮮併合を論じたいようなので、当然のことながらプラスの面が前面に出る「併合」よりもネガティブ意識の強い「植民地」を使っているのかもしれません。

2010年12月 2日 (木)

常識という罠からの解放 (1)

常識という罠からの解放

  最近の報道によるとある農業高校生が白いリンゴを作るのに成功したとか。つまり、従来のリンゴについての常識は赤色か、あるいは黄色かであったのですが、この学生はリンゴの実をそっくり袋で覆って白いリンゴを作ったのです。しかも、その場合に周りの葉を切り取らずにそのまま残しておくという方法を使って、従来以上の甘みのある白いリンゴが出来たというのです。ご存じかもしれませんが、リンゴ全体をを赤くするためにそのそばにある葉は切り取って太陽がまんべんなく当たるようにしているのですが、この学生はその手法通りせずに、袋をかぶせるだけのやりかたでより甘みが増すことに成功したとのことです。
  また、似たような常識外れの発想例として、竹中工務店の人が発見した仕事によるストレス解消の手口として、玉砂利の上を歩く時の音、秋の枯れ葉の上を歩く時のサクサクという音にはストレス解消効果があることが分かり、これらの音をオフィスに導入する研究を進めているとか。この研究ではそのような音を聞くことによって唾液中のストレスホルモンの分泌が減少したとか。これなども、従来の常識、つまりオフィスなどは完璧な静寂が求められているのとは全く正反対の発想です。
  これらの例は従来の常識というものがあまりあてにならないものを裏付けているのではないでしょうか。ある意味では常識が如何に恐ろしい先入観であることが分かります。その典型例のひとつとして新聞報道とかテレビ番組があります。私たちはややもすると新聞報道とかテレビ番組でのニュースは真実を伝えているものと暗黙のうちに信じていますが、場合によってはその陰には大きな作為があることを認識すべきかもしれません。
  いずれにしても、日常生活の中にあるいろいろな常識を改めて見直して、その反対の発想で研究、実験などをしたら意外な発見があるかもしれません。みなさんも、一度そのような観点から身の回りにあるいろいろな習慣、制度などを逆の発想で考えられては如何でしょうか。つまり、日常生活、業務などで、「何故??」の発想を無限に発揮することです。

  とくに海外から日本を眺めながらこのような発想でいろいろな分野を観察すると意外な発見があるものです。つまり、なぜなのだろうかという発送を常に維持しながら新聞を読んだり、テレビを見たりするだけでも意外な発想が出てくるものです。

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »